ぜひとも
聞いてみたいことがある。
その心の片隅に
「愛する人の為に死ねるかい?」
「「は?」」
ファンダリアへ向かう船の中。
ジョニーが唐突につむいだ言葉にリオンと
はハモってすっとんきょうな声を上げた。
次の間で
は不思議そうな顔で、リオンはいやそうな顔でジョニーを見る。
相変わらず頭のネジが外れている。
無言だがそんなリオンの声が聞こえた気がした。
今、船室にはリオンと
、そしてジョニーしかいない。
それぞれが和むわけでもなくそれぞれの時間に浸っていたため不意打ちをくらった瞬間だった。
「いやぁ…こんな哲学的でロマンのある話はお前さんたちくらいにしか出来ないと思ってな」
確かにスタンやルーティでは笑って終わる話だろう。
まじめに取り組んだとしても1分と持つか疑問である。
だからって、こんなところでそんな話を軽やかに持ち出されても。
「言っておくがこいつにロマンを求めても時間の無駄だぞ」
「そーなのかい?」
「さぁ…それは…」
自分のことは棚に上げて、図らずしも矛先を切り替えるリオン。
まぁ確かに冒険的なロマンだったら語ってなんぼだが、愛についてロマンチックに語れといわれたら困る。
というか、私はリオンにロマンを求められたことがあるのでしょうか?
発言の仕方に疑問を覚える一瞬。
…ないだろ。
「で、ジョニー。ロマンを語りたいわけ?」
「いや、だから…」
「下らんな」
取り付く島も無い。
のせれば絶対満足行くやり取りが出来そうなんだけどなぁ、この2人は。
そこにたどりつくこと自体が難航な作業に違いない。
ジョニーはどうしたものかと少し顔を渋くする。
「うーん…じゃあとりあえず
はどう思うのか聞かせてくれないか?」
「今、リオンが私に聞いても無駄だと言わなかった?」
手ごわい。
けなしに近い発言を逆手にとって自ら語らない
。
「じゃあお前さんは───」
「僕に意見を求めるな」
………。
アプローチを変えよう。
「わかった。お前さんのことだからきっと『死ねる』なんだろうな」
「…!勝手に決め付けるな!!」
「じゃあ死ねないのかい?愛する人のためにでも」
「……………くっ」
うまいよ、ジョニー。
苦い笑いで真面目なんだかふざけてるんだかわからないやりとりを傍観する
。
ジョニーとはトウケイ領を前に少なからずそんな話をしてしまっているので今はリオンにとっては厄介な手合いだろう。
…はっきりいって改めて話題にするには恥ずかしい部類だと思うのだけれど。
「―――だそうだ。詩的だねぇ」
「貴様……っ」
肯定も否定もできないリオンは珍しく顔を赤くしながらシャルティエを抜きそうな勢いで唸っている。
「さぁ、そろそろいいだろ?お嬢さんはどうなのかな」
「そんなこと知るか」
「おやおや、それはフェアじゃないんじゃないのかい~?」
「私には脅されるネタは無い」
つーんと外に顔を逸らす
。
まるでそれすら楽しむような空気を感じてジョニーは引き下がらなかった。
「いたら、と仮定してくれてもいいんだぜ。」
「…。私は私が愛しい。故に死ねない」
そうくるかっ!!!
わずかな思考の為の沈黙の後、満面に浮かべられた確信犯的な笑みでもって
は振り返った。
もちろん、冗談であることは百も承知。
「お前ら…化かしあって何になるというんだ…?」
さすがに呆れで怒り状態から脱力したリオンが溜息をつく。
「ほら、もうファンダリアへ着いたらこんな話もできないんだぜ?
