オズの魔法使い 3
そして数日後……
「うわー家も服もみんな緑だ!」
「やっとエメラルドの都だね」
行く手がなんとなく緑色に見えてくるようです。
ようやくドロシーたちはエメラルドの都に到着しました。
都はながい塀に囲まれ、正面には緑色に輝く大きな門がありました。
「お前たちはなんの用があってこの都に来たのだ」
門の中から緑色の服を着た門番が現れました。
「私たちはオズの大王さまに会うために来ました」
それを聞いて門前払いを食らうところでしたが北の魔女の紹介だと告げると門番は言います。
「まぁそれなら宮殿までは案内しよう。その前にここではこの眼鏡をかけねばいかん」
門番は大きな箱からいろいろな形をした緑色の眼鏡を出しました。
そして、一人一人にあった大きさの眼鏡をかけてくれました。
「この都ではみんな眼鏡をかけないといけないのだ。そうでないと目がくらんでしまうからな」
眼鏡は細い鎖が付いていて頭のうしろでつなぎ、ぱちりと鍵をかけられました。
「緑の眼鏡……!」
『~~~~!!!』
「何笑ってる、シャル#」
声を押し殺しているトトにブリキのきこりが怒っています。
都は家も緑色なら歩いている人もみんな緑。服も帽子も靴もみんな緑色に見えました。
宮殿はまばゆいばかりにエメラルド色に輝き、緑のひげを生やした番兵が立っています。
番兵はいったん奥へ行くとまもなく戻ってきて言いました。
「大王さまは本来は誰も会えませんが、あなたたちには特別お目通りになるそうです。ただし、一日一人ずつですからしばらく宮殿に滞在していただくことになります」
そうして四人と一匹は緑色の部屋へ通されてその日はゆっくり休みました。
「みんな緑だと気が狂いそうだ……」
「赤じゃないだけマシだろう」
興奮色でないのは確かにマシと言えばマシでしょう。
さて、翌日。
大王にまず会うのはドロシーでした。
部屋がエメラルド一色なのは想定内でしたが、驚いたことに正面の玉座には大きな頭がごろんと乗っていました。
頭には毛が一本もなく、大きな目と鼻と口がこちらを向いていました。
「!? その体でどうやって移動が!? そもそも玉座にどうやって乗ってるの?」
謎は五万と湧いて出ますが、見当違いなので置いておいて。
「わたしがオズの大王だ。そなたは何のためにやってきたのだ?」
その声は外見ほどは恐ろしい声ではありませんでした。
ドロシーは本来の目的を思い出して言いました。
「私はこの国の人間ではないのですが、家へ帰りたく……オズの大王さまならそれができるのではとお聞きしました」
大王は、考える間もなく返事をします。
「それならばウィンキーと言う西の国に、悪い魔女がいる。その魔女を殺してくるのだ。あの魔女はとても性悪でとても困っておる」
オズの大王は四魔女よりも強いと聞いていますが。
のどまで出かかった疑問を制してドロシーは言いました。
「殺すなんて、大王さまにもできないことを……」
「これが私の答えだ。下がってよく考えるがよい」
仕方ないので相談することにして、ドロシーはいったんみんなの元へ戻りました。
「どうだった!? オズの大王って!」
「妖怪だった」
「?」
相談以前の問題でした。
次の日はかかしが大王に呼ばれました。
ところがエメラルドの椅子にはかんむりを被った美しい女王が座っていました。
ドロシーから聞いた話と違っていたのでかかしは驚きました。
「あなたの望みは何ですか?」
「あ、はい! オレ、脳みそがほしいんです!」
役になりきっているのか何も考えていないのか微妙なライン……
「ならば西の魔女を退治してください。そうしたらこの国一番の賢い脳みそをあなたにあげましょう」
女王の話を聞いてかかしはみんなのところに帰ってきました。
「オズの大王さまは、きれいな女王様だったよ」
「そんなのおかしいよ。女王は大王とは言われないだろうし」
「化け物であった点はどうでもいいのか」
首をかしげるドロシー。
三日目はブリキのきこりの番です。
椅子の上には、恐ろしい姿の獣が座っていました。
ゾウのように大きく、さいのような角があって目が五つ。
体には手と足が五本ずつ生えていました。モンスターもびっくりです。
「今すぐ倒していいか?」
なんとなくその気配を察してリオン。
「お前には望みがあるのではないのか?」
