待っていても結局、マスターとソーディアンの人格は戻らなかった。
騒ぐだけ騒いで沈痛な面持ちのまま、とりあえずの解散。
騒乱の予感 -春の動乱編-
「ど──────しよう───」
『それは僕のセリフだろう?』
げっそりとリオンとシャルティエ…中身は入れ替わったままである…は頭を抱えた。
まだ昼前であるから、そんなげっそりするほど時間は経っていないのだが、原因不明、先行き不透明と来れば沈まずにはいられないのだろう。
シャルティエはリオンの姿のまま、ベットの端に腰をかけてソーディアンシャルティエ…中身リオンである──を手に取った。
「もし、一生このままだったら…?」
『不吉なことを言うんじゃない!』
うっかり天地戦争時代の限りなく後ろ向きな人格を本領発揮しそうになり、リオンに一喝される。
もし、一生そのままだったら───…
「とりあえず、問題ないんじゃない?」
シャルティエとしては。
は思ったことをそのまま言ってみた。
『なっ…バカなことを言うな』
「じゃあ何が問題?」
『「へ?」』
「何が問題か、50 字以内で簡潔に述べよ」
「『…………………………』」
沈黙。
「えっと…僕と坊ちゃんが入れ替わったこと…?」
シャルティエがおずおずと答えた。
「それは原因であって今後の問題ではない」
再び沈黙。
旅に支障が出る。
言いかけたリオンは黙っている。
何がどう支障が出るかを客観的に考えると見当たらないんである、理由が。
マスターとソーディアンは一心同体で、いわば共に行動する限り経験や知識も共有していることにもなる。ソーディアンオリジナルメンバーだって剣の腕、
度胸、判断力、何をとっても任務の上で不具合は生じない(シャルティエの場合度胸はどうかと思うが)。
論理的に物事を考えるリオンは、感情的に吐露することも出来ずドツボにはまっていた。
「悲観することない、のかな…?」
『
!お前は僕にどうしろというんだ!!』
「どうしようもないから、とりあえず問題提起を───」
『するな!』
いや、
だって別に追い込みたいわけではないのである。たまたまその可能性にぶちあたってしまったから口にしてみただけで。
対処方法を考えようとしたら辿り付いてしまっただけで。
自らも導き出してしまった結論を振り払うかのようにリオンは切れた。
「それでもさ、もう少し感情的に考えてみた方がいいよ、やっぱり」
「うん、そうだね」
の言葉にすっかり気が軽くなったらしいシャルティエが、今度は
を促す。
リオンの体をシャルティエがのっとってていいのか?
考えてみる。感情的に。
「…。私からすると、いつもリオンとシャルティエは一緒だからやっぱり逆になってもあまり違和感は────」
『このままでいいとか言うなよ』
先回りされた。
「もう一回聞くよ?
は坊ちゃんが そのままで、いいの?」
無理矢理、よくない、って言わせようとしてませんか?シャルティエさん。
きっと彼らにしてみれば、YES(英文的解釈による)といわれる事で、自らの感情を後押してもらいたいんだろう。
理論的に打破できないから。
そのままでいい、とか言われたらそこで完結しちゃうわけだし。
『いいわけないだろう』
「坊ちゃんが答えてどうするんです」
「リオンがそういうならよくないんだろうね、遊んでる場合じゃなかった。ごめん」
遊んでたのかよ。
冗談とも本気ともつかない返答に呆れた空気が流れてくる。
「でも~戻る方法がわからないんじゃねぇ…」
「イクティノスでもいれば分析してくれるかもしれないけど…とりあえず、アトワイトたちに頼るしかないね」
できることすらわからず不承不承リオンも同意を示す。
アトワイト達だって困っているだろうに。
「ノイシュタットじゃ研究資料もないしね」
『最悪ストレイライズに戻って調べることになるかもしれん』
その前に何かの拍子に戻ればいいけど。
「じゃあ、とりあえず今できることをしてみよう」
「『─…というと?』」
「外に出かける」
『…』
いつまでもグチグチ考えても埒があかない。
ちょっと気持ちを切り替えよう、程度の提案である。
何か別の発見があるかもしれないし。
…な─────んて、半分は単なる口実で。
「…
と僕で?」
「そうだよ、嫌なの?」
とんでもない!
シャルティエは激しく首を振る。
驚いたような表情は直後、なぜかとても嬉しそうになっていた。
リオンの顔なんだけど。
その心情の変化を感じ取ったリオン
『おい、何を浮かれているんだ…』
「え?べ、別に浮かれてるなんて…」
「いいじゃない。シャルティエだって人間のからだは久々だって言ってたんだから」
『お前、口実に僕の体をシャルに利用させるつもりか?!』
「うん。」
あっさり。
取り付く島も無い
の返答にリオンは怒りの沈黙を返した。
「僕は…坊ちゃんが駄目だって言うならそれは…」
「あのね、こんなチャンスは滅多に無いよ?」
このまま戻らなかったら話は別だけど。
はシャルティエがまたグチグチ言い始めそうなので眉をひそめて促した。
この発言はシャルティエに楽しんで欲しいんであって、他意は全くもってないことを申し添えておく。
「ホントは少し遊んでみたいと思い始めたでしょ」
「う…」
『
、シャルをそそのかすなっ!!』
鋭いつっこみにシャルティエの心が揺らぐ。
桜は見頃。張り詰めた任務続き。1000年ぶりの体。
極めつけは、どうあがいてもどうにもならないこの現状。
「坊ちゃん、ごめーん」
シャルティエはへにゃっと情けない笑みを浮かべてあっさり折れた。
『ダメだ。僕が許さない』
…というリオンにも、もはや動じない。
何があった!シャルティエ!!
