もうすぐ、新たな朝が来る。
-決戦前夜-
明日のことは明日、決めればいいのさ
決めらんねーから困るんだろうが。
ナナリー=フレッチ/ロニ=デュナミス
「お前よ、もしエルレインのやろうを倒してリアラが消えたら…その、どうするつもりなんだよ」
孤児院の台所。
ロニは長身の男にとっては少し低めの流し台の前で腰を折るようにして洗いものをしている。
久々の孤児院は手伝いすることでいっぱいだった。ただでさえ子供の多さとルーティの「立っているものは猫でも使え」的な性格もあいまってやるべきことは尽きない。
そこにルーティの姿はなく代わりに夕食用のジャガイモの皮をむいていたナナリーは手を止めロニを振り返った。
「どうするって、どういう意味さ」
「かー!これだから考え無しは!!リアラがいなくなっちまったら未来にどうやって戻んだよ。つーか戻れないだろが!?」
「なーんだ、そんなことかい」
「は?」
いつのもようにあっけらかんと笑い飛ばしてナナリーは再び皮むきを再開する。
「そんなこと、後でどうにでも考えるさ。初めてあんたたちにくっついて来た時にそういったろ?」
「おまえなぁ!」
「あたし…身内は居ないしさ。正直チビたちは心配だけど…うん、あんたよりあの子達の方がしっかりしてるよ。戻れなくても…なんとかなる。」
それでロニは彼女が本当になんとかなる、などというおめでたい思考でないことを知った。
むしろ戻れなくても臨む覚悟、そんなところだろうか。
ナナリーもまた、見えない明日に不安を抱きつつも進むことを選んでいたのだ。いや、そのうちの半分以上はやはり「なんとかなるさ」「その時、考えよう」であるのだろうが。
呆れるような、溜息のような、笑いのようななんだかわからない吐息がロニの口をついて出た。
「お前って…強いのな」
「そうかい?」
「オレだったら、戻れなくなったら…泣くな。そんなふうに先延ばしでお気楽に考えらんねーよ」
「お気楽ってなんだい!大体あんたは泣くより先にひたすらうろたえるタイプだろ!全く。それに…」
ナナリーの紅いツインテールが前に垂れる。それがわずかに翳を落として見えた。
「生まれた場所を故郷、っていうなら帰る場所がないのは昔から同じだよ」
「ナナリー…」
似たような境遇、似たような子供たち。
そんな人間が集まって出来たのがホープタウンだ。もちろん誇らしい故郷と思っているが、自分の選択により唯一の家族を亡くしたときから、拭えない孤独 感もナナリーは味わってきたのだろう。
それもあの夢の中で決別したことであるが。
「その、だったら、よ…」
ロニは歯切れ悪く切り出した。
「ここにいればいいさ。身寄りのない人間が元々集まってるようなもんだし、お前、こういうとこ得意だろ?」
「ロニ…」
「あーーーーー勘違いすんなよ?人手はあって足りるもんじゃねぇっていうか…その、なんだ。どうせ帰るところがねぇのは皆おんなじなんだしよ」
「そっか、そうすると
とジューダスも、ってことだね」
ふと思い返したように。
ナナリーは顔を上げて片手にナイフを持ったままぽむ、と手を叩く。
「は?」
「何言ってんだい。あの2人だってもう故郷なんかないんだから、声、かけてやるんだろ?」
「う?ま、まぁそうだな。─────…」
なんだか思惑とは違う方向へ行ってしまい複雑な顔で黙り込むロニ。
1人で慌てているのが馬鹿のようではないか。
「なんだい?」
「いや、まぁ…そういうのも…悪くないよな。みんな一緒でよ」
「そうだよ。みんな一緒に帰って来るんだろ!」
気の強そうな顔で笑う。こういうところは少しルーティに似ている。
ロニはふ、と思い直してこの孤児院に戻って騒ぐ姿を思い描いた。
なんだかんだいいながら気の会う仲間たちだ。ただ別れるのは惜しまれた。
そこにはリアラの姿はないのだろうが…きっとカイルにとっても悪くない。
ルーティもみんなで来いと言っていたし、その中にジューダスや
の姿もあれば喜ぶだろう。
「当たり前じゃねぇか。ちゃっちゃと片付けて、帰ってくんぜ!」
ナナリーにとってもロニにとっても、
フォルトゥナを倒したその「先」が未来にそのまま繋がるのは、当然のことだった。
* * *
敵討ち、というと何やら俗っぽいからそんなものでは済まさない。
ハロルド=ベルセリオス
イクシフォスラーの改造作業は夜更けにまで及んでしまった。
それもこれもこれを作ったのは自分ではないせいだ、と思う。
「あーもうっ!ここの配線も入れ替わってるわ。なんで設計変えたのかしら?っていうか設計図くらい残しておきなさいよ」
ガン!
