「、あたしちょっとやることあるから、悪いけどスタンと買い物行ってきてくれない?」
「うん、いいよ」
姉と弟
クレスタに来てしばし休憩。
しかし、孤児院の日常はせわしない。
「待て。行くな」
「どうして」
「どうして……?」
リオンは、自らに疑問符をつけ復唱しながらも、に買い物を頼んだルーティをゆっくりと振り返った。
理由などない。ただ、しただけだ。なんとなく悪い予感が。
ルーティはにこにこと笑って、あんたはこっち手伝ってよと言ってくる。
予感はますます、現実感を帯び始めた。
「いや、荷物持ちが必要だろう。僕も行く」
「大丈夫だよ! それは俺がやるから。リオンはいつもここにくるといろいろ使われるだろ? たまには休んでてくれよ」
結託しているわけではないだろうが、だからこそ、なおのこと気遣いの方向性が間違っていると思いつつ。
(それに今、ルーティは手伝えと言ったので、いずれにしても休めない)
そんなことを思っていると案の定、ルーティがなんだか嫌な笑いを浮かべながら言ってきた。
「あーら? そんなにあんたと居たいの? ここにいるときはいつも一緒のくせに」
「だっ、誰がそんなことを……!」
そこで、ルーティと二人になりたくなければ、さっさと買い物組に回ればいいのだ。
しかし、言われてしまうとそれができないのがリオン=マグナスという人でもある。
「私もクレスタの話とか聞きたいから、行ってくるよ」
結局、二人きりになった。
「……。手伝ってほしいことというのはなんだ」
子供たちのいない食堂がそれなりに静かになったので、盛大にため息をつきつリオン。
諦めモードである。
「そんなのあるわけないじゃない」
あっさりルーティは「むしろ手伝いの方がマシ」という今後の展開を否定してくれた。
「ちょっと座りなさいよ。話があるのよ」
嫌な予感的中。
仕方ないので、座る。大体、こういうときに言われることは決まっている。
が。
「あんた……貯金はいくらあるの?」
「……」
今までにないパターンだった。
「なんだ、やぶからぼうに」
「私は本気よ」
それくらい目を見ればわかる。
本気すぎて、怖い話題だ。
「あんたとが一緒に暮らすようになって……やっぱり財布のひもはが握っているの!?」
ちょっと待て。
「どうしてそうなる」
「大体の世の中はそうなっているからよ」
……そういえば、この孤児院の看板には施設長はスタン=エルロンと書いてあるがそれを見るたびにはそのことを忘れていたという。
もともとルーティがいた孤児院ということもあるが、どうみてもルーティが「経営」しているからであろう。
強烈な事実と先入観に加え、興味がないので忘れるというより記憶に入れようとしないのかもしれない。
まぁ、今はどうでもいいことだ。
「男の方が数字に強いとかいう割に、経済観念が欠けるのよ。生活するのに、女がひもを握っている方がずっと安全、ってわけ。わかるでしょ?」
「この孤児院に限ってはよくわかるが、僕の経済観念をスタンと一緒にするな」
ソーディアンマスターが集ったその旅で、資金を管理していたのは誰か?