と本来ならつっこむべき場所だろうが、彼は
がフォローしてくれることを既に知っていた。
「あのさ、リオン」
『何だ!』
「グチグチ言ってると置いてくよ?」
『!!!』
この時とばかりにシャルティエが笑う。
それは苦味を帯びたものだったが確信犯であることも確かだ。
「別に散歩に出かけるだけだけど、見てないところで自分の体がどう動かされてるかって───正直嫌だよね。」
『それがわかってるならやらなければいいだろう!』
「だから一緒に行こう、っていってるのに」
『───────!!』
問題をすり替えた
に返す言葉が無いリオン。
そう、彼に選択権は無い。
声にならない怒りの気配に、さすがにシャルティエは少し怯えた。
『あとで覚えていろ』
「元に戻ったらね」
* * *
「うっわ~!きれいだねぇ」
公園まで来るとシャルティエは思い切りはしゃいだ顔を見せた。
まるで子供である。見かけがリオンだけに正に子供だ、といってもいい。
…リオンなんだけどね(くどい)。
『はしゃぐな!』
例によって
の腕に収まっているリオン(inシャルティエ)は遠目に制止の声をとばすがシャルティエは既に聞いちゃいなかった。
「あぁいう自分を端から見るのも新鮮でしょう」
『お前は、新鮮とか言う以前の問題だということがわからないのか…?』
本来のシャルティエならば公然とした場所では黙っているところだが、リオンがおかまいなしに話し掛けてくるので
はすっかり剣と話す変な人状態だ。
まぁこんな状態も珍しいので良しとする。
「もう散り際だね。一番きれいな時だ。リオンにはどんなふうに見えてる?」
『ふん、いつもと変わらんだろう』
というが、実際は全く違って見えていた。
ソーディアンには体というものが無いので感覚で物を「視て」いる。
今は、ソーディアンという器を通して、
そしてリオンの体の主導権を握っているシャルティエの感覚を通して。
その光景はダイレクトにイメージとして届いてくる。
偽りようの無い感覚だけがそこにあった。
シャルティエがひとしきりはしゃいで戻ってきた。
「息を切らすほど楽しんでますか」
「うん、楽しいね」
シャルティエの嬉しそうな感情がリオンにも流れ込んでくる。
こんなふうに感じられるのか。
こちらは『共有』というほどではなかったが、「マスター」が何を感じているのかは明確だった。
あらためてシャルティエにはウソ偽りなど通じないのだと、これまでいかに共有してきたものが多かったのかを感じる。
リオンは黙って、その感覚に身をゆだねていた。
ふいに、細く柔らかな感触。
『!?』
感覚ではなく感触だ。
ソーディアンの器とマスターの体が近づいたせいなのか。そう感じられた。
「シ、シャルティエ?」
うろたえる
の声。
「坊ちゃん、絶対こういうことしないから。この際、体験してもらおうかと思って」
とある意味、最強な笑みを浮かべるシャルティエに
リオンはその手が
の手を握っていることに気が付いた。
『シ、シャル!!』
にっこり。
動じることなく笑みで返す。
こんな時ばかり大人の微笑みか────!!(やるな)
子供じみた発言をしたかと思えば大人の余裕。
まったく不思議な人である。
は『リオン』に手を握られ不覚にも一瞬、赤面した。
リオンはおろか、
まで制したシャルティエは最強だ。
それも一瞬のことであったが。
「
が嫌なら、やめるけど」
「…大丈夫。一緒にリオンに嫌がらせしようか」
あはは、とほのぼの笑いあうとますます動揺した気配がリオンから伝わってくる。
言ってる内容は全然ほのぼのじゃないと気付け、お前ら。
が手を握り返してくる感触。
自分の体が思うとおりに動かないというのはこんなにもどかしいものなのか。
『お前ら…覚えていろ…////』
珍しくリオンがどうしようもないほど赤面しているであろうその気配にシャルティエは密かに微笑んだ。
* * *
「で、坊ちゃん。今日はどうだった?」
『なぜ僕に感想を聞く……』
心底、ものすごく、かつ、これ以上ないくらいに疲れた声でリオンが答える。
怒鳴っていたわけでもないのに…どうしてここまで疲れたのかは自分でもわからない。
いらない気苦労というヤツだろうか?
「私も何だかありえないシチュエーションを楽しんだ気がするよ」
とこちらも妙に清々しく疲れた様子の
。
すっかりシャルティエ(inリオン)に慣れてしまったのかリオンが微笑もうが何しようが素で受け答えている。ものすごい適応力だ。
その様子にリオンは嘆息した。
と、一瞬気をそらしたスキに、またかつてない感触がリオンにもたらされる。
『いい加減にしろ、お前ら』
「あれ?坊ちゃんもう慣れちゃったんですか?」
戯れに
に抱きつこうとしていたシャルティエの声はつまらなそうに聞こえた。
『
も
だ。お前、そんなに軽かったのか?』
「いや~?そりゃリオンもシャルもトクベツだから♪」
という
の告白にももう動じなかった。
ネコだ。
気を許さないと指一本触れさせないくせに、慣れれば触れられることを厭わない。
シャルティエと
は日向でネコがじゃれあっているようなものだった。
そう思うと…
怒る気力はもう、皆無である。
立場の逆転。
途中から、珍しい物を観ていたのは2人ではなく、リオンのほうだといってよい。
大人なんだか、子供なんだか。
この2人はもうさっぱりわからない。
「リオン ね」
早く戻れるといい
「坊ちゃん ですね」
うやむやの内に、のどかな1日は終わろうとしていた。