藍色の闇に紡ぐ明日の夢
**狭間-The white dark**
「もうすぐサーウィンです。」
「?」
ベッドに腰をかけて本に視線を落としていた
が唐突にそういった。
「10月31日」
「あっ!知ってる。ハロウィンだよね!」
「あぁ、そっか。って、いや、今サーウィンとか言わなかったか?」
「言った」
「ハロウィンじゃなくて?」
「それでもいいけど」
どっちでもよさそうだ。
しかし、違う呼び方で呼ばれると気になるもので。
2人が気になったところでどちらにも縁の無かったリアラが小首をかしげながら聞いた。
「ハロウィンって?」
ここぞとばかりにカイルが教える。
「子供がモンスターだとか魔女に仮装して、近所の家を回ってお菓子をもらうんだよ」
「あぁ、ジャックオーランタンってカボチャの提灯作ったりして…まぁ一種のイベント日だよな」
「楽しそうね」
孤児院でもやったのだろう。彼らは何か思い出話でもしているようだった。
「サーウィンとは何だ?」
今度は、ジューダスが訊く。
「だからハロウィンなんだろう?」
「お前には聞いてない。
、答えてみろ」
「夏の死を弔う祭礼であり、夏と冬との境目の日に行われる───」
「えっ!?……そんな真面目な日だったのか…?」
「確かに見る影もないかもね。一般的にはお楽しみイベントだし。
でも、なんでその日があるかとか考えてみないわけ?」
「─────考えないんだよ、普通は…」
「そっか。Trick or treat(お菓子かいたずらか)!…ってするんだよね」
ロニの驚嘆の声に話の途中で
が答えると、お約束どおりの展開になった。
「よし、皆で仮装をしよう!!」
「──── カイル、少し考えてから物を言え…」
仮装をしたところで一体誰の家をまわると言うのだろう。
根本的に、目的がずれているところもお約束と言えばお約束だ。
ついでに、いつもなら付き合いの良いロニも今日は大人ぶっていた。
「はっ オレ23だぜ?菓子をガキどもにやる方にはなってもさすがに仮装は…」
「ちなみに1年で最も霊的に磁場の強くなる日でゴーストや精霊が見られる日でもあるんだって。
扮装をするのは一説にはゴーストを寄せないようにするとか…」
「カイル!可愛い弟分のためだ!!オレは喜んで仮装でもなんでもしよう!!」
わかりやすい。
ロニ=デュナミス。そんなに幽霊が怖いのか。
「まぁやりたいヤツは勝手にやれ」
「大丈夫だよ、ジューダス。今回は…
ハロウィンの前身、サーウィンは、もともと先祖の魂や精霊達を迎えるために仮面をつけて行った祭礼とも言われているんだから、素でクリアだ」
「……………………………。」
素直に喜べないジューダス。
何故そういう余計なことを知っているものか。
「あ、それからロニ」
「?」
「ジャックオーランタンって、天国にも地獄にもいけないジャックって人が、悪魔にもらった灯火(ランタン)をたよりに今も彷徨い続けているって話らしいから…私は怖い。」
「俺も怖い!!わざわざ教えるな!!」
しかも現在進行形かよ!!