問われて一つため息をつくと、本来の目的を告げました。
「僕を人間に戻してくれ」
「心臓だったら入れてやれるが」
間(ま)。
「いずれにしてもお前が彼女を助けて、西の魔女を倒して来たら望みをかなえよう」
オズの大王は大きな体をゆすって答えました。
ブリキのきこりも皆の元に戻り、その話をし……
四日目。
臆病なライオンの番になりました。
大王の部屋に入ると王座の上では真っ赤な火の玉が燃えていました。
ライオンの願い事を聞くと火の玉は燃えながら答えました。
「勇気がほしかったら西の魔女を倒してくるのだ」
聞いているうちに、ライオンは体が炎でひどく熱くなって部屋から出て大変なため息をつきました。
「寒冷地育ちにはきつかったか」
「リオン君、私はまだ何も言っていないのだが」
オズの大王は姿を次々に変える大変な魔法使いだったのです。
「ともなく、西の魔女を退治するしかないようだな」
「みんなが困ってるなら、オレはやるよ!」
「君の心を手に入れるためならば、魔女など何、気にすることはない」
目的の行く手がバラバラな仲間たちの心がひとつになっているのかなっていないのか微妙なところでドロシーはとにかくウィンキーに出かけてみることにしました。
ウィンキーへの道はありません。
門番に眼鏡をはずしてもらって、歩いていくとみどりの野原はすぐに荒れ野に変わりました。
太陽がぎらぎら照り付け、日陰さえありません。
「荒れた国だね」
「これじゃあ心もすさむだろうなぁ…」
話ながらなるべく早く、厳しい道のりを超えようと四人と一匹は頑張ります。
そんな一行を西の魔女はすぐにみつけました。
魔女にとって千里を見通すことなど造作もないことでした。
「あら、獲物が入ってきたわね。楽しませてもらいましょ☆」
魔女は首に下げた銀の笛を吹きました。
するとたちまちたくさんの狼が集まってきました。
「あいつらのところへいって、ひきさいておやり~!」
狼の群れはドロシーたちが眠っているところにどっと押し寄せました。
「狼だー!」
「テンション上げてる場合か!」
「ここは私とスタン君が引き受ける! 君は下がっていたまえ!」
「僕を除外していいところを見せようとしても無駄だぞ?」
四人の中で一番戦闘能力にたけたブリキのきこりが片っ端から狼をやっつけました。
次の朝、目を覚ました魔女が荒れ野をみるとドロシーたちは元気ではありませんか。
「さすがに狼くらいじゃだめなようね……これならどう?」
また笛を吹くとたちまちカラスの群れが空を暗くするほど飛んできました。
「名付けて、不吉なジンクス狙いのヒッチコック作戦☆」
カラスたちはドロシーたちに襲い掛かりました。
『うわぁぁぁ! 不吉っ!』
「カラスって、単体だと利口なんだけど集まるとなぜか烏合の衆と言われてね……」
「うんちくはいいから隠れてろ!」
すかさずドロシーの頭を押さえてブリキのきこりも体を低くします。
「スタン! ここはお前の出番だぞ!」
「えっ?」
『あぁ、かかしだもんねー』
「あ、そういうことか!」
スタンはどういうわけか(わからないでもないけど)両腕を広げてびしっと十字に立ちました。
……。
カラスは躊躇したようですが、次の瞬間一斉にかかしに襲い掛かりました。
「わーー!?」
「……尊い犠牲だな……」
ていうか、動かなければなんの解決にもならないのでは。
遠い目で集中攻撃にさらされるかかしをみながらドロシーとブリキのきこり。
無事な三人を見て魔女はまたまた銀の笛を吹きました。
すると今度は蜂の群れが現れたではありませんか。
「うわー、的が小さいだけに厄介だな」
「当然次は、ライオンの出番だろうな?」
「ふっ、残念ながら原作でもここは君の番だよ、リオン君」
つまりライオンは役立たずですか。
えらそうに言うライオンにドロシーとブリキのきこりはさっと地に伏せました。
【豆知識】ハチは横の動きには反応しますが眼の構造上、下が見づらいのでとっさの時は素早くしゃがむと姿を見失います(ただし、飛び回っているのでいつかは気づかれる)。
君子危うき近寄らず、が一番ですが襲われた場合は見失っている間に緊急避難しましょう。
すると視界に入ったのがライオンだけになったので、当然蜂の向かう先は、言わずもがな。
「なかなかやるわね。こうなったら最後のセオリー。『ヒロインだけ攫う』行ってみましょー♪」