、オレにチャンスをくれよ」
何の話かな。
なんだかもうよくわからない。
けれど困ったような笑みを浮かべられ─たぶんこれは素なのだろう─
は折れることにした。
「微妙だなぁ…悲劇のヒロインはごめんだよ」
「ってことは死にたくない、ってことか?」
「大事な人がいるのに誰も死にたくて死ぬ人はいないでしょ」
「!」
驚いた。
いきなりの応えはひどく的を射ていた。
死ぬことができる、できない選択と、死にたいことは別なのだ。
聞いてしまうと「死ねるか」などという問自体がいかに愚かなものであるかが思われる。
だとしたら答えなどはなから見えているはずなのだから。
「死ぬ覚悟はあっても死ぬ気はない、ってことかい」
「なんとかしたいから死地に向かうわけでしょ。その果ての選択までは…いや」
自分で言っておきながら
は言葉を止めた。
次にどんな言葉が出てくるのか、ジョニーはいつしか真剣に待つ自分に気づく。
は小さく肩をすくめて続けた。
「そもそもジョニーの質問が『身代りに自分が死ぬしか選択が無い』ってことだったら話は別かな」
「いや、それじゃ質問自体意味が無いだろ。
だったらオレだって身代りになることを選ぶさ。そうじゃなくて…」
あまりにもさらりと流した結論にリオンが一瞬ジョニーを見るがそこには自覚が無いのか
と会話を続けているジョニー。
「お前さんの解釈でいいと思う」
「ふーん。まぁどっちでもいいけど。私にはわからないし。」
「じゃあ今の答えは何だ」
まさか。
リオンからの応答があるとは思わず、
は驚いたように目を瞬いた。
それから首をひねる。
「一般論?」
どこが。
言われれば説得力があるのに意外に見落としがちな見解だ。
質問の根源を揺るがしてくれたのだから。
「私は…他に大切にしてくれる人がいるなら死にたいとは思わない──かもしれない。」
ジョニーの言うほどのシチュエーションがどうにも自分に合わせては想像しがたい。
いつもだったら断言しているところだが、なぜだかこればかりはその時になってみないとわからないのだろうな、と思う。
難しい問題だ。
ふっと視線を落とす様にリオンとジョニーの視線が集まった。
ジョニーが何か思ったように身を乗り出す。
「どうしてもジョニーの質問とは別の立場から考えちゃうんだよ。
私が死ねるか、でなくて。
死ぬことを選んだ人が同じように誰かに大切に思われている人だったとしたら、残された人はどう思う?」
その問いかけに何かつかれたように目を見開く。
その答えはジョニーが一番良く知っていた。
「はは…そうだ…そうだな」
そうして力が抜けたように俯く。
さらりと落ちた細い金の髪の合間から涙が零れたのを見てリオンと
はぎょっとした。
「ジ、ジョニー?」
「オレも、生きていて欲しかったよ。
どんなに辛いことがあっても、オレたちのことを少しでも大切に思ってくれているなら。」
エレノアのことだ。
リオンと
は即座に理解する。
「生きていて、欲しかったんだ。」
何か、欲しい言葉があったのかもしれない。
それを
は言ってくれるのかもしれないと。
『愛する人のために死ねるかい?』
そんな質問は、むしろ逆だったのかもしれない。
『それでも生きることを選べるか?』
どんなに美しく詩的な死に方より、そちらの方がずっといい。
自分の中にあった自分の知らない最期のわだかまりが氷解したような気がした。
この2人は何も言わないことが思いやりなのだろう。
沈黙のまま時がしばし過ぎ去った。
顔を上げれば心配そうな
の表情がある。
何か、言おうとしているけれど言えない。
そんな顔。
「すまないな。よーくわかったよ」
にこりと微笑むとほんの少し相手の頬も緩む。
リオンに向けた視線は逸らされてしまったが。
「それにしても…思ったとおり、答えを示してくれたな、
」
「答えじゃない。私の言い分は残される人間の話であって。
それでも違う道を選ばなければならないこともあるかもしれない。」
どちらもわかる。
だから辛いし答えなんて出ない。
ほんの少し瞳を揺らした
の横顔をリオンはみつめた。
「そんな顔しないでくれ。悪かったよ、繊細なお嬢さんにそんな思い詰めさせちまって」
「繊細って…ジョニー…」
繊細と言う言葉とお嬢さんというフレーズが相まった効果か
はやや眉を寄せたが、感受性が強いのは確かだろう。