ロニは本気で怒っていた。
「だって怖いものは怖いんだもん…」
と言いつつ全然怖そうに見えない
。ただちょっと困ったような顔はしている。
「お菓子はともかくさ、仮装はできるよ」
「何が」
「ほら、装備が色々…」
さすがテイルズ。
装備品に富んでいる。
揃えようと思えばウィッチドレスからエンジェルリング、ペルシアブーツなど色物・動物物ある意味ばっちりだ。
だからといってねこにんの服とか着せられても困るのだが。
「あ、私でかけるからパス」
「10月31日に?」
「うん、多分」
「どこへ?」
「まだわからないけど…とりあえず、まだ船は出ないよね」
「それはそうだけど…」
次の目的地への船が出るにはまだ時間がかかる。
は本を片手に調べ物があるといって出て行った。
サーウィン(ハロウィン)は前夜祭だ。
成り立ちが何にせよ、本当のお祭りは11月1日。
夏が終わって、冬になる。
そんな狭間の日。
「どこへ行く?」
カイルたちがあらかじめ用意した衣装を持ち寄って騒ぎ始めたところで、こっそり部屋を出ようとするとジューダスに呼び止められた。
「散歩」
「…今日はゴーストが出る日なんだろう?…1人でうろついていていいのか」
にやりとジューダスの整った口の端が釣りあがった。
ははっきりいってモンスターとは異なる幽霊の類が苦手である。
理由は、剣も晶術も効かないから。
ロニと違って、いたって理由が現実問題であるわけだが…
怖いものは怖い。
「自分がカイルたちに巻き込まれそうだからって…それは意地悪ですか」
珍しく眉を寄せて困ったような顔を返す。
しかしながら言っていることは限りなく的確である。
もちろんジューダスもそれで憤慨するほど狭量ではなかった。
が、1人だけ抜け駆けさせて対岸の火事をご披露するほど甘くも無い。
「ジューダスも一緒に来る?」
「どこへ」
「聞くなら来なくていい」
微妙な駆け引きだ。
『特別な日』ともなれば、あんなことを言われれば1人で行くのは怖いし、かといって「来てください」はないだろう。
ジューダスは彼女のなけなしの弱点(?)が無条件で通用する日とあらばどうやらそれを言わせたいらしい。
いつもだったら「じゃあ一緒に行こう」となるわけだが…しかし、そうとわかれば言うほど
も甘くない。
妙な間があった。
『ここに居たくないなら一緒に行けばいいでしょう?』
ここにいるはずのない人間の、天啓にも似た囁きに邪魔をされ、結局のところいつもどおり2人して抜け出ることになった。
『まったく、素直じゃないんだから』
2人とも自立心の高さと言うかプライドが高いと言うか。
しかしそれはそれで既に何事も無いかのような2人。
先ほどより声を大にして言ったシャルティエに珍しく
が黙るように言って聞かせる。
「シャル、今日は人通りが激しいから町を出るまで黙ってた方がいいと思うよ」
なるほど。
通りに出ると、色とりどりの仮装をした子供たちが浮き足立って行き来していた。
「いや、それとも今日は仮装の道具ってことにして、公明正大に出してもいい日かも」
「よくないだろ」
自ら、他の可能性に当たって考えてみたがすかさずジューダスからとめられた。
「それより、今、町を出ると言わなかったか?」
「うん。北の丘まで行こう」
「───町の外に1人で出るつもりだったと…?」
ジューダスの機嫌がやにわに傾く。
いくら
でもそれは無謀だ。
ゴーストとか言う以前にモンスターにとって食われたらどうするつもりなのか。
「大丈夫だよ、すぐそこだから。あ、浅瀬渡っていくからそれだけ注意してね」
「何があるって言うんだ」
「内緒」
丘と言うのは、海の向こうにあってそこを渡っていくことになった。
以前からこんな浅瀬なのか潮が引いてこうなっているのかはわからない。
けれど、名もない小さな島の小さな入り江は長い間人は入っていないのだろうということだけはわかった。
「ここからだと街の灯りもきれいに見えるね」
『こんなに近いのに…喧騒が遠いですねぇ』
つい先ほどまできゃあきゃあと騒ぐ声がやかましく聞こえていたのがウソのようだ。
下草の生い茂る小さな草原を抜けて
は丘の上へと向かっていった。
