イツカ見タ アノ空ヘ―――――

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「というわけで、お見合いしてみない?」
その日も現れるなり意味不明な発言から会話を繰り出したのはハロルド=ベルセリオスその人だった。
「「「は?」」」
いくつかの声が重なる。
その声のひとつであったはずの声が、だがしかし、真剣みを帯びて、ハロルドに詰め寄ったのは次の瞬間だった。
「ハロルド! ……誰か紹介してくれるのか?」
真面目な顔で両手でハロルドの手を握り締め、ついでに顔を引き締めているロニ。
一同は工兵隊の任務を終え、物資保管所から帰ってきたばかりで、待機を言い渡された今は与えられた部屋に戻ってくつろぎ始めたところだ。
「あいつは、保管所の毒にやられたのか?」
「いつものことでしょ」
呆れた顔でそれを他人事に見ているジューダスと
ロニは、無論、次の瞬間ナナリーに睨まれる羽目となるかと思われたが
「あんたじゃないわよ」
とあっさりハロルドに手を払われ、何やら無駄にショックを受けている。
「え……じゃあ、お見合いって?」
誰の?
とばかりにリアラが小首を傾げる。
普通に考えて、リアラでもカイルでもないだろう。そもそもいろんな意味でその二人には必要ない。
ナナリー? それも考えにくい。
と、すると……
くるり、とハロルドが振り向いた。その先にいたのは、
「……」
さっと視線を逸らした だった。
「ちょっと、なに知らん顔してるのよ」
「………………どういう人選か、わからないなぁ」
すっとぼけてみても、無駄だ。
その隣でハロルドの視線をゆるりと追ったジューダスは何か言いたそうに、だがやはり呆れた顔でハロルドに視線を戻してため息をついた。
また、ハロルドのヒマつぶし(忙しいはずだが)かある種の実験でも始まったのか、程度の認識なのだろう。
そもそも、 もそんなお誘いに応じる人間ではないからして、誰もがその姿を想像できず、微妙な顔をしていた。
しかし、リアラだけは興味津々のようだ。
大きな瞳をぱちくりと瞬いたかと思うと、やめればいいのに、話を進めるきっかけを与えてしまう。
「お見合い、って恋人を探す、ってことよね?」
「まぁ普通は結婚を前提としたな」
「素敵ね…! 運命の出会いがありそうで!」
出会い、運命、恋愛話(コイバナ)。
いずれも乙女ならわくわくしそうな単語であるが、その対象になるであろう一人は であるということが現在リアラの脳内から欠落している模様。
彼女は「見合い」という行為自体に興味を抱いたようだった。
「ハロルド…なんの実験か知らないけど、やめようよ」
「失礼ねー実験じゃないわよ。相手を聞いたらあんた、断れないわよ?」
「……?」
そういわれると、聞きたいような、聞きたくないような。
の興味がうかつにも投げかけられた謎に惹かれたところでハロルドがにやりと笑った。
……帰っていいかな(どこに)。
そしてやっぱりよせばいいのに、カイルが聞いた。
「それ、誰!?」
なぜそんなに食いつくのであろうか。
「ふっふっふー私が見たところでは、 の趣味にばっちりはまりそうな人!よ!」
「そんな奴がいるものか」
ジューダスの間髪入れない捨て台詞に 自身もそう思う。
「あんた、ずばり、頭のいい人が好きでしょ」
「う……」
しかし、次の瞬間、おそらく図星。
頭のいい人が好き、というより、興味をひく人は大抵、頭がいい人であったりするわけで。
その辺りの自己分析はすでに済んでいるので否定はできない。
そんな程度では「よくある」分類程度だが、相手はハロルド。
これで終わるわけがない。
唐突に真顔で指先を突きつけたハロルドに思わず呻きが漏れた。
「そんでもって、賑やかな人より少し物静かで冷静なタイプが好き」
「……く」
分析されている。
ハロルドの分析力の高さは知っている。
このまま続けられると、苦境に立たされる気がする。
嫌な予感しかしなかった。
「意外に面食い」
「………………………………………………………」
全く否定要素がない気はするのはなぜだろう。
(というか、それらはいいに越したことはないと思うが)
は完全に沈黙した。
「でも、貧弱なインドアインテリより、適度に行動力がある方が良くて、言葉遣いは悪いよりいいに越したことはないわね。でも丁寧過ぎてもダメって言う…」