魔女はそういうと使い魔を呼び出しました。
「西の魔女様、およびですか?」
「端役な割に、何よロニ。その仰々しい挨拶は」
「端役だからこそ目立ちたい! それが! ファイナルプレイヤー!!」
何でもよさそうに魔女は言いました。
「あのブリキのきこりを何とかしてドロシーをさらってきなさい」
「あのブリキのきこり……」
使い魔は魔法の鏡(いつあった)に映った姿を見て言いました。
「いやいやいや、俺一人じゃ無理だろ!? 端役でいいから誰かもう一人呼んでくれよ!」
自分の方がぼこぼこになる予感に使い魔は叫びます。
「ふっふっふ、最終手段があるわ。これを持って行きなさい」
魔女はそういって使い魔に数枚のブロマイドを差し出しました。
「こ、これは……!」
そこには長い黒髪の美しい、メイドの姿が映しこまれていました。
「男のあこがれ! 正統派メイド!!」
「あこがれはともかく、うまく使えば効果があるから隙を見てドロシーだけかっさらってきなさい」
……というわけで。
「かっさらわれました。魔女はハロルドだったのかぁ」
ドロシーが魔女の前に引き出されました。
ブリキのきこりはいませんが、使い魔はむしろ想像以上にボコボコになっています。何があったのでしょうか。
「ふーん、珍しくヒロイン役やってるわねぇ」
「なんでかね」
二人して首をひねっていましたが、魔女はとりあえず台所で働くようにドロシーに言いつけました。
「魔女の食卓……」
詩的な響きです(だからどーした)。
魔女はと言えば、大きな魔力の宿った銀のくつをとりあげようと画策をしていました。
超古典的な方法ですが、台所の通り道にわざと棒を仕掛けておきました。
「古すぎて新しいっ☆」
しかし、魔法をかけたので人間の目には見えません。
そのためにドロシーは……
「わぁっ!?」
つまずいてトレイに載せていたものをそれは見事に放り投げてしまいました。
「あっ! あんた!なんてことを!!!」
その時でした。
逆さになった水差しの水が目の前にいた魔女にかかってしまいました。
「なんてこと?」
「……あんちょこ持ってるなら最後まで読みなさい」
とりあえず冷静に突っ込んでから突然芝居がかった苦しみ方をして魔女はうずくまりました。
「私に水をかければ溶けてしまうってことを知らなかったの!?」
「なめくじみたいだね」
「仕方ないじゃない。そういう設定なんだもの」
「知らないの当たり前だし、知ってたら最初から水かける機会を伺ってたよ」
それもそうね、と魔女はドライに納得し、
「でもじゃあ手を洗うとかお風呂とかどうしてたわけ?」
「私が知るはずないじゃない。ま、それなりに楽しめたからいいわ」
そういって消えてしまいました。
「とりあえず、退治は完了したようだけど……誰もいないと何言っても独り言に」
ドロシーがそうして宮殿を出ると、悪い魔女に支配されていたウィンキーの人たちは喜んで宮殿前に集まってきました。なんという地獄耳なのでしょう。
そして、かかしやブリキのきこり、ライオンともなんとか無事に合流です。
『ずいぶん早い帰還だね』
「ハロルド、遊ぶだけ遊んだから満足したっぽい」
水が絡む食事や入浴や雨は今までどうしていたのかという謎を残しつつ。
「すぐにオズの大王のところに行って願いを聞いてもらおう!」
「ウッドロウさん、ずいぶん張り切ってますね」
悪寒。
一部喜び勇んでそうして一行はエメラルドの都に帰りました。
また緑の眼鏡をかけられて、番兵が大王に報告するとみんなは宮殿で待たされました。
ところが何日もまたされて大王の部屋にようやく入ると、どういうわけかエメラルドの椅子には誰もいませんでした。
「せっかく魔女を退治したのに大王様、どこにいったのかなー」
「見えないが私はちゃんと椅子にかけている。話を続けるがよい」
どこからか、聞き覚えのある大王の声がしました。
「西の魔女を倒してきたので、お願いを聞いてくれませんか?」
ドロシーが言いました。
「オレは脳みそ!」
「約束通り、私に彼の人の心を……!」
「お前は悪魔と契約でもしたいのか?」
ライオンの願いがエスカレートしたところで、ブリキのきこりはため息をつくばかりです。
「考えておくからまた明日来るがよい」
しかし、返事はにべもなく……
「なっ! そのために私は幾多の試練を超えて……!