「…この辺なんだけど…もう無いのかな」
丘の上に上がると一転して闇が広がっている。
その向こうは海で、丘を境に光が届かない本当に真っ暗な世界が広がっている。
なぜかちょっとがっかりしたような顔をしてから眼下の闇に
はふと呟いた。
「…ジューダス…何か、突然さっき言われたことを思い出した」
「あぁ、ゴース───」
「言っちゃ駄目」
「怖いのか」
「怖いともさ!!!」
そういう話をすると「来る」と言う噂を知っているのだろう。
とうてい怖そうには見えない態度で言われてふっとジューダスの口元が綻ぶ。
「そんなもの迷信だ。…それで、ここには何があるというんだ?」
「うーん、ごめん。何もなかったみたい。それも迷信、かな」
暗闇に背中を向けて、街の方を振り返る。
それだけでも気分的には変わるのだから不思議なものだ。
風の渡る丘の頂に腰をかけて、
は自分の膝に頬杖をついた。
「ここに昔、精霊がいたんだって。ちょうど今頃になると、現れたとか…」
「最近読みふけっていたのはその類の本か?」
「一度そういうの見てみたいと思ってたんだよね。ハロウィンになると魔力が高まる、っていう話は前から知ってたからんだけど…ひょっとしたらこの…」
世界、と言いかけて
は口をつぐむ。
元々精霊の存在が実証済みなこの世界だったらそういうことも彼女の世界より恒常的に見られるかも、というのが実の動機である。
「なんだ」
「このテの言い伝えって調べれば結構あるから、どこかであたるかな、と思ったんだよ」
間を置いて少し大人しい顔で答えた
の隣にジューダスは腰を下ろした。
「まぁ夜景を見に来たと思えば無駄足でもないだろう」
『そうですね、こうやって遠くから眺めることって滅多に無いですもんね』
「そういってもらえるとありがたい」
苦笑しながら
は街の方へ顔を上げた。
さすがにこの時期の風は冷たい。長居はできなそうだ。
「そういえば、この間、話していたサーウィンの話の続きはどうなんだ?」
「この間の?」
「ロニが途中で茶々を入れたろう。それで話が逸れたままだった」
「あぁ。ずっと昔の…真面目な話?」
「そうだ」
今はもうすっかりイベント化してそこまで突き詰められることも滅多に無い。
ジューダスはジューダスで「ハロウィン」というお祭り騒ぎ自体が興味の対象外だったので触れようともしなかった謎だろう。
「季節って四つのQuarter Daysで分けられてるんだよね」
「夏至や冬至、春分と秋分のことだな?」
「そう、それから更にその間に4つの区切があって…それがCross Quarter Days。
要するに春真盛りとか夏真盛りで…その内の一つがサーウィンなんだって。厳密には秋なんだけどね。」
『確かにもうすっかり秋だよねぇ』
下草は黄色くなりかけて、風が吹くと乾いた音を立てる。
それでもまだ枯死するほどではなく、きっと夕日でも照れば金色の野に見えるに違いない。
「それから…夏と冬、生と死の境の日だから時と場所が一時的に凍結して特殊な超自然的エネルギーで満たされた別の時間ができるとか。」
「穏やかじゃないな」
「冬になると植物は土の下で眠るでしょう?それのことじゃないの」
そして春になって芽吹けば、再び生の季節になる。
そういわれれば確かに実情に合っていた。物は言いようだ。
「元々狭間の時間は次元が不安定になるって言うしね。昼と夜の境目も黄昏時や逢魔が刻って言うくらいだから…」
「なるほど、今日はそれが年に1度の日。それでゴーストだの精霊だのが徘徊すると言うのか」
「…」
『坊ちゃん…』
うっかり口にしてしまったのを取りこぼさなかった
の表情が少し固くなっていた。
「だから迷信だと言っているだろう。怖いと思うから増々怖くなる」
「そんなことわかってるよ。人間って結構単純だよね…だから何もいないって言って。」
自分では無理なのでジューダスに暗示をかけてもらおうとしている
。
しかし、かけてもらおうと考える時点で脳内では気のせいだと冷静に理解しているのがまた複雑だ。
ジューダスはこういう時は気がきかなかった。
「お前、ゴーストも精霊も似たようなものだろうが。なぜ一方だけ怖がる。」
