3月14日。
リオン=マグナスは、悩んでいた。
の想像を超えるにはどうしたらいいか。
最初からそんなことなど考えずに、普通にすれば問題ないことだったのだが、そうした場合の展開と自分の反応が容易に想像できるだけに、考え始めると「それはできない」というのが発端だった。
どうすれば、その事態を避けられるのか。
はっきりいって、無駄な悩みであると半ば理解もしつつ。
明日は、休日だった。
「リオン、明日買い物行くけど何か用ある?」
そう声をかけてきたのは だった。
「いや、ないが食料の買い出しか?」
「ただの私用だよ。重い物はないから」
大体、週末になるとまとめて買うものもあるのでそういう時はリオンも一緒に行くことも多い。
が、だとしたらとここぞとばかりにリオン。
決めかけていた方針を変更することにした。
「なら、行ってこい」
「うん。何かお茶受けも買ってくるね」
そして、翌日。
は午前中に出かけ、割とすぐに戻ってきた。10時ちょっとすぎのことだ。
「ただいま~。外、寒いよ、手がかじかむ」
両手をさすりながら はそういって、まっさきに暖炉の前に手をかざしに行った。
もう三月だが、今日は二月の頭に戻ったかのように、特別朝から寒かった。
「もっと日が高くなってから出かけるか、手袋をしていけ」
嘆息しながらリオン。
コポポ…という音に が振り返った。
「あれ? リオンがお茶入れてる。珍しい」
「僕だって何か飲みたければ茶くらい入れるぞ」
しかもきちんと二人分入れているので、 にとっては本当に珍しい光景に映ったに違いない。
スプリングコートを脱いで、コートハンガーにかけに行きながら、眺める。
「ちゃんと蒸らしたし、まずくはないはずだ」
「うん? じゃあ私、すごい偶然で帰ってこられたんだ」
うっ
ついぞの言葉に一瞬心中、詰まるリオン。
だが、 はその「偶然」に嬉しそうだ。
洗面所へ手を洗いに行って、「ありがとね」とソファにかけて今入れたばかりの紅茶の入ったカップを手に取る。
「あったか~い、あ、それにいい香り」
よほど寒かったのか頬にあてそうな勢いである。それで、その香りはすぐに届いたらしい。
「アールグレイ…じゃないよね、なんだろ。オレンジ?」
ピールが底に沈んでいるのを見て、ご名答。
それから一口、口を付ける。
「ん、甘くておいしい」
「オレンジハニーティーだからな」
の視線は、いつもティーセットのおいてある部屋の端のテーブルへ向かった。
「はちみつ、後から入れたんだ。それはおいしいはずだ」
「気に入ったか?」
「うん」
それを聞いてリオンは席を立った。自分の部屋に行ってすぐ取って返す。
小さなラッピングされた包みを に差し出した。
「?」
「今日は3月14日だ。お前がお返しをする日だと教えたんだろうが」
「お返しはしなくていいって言ったのに……」
と言いながらも、苦笑しながら受け取る。
そのおりかけた の視線がふと、リオンの右袖のあたりで止まった。
「リオン、ちょっとごめんね」
断ってから は、その袖のあたりに体を傾ける。
人は手を下ろすと、ちょうど手首が腰下あたりに来る。つまり、 が見たのはポケット。
「!!」
手を伸ばしてひょいと取り上げたのは、文明の遺物だった。
一応オベロン社は解体されたので、市場には出回っていないそれ。
だが、この建物内では、現存して使われているそれ。
無線の通信機だ。
「……あぁ…ひょっとしてこれで、私が帰ってきたの見計らってお茶入れてくれた?」
バレた。
「タイミングぴったりだったもんね。通信相手は警備室かなぁ…あそこなら絶対通るし、時間的にも確かにちょうどいい…」
「くっ」
なぜかいたたまれない気持ちになった。
しかし、 は
「じゃあお茶を入れてくれたのも、お返しなんだね」
と笑顔になった。
それはそれでサプライズと取ったらしい。まぁある意味、その通りだが。
お茶を自分が入れてやる、と言う自分が想像できなくて思い至った手段だった。
えらく手が込んでいるが結局 に気づかれずに偶然を装うというのはこれくらいの仕込みが必要だという結果。
結局、バレたが。
「それは……ただ、何かを渡すだけじゃお前は物足りないだろう」
「そんなことないよ。でも、うれしい」
お茶をふるまうことは偶然ということにしておくつもりだったが、それを知った はとても嬉しそうだ。
それを見てリオンもどこかほっと頬を緩ませる。
「だって、リオンが気持ちで考えてくれたんだから、知らないより気づけてよかった。すごく嬉しいよ」
二度言われて、リオンの方が恥ずかしくなるくらいだ。
「そうか……なら、良かった」
ありがとうともう一度言われて、リオンも再び席に戻る。
「これ、開けてもいいかな」
「あぁ」
ソファに落ち着いて、 はきれいに結ばれたリボンを解いた。
落ち着いた茶色のリボンはしゅるりと滑る音を立てて、ほどけた。
そのプレゼントを傍らに、 も自分が買ってきたスイーツを出して、もう一度、お茶を入れる。
一杯目は香りを
二杯目は味と彩を
三杯目は最後の滴(ベストドロップ)
お茶の時間は、はじまったばかりだった。
水さんの「お返しは何だったのだろう」とこんな感じ~?というメッセージからできました作品です。
でかけるよりも部屋で過ごす、リオンがお茶を入れる、は水さんからのヒントです。
奇しくも書いた日、バレンタインデー(1か月早っ)
リオンのお返しの話はそうそうなかったと記憶しているので、よい話ができました。
一応バレンタインの方も見直したら最初のバレンタインの話とちょっと対になる雰囲気が出てる感じがして楽しいです。
でも、ラッピングの中身は何だったのでしょうね(笑)
想像を楽しんでください(^^)
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