冗談のつもりで振り上げた工具が頭上の金属カバーに当たってへこませてしまう。
「…」
それをむっと見据えるも他に当たる物も見当たらずハロルドは再び黙って作業を再開した。
自分が考えていたものを知らない間に人にいじられるというのは意外に面倒なものだ。
例えば、一見乱雑に散らかされたようで自分に解りやすく「整理」されていた書類を何も知らない人間に「整頓」されるとどこにいったのかすらわからなく なる。
つまりはそれをみつけるという余計な作業から始めなければならなくなる。
彼女は今まさにそんな状態で、余計な手間をくわされているような気分なのであった。
「ハロルドーいる?」
そこに
が顔を出す。
思わずむっとしたまま振り返ったが、その手に抱えられている包みに視線が落ちていつもの表情になる。
「何?」
それから再び視線を上げて、
を見た。夜の薄明かりでもマントをとった彼女の白い衣はよく映えている。
「さしいれ持って来たよ。集中してるなら無理に食べなくてもいいけど…休憩するなら食べてよ」
がコックピットに歩み寄ると甘い香りが漂った。急に、空腹を自覚させる匂いだ。
訳もなくイラつく自分をなだめるためにも今はそちらに乗ったほうがいい。
自分のスランプを的確に把握してハロルドは工具を床に下ろした。
「頂くわ」
袋をのぞくと出来立てのマフィンだった。甘い香りは練りこまれた蜂蜜のものらしい。マフィンと言うよりハニードーナツのようで普通のそれより甘めに作られていた。
「おいしい」
多めに入れてあったので
にも手渡してドサリとシートに腰を落とす。手足を伸ばすようにしてハロルドは天井を見上げた。
思わず漏れる大きな溜息。
「…難航してるの?」
「まぁ、いじりたい放題やられてるみたいだから。大まかな設計は同じなんだけど配線の位置とかどーでもよさそうな小間物がね」
どーでもいいものを探さなければならない労力と言ったら。
にはその意味が通じたようで乾いた笑いが帰ってきた。
「大丈夫?神様と戦うよりミクロなチップ相手の方が疲労しそうだけど。精神的に」
「あんたこそ、ちゃんと決めてるの?」
「…何を」
突発的な質問に
はイクシフォスラーの外と内を分ける壁に預けていた背中を放し、笑うのをやめる。ハロルドはいつになく直球で、おそらくは触れなくてもいいだろうことをぶつけた。
「あんただけ単純なまとまりから離れてる気がすんのよね。ま、ことが単純じゃないんだからわからないでもないけど」
「…皆が皆、同じでなければいけない理由はないよ」
「全くだわ。そういう私も神様と戦えればそれでいいし~」
みんな目標を持ってる。
ハロルド自身もそれは同じである必要はないと思う。
むしろ違う理由を抱えてひとつの目的の元に集う方がよっぽど得心がいくというものだ。
もちろん、その理由だっていくつもの因果が重なって一概にはこれ、と言うのは難しいのであろうが。
リアラか世界か。
困ったカイルは仲間たちにどうすればいいのかを聞きまわっていたがハロルドはと言えば「神様をぶったおすわ!」と公言してしてロニを唖然とさせて た。じゃあリアラはどうするんだよ!と言い返されれば「じゃ、リアラを助けて世界を捨てる。自分が死んだ後なんか知ったこっちゃないし~」と言ってこだわりの欠片もない発言を繰り出したのは言うまでもない。
神を超える、それがハロルドの顕著な目的を表す言葉なのであるから。
「…ほんとにそれだけ?」
やられた、と思った。
何が、というわけではない。また
がそれを意図しているわけでもない。
けれど、単純な疑問にそう思うのは彼女の発言は自分自身が見てみぬふりをしている場所を否が応でも自覚させるものに匹敵するからだった。
そう思うのは、単に受け取る側の問題でしかないにもかかわらず。
私は、神を超えたいだけじゃないのかもしれない。
それはあの瞬間に、心にくすぶり始めた想い。
大切な半身が消えてしまったあの時から───
運命と言うものへの八つ当たり、と言う名の挑戦。
「…」
ふと黙すハロルド=ベルセリオス。
「私、あんたのそういうとこ、好きじゃないわ」