やめて、ハロルド。もうやめてください。
「あんた、我儘ね」
「「それをお前がいうか」」
思わず同時につっこむロニとジューダス。
珍しいことに は完全に撃沈されている。
話が逸れまくっている証拠でもある。
はっきり言って、殊更今はお見合いなどできる精神衛生状態ではない。
「でも はそういう人が好きでも好み、ってだけだよね。それって我儘って言わないんじゃないかなぁ…」
カイルが至極まともなことを言ってくれた。
「そうね。ロニみたいにがっついてないし」
「リアラ……」
それは酷くないか?
は、慰めを受けたこととは違う意味で顔を上げると、そこににこにこ笑う聖女様を見た。
ロニは、死んだサバみたいな目になってしまっている。
「で、それが の好みだとしたら、いったい、見合いの相手って誰なんだい?」
いまいち具体的なイメージが湧かないのだろう。ナナリーが話を修正する。
今は余計なお世話である。
しかし、ハロルドはようやくここへきて相手を教えてくれた。それもあっさり。
「兄貴よ」
「「は?」」
本日二度目の聞き返し。
「だから、兄貴のカーレルよ。兄貴ってば23にもなって彼女いないとか、そりゃ軍師の仕事は楽しそうだけど、あのディムロスにだって恋人がいるのに、ちょっとそういうことにも興味持った方がいいんじゃないか、っていうか、兄貴の興味をひきそうな女の人もそうそういるわけじゃないんだけど、ほら、この間、3人で話した時に大分興味持ったみたいだったから、私としても ならまぁいっか、っていうかむしろなんか面白いことになりそうだな☆って」
つっこみどころが多すぎるだろ。
本音はもちろん最後の一言に収束するのだろうが、とりあえず
カーレル=23才=ハロルド=ロニ
という構図にも注目したい。
「23にもなって、ってお前も同い年だろうが」
「あら、そうだった?」
「ロニもよね」
「うーん、ロニと一緒にされたくないわね」
確かにロニはふられマン故、恋人がいないわけだが、カーレルは引く手あまたであろう。むしろいつでも彼女はゲットできるからいない、みたいな差はあるに違いない。
強い存在ほど、余裕がある、というべきか。振る舞いの差は鑑みるべきだろう。
「で、どうよ」
関係ない方向で思考を走らせ始めると、ハロルドに聞かれてしまう。
どうよ、と言われても。
の眉が寄った。
「あーでも確かにカーレルさんなら、さっきの条件に当てはまるよな」
「うん、具体的に名前が出たらなんか納得しちゃったよ」
「天地戦争時代の天才軍師とお見合い? 素敵ね」
なんか勝手なことを言っている。
しかもなんで笑顔で急に和気藹々してるんだ? 約一名除いて。
その一名の方を見ると…
「馬鹿馬鹿しい」
ふいっと向こうを向いて会話に参加する気はなさそうだ。
声をかけようと口を開きかけると
「カーレルさんなら確かに に釣り合うかも!」
カイルがまた余計なことを言った。
「そうね、一度『お見合い』、してみたら?」
リアラが目を輝かせながら何かを期待している。
なんなのだ。
「ちょっと待って。私たち、その内未来に帰っちゃうんだよ? そういう人とお見合いとかって…」
「現代のロミオとジュリエットね。いけるわ」
あ、この世界にもあったんだ。ロミジュリ。
ていうか、ロミオとジュリエットよく知らないけど多分、違う気がする。
ロミジュリであるならむしろ天上側の誰かと地上側の誰かが主役になるべきなんじゃないだろうか。
また関係ないことを考え始める
「なんなら用が済んだら兄貴連れてっちゃってもいいわよ? それともあんたがこの時代に残る?」
前者の場合は、ハロルドもついてくるのであろう(そうでなくてもついてくるだろうが)。
というか、なんで見合い成立することが前提になってるわけか。
この問題発言に対する仲間たちの反応(一部)
に残られたら大変だよ!」
「ソーディアンマスターが仲間になるとか凄くないか!?」
「そしたらオレ、負ける気がしない!」
話が散らかっている。
まぁそれもいつものことであるが。
だんだんどうでもよくなってくる瞬間だ。
「決まりね! そうとなったら善は急げ、よ!」
はそうしてハロルドに拉致られた。
いつもと違って誰も止めてくれないどころか、笑顔で見送られた。