「一理あるけど違うと思う」
霊的と言う意味では限りなく近い。
しかし、分類としては全く違う。
どこに論点を当てるかの問題だ。
が、今はそんなことはどーでもいい。
『坊ちゃん…珍しく
が怖がってるんだからもう少し何とかしてあげようとか思わないんですか』
「思わん。そもそも怖がっているように見えないだろうが。」
「じゃあ、ちょっと周囲で何かが揺れたら キャー!とか言って抱きつけば言いわけ?」
『あ、それは見てみたいかも』
と、諸々な意味を込めてシャルティエ。
「できるものならやってみろ」
「…ごめんなさい、できません」
珍しくジューダスは一方的に優勢だった。
それでも気は紛れたのか
は溜息をつく。
その時だった。
『ぼ、ぼぼぼぼ坊ちゃん!!』
「なんだ、シャル…
…っ!?」
「!!」
慌しい声に振り向いた2人の動きが固まる。
その視線の先には、暗闇にゆらりと浮遊する白く薄ぼんやりとした光があった。
「ジューダス、何が迷信だって…?」
言いながらもその左手で
がジューダスの袖口をぎゅっと握ってくる。
しかしというかやはりと言うべきか、その程度で意外に冷静な反応だ。
2人はその光を注視した。
『は、早く帰りましょう!!見なかったことにして!!!!っっっっ動いてるしぃぃ!!!!』
「うるさいぞ!」
周りに誰かがいてもシャルティエはそれくらいの声でわめいただろう。
ひぃぃぃ!!と悲鳴を上げそうな(上げてる)シャルティエが動揺した声で言うが、もちろん彼の一存で彼だけがそこから動けるものではない。
「…動いてる?」
「いや、揺れている、くらいだろう」
淡い光が2つに増える。
かと思えば3つ、4つ。見る間に虚ろな発光が闇の中に増えていった。
「───…」
「おい!」
が何を思ったのか、丘の向こうへと足を踏み出す。
腰まである下草をさらさらと音を立てて引き寄せられるように闇の中へ進んだ。
『坊ちゃん!早く、
が攫われちゃうっ』
「お前はいいから少し落ち着け!」
背中でわめくシャルティエをなだめながら、足元に注意して追う。
光は既に数え切れないほどに増していて、
の腕を捕まえた時にはその光の群れの目前へと至っていた。
「これは…」
「精霊の正体、かな」
それは花だった。
群生している見たことのない花々が淡い光を放って咲き誇ろうとしている。
すぐ手前にある草がほのかな白い光を宿したかと思うと、ゆるやかに光の密度が濃くなった。
それで、それがただの草ではなくつぼみであることに気付く。
「月香華か…?」
「知ってるの?」
「あぁ、年に一度一晩だけ咲く…もう絶滅したと言われている花だ。おそらくな。」
見る間に手元で開きだした花に視線を落としながらジューダス。
「こんなところに残っていたとはな」
「本にはさ、『サーウィンの夜に白月の精霊の子らが、水の丘の向こうに現れさざめく』って。」
「間違いない。これがお前の見たがっていた精霊なわけだ」
風に揺れるほのかな光が集まって柔らかな光の群集になる。
それはまるで、小さな精霊が大気を満たし、踊っているかのようだった。
「これ、少しだけお土産にもらっていこうか」
「蕾のものがいいだろう。どうせ今夜限りだ。咲き散る前に戻らんとな」
思いがけず眼前に飛び込んできた幻想的な光景に、体が冷えることも忘れて花見としゃれ込んでいた2人だったがやがて、思い立ったように顔を見合わせた。
その顔は、妙に爽やかだった。
そして丘の向こう、町の灯火の中にいる仲間のために精霊の花を少しだけもらって帰ることにした。
しかし、その後。
「ずるいよ~!!!2人だけでそんないい所行ったなんて!!」
土産話と共に帰れば散々カイルにごねられ、おまけに翌日には寒気にあたって風邪を併発した2人がいた。
あとがき**
どこがTOD?と言わしめそうなオリジナルファンタジーと化しました。
素直にイベントを楽しまない2人にふさわしいハロウィン話になったと思います。
そして、無駄知識を貴方に!!て感じですね(笑)
しかもなんだか、いつもよりちょっといけずなジューダスになってます。
そして当サイト、初のフリー夢です。
お持ち帰り、転載は節度ある範囲内でご自由に…