人間性の問題?
デリケート問題
「何、読んでるんだ?」
珍しくルーティが本など広げているので、スタンが興味津々のぞこうとしたが、それは未遂に終わった。
「な、なんでもないわよ!」
なぜかうろたえたように本を閉じるルーティ。
あまりにも勢いがあったので違和感にいらない人間から関心を引いてしまうことになる。
「珍しいな、お前が読書か」
スタンに気を取られていたルーティはそうしてあっさり横から伸ばされたリオンの手に本を渡してしまう事になる。
『おばさんとお姉さんの境界線』。
「「「…………………………………………」」」
何人かの沈黙が重なった。
「お前………」
「ちっ、違うわよ! 私18なのにおばさんとか、ないでしょ!」
気にするには早い年である。
「確かに同じ女性でも、『おばさん』というのと『お姉さん』は違うな。でもどう違うんだ?」
おばさんとは言いがたい、見た目美人なお姉さん系のマリーが聞いた。
「年齢じゃないのか」
「でも妙齢の女性は線引きが難しい事もありますわ」
それで会話が続いてしまう。しかも全員参加してきた。
「立ち居振る舞いかなぁ」
がもっとも的確なところをついてくる。
「なるほどな」
リオンが本を開いた。
「ちょっ、いいのよ、その話は!」
返しなさいよ。とルーティがとびついているがリオンは何食わぬ顔で巧みにかわしている。
毎日戦闘に明け暮れるリオンにとっては造作もない動作なのだろうがなんだか微笑ましい光景だ。
「第1位、立ち上がるときに『よいしょ』など一言発する」
「…………………………」
「それ、オレもあるけどなぁ…」
スタンがなぜか複雑そうな顔をしたので、ルーティがそういった発言をたまにしていることについては言及されなかった、
「2位。試供品などタダのものは人の分までもらう」
「ルーティ……」
「なんでこっちを見るのよ!!!」
日頃の行いに、全員の視線が集まった。
いや、たぶんルーティのそれはちょっと意味が違うんだろうけど。
「次は?」
ルーティ以外のみんなでリオンの手元を覗き込むように円ができた。
3位、行列に割り込む
4位、おせっかいをやく
5位、場所に関係なく大声で話す
6位、人目を気にせず大声で友人を呼ぶ
7位、笑いながら周りの人をバシバシと叩く
以下省略。
「僕は、これらを全てしそうな人間をこのパーティで一人知っているんだが…」
「だれのことかしらぁ」
なんとなく自覚はあるのか、むしろ開き直ったようにルーティはおほほほほと高笑いをしている。
対して、スタンはなぜか大きくため息をついて肩を落とした。無自覚の行動だろう。
「フォローの仕様がないな」
あとはスーパーのビニール袋を必要以上に持っていくとか、人の買い物かごを覗くとか、おばさんとかいう以前の行動が書かれていた。
「つまり『図々しい』の一言に尽きるのかな」
ここへきて、ウッドロウ(いた)がようやく納得したように声を上げたが、故にルーティのアッパーをもろにくらう羽目になり、床に沈んだ。
「『スパッツ』という言葉を言ったらいけないのか…?」
と、スパッツらしきものを履いているマリーが困惑気味に呟いた。
彼女の目線の先には「スパッツ」「とっくり」などの言い方でファッションアイテムを呼ぶ、という記述があった。
「とっくりはともかく……レギンスもスパッツも同意だけど、傾向としてはスポーツ・インナーで丈が短いものがスパッツ。アウターがレギンス、って言われる傾向はあるよね」
レギンスはおしゃれなものが多いのに対し、スパッツは黒など一色物が多い所以かもしれない。
但し、これは本来単なる和製英語であったスパッツが、国際化にともないレギンス呼びに正されたという経緯があるので、現在の日本においては「レギンス」が正しいといえないこともない。
最も日本は異文化を取り込んで、自文化に同化させるのが十八番。
正直、使い分けされているうちはどちらが間違いとかいう判断には苦しむところであろう。
いずれにしても「和製英語」という言葉が成り立たないこの世界では関係のないことである。
「ついでにおせっかいっていうのは、人間性もあるから一概にそれだけでおばさんとも言えない気もする」
「おせっかいだらけのこのパーティでそれを言われると説得力があるな」
「良かった、オレおばさん認定されるかと思ったよ」
スタン、おばさんというのは不特定基準の女性への呼称であってあなたは死ぬまでどうがんばってもおばさんにはなれないよ?
