誰かを喜ばせたい君が、喜んでくれたら嬉しい。
For You
時は、束の間の平和。あるいは休息。
神の眼を奪還してこの時点では、まだ小さな英雄とでもいうべき
ソーディアンマスターたちはそれぞれの故郷へと凱旋していた。
風は温んでいた。
ダリルシェイドの春は早い。
セインガルド平原へと吹きぬける暖かな海風の恩恵も受け、ファンダリアはもちろんのこと、山間部に位置するストレイライズ、ハーメンツなどよりもずっ と早く花々が芽吹き始める季節でもある。
まだ天気が崩れると、たゆたう空気は冬へと逆戻りもするが日射しの降りそそぐ日はなんとはなしに人々の足取りも軽い。
そんな中、どこか浮かない顔の人間が一人────
『坊ちゃん、どうしました?』
「…」
なんとなくシャルティエの声にも上の空である。
実際はそこまでぼんやりしていないのだが、普段鋭利な雰囲気をかもしている人間が思考に沈んでいるとそこはかとなくそうみえるものである。
あるいは、人によってはこの顔立ちの整った少年に、憂いを帯びた表情を見出すかもしれない。
人間とは視覚から8割の情報を紡ぐ生き物であるからして。
とかなんとか思い出しながら開け放たれたドアの廊下側から
はその様子をしばし眺めていた。
換気のためだろうか、開け放たれた窓から抜ける緩やかな風は窓辺のカーテンを大きく揺らしていた。
『坊ちゃんってば』
「リオン、どうかした?」
第一声を「大丈夫?」にしようかと思ったがあまりにもなのでやめておいた。
「…
」
さして驚きもせずに彼は振り返る。
ということはつまり「ぼんやり」も「没頭」もしていなかったということだ。
まぁドアを開け放っているくらいだからそこまで無防備なことも無いだろう。
シャルのことはなんとなく相手にしていなかった、くらいだろうか。
「…」
それともやはり何か思うところがあるのだろうか。
彼は戸口に立つ
をじっと品定めでもするようにみつめている。
『「?」』
吹く風が黒い髪を揺らした。
それからリオンは勝手に何かを決めたらしかった。
考えるのをやめたらしくイスから立ち上がる。
「
、ちょっとつきあえ」
「何に」
どこへ、なんだかもわからない。
しかしとっさに出た一言にもなんとなく自ら違和感を覚えつつ。
「マリアンの誕生日が近いんだ。いつも世話になっているから何かプレゼントがしたい」
「『あぁ、そういうこと』」
なんとなくいつのも冷静な態度で言われたが、シャルティエと
の二人から「納得」の意を示されてなんとなくむっとしたような表情になるリオン。
どういう意味だとばかりに神経質に眉が顰められた。
そういうことなら話は早い。
今のところはとりたてて用もなく、時間もあるのでリオンの言うとおりつきあうことにする。
改めて勧められて部屋へ入るとリオンは開け放たれていたドアを閉めた。
なんとなく喧騒が遠くなって、開放的だった空間が個室に変わる。
行き場を失った風が少しだけ弱まった。
「といっても…私、女心はちょっとわからな…」
「お前は曲がりなりにも女だろう」
力になれるかどうかと言う前ですっぱり発言を断たれてしまう。
曲がりなりにもであろうが正統派であろうがわからないものはわからないのだから仕方ないでは無いか。
今度は、
のほうがちょっと表情を難しくする。
論点は見事にずれている。
『坊ちゃん、またそういうことを…』
「じゃあ女心はおいといて考えよう」
その表情をどうとったのかそう言ったシャルティエのフォローも、故に無駄に終わった。
突っ立っていてもおちつかないのでリオンのベッドにぽすりと腰を下ろす。
部屋の主は腕を組んで
を見下ろした。
「…嬉しいものは人それぞれだからね。例えばルーティだったら
現生(注.※現金のこと)が一番喜ばれるだろ うしマリーだったら…銀のおたまとか?」
「例えが極端すぎだぞ」
「わかりやすいでしょう」
『わかりやすすぎだよ』
それでも言わんとしていることはものすごくわかるから不思議なものだ。
確かに
なら華美な装飾は喜ばないだろうし、自分だったらプレゼント自体欲しいだとかろくに思わない。