リオンである。
スタンに預ければなくす恐れがあり、フィリアは騙される恐れがあり、ルーティは懐にちょろまかすおそれがあり、マリーに関しても……不安要素はないわけでもない。
というか、普通に考えて「罪人」に財布は握らせないだろう。
懐かしい思い出である。
「世間一般も知ったことではないが、金銭は別管理だぞ。夫婦というわけでもあるまいに、当然だろうが」
「うそっ! じゃあどうやって暮らしているのよ!」
夫婦やら恋人やらはここ数年、ルーティと二人きりの時は割と地雷と化している単語だ。
なぜかなどという詳細は割愛する。
さて、一瞬、自ら地雷を踏んでしまったかと思ったリオンだったが今日は金の話に執心しているようだ。
机をたたいて立ち上がりそうな勢いで言い返してくるルーティ。
そうなると逆に冷めていくのはなぜだろう。
「まさかあんた……に食費を出させているとかい……」
「ふざけるな。そんなひものような真似をするか。お前じゃあるまいし」
恐れおののいたようなリアクションで今度は引き気味に言いかけたので、最後まで言い終わらないうちに止めるリオン。
静かながらも本気で血管が浮いてきそうである。
「じゃあどうやって暮らしているのよ」
今更な質問だ。
「共用しているものに関しては、別に通帳を作って互いに毎月既定の金額を入れる。確かに食事を作るのはだから、そこはあいつが管理している部分が多いな。だが、それ以外の給金は自由だ」
「それっての提案?」
「そうだな」
らしいと言えばらしい。お互いに経済観念が存在しているからできることであろうが。
「ならちょろまかすようなことはしないわよねぇ…食費浮かせれば、残金は管理者のものになるのに」
女が財布のひもを握っているのはそれが理由か?と問いたくなる発言だ。
「僕ももそんなに何かを欲しがる方ではないからな。そんなせこい真似しなくてもたまるぞ」
「うそっ! どれくらい?」
「お前……恥ずかしくないのか?」
あからさまに金銭的な話をしたことに対してだ。今に始まったことではないが、そういう話を2人きりでしたことがないので、改めて、そうなる。
「いいじゃない、姉弟なんだから」
都合のいい時だけ姉弟関係持ち出すのはやめろ。
あえて触れないで、答えるリオン。
「ある程度たまると余力を残して精算分配だ。プールしておいても仕方ないからな」
「キャッシュバックとかふざけんじゃないわよ」
別にふざけてない。
「じゃああんたたちは金に困ってないのね?」
「……お前らが常に物資に困り気味なのは知っているから、そこで何か言わなくてもいいぞ」
「それが弟と友人の生活を気遣っている姉に対する言葉!?」
絶対嘘だ。
「なんでもいいから、本題に入れ。話が逸れる一方だろう」
リオンは再びため息をついて、背もたれに背を預けて何気に天井を見る。
「そうね。わかったわ」
単刀直入に言われてルーティも椅子に腰かけなおした。
「あんた、この孤児院のあしながおじさんになってくれない?」
「断る」
即答。
これはルーティも意外だったようだ。一瞬間があったが火が付いたように言葉をぶつけてきた。
「なんでよ! 姉と!友達の!!孤児院よ!? 富めるものが分配するのは資本主義の基本でしょう!?」
ルーティは頭が悪いわけではない。
むしろ、いかに法をすり抜け懐に入れるかを考えて青春時代を過ごしてきた人間なので、割と、決まり事に強い。
穴を見つけてかいくぐる的な意味で。
ついに襟首を捕まえられてがくがくと本気で揺さぶられ始めたのでリオンはそれを止めた。
「必要な物資はそれなりに供給してるだろう! フィリアからも支援が来ているのを知っているんだぞ! それともまたそんなに困っていることが起こったのか?」
ぴたり。
ものすごい力で揺らしていた手が止まる。うつむくルーティ。
「そんなの……」
ぽつりとつぶやいた。
「もらえるものはもらえるに越したことないじゃない」
「何度でも言ってやるぞ? ふざけるな」
「もらえるものはもらうんだから、あげられるものはあげなさい!」
一見、何かの宗教のありがたい言葉のように聞こえないでもない一言。気のせいだろう。
「大体、年に1回まとまった金を入れているだろう! お前は際限なく求める前に感謝を覚えろ!」
「え?」
「先月も入れたはずだぞ。確か30万」
「……」
シュバッ!とルーティは踵を返すとすばらしい勢いで通帳を持って戻ってきた。
表にマル秘!ルーティの!!見たら殺す!と書いてある。
秘密の通帳らしい。
「ないわよ」
通帳をまじまじとめくり返しながらルーティ。
「そんなわけはない。騒乱が終わって2,3年後からだ。入金はに任せてあるから戻ったら聞いてみたらどうだ」
「に……? まさか」
「ちょろまかすとかお前と一緒にするなよ」
「しないわよ!」