「は?」
意外な言葉に
は再び呆気にとられた顔をした。
「…何か、見透かしてますって感じでね。この私をよ?稀代の天才、ハロルド=ベルセリオス様をよ?」
それはまったくの八つ当たりであることなどわかっていた。
もう彼女がここへ来たときからそんなようなものだ。なんとなく甘いものを口にして落ち着いたかと思えば、今度はまた違うことに腹を立てている自分がいる。
そう、天才も人間だ。
だから、そんな気分になることもまま、ある。
それから凡人には理解できないことでステータスを誇っていた部分もあるのかもしれない。
それが時々、彼女には通じない。
まったくもって、どちらが天才だかわからなくなる瞬間だ。
それは頭脳、というよりも機微と聡さであると思うのだが。
かと思えば一方で、ただの八つ当たりであるから自分自身、その発言が全くの冗談のようなものであることも否定できない。
語気は荒いが言っていることはいつもとさして変わりないわけで。
ただ、今日に限っては冗談としては通じずどうやら彼女を少なからず傷つけてしまったようだった。
が悪意のない自らの発言を辿って原因を追究しようとしているのはその顔を見れば明らかだった。
…普段は、精神的な弱さとは無縁そうな彼女の、珍しくガードの弱い様子にハロルドの興味はすぐに向かった。その時には少し前に抱いていたもやもやとし た鬱憤のようなものは既に消え去っている。
「あんた、意外に繊細なのね」
「そんな、人を普段はアバウトな人みたいに言うのは止めて欲しい」
アバウトなどとそれこそ本質は縁遠い。
神経質に眉を寄せた様子を見るまでもなくそんなことはわかっていた。
実のところはこの場合、相手が問題なのだ。彼女は、自分の認めた相手にはとことん礼を尽くす。認めない相手には冷淡でさえある。
とすると、自分は前者の域に達していることを光栄に思うべきなのだろう。
仲間として、認められている。その証拠。
さて、ではこの場合のハロルドの発言はと言えば、表面上がどうにもリアラのようないかにも柔らかーい女の子とは縁遠いため傷つきやすいなどと言うありふれた言葉で締めくくってしまうのも違う気がして出たようなものである。
ジューダスと
はかなり神経質で、繊細。
そんなことはあの大味な人間(人のことは言えない)の多いパーティの中で嫌と言うほど理解できる。繊細と言うのもまた精神の強さとあいまって遥か奥に隠蔽されているような状況ではあるが。
その上で切り捨てるべきところは切り捨てる大胆さがある。
俗に言う「天使のごとき大胆さと悪魔のごとき繊細さ」を併せ持っている人間とでもいうべきだろうか。
いや、それも何か違う。
再びハロルドはふさわしい言葉を捜そうとするがなかなか見当たらず頭を捻ることになる。
まぁ1人の人間を正しく表そうとすれば五万と言葉は必要だし。さらにそれを組み合わせて表現するのだからそうそう出てくるのもおかしいというものか しら。
それもこんなふうに複雑怪奇な人間には特にね。
あ、複雑怪奇。
なんか合ってるわ。向こうの仮面の方が特に(主に見た目のイメージ過多)。
1人で言葉をまわしていると
は小さく溜息をついた。
先ほどの繊細発言から2度目になる。
この手合いは始めから「意外に」という言葉をとって素直な賛辞を述べても嬉しそうな顔をする人間ではないのだ。
かといって先ほどの発言はやはり不適切だったかと、プラネタリウムのように天に広がるイクシフォスラーの窓から星空を見上げて思い返す。
そうなると自分の発した不適切な発言を放って置くほど「天才」のステータスは甘くない。
「じゃあ撤回するわ。意外に、じゃなくて「実は」繊細なのよね」
「どっちにしても微妙だけど、まだそっちの方がマシな気がする」
「お互い妥協して譲歩したところで、ひとつ頼まれてもらえるかしら」
「?」
そういった時点で
もまた、ハロルドの「嫌い」発言を単なる小さな鬱憤晴らしであると判断したらしい。大人しく願いを聞いてくれそうだった。
「もう少し経ったら、ジューダス呼んできて?」
「いいけど…」
