--OverTheWorld.28 時代の潮流へ -
寒風が吹きすさぶ中、目を覚まして
は飛び起きた。
積もりに積もった雪の上に揃って彼らは倒れ伏していた。
見上げれば暗い空。
ただの白い、冬の景色ではない。どんよりとした密度の濃い灰色の空の彼方から、雪は絶えることなく降りそそいで空と地上の視界をあいまいにしていた。
まもなく1人、また1人と目を覚まし誰にともなく凍える肩を抱えながらあたりを見回す。
「ここが千年前、…天地戦争時代か…」
「さて、着いたはいいけどこれからどうする?」
「まずは情報を集めなくてはな。エルレインがどうやって天地戦争時代の勝敗をひっくり返すつもりなのか。それがわからないことには動きようが無い」
幸い、ここは人のいる場所に近いようだった。
それどころか見覚えすらある光景が眼前に広がっている。
掘っ立て小屋のような粗末な建物。
壁に刻まれたどこか幾何学的な円と直線を用いた模様。
それは彼らの記憶よりも心なし立派で、戸数も多いようであるが。
「ここって地上軍の拠点じゃない?」
「確かにそうだな。ちょうどいい、ここなら情報も集めやすい。まずは話を…」
「待ちなさーい!」
互いの夢での出来事も、ジューダスの正体についてもとりあわず次の目標を定める仲間たちのその耳に、辺りはばからない甲高い声が届いたのはその時
だった。
「こらぁっあんたのマスターはこの私なのよっ!言うこと聞きなさい!
ちょっとばかし試作パーツを組み込んだくらいで暴走するなんて。こらぁーーーー!!!」
「なんだ?」
小雪の吹きつける中、声はあっという間に近づき彼らの間を割るように、見たことも無い機械とそれを追うピンクの髪の──この雪中には見るも寒々しい、
しかもなんとも形容しがたい紫色のスカートに、よくみると極ミニのホットパンツという格好をしている──小柄な女性が現れた。
「止まれって言うのがわからないの?このポンコツが!スクラップにしてジャンク箱行きよ!」
拳を振り上げるその背丈はおよそ150cmに満たないだろう。
それがスタイルなのか単に寝癖なのか微妙に悩む、はねまくった短い髪に大きな三角形のピアス。
奇抜な格好で叫ぶ彼女をバカにするかのようにカイルたちの間をすり抜け、逃げ回っていた(ように見える)「それ」は、とうとうその言葉を聞いてくるり
と進路を変えた。
正常に言葉を理解しているのかは謎だが、一見「都合の悪い言葉のみ聞える」状態のように見えないこともない。
「な、何よ…」
じりっと今度は女性が後足を退いて逃げる番だった。
「こ、こらっ!私はあんたのマスターだって言ってるでしょうがっ!」
「あの、ちょっと…」
何が起こっているのか理解できず、呆然と一部始終を見送っているカイルたち。
その周りを追いかけっこよろしく走り回る女性と機械。
「無駄だ、リアラ。どうやら取り込み中らしい」
「何、冷静に言ってんだお前は」
飄々といつも通り表情ひとつ変えずに悟りきった発言をしたのはジューダスだった。
「う、うわっ」
「ちょっとあんた!何隠れてんだよ!」
「あんたたち!あれ、チャッチャと片付けちゃって!」
彼女はロニとカイルの間を割るようにして彼らの後ろに回り込んだ。
その指先はまっすぐに壁(ロニ)を挟んだ正面を向いている。
「もしかしてそれは俺たちに言ってるのか?」
「他の誰に言ってるように聞こえる!?」
「俺たちは関係ないだろうが!」
「関係なくても、狙われてるみたいだけど?」
「にゃにぃぃいいいい!!?」
前面に設置されたひし形のプレートの中央。ランプがちかちかと色を変えて点滅し、ふいに駆動音が大きくなった。
かと思えば突進してくる。
二重のリングの中央に基盤のようなものがひしめきあっていて、足らしき物は見当たらないので宙を滑るように移動する。
推力を使っているのだろうが仕組みがさっぱりわからない。
「うっわ!こいつ!」
ガン!