「おじさんが総じておせっかいじゃないのはなぜだろうか…」
後ろでじっと矛先がそれるのを待っているルーティの視線を感じながら
はリオンの手から本をとってぱらぱらとめくる。
もはや意味はない。
「やっぱり女性と男性の性分の違い? 男女の脳は使い方にそれぞれ特徴があるって言うし、今度ちょっと調べて……」
「そんなことしている暇はない」
もう一度リオンは
の手から本を取り上げてそれをソファへと放った。
「そもそも男性にはなぜ『おっさん』という愛称があるのに、女性は『おばさん』一本なのか」
「そ、それは確かに……」
「くだらんな」
「だって、どうせ将来呼ばれるなら親しみをこめた呼称の方がいいじゃない」
「「「「…………………………」」」」
多分、いろいろ意味はある。
だが、それぞれがそれぞれの意味で図りかねて沈黙になっていた。
「安心しろ、お前がおばさんなどと呼ばれるところは想像できん」
「誰だって想像できないよなぁ……フィリアだってきっとずっと司祭様って呼ばれるんだろうし」
「そうだろうか。そもそも話の発端はその本が示す境界であり、条件に該当するのは──……」
「ウッドロウ!! こんなところに蚊が」
ぼぐぅ!
ルーティ、笑顔を浮かべつつ人の顔面に向かってグーで蚊を取る人はいないと思うよ。
「いいなぁ、男の人は『おっさん』って愛称があって」
「愛称じゃない。蔑称だろう、それは」
そもそも
がおっさんなどと誰かに向かって言っている姿が想像できないとリオンは言う。
「第一、『小母(おば)』など本来は一般語だろう。敬称をわざわざつけるのは、より丁寧な言葉を意図してのはずだ」
「社長にさん付けしたら失礼だよ」
かといって赤の他人の中年女性に「おば」と呼びかけるのはどうであろう。なんだか尻切れ感がないでもない。
「確かにそう考えると、おばさんというのは尊称でも蔑称でもないのですね」
「女にとっては非常にデリケートで難しい問題だわ!」
「そうなのか?」
よく考えたら自分は誰に対しても名前か役職で呼ぶのが好きなので、あまり関係のない話だと
は思う。
誰もがそうなら、こういう問題は起きないのではないだろうか。
あ、でも名前を知らない人をどう呼ぶかが問題なのか。
「簡単な事だよ、ルーティ君」
すちゃりと立ち上がったウッドロウをうさんくさそうな目でルーティは見た。
「年齢に関わりなく、私は女性へレディと呼びかける事にしよう。それでどうかね」
「世の中があんたみたいな見た目だけでも美形でおかしな性格だったらそれもありだとは思うけどね」
ルーティもどうでもよくなったらしい。
「まぁ分別ある大人は、年齢関係なく女性に対しておばさんなんて不用意に呼びかけたりしないと思うけどね…」
「感じが悪かったら若気の至りと哀れんでやれ」
といって、はたと何かリオンは気づいたようだった。
「というか、お前が一番赤の他人に対しておじさんだのおばさんだの言うタイプじゃないのか」
「う?」
「あーそういえば、情報収集するときとか、言ってるよな。全然嫌な感じじゃないから相手も気にしてないみたいだけど」
「自分が呼んでいるのだから、同じ年齢になった時に言われても文句は言えんな」
「なんでそうなるのよ!!」
リオン、無視。
飽きたのかつかつかと部屋を出て行く。それを勢いで追うルーティ。
「おじさん……か。私も一度、そう呼ばれてみたいものだ……」
「おじさん。何老け込んでるんですか」
、笑顔。
ウッドロウ、笑顔。
おかしな沈黙が、それからしばらく続いた。
2016.10.8UP(7.16筆)
女子高生でも、おばさんの片鱗を見せている人は結構いる。