…それも極端なわけだが。
「マリアンさんかぁ…家庭的な女の人って実用的なものも好きだけど、それじゃ味気ないよね」
なんだかんだいいながら、考え始めているようだった。
視線を虚空に向けて指先を口元にあてがう。
ふぅーむ。
と、悩んだの時間はさしてかかっていなかった。
「わかった。まだ日はあるんだよね?」
「あぁ」
「じゃあちょっと待ってて。その時にまたつきあう」
「…お前が僕に付き合うんで無くて世話役としてつきあえといっているんだ」
「はいはい」
いつから世話役になったのか。
客員剣士ならぬ、ヒューゴ邸の客員学士(?)なのだからまぁそういう役もありなのかもしれない。丁重な待遇と言うより自分的には居候に近い身分だ。
「考えておくから時間ちょうだい」
といっても正味2,3日といったところか。
保留ということにして
はリオンの部屋を出た。
* * *
結局のところ、贈り物というのは悩んでも原点に戻ってくるものなのかもしれない。
奇抜なものもいいけれど、お約束というのも多分、悪くは無い。
というわけで。
「…どうして僕がこんなことを…」
何やら後ろからぶちぶちと聞こえてくるが聞かなかったことにして
は目の前にある切り立った岩にひょいと上がった。
ダリルシェイド郊外の草原を抜けた先、そうしていくつか一般人は敢えて来ないだろうなぁという場所を抜けて出たのが海辺に面した崖の側だった。
がそこに上ったのは手っ取り早く目標の物をみつけるためだ。
その後ろで見上げたリオンの手には芳しい香りを放つ、振れば鳴りそうな鈴のような白い花。
小振りだが、野の花にしては上品そうなそれが本日の目的である。
例のプレゼントを調達に行くというから一緒にヒューゴ邸を出た二人。
軽い気持ちで出てきたリオンを待っていたのは探索だった。
その花は以前、一度だけ見てとても印象的だったとマリアンに言わしめた逸品。
しかし、いかに珍しい花とはいえ花摘みというとメルヘンでもある。
現状を拒否したい一方で、マリアンがそれをもう一度見てみたいといっていたという話を聞いてリオンも退くに退けなくなった次第であった。
結果、植生が限られ街では流通していないため自ら調達する羽目に陥り、今に至る。
無論、マリアンにとってはそれは
との雑談(という名のリサーチ)の一部でしかない。
自分に贈られるなどとは夢にも思っていないことだろう。
だからこそ、贈り甲斐もあると
は思っている。
岩の上で海からの風に髪を撫でられ、しばし
はその先を眺めていたが振り返るとそのまま腰をかけ、リオンを見下ろす形になる。
「だって喜んでくれるものを贈りたいんでしょう?」
「…」
複雑な顔にて閉口。
それにしたってここに来るまでみつけたくらいではまだ束になるには程遠い。
探す間に萎れてしまっては意味は無いのではないかという気持ちもあるのかもしれない。
『まぁものだけで喜ぶってものでもないですからねぇ』
「ここまで引っ張ってきておいて出鼻をくじくようなことを言うな」
少々笑みを含んだ声で言うとそんなふうに不機嫌な声で返され、シャルティエは慌てて『そういう意味じゃないですよ!』と否定をした。
「ねぇ?」
とシャルティエに同意を示したのは
。
遊ばせている両足の脇に手をつくようにして前かがみになると影が揺れる新緑の草葉の上に落ちた。
「プレゼントって何かもあるけど誰がくれたかでも違うよね。
リオンだって、マリアンさんが記念日を忘れないでプレゼントしてくれたら嬉しいでしょう?」
「ぼ、僕は…!」
「…他の人だとそのまま捨てるくらいの勢いのくせに」
「…」
図星なのか思い切り黙り込んだリオン。
ちょっと毒を含めてみたのが意外に効いたらしい。
シャルティエからもちょっと苦笑するような気配が返って来る。
は今度は岩の後ろに体を反らすようにして手を回すと一輪、長い茎の白い花をつまんでリオンの鼻先に差し出した。
「!」
「はい、あげる」
驚いたように目の前に揺れる小さな花をリオンは手に取った。
再び立ち上がって岩の向こう側に降りる
。