カイルのなぎ払った剣は硬い音をたてて表面をわずかにへこませただけだった。
「…ウインドスラッシュ!」
と、
の最初の一手は様子見だ。
大抵は詠唱速度の速い初級晶術であり、それが次に使う晶術属性を決める布石でもある。
しかし、晶術はあっけなく弾かれる…どころか同様の威力でカウンターが待っていた。
「何!?」
いきなり突出したシャドウエッジによる闇の牙を危うくかわしたものの、あまりにも早い術の発動に思わず声を上げるジューダス。
通常詠唱速度がどれほど速かろうが、晶術の高まりによる「貯め」の時間は少なからず入るものだ。
それなのに、その瞬間的な間さえ感じられなかった。
「きゃあっ」
より強力な晶術を放ったと同時にリアラの悲鳴が上がった。
「…相手の晶術エネルギーを吸収してそのまま返還するタイプかな」
「そうよ、だから大きな晶術ほど怪我の元ね」
「…あんた、なんてもん相手にさせんだよ…」
言うなれば鏡のようなものだから、時間差無しで反射されるのは当然といえば当然だ。
まがりにも前衛派ではないだろう「彼女」が相手にしたがらない理由がなんとなくわかった。
「弱点は!?」
「ないわよ」
「じゃあ結合の一番弱い場所は?」
「あえて言うなら左舷パーツの上から3番目かしら」
「ということで頑張れ、ロニ」
「俺かよ!!」
一番馬鹿力なのだから当然のお役目だ。
なんだかんだいいつつもロニが奥義をお見舞いして、畳み掛けるように直接攻撃を仕掛けると暴走していた機械は、白い煙を上げながらようやく機能を停止
した。
* * *
「ふぃ〜びっくりした!」
「おい、ねーちゃん怪我はなかったか?」
辺りに静寂が戻ると思い出したようにくるりと振り返るロニ。
「…とうっ!」
「ぅぐぁ!!」
その腹部めがけていきなりとび蹴りが食らわされた。
どこまでいっても痛い役である(一番頑丈そうに見えたのかもしれないが)。
「な、何しやがるこのやろう!!」
「何って?仕返し」
一度は見事に倒れたもののすぐさま起き上がって反論するロニに彼女はさらりと言った。
「はぁ!?」
「私のHRX-2型壊したでしょ?だから仕返し」
当然。
と、いいたそうな悪びれも無い態度である。
「お前、自分で片付けちゃって!とか言ってただろうが!」
「いいじゃない。本来なら軍法会議もののところがとび蹴りで済んだのよ?」
「軍法会議?それじゃこれって地上軍のものなの?」
「ま、しょうがないわよねぇ…あんたたち未来から来たんだから事情もわからなかったんだろうし」
「「「!」」」
唐突な話の流れに当然カイルたちはもちろんジューダスまでもが驚きの表情を隠せない。
おろおろとカイルは彼女の側へ足を踏み出して身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!なんにも言わないのにどうして…」
「あ、当たってた?一番可能性の無いものを言ってみたんだけど」
「カマをかけたというわけか。まんまと乗せられたな。それにしてもどうして、僕たちが未来人などと思ったんだ?」
適応の早いジューダス。
もう少し驚いてもいいような気もするがもはや彼は平常心だった。
最も未来に行こうが夢であろうが、大して変わらないのだから長時間に渡り彼をまごつかせる方が難しいのであろう。
「根拠は、時空間の歪みから生じる大気中の成分変化からあくびの仕方まで36通りほどあるけど…ま、イッチバン大きかったのは「勘」ね。ほら、女の勘
はカオス理論をも越えるってよく言うじゃない」
…だとしたら私はカオス理論は越えられないな。
唖然とする仲間たちをよそに
はそんなふうにしょーもないことを思ってみたりする。
その間にこそこそと集まって囁きあい始めるカイルたち。
「ね、ねぇ「かおすりろん」て何?」
「さぁ?」
「とにかくこのねーちゃんはヤバいぞ。とっととずらかろうぜ」