「あんまり役に立ってなかった」
「いかだを岸につけたくらいか?」
そういうとブリキのきこりはすたすたと入り口とは逆の方向へ歩いて行って、カーテンを剣で切り裂きました。
「茶番はここまでだ」
「「ヒューゴさん!?」」
驚いた声が重なりました。ひとつはかかし。ひとつはドロシーでした。
「なんだ、お前もこの配役に気づいていなかったのか?」
「オズの大王の正体は、科学者だからハロルドかなぁと思ってたけどハロルド魔女だったし……」
「普通に驚いたよ!」
多分、驚いた意味が違うのでしょうが置いておくことにします。
「やぁ、みつかってしまったな」
「どういうことなんだこれは?」
マイクを片手にヒューゴ=ジルクリスト氏……もとい、オズの大王は悪びれもなくカーテンの陰から出てきました。
「大王さまは美しい女王様だったのに……」
「あの大頭はちょっと趣味が悪いですよ、ヒューゴさん」
「一体どうなっているというのだ」
口々に感想を述べています。
「私は科学者で、魔法使いではないんだよ」
「それは知ってます」
有名なラストですから。
「なんでこんなことをしたんです?」
オズの魔法使いを知らないかかしことスタンが尋ねました。
「ある日、飛行の実験を行ったら操縦不能になってしまってな。降りたところがこの国だった。この国の人間は空から降りてきた私を見て大魔法使いだと思ったらしい」
「これだからファンタジーは」
ブリキのきこりが半眼になっています。
「まぁこの国の人々もよくしてくれたし、私は科学者としてできることをしているうちにいつのまにか王になってしまったんだよ」
「それは民の方にも責任がありますね」
王になるくらいだから功労もあったのだろう。
ドロシーは同情的です。
「眼鏡をはずしてごらん」
言われた通り、眼鏡をはずす一同。
「あっ!緑じゃないものもある!!!」
「そりゃ眼鏡が緑なんだから当たり前じゃないか……」
番兵のひげや人間の肌の色までうっすらと緑色に見え始めた時点で気づいてほしいものです。
エメラルドの都のすべては、エメラルドではありませんでした。
「普通に科学とは関係ないだろ」
これだからファンタジーは(二度目)。
「私は宮殿を作るようにまでなって、まぁそれからは研究の方に没頭してしまってな。だから未だにこの国の人々は私を魔法使いだと信じているんだよ」
「科学者ってある意味、魔法使いですよね」
『ってばロマンティストだねぇ』
そうだろうか。
魔法にも何らかの法則があると思うのだが。とは関係ないので言わないドロシー。
「だから当然、魔女など倒す力がない。あと3か月待ってくれれば西の国ごとふっとばせる兵器は開発できたはずだがな……」
「十分なのではないですか」
むしろ魔女より物騒です。
「そんなわけで君たちの非・科学的な望みを叶えることはできないんだよ」
「そんなことはないだろう! 惚れ薬とか媚薬とか、科学の力でどうにでもできるのではないのかね」
「すみません、私願い事変えてもいいですか」
おそらくライオンを何とかしろとかいう類のお願いでしょう。
かかしだけは役柄を何事もないかのように続行しています。
「じゃあ脳みそはもらえないのかな」
「君はもう立派な脳を持っているじゃないか。そんなに脳みそがほしいなら、専門外の人体実験になるけど、変えてみようか」
「え、遠慮しておきます!」
「じゃあ私の望みは……」
「勇気だったはずだな。それは非科学的なものなのか?」
ブリキのきこりが聞きました。
大王はちょっと悩んでいるようでした。
「私には、君に勇気がないようには思えないのだが……でもどうしても欲しいものならバーサーカーになれる薬を作ってあげよう」
「良かったな」
勇気とは、危険に立ち向かうためのもの。
ライオンはすでにそれを持っていたのです。
「それでお前は何がほしいのだ?」
「僕は何もいらない」
欲しいといったところで嫌な予感しかしないので、ブリキのきこりは謹んでご遠慮申し上げることにしました。
「じゃあ私は……」
ドロシーは言いました。
「魔法の靴のかかとを三回鳴らすと帰れることは知っているので、何か、楽しいことがあったら教えてください」
「私はそろそろ機体を修理して帰ろうかと思っているのだが、一緒に来るかね」
台無しなところで意外なことに大王は本筋に話を戻してくれました。
「いつでも帰れるから、今じゃなくてもいいかな」
『僕も坊ちゃんとと居られるなら、今じゃなくてもいいかなぁ……』
何やらトトがわっしょいとはしゃいでいます。
「私がいなくなった後は賢いかかし君が王様になればいい」
「ちょっと待て。この国が滅亡するだろ、それはやめろ」
「えーどういう意味だよー」
かかしは少しだけ不満そうでした。
「でも、みんなで居られたらいいよな! 旅も楽しかったし!」
「私も君がいてくれるなら、幸せだ」
この国にいてもいいかなと思ったドロシーの気持ちが揺らいだ一瞬でした。
「ヒューゴさんももう少しいてください。そしたらきっと楽しいことがまだあると思うんです」
「ふむ、そういうことなら……」
そして、オズの魔法使いは科学と言う名の魔法でエメラルドの都を治めました。
ドロシーとかかしやブリキのきこり、おまけにライオンも一緒に。
「ちょっとぉ! あたしの出番はどうなってるのよ!!!」
南の良い魔女のルーティ グリンダは、出番もなく……
「エメラルドが本当にあるなら、あたしから出向いてやるわよ!」
もう少ししたら、まだまだ都はにぎやかになりそうです。
オズの魔法使い 完