ちょっと見せてみろ、とリオンは通帳を取ってみる。
先月の20日近辺。入金、30万……の記帳はある。
「ね? 確かに30万は入ってるけど、ジューダスって人からであんたたちのはないでしょ?」
ちょっと待て。
めくる。去年の記帳。同じ時期に40万。
……水増しされているが、送金者は「ジューダス」だ。
その前の年、………
リオンはそれを見て、椅子に座っているにもかかわらず、床に膝を折りたくなった。
「でもそのジューダスって人、どこの誰だかわからないのよ。あんた、知ってる? ……って、何?どうしたの?」
がっくりとうなだれているジューダス……ではなく、リオン=マグナス。
その様子をただならないと思ったのかルーティがおーいと眼前で手を振ったが、反応はない。
「何? 何か知ってるの?」
「あしながおじさん……」
「は?」
リオンにしては片言のように感じる単語を発すると、ルーティが首を大きくかしげる。
「もうやっていた。僕も知らないうちにだがな」
「……ひょっとして、そのジューダスって、あんたたちだった?」
こっくりとうなづく。
もはや話す気力もない。
ただでさえ、ルーティと話すのには気力がいるというのに。
しかし、何年も知らない「ジューダス」という人の正体が判明して、ルーティがはぁ~と感心したように通帳を取り返して、それを透かし見た。
そしてぷぷっと笑い出す。
「あんたも知らないとか。何年、この名前で入金されてると思ってるのよ」
頼んだことに対して、こなすことへの信頼はともかく時々でもいいから
査察が必要だな
と思うリオン。
「あの子には、感謝されたいとか自分がやりましたーとかいうのがないのかしらね」
そんな自己主張の強い奴なら自分は今、一緒にはいないだろう。
感謝されたいとかいう気持ちからやっているわけではないから、リオンにとってもどうでもいいことであるが。
その結果、ルーティにせびられたことはきちんと伝えねばなるまい。
「むしろ、こうやって犯人不明で首をかしげる奴らを見て遊ぶ方が楽しいんだろ」
その後の判明時の反応も含めて。
「あ、でもジューダス、ってあたしどこかで聞いたことある気もするのよね。……いつだったかしら。……ていうか、誰?」
「僕が知るか」
とぼけているとスタンとが返ってきた。
いままでのいきさつを話す。
ついでに無駄にルーティに話をされた分、を怒ってみたが、はごめんねと謝りながらも楽しそうだった。
「でもいいじゃない。あしながおじさんがいるって。なんだか夢があるし」
そして、結局かわされてしまう。
「ジューダス……ジューダスかぁ……なんか俺も聞いたことがあるような……」
なぜその名前なのか教えようとはしないにスタンが考え込んでいる。
いや、お前は、聞いたことがないはずだ(死んでたから)。
しかし。
「あ!わかった!!」
明るい顔でスタンが顔を上げた。
「カイルが物心つくかつかないうちに、リオンのことなんでかそう呼んでた時、あったよな!?」
「「…………」」
確かにあった。否定はしない。
「あーそういえば、そんなことあったわよね。あれってどうしてそうなったんだったかしら?」
「こいつが、言葉を覚えたての時に僕をジューダスとして教えたからだろう!」
「そうそう、なぜか一発で覚えちゃったのよね。あのカイルが」
母にあのとか言われるカイル。
「で、なんではジューダスとか教えてわけ?」
ふりだしにもどる感半端ない。
「なんでかなぁ……ねぇ、ジューダス」
「僕にふるな」
誰も答えが出せないまま、それでもなぜか、久しぶりに聞いたその名前。
が嬉しそうに呼んでいる。
まさか、もうその名前で呼ばれることはないと思っていた。
なんとなく、くすぐったいような懐かしいような妙な気分だ。
「まぁいいわ。あしながおじさんは今後も無期限でお願いね」
すでにそれなりの支援があったことでか、ルーティもご機嫌だ。
「そういえば、ルーティ、その通帳……」
マル秘。ルーティの。見たら殺す。
「さーて、そろそろお昼の準備しなきゃ~♪」
ゴスッ!!
くるりと体の向きを変えた際、不自然なスピードで回されたルーティのひじがスタンを思い切りテーブルに顔面から叩きつけていた。
「忘れた方が身のためだぞ」
「起きたら忘れてるから大丈夫だよ」
気絶しているスタンを手近にあったペンでつついてみる。
今日もデュナミス孤児院は、平和です。
2017.1.22UP**
今回は、純粋に姉弟の会話。
我が家のお金の流れが普通と違う(私:上納金→父【勘定奉行・元締】→母に家族分の食費支給)ようなのでできたお話なのでお題でもよかったかも。
でも、あしながおじさん的な話がメインなので表にUPです。
ちょうどお昼。
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