「しかし、あのロボットを操っていたということはおそらく軍の関係者だろう。しかも機械を扱っているということは、ハロルド博士に縁のある助手かもし
れん」
本人だよ。
仲間たちの会話をそっちのけで機能停止したロボットに近づいて、しげしげと眺め回している
。
傍らで聞こえる声にそう思ったものの、あえてその事実に触れることはなかった。
代わりに動かなくなったそのジャンク品の傍らにしゃがみこんで首をかしげた。
「…これって天上側の機械じゃないのかな?」
「あら?わかる?元は天上で使われていたガード用のロボットなのよね」
「地上軍には物資が少ないのに…こんなにきれいな金属があるのは妙だなと」
「そうね、物資が少ないからリサイクルしてんじゃない」
「あぁ、それで遺棄された機械にパーツを色々組み込んで?…予測不可能な動きしそうで楽しそうだね」
「そう?そう思う?それをうまく動かすのがまた醍醐味なのよねぇ」
「こらこら、何馴れ合ってんだ!打ち合わせくらいちゃんと参加しとけ」
嬉々と両手を組んで目を光らせたハロルドの横で、襟首をひっぱられて輪の外から中に引きずりこまれる
。
そちらではなおも「この時代の奇妙な人間」そっちのけの会話が続いている。
いや、むしろいることを意識しているからこそ「こそこそ」話になるのだろうが。
「ハロルド博士ってオレたちが使ったイクシフォスラーを作った人だよね?」
「博士ならばエルレインの介入に関しても何か掴んでいるかもしれない。
それに博士は軍師カーレルの双子の弟だ。軍の情報にも詳しいはずだ。できればハロルド博士に面会を…」
「呼んだ?」
「よ、呼んでないよ」
いきなりの外部からの声にどもりながら応えたのはカイルだ。
「で、でもさ…あの人、ホントに学者なの」
「まずそれが疑わしいよなぁ…泣く子も黙る天才科学者の助手って言うには無理がねぇか?」
「いや、ここにも1人いるだろう」
「あぁ、
もそうだっけか。そう言われればそうだけど」
「話、ずれてます」
「ねぇ、呼んだ?」
「呼んでないってば!」
すっかり世界を作り上げている密談集団はその問いを片手間に却下した。
しかし今度は、ハロルドも引き下がらない。
「だって今「天才科学者」ってそれ、私のことでしょ?」
「あんたじゃねぇよ。あんたの上司…かどうかしらねぇがハロルド博士って知ってるんだろ?」
「もしできるのなら会わせて欲しい。話がしたいんだ」
ジューダスがそちらに向き直ったことでようやく話は進展を迎えそうだった。
「話がしたいの?そんなこと、お安い御用よ」
性格上、「忙しいから後あと!」などとあしらいそうな彼女だが、親切なのは未来人に対する知的好奇心からだろうか。
ハロルド=ベルセリオスその人はすんなり了承してくれた。
「ホント?博士のところまで案内してよ!」
「その必要はないわ。さ、話して」
「おいおい話が違うじゃねーか。俺たちはハロルド博士に話しがあってだなぁ!」
「だからここで話せばいいじゃない。わかんないやつねぇ!」
大げさに両手のひらを上にむけて呆れた声を上げる。
無論、そんな言い方では彼女の正体を看破できないロニたちはそれを聞いて地団駄踏みそうな気色だった。
「とりあえず寒いから場所、移してくれないかなぁ」
場違いな提案につい、ロニははぁ!?と気の抜けた声をもらして
を振り返った。
それにはかまわず
「いいわよ。じゃ中に向かいながら話しましょ」
と、腰についた2本の飾り布を翻してとっとと歩いていくハロルド。
その背中を追いながらロニがもう一度訴える。
「で、俺たちはハロルド博士に用があるんだよ!助手であるあんたには…!」
「助手?私が?誰の助手なの?」
「ぅだ─────!!」
「その人、ハロルド博士だよ。いつまでも同じとこ回ってないで気付け。」
ハロルド博士もいい加減それは自分だ、って言うように。
