VSウッドロウ NEO
あれから何年経っただろうか。
ウッドロウは独身のままだ。
国王が世継ぎもないのはどうだろうと思われるところだが、リオンもも独身貴族を謳歌しているので……というか、ぶっちゃけ人のことはどうでもいいのでさして気にも留めない毎日だ。
本当にどうでもいい。なのに、向こうは恒常的には放っておいてはくれなかった。
そんな、例えばなある日。
「リオンさん、ファンダリアから信書が届いてますよ」
一通の手紙が、ダリルシェイド復興拠点の執務室に届いた。
ファンダリアと聞いた時点であまり開きたくない気分に陥ったが、正規のルートを通してきたので、仕事と割り切って開封する。
ファンダリアで行われる式典に参加してほしいとのこと。招待の公文書だった。
ウッドロウのサインは入っているが、特に追伸のようなものはついていない。
従者がいれば部屋を用意するとか、時間がどうのとか、普通に「仕事」だ。
なぜだろう。だが、リオンはそれを見て眉をひそめた。我知らずに。
仕事が終わり、部屋へ戻る。先に帰っていたがいる。いつもの日常だ。
「、お前の方にファンダリアから信書が届いたか?」
「ないけど、何?」
公文書なので、持ち帰ってくるべきではないのだがリオンは持っていたそれをに手渡した。
「式典のお誘いかぁ……公用だね」
「あぁ」
「御付もOKってあるけど、私はここで『私も行く』というべきなのかな」
「……」
違和感の正体が晴れた。それはウッドロウがこの状況を狙って敢えて自分にだけ手紙をよこしたという可能性。
一番被害を受けているであろうはリオンよりいち早く…どころか見た瞬間にそれを看破する勢いだった。
「でもそうすると、思う壺な気がする」
被害妄想というより、経験からくる直観だろう。
「考えすぎかな」
「いや、そもそも公文書ならすべてウッドロウが直筆で書く必要はない。かといって式典が本当にあるのかどうかから調べるのは馬鹿げている」
「そうだね」
そんなことに労力を使う間があったら、他のことをしたい。
「一応公文書だし、行かないわけにはいかないだろうね。私も行きたい」
結局行きたいのか。
「でも式典に呼ばれてるのはリオンだけだから、私はふつーに休暇取ってマリーの宿に泊まって、その間遊んでることにする」
「そんなこと僕が許すと思うか」
「……。どういう意味?」
概ねわかっているだろうが、聞いてくるあたり……
「ひとりで逃げようとしてもそうはいかないぞ」
珍しく笑顔を見せるリオン。笑い所が間違っている。
「結局そうなるんじゃないか……」
ついてくるなら自分だけ仕事などそんなにおもしろくないことはない。ので、リオンは巻き添え承知でを連れて行くことにした。
ファンダリア。
「寒い……」
「だったらついてこなければいいだろう」
不条理な発言を交わしつつ、城へ。リオンのお付きということでも結局城へ滞在することになった。
式典は本当で(当たり前)、リオンは開始ぎりぎりに顔を見せ、終わって速攻退席していた。
ウッドロウには式典の中で挨拶したので、何、問題ない。
食事はせっかくなので観光がてら街で食べると断って、すぐに外へ出た次第だ。
「外が寒いから、中で暖炉の火にあたったり温かいスープを飲むと幸せを感じるね」
「この国に住めばその幸せを毎日味わうことができるぞ、君」
「「……………………………………………」」
出た。
愛国者が多いこの国でウッドロウはあまりにも有名だ。長身に銀髪と目立つ姿でもあり、お忍びの装いのつもりだろうが途端に食堂はざわついた。
「リオン、こっちのコンソメスープもおいしいよ。取り皿もらったから少しポタージュ分けてもらっていい?」
「あぁ、これだけ雪深いのに意外と野菜が豊富だな。ダリルシェイドから来てるのか?」
「ジュノス越えれば春だしねー」
リオンとにとってのみ存在が空気と化している。
しかし、なぜか異様に存在感のある空気王。
「私も同じものをもらおう。すまないが、椅子をひとつもらえるか?」
「椅子だったら貸しますよ、ウッドロウ」
の隣に座ろうとしたので、が譲った。意味がなさすぎて正面の席で失笑するリオン。
「私はリオン君と二人で食事をするためにここに来たわけではないのだよ!」
「僕もお断りだ」
いや、それ以前に、だとしたらやはりあの招待状の真の目的は、と親睦を深めるためだったらしいとわかるウッドロウの発言。
「私が来なかったら二人きりになるわけだけど、そうしたらどうするつもりだったのかな?」
「「それ以前に二人きりにならないからな」」
気持ち悪いクロだ。
の顔が明らかにゆがんだのを見て、リオンの表情もゆがむ。己の汚点だ。
「とにかく、目立つから……場所を変えよう」
本当ならお引き取り願いたいところなのだが、彼の国内でどこにいても現れそうなので、の諦めは早かった。
そして個室。
「何の用ですか、ウッドロウ」
「せっかく我が国まで来てくれたのに、顔を見せてもくれないなんて寂しいではないか」
「私、遊びで来ただけなので。ご公務ご多忙のところ、誠に申し訳ないですし」
は公用文書の冒頭挨拶としてテンプレな言葉を吐いた。
「旧友を邪魔になどしないよ」
「あのさ、リオン。旧って古いって意味だよね、新旧役員とか主に現在進行形でない場合に使われる言葉だよね。……今は無関係ってことでOK?」
「唐突だが、まぁ概ねいいんじゃないか」
「訂正しよう。親友、あるいは朋友、むしろ愛人でもいい」
「「……………………………………………」」
「私には愛という言葉は似合いません」
おかしな自己主張を繰り出している。これは素直な感想だろう。
「アモーレで良いかな」