リオンもそれに続いて───
『うわっ!当たりですね!!』
遮られていた海風がふいに正面から吹き上げた。
マントが風をはらんで大きく翻る。その眼前は、探す霞の点在する花畑。
甘い香りが鼻腔を突いた。
は既にその向こう側で膝をついて花を自らに傾け作業を開始している。
リオンは岩から降りてその傍らで様子を眺める。
「リオンも摘んで。プレゼントするのはリオンなんだから」
「あぁ…」
マリアンのために、という理由はリオンに対する水戸黄門の印籠だ。
群生地を見つけて拍子抜けしたのか素直に手伝うリオン。
ともあれその言葉の威力に改めて内心舌を巻く。
そうしていつのまにか文句も言わずに黙々と作業に勤しんでいる。
本当に極端で、普段は冷淡な一方で時折見せるひたむきさ。
こういう時が「エミリオ」という人なのかもしれない。
今度は
の方がしばらくその様子を眺めていたが、やがてふっと唇をほころばせた。
「何を笑っている」
「いやぁ野外活動は楽しいなぁと」
「…」
そうして作業を再開する。
リオンはものすごく何か言いたそうな顔をしたが何も言わなかった。
ただ、シャルティエのくすくすと笑う声を聞きながら。
* * *
気持ちを伝えるための贈り物として花というのは定番ではあるだろう。
その方法が定番であったのかどうかは別として…
「これで甘いものでも買っていけば、完璧?」
「ならなぜそこで疑問符をつける」
涼やかな風。
木漏れ日を踏みながらリオンと
は、大分開き始めた桜の枝葉が作るアーチをくぐり、ヒューゴ邸へと帰ってきた。
可憐な野の花とはいえそのままでは物足りないので花屋でラッピングを頼みその間にケーキなど買ってみる。
マリアンも甘いものが好きだ。というか、女性というのはそういうものなのかもしれない。
もっとも
がそれを薦めたのは、花束とケーキというゴールデンコンビの作成に加えてその後のことも考えて、であるが。
「ありがとう!…とても嬉しいわ」
空き時間を見計らって、マリアンにプレゼントを渡すと彼女はとても喜んでくれた。
多分、彼女はリオンからのプレゼントであれば何だったとしてもそう言ったのだろう。
けれどそれがお愛想ではないことはその顔を見ればわかることであるし、
マリアンはそこにある労もきちんと理解してくれたようだった。
何よりリオンが嬉しそうなので良しとする。
さて、もうひとつのありきたりなプレゼントの効能といえば…
やはり一緒にお茶が出来ることだろうか。
そんなわけでとりあえず役目を果たせたことを見届けて
あとは2人きりでもいいだろうとじゃあ、と引き下がろうとする
をマリアンは引き止めた。
「せっかく買ってきてくれたのだから、
さんも一緒に食べましょう?」
「え、でも…」
という
の視線はなぜだかリオンへと向かう。
意外と言うか、邪魔ではないかという思いは否めない。
「いいわよね?リオン」
「…あぁ」
しかし、彼は嫌そうな顔もしはしなかった。
むしろちょっと照れたようにリオン。
視線をさりげなく流してかわす。
少しだけ悩んだが、彼らの好意に甘えることにして3人はいつも通りといえばいつも通り、ひと時の談笑の時間を過ごしたのだった。
『坊ちゃんはねぇ、そんなに多くは望まないよ』とはシャルティエの後日談。
そんなことは知っているが…
「おかしな気のつかい方をするな」
そして何故だか、別れ際に怒られたりもした。
その晩、リオンの部屋の一輪挿しには昼間の白い花が一輪、飾られていた。
あとがき**
494900HIT零さんによるリク「誕生日ネタ」。
なんとなく流れができていたのが4月中…(だから桜の様子とか)
お待たせしましたー!難産ながら出来ました。
が歌う話、という希望もありましたが、
歌わせたい歌はのきなみ著作権がからむので難しく…こちらになりました。
(いや、二次創作もありますが、歌詞の転載は黙認レベルじゃないので抵抗が)
そちらはその内拍手かどこかでひっそり出来たらと思います。
誕生日ネタは既出ではありますが、零さんへのハッピーバースデイも込めて
楽しんでいただければ幸いです。