ほたる
セインガルドの東側…つまり、ダリルシェイドやクレスタは比較的気候が穏やかだ。
四季もそれなりにあり、真夏へ向かう陽の暑さと雨の涼しさが入り混じる今どきはいわゆる「梅雨」と言われる。
雨は嫌いではないが、時として、外へ出るのが億劫になる季節でもある。
その合間を縫うように、リオンと はクレスタへとやってきていた。
「日が伸びたね」
外から聞こえる子供たちの声を聞きながら、ディナミス孤児院の食卓の準備を手伝っていた は窓の外を見る。
「そうねー。7時でもまだこんなに明るいものね」
冬ならとっくに子供たちへ「中へ入りなさい!」という時間であろう。
日は落ちているはずなのに、明かりなどまったく必要がないほどの明るさが割合長く続くのだから不思議ではある。
振り返りながら外へと視線を流したルーティはそのまま、リオンを見た。
「用意ができるから、外の子たち呼んできてよ」
「なんで僕が…」
といいながらも仕方なさそうに庭へ出ていくリオン。
だが、まんざらではないのだろう。
そこにはすっかり年長者の面倒見の良さで、小さな子供を背負ったり持ち上げたりしている少年のロニと、幼いカイルの姿もあった。ついでにお子様よろしくこどもたちと追いかけっこをしているスタンの姿も。
「おい、お前たち。夕食だぞ」
「はーい!」
何人かが聞き分けよく、だが賑やかに入口から駆けこんでくる。
最後に入ってきたのは、女の子を肩車したロニ。そして、全員が入ったのを確認してやれやれといった調子でリオンとスタン。
「さぁっ、今日は特製のマーボカレーよ♪」
子供たちがわぁっと歓声を上げる。
一番うれしそうなのは、スタンだった。
片付けは子供たちが自分でするので割とあっという間だ。
は庭に据え付けられたベンチで涼んでいた。
夜気は雨が降ると涼しく頬をなでてくれるが、今日は少し暖かい。
それでも中よりはずいぶん涼しい方だろう。
町はずれにあるこの孤児院の夜の庭は静かで、小さな虫の奏でる音が、いっそう静けさを引き立てた。
「まったく、いつきても賑やかな場所だな」
リオンも外へ出て来た。顔を上げると夜風に黒い髪が揺れる。
リオンは の隣に腰を掛けると小さくため息をついた。多分、意味はない。
先ほどまでの喧騒が、壁が一枚間に挟まるだけでうそのようだ。
そうして二人で涼んでいると
「 さん、リオンさん!」
ロニが現れた。
その足元にはひっつくようにしてカイルが。
「? なんだ?」
なんとなく違和感を覚えたリオンが聞き返す。
すると違和感の原因であっただろう後ろ手に隠していた手をカイルはばっと前に出した。
麦わらのような植物で編み込まれたかごだ。
その中に、淡いグリーンの光がいくつも明滅していた。
「ほたる!? クレスタにもいるんだ」
宵の口は街自体が明るく水路も整備されたダリルシェイドでそれは見られない。
クレスタにいるというのも聞いたことがなかったが、リオンの向こうから予想外の反応で、その後、笑顔を見せた の顔に、カイルはへへー!と得意満面だ。
「東の町はずれの小川にいるんですよ。今年は特に多くて!ぜひ二人にも見てもらおうと思って、取ってきたんです。な!」
「うん!」
おそらく、こんな風にほたるをゆっくり見たことはあるまい。
リオンの瞳がかごを受け取ると純粋にそれを眺める視線になった。
いくつものグリーンライトがアイボリーの格子の向こうで消えては灯り、灯っては消える。
とても幻想的な光景だ。
もどこか懐かしい気分でそれをみつめた。
「ありがとう、うれしいよ」
が顔を上げると、ロニとカイルもうれしそうな顔をする。
そうしてとりとめのない話を少しして…けれど、カイルが自分より高い位置でかごを吊るしてみているのを見て、 はふと、瞳を伏せた。
「どうした」
ロニと話していたリオンが、振り返る。
「あ、ううん。……そうだ、二人とも。せっかくだから、その川に案内してよ」
ロニとカイルは顔を見合わせ…
「もちろんです!」
「うん、いいよ!」
満面の笑みで答える。
カイルがかごを揺らしながら背中を向け、駆け足になりそうな勢いで歩き出した。
だが、ロニと はそれを呼び止め、一度家の中に戻る。
出てきた の手には、今となっては貴重なレンズ製品の小型ライトがある。
ロニもカンテラを持って出てきた。
「こういう時はカンテラの方が、やさしい光だよね」
ロニを先頭に小川へとやってきた四人。
小川に近づくと、町明かりは少し遠く感じた。
彼らは子供二人で来たのだろうか。もっとも、子供だからこそ、探検気分でもあるのだろう。
木々は、深い藍色の空に黒い影を映している。
ふわり。
の目の前を淡い光が横ぎった。
手を差し伸べる。
光は、ふわふわと漂い、雑木の向こうに消えた。
「あ、ほら!いますよ!」
ロニが奥を指し示す。
ふわり、と別の光が微風に乗るように、正面からやってきて、今度は右手に消える。
小さな水の音がする。
燐光はそちらに近づくと、徐々に多くなっていく。
