傘なんてさしていても肩は濡れるけれど
その分、どこかでぬくもりも感じられる。
謀-ハカリゴト- (続・イレーヌさんちの謎)
「天気…崩れそうだね」
イレーヌの館を出たところで空を見上げて
が呟く。
どんよりとした空は今にも泣き出しそうだった。
「なんでもいいからとっとと用を済ませるぞ」
リオンは振り向きもしないで歩を進ませる。
先ほどから目を合わせようともしない。
確かに見慣れていないものをあえて見ようとするのは勇気のいることかもしれない。
…
はイレーヌに散々遊ばれた格好のままだった。
なぜそんな格好のまま外に出なければならないのか。
もちろんイレーヌの差し金以外の何者でもない。
イレーヌはリオンが通りすがったのをいいことにすかさず2人に「おつかい」をお願いしてきた。
もちろんリオンは難色を示したし、なぜ
も連れて行かなければならないのかと反論もしたが「とにかくいけやコラ!!!!」…とばかりのイレーヌの様子に不承不承折れた次第だ。
彼女の口調は頼んでますというより行かねば殺す、くらいの雰囲気だった。
時は直前に溯る。
「─というわけで、
ちゃんと買い物をしてきて欲しいの」
「…なぜ僕が行かなければならないんだ…?」
満面の笑みを前になぜかリオンは弱気だった。
イレーヌの口調には頼んでますというより行かねば殺す、くらいの雰囲気があった。
しかし反論せずにはいられないリオン。生来の性格が災いしている。
「あら、ヒューゴ様からの頼みとは言え、個人の邸宅に居座ってしかも間借りまでして、その上、自分たちは大してする
こともないっていうのに…
この小忙しい私のささやかなお願いすら聞いてもらえないってのかしら?」
宿泊代なら払うぞ。
…と切り返そうものなら次の瞬間に命が危なくなりそうだ。
バティスタを泳がせて待ち状態なのでヒマも否定できない。不承不承リオンは折れた。
「じゃあ、私は着替えて…」
「急ぎなの、すぐ行って。今すぐ行って。
…はい、ここに買ってくるもの書いてあるからお店についたら開けてねv」
さっぱり真意が読めないのですが────
封筒を押し付けられて
は「清楚なお嬢様の格好」のまま後ずさる。
踵を返して釈然としないながらも玄関に向かう2人の背中に「ごゆっくりね~vvv」…と直前の発言をかろやかに無視した声が届いた。
「わざわざ封筒に入れてよこすとは…そんなに買ってくるもの多いのかな?」
「さぁな」
「…。リオン」
「なんだ」
「…」
短い返事はするがやはり目を合わせようとしないリオン。
違和感を覚えてじっと横からみつめてみたが沈黙にも顔を向けてくれないので
は正面から覗き込んだ。
「!」
少し腰を折ると長い黒髪がさらりと落ちる。
思わず足を止めたリオン。
その顔が驚きとともに赤くなったのは気のせいか。
その様子にシャルティエがついに声を上げた。
『
…君ってそういうかっこするとめちゃくちゃ可愛いんだね』
彼はいつから口説きのスキルを身につけたのだろう。
素直なシャルティエの賞賛も
はあっさり受け流す。そして眉を寄せた。
「…あんまりうれしくない」
『どうして?』
「なんとなく、お世辞いわれているみたいで」
『そんなことないよ!ねぇ坊ちゃん?』
「!…ぼ、僕に聞くな!!」
赤くなってそっぽをむく。明らかに照れている。
むしろ言葉よりもわかりやすい表現に
は苦笑をもらした。
『雰囲気変わるよねぇ。長い髪も似合ってるよ』
しみじみ漏らすシャルティエ。
ものすごくうれしそうなその声にリオンが小さな嘆息を漏らす。
「いいから…さっさと使いを済ませるぞ」
1件目の指定は服飾店だった。
さすが富裕層の街だけあって店も立派だ。
店の前に立って思う。
…イレーヌさんの『遊び道具』はここで調達されるんだろうか。
乾いた笑いが漏れつつも、渡された封筒を開ける。
中にはメモともうひとつの封筒が入っていてそちらはリオン宛てになっていた。
「はい」
「?」
封筒を渡して自分もメモに目を落とす。イヤリングとペンダントを買ってこいとのことだ。
さて、一方
に気にもかけられなかったリオンあての「買い物リスト」にあったのは、リストと言うより手紙だった。
『リオン君へ
ちゃんに似合うものを選びなさい。
きちんと選んでこないと…あとで大変なことになるからねv』
…。
大変なこととやらに触れられていないところが、また、いらぬ不安をかきたてる。