自分が自ら誰かを呼びつけるなど珍しい。
というかご指名のときは実験のときくらいなので、それについては違和感を覚えたらしい。
は小さく首を傾げる。
「だーいじょうぶよ。ここまで来て実験なんかに使ったりしな…あーうん、それともこれも実験の一環かしら」
話しながら可能性に及んでしまう。
一般的に捉えればひとつの意味で済む言葉も彼女らにかかればそれとは対を成す意味を含んだ言葉になることもしばしばだった。
「…ひょっとして、イクシフォスラー改の試運転とか」
なので
にはむしろ通じてしまう。
「そうそう♪私は製作者。パイロットはパイロットできちんと仕込んでおかないとね~」
「…」
何だかわけのわからない同情心を抱きつつ
はジューダスを探しに去っていった。
「ふむ。実に興味深いわねぇ」
ハロルドにとって、それはもうひとつの実験でもあった。
* * *
/ジューダス
星空をバックに草原を渡る風の中、闇に解けようとするその背中に、着いて行っていいものやら迷ったが、少し歩いてわずかながらに振り返ったのでそれで行ってもいいのだと判断する。
ジューダスは隣に
が来るのを待って再び歩き出した。
草原の向こうにはイクシフォスラーがある。
ハロルドが中でメンテ中のはずだ。
「調子はどう?ハロルド」
頼まれてからまたもや姿を消しているジューダスを探すのに手間取ってしまった。
ひょいと顔をのぞかせるとハロルドは相変わらず作業中で改造に余念がないようだった。
丁度パネルの下につっこんでいた上半身をひきぬいて難しい顔を上げる。
彼らの顔を見ると改造モードからスイッチが切り替わったのかぱっと表情が明るくなった。
どういうわけか、もう機嫌はよろしくなったらしい。
「あら、あんたたち。丁度良かったわ。ちょっとそっちの工具とって」
いきなりおつかいを頼まれてしまった。
工具を渡すとそれをいじりながらハロルド。
「もう終わるわよ。…ジューダス、終わったらテスト飛行お願い」
「テストは自分でしないのか」
「当たり前でしょ!私は科学者であってパイロットではないのよ」
ジューダスもパイロットではないのだが。
というか、そう言われると訳も無く不安になってくるのはなぜだろう。
この際、ぶっつけ本番で景気よく行きたいものだが(万一何かあったら出鼻をくじかれるから)。
そんな2人の思惑を知ってかしらずかハロルドは
「大丈夫よ!何のこと無いわ。設計者自ら手を加えたんだから」
ハロルド=ベルセリオスが作った、と初めて見たときはさすがだと思ったものだが、そのハロルドがこれだと思うと何を言われてもこれ以上の気持ちにはなるまい。
ジューダスは承諾した。
「あんたも行ってくれば?複数の目で状況報告してくれると助かるんだけど」
「そうだね、邪魔じゃないなら一緒に行くよ」
「あぁ、オートパイロットシステムもあるからちゃんと試してきてよね!」
要は目的地の座標をセッティングすれば自動でそこまで動いてくれる、と。
…だったらテスト飛行もそれほど負担にならない。
「とりあえずカルバレイスまでね」
「カルバレイス!?…目的地まで行ってどーすんの」
「試運転と言う名の尖兵か、僕らは」
そんなことを話している2人をしらばくじっと見つめていたハロルドはなぜか呆れたような溜息をついた。
垂直に上昇をはじめると薄い雲を超えた。
今夜は満月だ。
それでも密やかな光に星も淡く姿を見せていて幻想的な光景を描き出している。
夜空が近い。
「そういえば、こうやって2人でこういう空を見るのも久しぶりだね」
…少し2人きりで旅をしていた頃のことを思い出した。
あの時はシャルティエもいたわけだが。
そう思うと妙にこの月明かりの光景が静かなものに感じられた。
ジューダスが黙って操縦レバーを傾けながらパネルを片手でたたくとイクシフォスラーは滑るように飛行を開始する。
ほとんど揺れもなく乗り心地がよいものだ。
安定してしまえばこれといってすることもないので会話にも自然と気を向けられる。
「問題ないようだな。しかしカルバレイスまで…ホントに行くのか?」