と喧嘩両成敗よろしく付け足すとハロルドはやや理解できないと言うように眉を寄せた。
「あら、言って欲しかったの?わかり辛いわねぇ」
わかり辛いのはどっちだ。
とうとう口を挟んだ
の言葉に度肝を抜かれたように口をあけて沈黙を繰り出した仲間たちの前、
ハロルドの後ろで
は足を止め小さく溜め息を吐く。
「「「なんだってーーーーーー!!?」」」
ハロルドに着いてもう一度歩き出すと、その背中にいくつか叫びが重なって返ってきた。
それでうっかり置いていかれそうになった面子は小走り、あるいは早足に先を行く2人を追いかけ、再び歩きながら会話が続けられる。
「冗談はよせ。お前がハロルド博士なわけが…」
「あんたの背中にあるの、シャルティエでしょ」
「…!」
「細身の曲刀で刃渡り67.4cm、柄も含めた全長は81.7cm、重さは2.64kg。柄はシャルティエ自身の手に合わせて若干ふくらみを持たせて
る。
レリーフに刻まれているのはジェルベ模様。属性は地、主に石や岩などを用いた晶術を使用。
あ、初期状態で使える結晶術も聞きたい?」
「そこまで詳細なデータを…」
「把握していて当然よ。設計者なんだから」
初期晶術はともかく設計者でも普通、mm単位まで覚えているものか。
恐るべき記憶力の片鱗がここに覗いている。
『お、お久しぶりです。ハロルド博士』
「久しくないわよ。私には」
思わず当時にトリップしたのか何だか恐縮だかおどおどしているのだか微妙な口調のシャルティエの声は、ジューダスと
以外には聞こえていないようだった。
ハロルドの相手のいない口振りに、首を傾げるヒマも無くロニが次なる疑問を大にした。
「で、でもよぉ!ハロルド博士は男だろうが!」
そう、史実では単に男と言うのみならずソーディアン「ベルセリオス」のマスター、カーレル=ベルセリオスとハロルド=ベルセリオスは一
卵性双生児とされている。
一卵性ということは、つまり男であることも後押しする生まれであるわけだ。
ただでさえ疎いカイルたちは元より、真実など確かめる手段も無い1000年後、誰もが思い込んで久しいのも無理はないのかもしれない。
…どこからそうなったのかは謎のままだが。
「あ!やっぱりそういうことになってるんだ!
いや〜男の名前にしとけばみんな勘違いすると思ったのよねぇ…
こっちの子がなんだか知ってたみたいだからどうかと思ったけど…案の定、みんなまんまと騙されてるってわけね!ぐふっグフフフフっ!」
奇妙な含み笑いでどこへなりと1人、笑っているハロルド。
その周りには一様に困惑した表情を浮かべる仲間たちの姿がある。
「そうだ…
、どうしてわかった…?」
すっかり男だという先入観(それ以外にも否定したい要素だらけなのだろうが)に感情の行き場を無くしたのかジューダスは低く呟いた。
「…。勘」
うそくさいやりとりが展開されたところで話は更に進む。
「じゃあ、あなたが本当にハロルド博士…」
「あぁ、ハロルドでいいわよ。博士って言葉の響きが硬すぎてかわいくないし」
では「ハロルド」という名前はかわいいのか?
もっとかわいい男の名前もあるだろうに。
と考えてから「かわいらしい名前のベルセリオス(男)って嫌かも」と思い直してみたりする。
「かわいくないって…」
「せっかくだからこのまま皆にあんたたちを紹介するわ。私の部下ってことでね。そしたら、ラディスロウの中でも動きやすいでしょ」
「至れりつくせりだね」
「速攻で馴染むな」
そして「この時代に来た理由は自分にも話すな」と釘をさしてハロルドは三度、歩き出す。
首をかしげるカイルたちへの理解しがたい言い分は、
にとっては至極、理解は容易いものだった。
「こんな、面白い問題があるのに答えをいきなり聞いちゃったらつまらないじゃない!」
そう、謎は解いてる最中が面白いものだから。