(しかもさりげに命令口調)
『追伸 本人に告発して好きなものを選ばせたり、店員にまかせようなんて姑息なマネはしちゃだめよv』
告発というなんとなく物騒な言葉は見なかったことにして内容を要約すると…
つまりリオン1人で選べ、と。
はっきりいっていろんな意味で難しい課題だ。
手紙を目にしたリオンは素で困り果てた。
「どうしたの?」
「い、いや…」
「…おつかいはいいけどさ、どんなものまでとは書いてないんだよね…
あ、リオンの方には何か書いてある?」
「…。」
『特に指定はしないって。
ねぇ、
にモデルになってもらって選んだらどうですか?坊ちゃん』
これほどシャルティエが頼りになると思ったことがかつてあったろうか。
思わぬ助け舟にリオンは心の底で安堵する。
…いずれにしても根本的な問題は解決されていないのだが。
「またそういうことを…私をモデルにしてもしょうがないでしょ。ねぇ、リオン?」
「…」
普段だったら当然あり得ない。シャルティエの戯れ発言として終わる展開だ。
にもそれがわかっているから受け流そうとしている。
が、ここで断ってはチャンスを逃すことになる。
…チャンスって何のチャンスだ。
ふと我に変えると割り切れない葛藤が一瞬リオンを沈黙させたが…
「いや。そうしよう。」
黒いイレーヌ=レンブラントの前には論理的な思考は無力だった。
しかし今度はらしからぬ選択に
に訝しい顔をされてしまう。
真実を明かすことが出来ないリオン=マグナス。
苦しい言い訳が待っている。
「その…それを渡す相手が、丁度
と同じ髪と瞳の色の女らしい。
だから、合わせた方が…
というか、お前を連れて行けといったのもそういう意味だったんじゃないのか?」
しどろもどろに言いかけて詰まりそうになったところで、不意にそれらしい理由を思いつく。
とってつけたような言い分だが
はそれなりに納得したようだった。
「イレーヌさんの頼みじゃしょうがないね。じゃあリオン選んでくれる?」
よし。
そう気合を込めて密かに呟いたのはシャルティエだ。
リオンは再び小さな溜息をもらす。
「シャル、お前も手伝え」
『いいですよ♪』
一難去ってとりあえずリオンはまじめに選ぶことにした。
とにかくとっとと終わらせたい。
「お前が好きそうな色は…アクアマリン系か?」
「うん。よくわかるね」
「…。どうみてもピンクじゃないだろう。」
「でもそれって個人的イメージの問題で、黒髪黒目とは関係ないと思うけど」
「…」
さっそくもう一難やってきた感じだ。
好みとイメージは合わせられるのにそれを除外して選べというのだろうか。
なかなか酷なつっこみだ。
『まぁまぁ。とにかくつけてみたら?』
「わかった。じゃあそっちのリオンの選んだやつからね」
『え~?こっちのローズクォーツも捨てがたいよ』
「今、合わないって言われたばかりじゃない。」
「なんでもいいからつけてみろ」
きっぱり言われて渋々ながらもシャルティエ推奨のピンク色の宝石のついた小さな花を模したイヤリングをつけてみた。
意外なほどに似合っている。
いや、意外だからこそいつにない可愛らしさが浮き彫りになっているというべきか。
あまりの意外さにリオンは一瞬言葉を失った。
『ほら!可愛いじゃないですか!!』
「…本人が落ち着かないんですけど…」
「だったら別のにすればいいだろう」
イレーヌは小躍りしそうだが、本人が嬉しくなさそうな様子を見かねて初めに選んだものを渡す。
小さな房になっている水色のイヤリングを片耳につける
。
「どう?」
「…何か違うな。服のせいか?」
それはあるだろうね。いつものイメージから逸脱した服を着ているわけだし。
は乾いた笑みを浮かべた。
「ペンダントも一緒に選ぼう。同じデザインの方がいいな。統一性が出るだろう?」
「何か…リオンがまじめに他人の装飾品選んでるって笑えるよね。」
「…………」
人が雑念をはらって使いに専念していれば。
我に返らされて、リオンはややむっとする。
「いいから…チョーカーをはずせ」
と胸元の黒いリボンも解くリオン。
ちょっと待て。
「リオン、そういうことは予告無くしないで下さい。普通に驚いてしまいました。」
『敬語になってるよ、
』
「馬鹿者。ペンダントを当てられないだろう?襟を空けろといってるんだ」
開き直っているリオン。
そうでないといつまでたっても先に進まないことに気づいたらしい。
「色が白いからもう少し濃い色でも合うな。」