カイルが駆けだすとロニもそれを追って、駆けて行った。
「早く早く!」という彼らはそう遠くもない場所でこちらを振り返って手招きしている。
小川の音がいよいよ近くなって、背の高い草に隠れるロニとカイルの足元を覗きこむと小さな川がほんとうにちょろちょろという音を立てて流れていた。そして、そのほとりに舞う、無数のほたるたち。
「どうですか!」
リオンと がそれを見て、少なからず表情を変えたのを確認してロニは胸を張った。
「これは、すごいな」
リオンの素直な感嘆に、カイルがその後ろから抱き着くように張り付いた。
リオンはその頭を無造作になでて、褒めてやる。
幼いカイルは、ぷっくりとした頬にへにゃりと笑みを浮かべて、うれしそうに笑った。
「ほんとにすごいね…こんな光景、二度とみられないと思ってた…」
リオンはそれで、何か言いかけたが、ロニとカイルが賑やかに を囲んだので、それは叶わなかった。
改めて覗き込んで、笑う。
そして、なぜかライトを付けた。
ちかり、ちかりとそれを点滅させる。
小さすぎるライトが発するレンズ色の光は、光としてはけっこうな存在感はあるけれど、木々の合間に沈む安息の闇を壊すほどのものではない。
「?」
「それ、何?」
3人分の疑問符の後にカイルが問う。
「ん~成功するか、わからないから、様子を見てから」
「??」
そういってしばらく…なんとなく、ではあるが…
「ほたる、集まってきてないか?」
その事実に気づいた。
「成功したみたいだね」
がライトを消した。その頃には相当な数のほたるが、あたりを漂っていた。
「なんで??」
カイルはその様子にひたすら首をひねっている。
「ほたるっていうのは、光で仲間と会話するんだよ。似たような周期で点滅させると、寄ってくるんだ」
「へー!」
「すげー!」
大分前に何をしているのか、気づいたリオンは、前を行き交う光になんとはなしに手を伸ばす。ふわり、と光の一つがその指に止まった。
「オレもやる!オレも!」
興奮するカイルに はペン状のライトを口元にあてがうようにする。
「あんまりやりすぎると、ほたるは疲れてしまうんだよ。今日は、せっかくカイルとロニがここへ連れてきてくれたから、そのお礼」
そういうと、ふたりはどこか照れくさそうな顔をした。
「ねぇカイル」
はカイルの前にひざを折る。
視線がカイルと同じくらいになる。
「お願いがあるんだけど」
「なに!?」
なぜか期待を込めたような返事。
「その子たちも、放してあげないかな」
えっとカイルは視線を下ろした。
そこには、かごのなかでじっと明滅を繰り返すほたるたちがいる。
「ほたるは、何を食べるか知ってる?」
カイルは黙って首を振った。ロニも難しい顔をして黙っている。知らないのだろう。
「何も食べられないんだ。ほたるは、きれいな水を飲むことしかしないの」
リオンは視線を小川に向ける。
水際にはほたるたちが、思い思いの場所で明滅を繰り返している。
命を潤しているのだろう。
カイルとロニ、そして も水辺の光を見た。
「それに、ほたるは大人になると1週間くらいしか、生きられないんだよ」
「……」
カイルの顔が悲しそうにゆがんだ。
「せっかく、きれいな水があって、せっかく今年はこんなに仲間がいるところに生まれてきたんだから…放してあげようよ」
その顔のままで、じっとかごを見たカイルはやがて、目をぎゅっと瞑って無言で何度も頷く。
そして、かごを に向かって突き出した。
「ありがとう」
はそれを手に取って、ほどく。
麦わらで編まれたそれを開けるのは容易かったし、水辺にそっと置くとほたるたちは待っていたように一匹、二匹と虚空へ舞い上がった。
幼いカイルは、それを見上げる。
ただ、悪いことをしたと思っているのか、その顔は少しおとなしかった。
「………家に連れ帰らなくても、また見に来ればいいだろう」
カイルとロニの視線がリオンに集まった。
「一緒に、来てくれるの?」
再び何かを期待するカイルの視線。
「そうだな、また来年…ほたるが出たらすぐに報告しろ。また来てやる」
「本当!?」
リオンが珍しく期待に応えてくれたので、カイルは再び笑顔を取り戻す。
それをみて、組んだ腕を頭の裏にまわしてロニも笑った。
「それに、ロニとカイルがほたるを連れてきてくれたから、私たちもここに来られたんだしね?」
そう言えば、お子様たちの機嫌が直るのもすぐのことだった。
そのために、そういったわけではないけれど。
夜風の中に、燐光が舞う。
それは闇の中だからこそ、美しい。
儚いからこそ、美しいのかもしれない。
それでも、生命に満ち溢れたその光景は、長く記憶にとどめるに値するものだった。
あとがき(2015.7.8)**
久々に「お題」として書きました。予想以上に長くなったので、短編入り。
あとがきというか、裏話は長くなりそうなので、ブログの方で。
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