イツカ見タ アノ空ヘ―――――

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日常に潜む疑問。
それは日常ゆえに、多くが疑問に思われることすらなく過ぎてゆく。
そして、疑問に思ったそのとき、それに答えられる者はそう多くはない。

「その品のない食べ方をやめないか」
野営にて、何度目かのそのメニューがでたその夜、ついにジューダスが耐えられないというように、ロニたちのほうを向いて不快をあらわにした。
「? なにがだよ」
対象にはカイルも含まれている。
二人ともわけがわからないといった顔で見返していた。
その手元には、中皿が一枚。それと水。
今日の食事は洗いものも少なそうでシンプルだ。
しかし、問題はそこではなく、ぐちゃぐちゃにかきまわされて何が混ざっているのか既に微妙な黄土色の物体だった。
「なぜわざわざ分けて出されたものをすべて撹拌して食べるんだ。見た目が悪い。しかも音を立てて混ぜるな!」
「なんだよ! カレーはこうやって食べるのが当たり前だろ!」
……今日のメニューはカレーライスだった。
「えっ、違うの?」
けんか腰に返したロニに対し、カイルは素直に疑問をそのまま返す。
違うかと言われれば、調べなければ正しい食べ方はわからないのだが…
ジューダス、そしてその隣の 、リアラはかき混ぜないで食べている。
今更、その違いに気づいたらしい。
カイルの視線が とリアラの手元に向いたことで、ロニの視線もそれを追うことになる。
「違うかどうかは知らないけど……私はそうやって食べないし、なんだか食欲なくなりそうかな…」
見ろ、とばかりにジューダス。憤然と鼻を鳴らす。
「うちじゃこうなんだよ! それに神団でも一度もそんなこと言われたことなかったね!」
「え、えと…」
リアラはそもそも一緒に旅を始めるまでカレーという存在自体縁がなかったろうのでなんとも言えないようだ。
「そんなだから、女にフラれるんだろう」
「な、何をぅ!?」
一気に凶悪な雰囲気になった。
「お前はどこの坊ちゃんだ! カレーなんて、家庭の味なんだから美味く食べられればマナーなんてないんだよ!」
「確かに、このカレーは庶民的だと言わざるを得ない」
この世界にはカレーのルーがある。
どこでだれが作っているのかは知らないが、それがあるおかげで手軽にできるという庶民の味方だ。
ガラムマサラから作っていたら1時間ではできないシェフこだわりのメニューになってしまうであろう。
故に、たまねぎにんじん豚・鶏肉などおなじみの具材とルーを放り込んで、ライスにかければ出来上がりなのはどこも一緒だ。
「だが、美味く食べるというからには見た目も重要だろう。違うか?」
「見た目なんかどうでもいいだろ、美味く食べられりゃ!」
かみ合わないので、純粋に思ったことを言ってみた。
「ロニは味が一緒なら美人のお姉さんじゃなくて、見た目デブスな感じの人でもOKなんだ?」
「うっっっ…………!!!」
別に大人の冗談を言ったわけではないが、ロニ的にはものすごくわかりやすかったらしい。
「そうか、選り好みもできないほど困窮しているということか……」
「納得してるんじゃねぇ!!」
食事の面での話なのか、女性の話なのか、微妙な会話をジューダスは繰り出している。
このあたりで、カイルには意味が分からなくなり、リアラはなんだかかわいそうなものでも見る目でロニを見た。
「お前じゃ、らちあかねーよ。常識に聡い に聞く!」
「私、常識的かな」
「一応、社会通念上においてはな」
時と場合によると念を押しているジューダスの背中で、何かシャルティエが小刻みに震えているような気配がするのは気のせいだろうか。
ちなみに現在地は白雲の尾根を抜けたところであり、互いの理解についてはまだそれほど深くない頃の話だ。
「私としては、見た目もおいしく食事をするための大事な要素だと思うから、あんまり目の前でぐちゃぐちゃかき回されてるの見たくない。でも、何が正しいのかわからない以上、見なかったことにしている」
リアラが感心したような顔をして、それからうんうんとうなづいている。