『アメジストはどうですか?』
「あぁ、品があっていいかもしれん。…嫌いか?」
「好き」
何気に恥ずかしいことを言っている部分は何事も無かったことにするリオン。
聞かなかったことにする
。
ある意味いいコンビだ。
2度目にリオンが選んだデザインは品のよさ・知性・色合いとばっちりはまっていた。
本人も気に入った様子だ。
「よし、これでいい」
自分の選んだものにいつのまにかご満悦な様子のリオン。
シャルティエはもう少し、色々あわせてみたかったなどと思いつつも微笑ましく思わず笑い声をもらしてしまった。
「…なんだ」
『いえ…。
、よく似合ってるよ』
「ありがとう…───って私のじゃないんだけど」
ぷぷっ
ついに噴出すシャルティエ。
リオンが複雑そうな顔をした。
「次は…花屋だって。」
「花くらいメイドに使いに出させればいいものを…」
それを言うならアクセサリーだってそうなのだが、リオンに指令(?)が下っている以上メイドでは用が足りなかったということだろう。
相変わらず意味がわからないので深く考えないようにする。
幸い花屋では特にリオンに向けられたメッセージはなかったので
の持っているメモどおりかすみそうの混じった華やかな花の束を片手に店を出る。
「カフェ・トリスでフルーツタルトとチーズケーキ。あ、そこで休んできなさいってメモってあるよ?」
「別に休むほど疲れてないだろ。用を済ませて早く戻るぞ」
「でも…」
はメモをリオンの鼻先に突き付ける。
「さりげに命令形だしさぁ…」
そこだけ真っ赤で血文字のようなおどろおどろしい筆跡だった。
言う通りにしないと呪われそうだ。
2人は今日何度目かの乾いた笑いと共に店に入る。
「だんだん天気も下降気味なのにね」
大きなウィンドウから外を見るとどんよりと空は黒さを増したようだ。
「こうしている間に降るなら降って止めばいいんだがな。…ん?」
シャルティエにこっそり話し掛けられてリオンは視線をテーブルの下へと落とした。
に聞えない声でシャルティエ。
『坊ちゃん…もの凄~く絵になってると思いませんか?』
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
しかし顰めながらも顔を上げると気付く。
白と黒のモノトーンのコントラストで清楚な姿をした
。
頬杖をついて窓の外を見ている。
その手元に暖かな湯気の立つ紅茶、そして傍らに置かれた花束。
「………………。」
ねっ?というシャルティエの声が遠い。
が振返るまで視線を外そうとしてもはずせなかった。
「リオン?」
そしてそう小首をかしげられると…
「………なんでもない…///」
と目線を流すのが関の山だ。
「そんなに違和感がある?」
「無い方がおかしいだろ…自分だってそう思っているくせに」
「もの凄くね」
まったくだ、とばかりに冷静な返答が返ってくる。
「でもさ…中身は変わらないんだから…そんなに態度変えられても困るんだけど?」
ばっちり動揺が伝わっている。元々聡いのだから気づかない訳はなかった。
そう言われてしまえばまぁ売り言葉に買い言葉で平常心には戻る。
「確かに中身はかえようが無いな」
『中身もそれなりだから様になってるんだと思いますがね』
「どういう意味だろう…」
『スタンやルーティだったら似合わないってことですよ。それに比べて…さすが僕の坊ちゃんと
ですねv』
ちょっと待て。いつから私たちは私物化されたのだ。
何か所以のないところで誇っているシャルティエに2人は呆れた視線を向ける。
そんなふうに和みながらも時間は経った。
なんだかんだ言いつつ甘いものを堪能して店を出る。
後はレンブラント邸へ戻るだけだ。
…と、いうところでとうとう雨は降ってきてしまった。
すっかり散って葉桜となった大木の下に避難した2人は降り来る雨を見上げている。
「もうすぐそこなのに。いっそ走ってみる?」
「8mも走ればずぶ濡れ間違いなしだぞ。僕は嫌だ」
珍しくきっぱりと嫌だとか好きだとかいう尺度で己が意志を主張するリオン。
それくらい勢いのある降りっぷりだ。
ついでに言うと買ってきた花もケーキも駆けて崩そうものなら、それだけで何が起こるかわからないではないか。
「通り雨だろ、直に弱くなる」
と動く気はないらしいその肩にも雫が落ちる。
樹の下では雨の雫も完全には免れかねる。
