冬の雑踏
昼日中でも頬をなでる風が冷たい。
ノイシュタットの雑踏は、冬でもあまり変わらなかった。
メインストリートは賑わい、貧民街はどこか暗く人通りが少ない。
はそこそこにぎわっている公園のベンチに腰をかけてリオンと並んで海の方を見ている。
見ている、というか「向いている」が正しい。
時は神の眼を追いノイシュタットへやってきてほどなく。略奪船と対峙するよりは前のことだ。
単に集合時間を決めて、集合場所に一番最初に来たのが であり、二番目にきたのがリオンだった。それだけだ。
言うまでもなくリオンは自分から気さくにしゃべるタイプではなく、自分の思考に沈んでいるため もただ黙って雑踏を眺めている。
その沈黙になぜか耐え切れなかったのは、シャルティエだった。
『坊ちゃん、どうしたんですか?』
「何がだ」
静かなのは大体なので、聞かれたリオンの方が本当に訳がわからないように、そう問い返す。
も唐突さを感じたので、リオンと同じ心地でシャルティエに視線を落とした。
『え……』
その視線を受けて、いや、あの、としどろもどろに返している。
それを見て、ぷっと笑う 。
「あんまりにも会話がないから、変に気を使っちゃったんだね」
そう指摘されて、そのとおりなのだろう。シャルティエからはその通りですーとばかりの気配。
「別に、何をそんなに話すことがあると言うんだ」
『せっかく二人きりなんだから、普段しゃべれないこととか!』
「……訓練してもらってるから、割と二人きりなことはあると思うけど」
は相手をよく見ているため、リオンの思考を邪魔するようなことはしない。自分の思考を邪魔されるとどんな気持ちであるかを知っているからだろう。
かといって、話しかけられれば話さないほうでもない。ので、こんな感じになる。
シャルティエが気を使ったので、それに答える形で の方から話しかけた。
「リオン、何考えてたの? 難しいこと?」
「いや、別に。考えていようといまいとあまり変わらないことだ」
関係ないだろ、と言わない辺り……本当に大したことの無いことなのだろう。
思いつめた風でもないので、 も敢えて聞いてみればそう返ってきた。
「そう。だってよ? シャル」
『えっ』
そこで僕に振る?と続きそうな声だ。彼が人間ならば目を白黒させる姿が見られたかもしれない。
「リオン、考え事は室内でも出来るんだからせっかくだし、海でも見に行く?」
「お前な…つい昨日まで僕らは船旅をしていたことを忘れたのか」
「陸から見るのと船から見るのは、違うと思う」
飽きるほど見て、というか実際ルーティなど真っ先に飽きて久しく自ら見なかったそれをまだ見てもいいという に呆れたような顔をするリオン。
「じゃあ鳥の声でも聞いてみる?」
「……一体この街中にどれほどの鳥がいるというんだ」
「ん~……」
話の取っ掛かりとしては、シャルティエの一言はいい機会になった。
はリオンに聞かれて眼を閉じる。
十秒に満ちるか満ちないか。じっと待っていると、結構長い。
「どの町でも聞くような小型の鳥と中型のが一種類ずつ、それからもう一種類は……冬に里に下りてくるのかな、小さいの」
そういわれて、リオンは少し驚いた。
シャルティエも同じだったらしい。波の音や雑踏で、二人にはそれが聞こえていなかった。
「今はそれしか聞こえなかった」
『それだけ聞こえれば十分じゃ……』
リオンも言われて少しだけ耳を澄ました。
確かに何種類かの鳥の声がする。聞こえるが、それを小型と常駐型に分類すると言うのは、なかなか瞬発力のいる判断だ。
「でも何の鳥だかはわからないね。鳴き声と姿が一致してるわけじゃないし……」
小さな鳥であれば、すずめなどのようによほど目にでもしない限り、枝から枝へ渡る姿を捉えて覚えるのは難しいだろう。そもそも誰もそこまで求めていない。
しかしそこでつい、とその目線が顔ごと右上を向いたのでリオンの視線もそれを追う。
真っ青な冬の空に、鳶が輪を描いていた。
「あれが鳴いたのも聞こえたのか」
「リオンがどれくらい鳥がいるかって聞くから……つい拾っちゃうようになったんじゃないか……」
確かに意識をするのとしないのでは違うだろう。
証拠に は、今度は目を閉じなくても遠くにいるのであろう小鳥の声を指摘する。
『耳がいいですね』
「目聡いだけじゃなく耳聡いのか。……使えるな」
「何に」
本人的には、鳥の声を聞こえること以外としては長所とはあまり思っていないらしい。
確かに、聞こえすぎるのは苦痛になることもあるだろう。
街で暮らすだけなら、それほど鋭敏である必要はない感覚かもしれない。
が思わず聞き返すと、すっと瞳を細くしていたリオンが顔を上げる。
「普通に旅をするのに、だ。モンスターの襲撃だのなんだの、割と重要な感覚だぞ」
「あぁ、そういうこと……」
納得している。
『これは鍛え甲斐がありますねぇ、坊ちゃん』
「本当!?」
なぜ急に嬉しそうに食いついてくるのだ。
リオンが興味を示したことで、シャルティエもなんとなく嬉しそうだ。
「まぁ……伸び代はあるだろうな。鈍感な奴は何をやっても鈍感だ」
逆に思うところがあるのか、溜め息をついているリオン。
「そっか~じゃあ、頑張ろ」
「……」
頑張らなくていい、となんとなく思うリオン。
大体、こいつが頑張るとあまり好ましくない事態が待ち受けている。
今までの経験から言って、パーティ全体の進路にとっては概ねよいことでも刹那的にはリオンの精神衛生上よろしくないことが起こる。
自分の身は自分で守れと言った。
それを逆手に取られて、今現在、剣を教えているのも自分だが…
「一朝一夕にできるわけないだろ。頑張るな」
「じゃあダレてればいいの? リオン、怒らない?」
「……」
それはそれで怒る羽目に陥るので、結果的に弁理では叶わないことになるリオンはただ、沈黙した。
が、白旗をあげるにはおかしい事態であると反論をすぐさま思いつき、言ってやる。
「お前は『適度』という言葉を知らないのか!」
「でも手を抜くのって難しくない? ちゃんと加減がわからないと抜けなくない?」
正論なので、黙るしかない。
しかし、それで砂漠で倒れたことを思い出し、はたと我に返るも は割と真顔だった。
ちょっと頭を抱えたくなるリオン。
ぴーひょろろろ
『あ、トンビが鳴いた』
スタンたちの誰かが来るまでの間、二人はそんなふうに他愛もない会話を交わし続けるであろう。
そんな二人を他所に、なんとなくのんきに呟くシャルティエの声は、マスターには届いていなかった。
2017.12.11筆(2018.1.1UP)
すっかり冬の空ですね。いつもの散歩道で耳を澄まして聞こえた声から出来た話(どうしてこうなった)。
またしてもお題カテゴリ行きか微妙ですが、連載がらみの設定も出てるので、D1として更新です。
連載では桜の季節なので、if的な季節設定ですが、たまにはD1に戻ってみるのもよいものですね。