一見感受などとは無縁な冷静さは自己防衛なのかもしれない。目にする全ての物が美しいものとは限らないのだから。それなのに気付いてしまう、良いものもよからぬものも。
それらたくさんのものから自身を守るには理解をする力が必要だ。
「ホントはたくさん抱えてるくせに、キリがないほどだからいっそ話さない」
「勝手に理想化しないように。」
全く。
道化のジョニーは健在というべきか。
それでもなぜか、ジョニー前では
の口は軽くならざるを得ない。
その内の一つ二つひとつふたつだったらたまにはこぼすのも悪くない気にさせる。
でもね。
…愛の話はどうかと思う(微妙に離れてくれて良かった)。
「ふーむ…ますますお前さんを題材にして歌が作りたくなった」
「!嫌です。それだけは勘弁して下さい」
「ほう?例えばどうなるんだ?」
「興味を持つな!!」
「そうだな…モチーフは…『愛』『怜悧』『純粋』そして『心の強さ』だ!」
「…………。砂吐きそう………」
「的確とはいい難いにも程があるだろ…………」
本気で気分の悪そうな
の横で、これまでにないほど顔をゆがめつつ批評するリオン。
自分で話をふったくせに。
しかし、ふぅと静かに溜息をつくと思い直したように顔を
に向けた。
「せっかくだから作ってもらえ」
「なら、謹んでリオンに権利を譲る。」
「いるか!」
「ジョニさんがっかりだよ、もう~♪」
2人に見事なまでに拒絶されて、ジョニーは
ははん♪とマンドリンをかき鳴らした。
少しは落ち着いて会話できんのか、この男は。
「もういい。風に当たってこよ…」
どうして同室などしているのだろうと今更疑問に思うリオンをよそに、
はなんだか疲れたように部屋を出て行った。
気持ちは分からないでもない(むしろわかる)。
ジョニーとリオンは2人きりになった。
「なぜあんなことを訊いた」
それを見届けてリオンがジョニーに問いを投げかける。
どうもリオンにしてみると当初のような猜疑心は持ち合わせていなかったが、相変わらず腹の底が知れない男には違いない。
巧妙に聞き出そうとする真意は謎だった。
だが、ジョニーにはもうリオンに何かを偽るような理由は無い。
「別に。聞いてみたかっただけさ。純粋に詩人として…だな」
と言いながらまたいつものノリになりかけてジョニーは自ら修正した。
「正直、お前さんとも
もう少し話してみたかった。本当にそれだけなんだ」
「…聞くだけ無駄だな」
「それはオレが決めることだし聞いてみなけりゃわからんだろ?」
「お前、僕ならどうするかわかっているような口を利いていたじゃないか」
「そうだな…お前さんなら言うと思ったさ。自らの命をなげうってでも、ってな。
それも悪くない。
ある意味、お前さんらしい」
「『らしい』といわれるほど理解しあった覚えは無い」
「ははは。本質的な理解の瞬間なんて突然訪れるものさ。
有意義な時間を過ごせそうだという評価だぜ?ちょっとは喜んでくれよ」
有意義というよりお気に入りの時間、といった感じだが。
とりあわずにリオンは溜息だけついた。
「それでもって、
は
でまた別の答えを持ってそうな気がした。答えというよりは、発想の逆転だったがな」
「あいつの十八番(おはこ)だろう。」
「それでオレは気付いたのさ。俺自身の本当の気持ちってヤツにな。」
まぁ、最初の質問からは離れてしまったものの、得たものはその問題に固執するよりずっと大きかった。
「気付いてしまったら、オレにはもう…そんなことは出来ないな。
お前さんも理解はできるだろう。…大切な仲間を悲しませるようなこと、あまり言うなよ?」
「…余計な世話だ」
くだらないというようにリオンはイスから立ち上がりドアへと向かう。
ガチャリ、とドアを開けると新鮮な空気が流れ込んで来た。
「それに僕とあいつらでは、進む道が違う」
振り向かずに部屋を後にするリオン。
表情は伺えない。
1人になったジョニーはしばらくその意味を考えたが、やはり答えは見えそうにも無かった。
いつかまた話すことができる日が来て、
お互い腹を割って言葉を交わせたならその意味もわかるのだろうか?
いずれにせよ理解するには時間も必要なのだろう。
考えることに区切りをつけたジョニーは甲板で歌でも披露しようかと思い至り、伸びをする。
そして、ふと苦笑した。
「嬢ちゃん坊ちゃんにこれほど教わることが多いとは…オレもまだまだだねぇ」