あれは冗談なのか本気なのか。微妙なところだ。
ようやく気をぬいて振り返ると
は安全ベルトをはずして操縦席のすぐ脇に立っていた。
「危ないから座ってろ」
「大丈夫だよ。もう安定してるし」
何かあった時のためにと言いたい所だがそんなことあって欲しくも無いので黙っていることにする。
代わりに溜息が漏れた。
「リオン」
「なんだ?」
「とりあえず仮面はとらない?」
「…………」
取れと言われて素直に取った試しも無いが、空の上では断る理由も無い。
の物言いに微妙に何か一言言い返したい気もしたが黙ってジューダスは仮面をはずした。
頬にかかる黒い髪を払うように顔を上げる。
それでにこにこと満足そうに笑っている
の姿が目に飛び込んできた。
「何がそんなに嬉しいんだ…?」
「別に。やっぱりあの時みたいだね」
「…そうだな」
ノイシュタットに着くまで…当て所なくさまよっていた時はこうしてよく夜空の元に素顔も晒していたものだ。
と、シャルティエがいつも隣にいた。
ふいに失われた時が思い出されてジューダスは瞳を伏せる。
「…私、こんなきれいな月を見て寂しくなったのはじめてかも」
ふと呟くように落とされた言葉。
誰に言うでもないのだろう、静かに笑みをたたえたままただ遠くをみている
。
彼女もやはりシャルティエのことを思い出しているのだ。
はふっと笑って口調を戻した。
「リオンと「2人きり」で話す日が来るとは思ってなかった」
「あぁ。お前はいつもシャルの…ソーディアンの存在を認知していたからな」
だからシャルティエも
が好きだった。
己が存在を確かに忘れない人間がいるというのは喜ばしいものなのだろう。
ジューダスはじっとその横顔をみつめていたが、ふと視線を落としてやはり自分に向けるように呟いた。
「僕らの行き着く先は一緒だ。…それがどんな場所でも。きっとシャルも同じなんだろう」
自分でもどれほどの意味をこめたのかはわからない。
それはあまりにも複雑で、見通しなどつくはずもなく。
底の知れない闇のようで、でも、もしかしたらこの月灯りの空のように淡く穏やかな希望のある場所なのかもしれない。
きっとその先は神にすらもわかりはしないのだろう。
「そう、か。それじゃあ何も寂しくないね」
いつもの調子に、ジューダスは深い場所から意識を引き上げた。そこに
の姿を認めるとジューダスは続ける。
「あぁ。それに…約束したろう」
「信じること、ね」
「僕がそれを否定すれば不満そうな顔をするくせに…言った本人は最後まで責任を持て」
憤然と。「約束させられた」がごとく言うジューダス。
しかし次に目を合わせると2人はふっと穏やかに、涼しげに笑みを交わした。
こんな時でさえ僕らは「2人きり」にはならない。
そうして、今更気づいた。
ハロルドは気をきかせてくれたつもりなのだろうか。
余計な世話だな。
あるいは
無意味というべきかもしれない。
「3人目」の存在を忘れ得ない自分たちは天才の予想を覆したことだろう。
そんな自分たちに笑ってしまう。
やがて進む先…西の空が白み始める。
イクシフォスラーは過ぎ去ったはずの、朝に追いつこうとしていた。
* * *
「──と、言うわけで~2人は朝帰りってわけね」
「ちょっと待ってハロルド。テスト飛行しろって行ったのはハロ…」
「シャラーーーーップ!もう神のたまごが出る、って時に悠長にカルバレイスまで行ってるアホはいないわよ!?」
「さすがにそこまで行ってない」
「!なんですって!?行って来いって言ったでしょう!!?」
既にこんな展開にも慣れたのかジューダスと
は翻弄されるまでもなく小さな溜息をつく。
一度は一口乗ってはやしたてようとしたロニも支離滅裂な天才様のテンションについていけず、鳴らそうとした手をやり場なく空中に止めたままだった。
「みんな、見て…!あそこ…!!」
「!!」
リアラが叫び北西の空を指差す。
そこには、とうとう神の卵が、不吉な輝きを帯びて現れ出でていた。
カイルが1人1人を確かめて強く頷く。
「行こう…───オレたちの手で、神を殺すんだ!!」
訪れる朝の為に、夜を越える。