しかしもう居住区に入っているので雨宿りをできる軒先も無ければ、あったところでそこまで移動する気も無い2人。
しばらくして、リオンはしょうがないとばかりに溜め息を吐いた。
自分のマントをはずして
の肩にかける。
当然驚いて目を丸くする
。
明日は雪かもしれない。
「ど、どういう風の吹き回しかな…?」
『
、それけっこう失礼だと思うよ』
「だって…」
決して本気で反論している訳ではないから好意を受け取らない
も結構素直じゃない、とシャルティエは思う。
まぁ感情より理論が先立つ人はこういうものなのかもしれない。
一歩下がれば更に冷静に他の問題にも気づいている。
「リオンが濡れるし、寒いでしょ。」
「うるさい。黙ってじっとしていろ」
「…」
素直に黙られるとむしろバツが悪い。
落ち着かないようにリオンは続けた。
「お前を濡らしたりしたらイレーヌに叱られるのは僕なんだ。だから…」
続けてみたもののそこで言うことも無くなってしまった。
照れたように視線を横へ逃がす。
まぁ…傑作と豪語していたのだから万一ずぶぬれにでもなろうものならただでは済むまい。
次の瞬間には3人(シャルティエ含む)が同時に思い描いて青ざめていた。
「じゃあとりあえず…」
衣擦れの音と共にわずかな重みが肩にかかる。
「お約束ね」
はリオンの肩にマントをかけ直し、自分もその傍らに便乗する形で微笑んだ。
マントは少し湿っていつもより重みを増していたがやはり、何もかけないよりはずっと暖かかった。
『雨、止まないといいですねぇ』
「「なんか間違ってるだろ、それ」」
言葉と裏腹に口を挟んがために雰囲気をぶち壊してくれたシャルティエに、2人が同時につっこんだ。
* * *
小降りになったのは雨の音を聞きながら、互いの温かさに眠気を催す心地よさを覚えて間もなくだった。
明るくなってきた空の下、2人は歩き出してようやくレンブラント邸にたどり着く。
玄関を開けると待っていたかのようにイレーヌがマッハで駆け寄ってきた。
「リオン君!!よくやったわ!」
「?」
興奮した様子でがっちり手を握られて驚くリオン。
よくやったと言われるほどの使いでもないし、第一まだ買ってきたものは見せてすらいない。
しかもなぜかイレーヌはずぶ濡れだった。
一体どこで何をしていたのだろう。
そんな2人の疑問符など眼中に無いようにイレーヌは上機嫌である。
上から下まで滝にうたれたような姿で笑顔をふりまく様は、はっきりいって異様だ。
「い、イレーヌさん…?」
「ふふふ、思ったとおり!花束とシャレたケーキボックスをもつ姿が絵になるわ!!」
「「…」」
ヤな予感。
「アクセサリーを選んであげるリオン君も良かったわよv
あんなに似合ってたローズクォーツのイヤリングを選ばなかったのは残念だけど…アメジストでもまぁいいわ!!
リオン君の瞳の色と同じ、ってところもポイントよねっvvV」
「イレーヌ…まさか…」
「これからちょっと忙しいから行くわね。あ、風邪引かないように
ちゃんももう着替えていいわよv」
言いたいことだけ言ってイレーヌは嵐のように去っていった。
まるで幽霊のように、濡れた足跡を残すその背中を呆然と見送った2人。
ひょっとして…
ストーキングされてたのか──────────?(滝汗)
それから3時間ほど後である。
山盛りのフォーカス写真と共に、その事実を突き付けられるのは。
「雨に打たれるのも忘れて没頭しちゃったわvvV」
軽やかに渡された大量の写真を、リオンが他の仲間たちに見られまいとする苦労といったら…
「シャル!!一刻も早くバティスタの場所を感知しろ!!!!」
『無理ですよ~それよりも…あぁっ!ダメですってば処分しちゃ!!』
「うるさい!持っていられるか!」
「リオン君…ネガはあるのよ?いくらでも。」
「…………っ!!」
筆舌に耐え難い。
**あとがき6.10(6.14UP)
…季節に併せて話を書くのは趣があって大好きです。
さて、キリ番リクエスト77777、お題は「いつもより乙女なヒロインとリオンの甘話」です。
このヒロイン、ハロルドの薬でも使わない限り、自ら乙女は無理そうなのでイレーヌさんのお力を借りました(笑)
文字通り謀により乙女に仕立て上げ、です。
どこら辺が甘めかは微妙ですが、これでもいっぱいいっぱいなので(苦笑)リオンの不器用な照れっぷりを楽しんでいただければ幸いです。
リク頂いた麗夜さん、ありがとうございました!