見なかったことにしているので、ジューダスほど苦にはなっていないのが正直なところだ。
「でも、かき混ぜないで食べる女の人はやっぱり不快に思う人もいると思うよ。ナンパして食事をするときは気を付けたほうがいいかもね」
ナンパでカレーを食べるというシチュエーションはないだろうが、マナー全般として、女性は食べ方の相違には厳しいだろう。
「そ、そうだったのか……!」
何だか、食べ方の是非ではなくナンパの注意事項として教訓にされている気がする。
同じかき混ぜる派なら何、問題ない状態だろうが。
「そもそも、おしゃれなレストランとかだとグレイビーボートで出るんじゃないの?」
「基本的には、レードルでルーを少しずつかけて食べるのがマナーだろう」
ジューダスの場合、18年前のダリルシェイドではそれが日常であったろう。皿にライスが乗っていて、そこにルーがぶっかかっている時点で話にはなるはずがなかったのかもしれない。
「レードル……?」
「グレイビーボ…何?」
まぁそこから来るだろう。
「魔法のランプみたいなルーを別に入れる入れ物と、それ用のスプーン」
「あぁ! アイグレッテで広告で見たことあったな!」
哀しくなってくる。
「カレーも種類があるから、ライスもルーも粘り気がないのなら、混ぜて食べるのが正しい場合もあるかも」
というか、インドなどでは素手で食べるのがマナーだったので、むしろケースバイケースだ。
「カレーって粘り気あるものじゃないの?」
星の王●様しか食べたことないクチだろう、カイル。
「ご家庭用はなぜか、ご飯もルーも粘り気あるから、だから混ぜると汚く見えちゃうのかもね」
そんな感じで、全員がなんとなく納得した。
確かに混ぜる時に、にちゃにちゃと汚い音がしていたら、食べ方の是非以前に明らかにアウトだろう。
「食事を楽しむには目から……ね、本当にそうよね」
「デザートとかも確かにきれいだとおいしそうだもんね!」
「そうだな、食での見解の相違は、結婚後の障壁になりかねないしな! 今日から少し改めるわ」
ロニがおかしな方向で、改心しようとしている。
改心とは心を改めるだけで、必ずしも改「善」ではないところがポイントだと、 は思う。
ロニ、結婚できるの?という空気も若干流れている。
いたたまれない沈黙が訪れる前に が口を開いた。
「そうだね、カレーも庶民的とはいえ、見た目が大事だよね。ジューダス」
「あぁ、せめて僕の前では品のない食べ方は……なんだ、そのおたまは」
がルーを少しだけすくったおたまをジューダスに差し出している。
長い論議になってしまったので、おかわりにはまだ早い。
「彩。」
「………………………………」
そこには、彼がリアラに除けてくれといったにんじんばかりが乗っていた。
「にんじんの入ってないご家庭用カレーは彩りが悪すぎる。美しくない」
「おっ、そうだ。俺、夏野菜のキーマカレー作ったことあるぜ。今度町で野菜仕入れたら作ってやるよ」
主な材料→トマト、ナス、ピーマン、パプリカ(黄)その他野菜。カラフルだ。
「ロニすごーい!」
「さすが伊達に一人暮らししてたわけじゃないね」
「うっせぇ!」
ジューダスが沈黙してしまっている。それでも、野菜尽くしのカレーよりましだと思ったのか、彼は遠い目をしたまま、自らそっと皿を差し出した。
「疑問といえば……」
その皿ににんじんを入れて、食事を再開する。
「なんで、カレーはご飯にかけるのに、シチューは別々に出すんだろうね?」
「「「……………………」」」
あくまでご家庭用の白いルーを使ったものの話である。
材料も同じ、見た目も色違いなくらいでほぼ同じ。
それはカレーと似て非なるもの。
今までの流れでそれを理解した仲間たちの食事をする手は、再び止まった。


そして、数十秒後、再び終わりのない物議が再び始まることとなる。


                         FIN




2016.8.7**
カレーのことは、アスベルに聞いたらいいと思うよ(余計話が終わらなくなる予感)。



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