「それ、いったいどこの言葉なんですか?」
のみだが、イタリア語だったことはわかっている。
「大体、お前が寄越したのは式典の公文書だろう。がここへ来ることを想定していたのか?」
リオンが根本的な問題に立ち返ってくれた。
「そう……同じことを繰り返しても芸がないからね、私は考えたのだよ」
「「何を」」
聞きたくないのに聞いてしまうリオンと。ハモっても一向に気持ち悪くないのは、問いというよりつっこみに近いからだろう。二人ともあきれた声音だ。
「将を射んとすればまず馬を射よ……!」
「僕は馬か」
明らかにご不満の様子のリオン。
「誰も乗せてくれなそうな馬ですが……」
例によって思考が飛躍する。
「でも馬って好きだな。サラブレッドの軍馬とかきれいだよね」
「何と……! 雪深いファンダリアでは使い物にならないが」
「それは馬ではなく気候の問題だろう! サラブレッドを悪者にする迷惑発言をするな」
別に馬好きだから馬をかばっている訳ではない。
「この国であるなら、向くのは『道産子(どさんこ)』」
読んで字のごとく、北海道産のごついパワフルな馬である。サラブレッドがスピード重視の騎士ならば、道産子は重装備をものともしない戦士と言えよう。
「……それは確かに荷馬車を引いているな」
道産子という言葉が通じることが驚愕なのだが。
「百歩譲ってリオン君はサラブレッドかもしれないが、ならば私もサラブレッドには違いない」
「待って。話がずれるのはけっこうだけど、変なずれ方されると修正したくなる」
几帳面だ。
「では、話をもどそう」
どこまでだ。
もはや自分から話すこともない二人はとりあえず、ウッドロウの言葉を待った。
「そう、そしてリオン君を呼び立てれば君も必ずついてくるだろうと思ったのだよ」
「それは想定内で遊びに来たんだよ」
「わかっていながら来てくれるというのはうれしいではないか」
違う。
リオンと一緒に小旅行 > ウッドロウとの接触のリスク
という天秤が成り立っているだけのことである。
「それで?」
「私は考えを改めたのだよ、リオン君。君に、聞きたいことがある」
「それなら手紙でいいじゃない……」
呼び立てられる意味があったのだろうか。
「いままで、靡いてくれない理由を考えていた。まず、お互いを理解することが重要だと私は思うのだ」
「それはまっさきにすべきことだがな」
ウッドロウは聞いてない。
「私は努力を惜しまない。まず、君の嫌いなものを知ることで逆説的に好きなものを考え、理解し、分かり合えたらと思う」
まさに嫌がることをさんざんしてきた人間のセリフとは思えないが、真っ当なご意見だ。
「まぁそういうことなら……」
の嫌いなタイプは知っているつもりだが、敢えて本人の口からきいたことはないので黙っているリオン。
「どんな人が好みでないのかな?」
「長身で髪が長い人ですか」
グサリ。
いきなり何かが突き刺さった音がした。
「君……まさかの体型的なことへの攻撃は……」
「攻撃じゃないです。差別のつもりもないですし、異性として苦手という個人的な好みの問題で、私と無関係なところで誰が髪を長くしようが背がにょきにょき伸びてようが別に問題ありません」
飄々。
攻撃のつもりはないのだろう。
「自分に害がなければ」差別的な発言をすることのない本人の様子が物語っているが、ウッドロウは吐血している。
「ただ、異性のタイプとしては……」
「高身長・高学歴・高収入の三高は女性の理想じゃないのかね?」
「古い上に理解するといったくせにすでにおしつけか」
古いという自覚がなかったのか言葉を詰まらせるウッドロウ。
「身長髙い人は威圧感を覚えて怖いんです。あと、いかにもおっさんな人以外がひげをはやしているのも苦手です。むさいし勘違いな感じが」
→18年後のウッドロウ。
「男にしてみるとひげは威厳の象徴的な意味もあるのだが、女性はそう思うのだな…わかった。私はひげをはやすのはやめよう」
その時、歴史は動いた。
「髪は切れよ。と思うので……もしくはまとめてくれてれば気にならないんですけどねー」
「そうか! どのような感じがよいと思うかね」
ウッドロウが何らかの希望を見出したのか嬉々として聞いた。
「ツインテールが見たいです」
「ツインテールか! では早速……!」
バタン。そうして従者に結わせる気なのか、ウッドロウは出て行った。
好きだとは言ってない。
単に「見たい」と言ったあたり、彼女は巧みに話題をすり替え、自らの好奇心に基づいた発言をしたことに、ウッドロウはもちろん気づいていないだろう。
「、今のうちに出るぞ」
厄介なものが不在になった内に、さっさと離れるに限る。
「宿はマリーのところでいいだろう。僕もそっちに泊まる」
「えー……」
はウッドロウのツインテールが本気で見たくなったらしい。
おそらくツインテールの後は場合によってはもっと奇天烈な格好をさせることも可能。
それを考えるとリオンだとて笑い種にしてやりたい気がないでもないがその後のリスクを考えると、これ以上関わるのはごめんだ。
「好奇心は猫をも殺すというだろう。負けてないで行くぞ」
「それはゆゆしき事態だから、行く」
ちなみにゆゆしき事態というのは猫が死ぬというところだろう。もはやどうでもよいところだ。
そして、二人はさっさとその場を後にした。
十数分後…年甲斐もなくツインテールにして長身の王様は、空の部屋を前に残念そうな顔をしたという。
従者もいた。店の客も彼の姿を見たが、だれも笑っていなかった。
王様は、裸だ。
2016.10.21 筆
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