数十分後。
なぜか は浴衣姿でラディスロウ内をうろつくことになる。
……人と違うことには慣れているつもりだが、浮いてるとか目立つ方面に変わっているとかは勘弁してほしい。
「わー!  、きれい!」
「な、なんだ!? この胸の高鳴りは……」
部屋に戻ると、案外好評だった。
「これはね、幻の東国、黄金の国ジパングに伝わる『和装』よ!」
それなりに似合ってるのでロニ、興奮。
のいた国の服だ。そもそも黒髪の女に似合わないわけはない。
「ハロルド…これ浴衣だよ…お見合いに浴衣で行く人いないよ……」
「あら、そうなの?」
「普通は着物でしょう? 畳の部屋もないのに浴衣でお見合いとか、どこの国の文化なんだ」
「というか、なぜお前はそんなことを知っている」
背後のジューダスからの久々の質問という名のつっこみが来た。しかもなぜか今日に限って真面目な顔だ。
「ジューダス」
なので も真面目な顔で彼を見返した。
おかしな間があった。
「実はね…私は……」
沈黙が落ちる。
「その伝説のジパングの子孫なんだ。だから、ジパングの風習に詳しいの」
「何ぃ!?」
その驚きの声は想定外のところから上がった。
「ホントなのか! そんなそそられる服装の女性が出没する国がこの世界にあるのか!」
「黄金の国って言ったよね!? 宝があるの!? ホントに黄金なの!?」
デュナミス兄弟だった。
「……うーん、黄金はないねぇ…日、出ずる国だから? ちなみにその伝説の国には、この世界に関するあらゆる英知が眠っているという伝説が…」
「そんなわけあるか」
簡単に否定してくれたね、ジューダス。
私、何一つ嘘言ってないよ。
なーんだ、とテンションを一気に下げたデュナミス兄弟を前に思う。
むろん、皆が視線をそれぞれ流したところでふっと笑みを浮かべたことは言うまでもない。
ハロルドだけはそれを見ていたが、別にだからと言ってどうということはなかった。
その時、部屋の扉が開いて、工兵らしきかっこうをした青年が部屋へ入ってきてなぜかあわてた様子で敬礼と同時に口を開いた。
「ハロルド博士! Bブロックの作業場で博士がお作りになっていたロボットが暴走しています!」
「あら、大変ね」
「ぜんぜん大変そうじゃないだろ!」
「早く行ってなんとかしないと!」
「しょ~がないわねぇ。あんたたちは残りなさい」
指名されたのは、ジューダスと だった。
「このカッコで行くのは確かに不条理だ」
は納得する。ジューダスを置いていった意味はまぁ、着替えを手伝えとか何か意味はあるのだろう。
『あっはは、結局ハロルド博士は遊びたかっただけなんですね』
誰もいなくなるとシャルティエが突然に笑い出した。
「そうだな、 、また話が続かないうちにさっさと着替えて来い」
は言われて浴衣姿のままため息をついてから、元の服に着替えに行った。


『でも僕、気づいちゃいましたよ。博士が何見て『分析』してたのか』
シャルティエから先ほどとは違う含みのある小さな笑い声が聞こえてきた。
「何?」
時々シャルティエは鋭い。……というか、ハロルドとより長いつきあいがあったからかもしれないが。
『わからないんですか? 坊ちゃんですよ。さっき博士が言ってた好みって、全部、坊ちゃんにあてはまるじゃないですか』
ま、僕は知ってましたけどね。
ふふふ、となぜか機嫌のよさそうなシャルティエ。

得意満面そうなその声はなぜか遠く聞こえた。



2016.6.26**
結局、遊ばれてるのはジューダスと言う結論に至る(笑)



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