男の落とし方①
クレスタの孤児院へ行くと、たとえ一泊でものんびりしていると労働力としてカウントされる。
免れるならなるべく短時間の滞在で、土産だけおいてくるのがベストだが、それだと何のために行っているのかがわからない。
わざわざ休暇でボランティアをしに行きたいわけではないが、不定期に旧友に会って話をしたり、墓参りをしたくなる(主に が)。ジレンマである。
そんなジレンマを圧して、来てみると大体ろくでもないことを言われるとはリオン談である。
「この際、あいつはいいわよあいつは。でも はどう思ってるの?」
大体そのろくでもないこととやらはリオンが言われているのだが、今日に限っては男性陣は作業に出かけ、残った がそんな話題にさらされていた。
「どうってどういう意味で?」
「どういう意味って……」
お茶をしていたが、おやつの時間が近くなったのでルーティが動き始めている。
は、お茶のまだ残っているカップを揺らしながら聞き返した。
少し呆れた視線が返ってきた。
「恋愛的な意味で、よ!」
決まってるでしょ!とルーティ。
を相手にそんな話題を繰り出すのは、色々な意味で今更である。
ルーティはルーティで女子らしく、本当はこういった話が好きだ。
故になぜ今そんなことを言われるのかと、 の方も呆れ…というか困った顔をする。
それをどうとったのかルーティ。
「嫌いなら一緒に暮らしてないわよね。今更だけど、一緒になりたいとか思わないの?」
「思わない」
「え」
即答したので思わず固まるルーティ。語弊があるようなので補記…もとい、説明しておくことにする。
「リオンにその気がないなら、別にこのままでもいいってことだよ。むしろ、一緒にいてくれるのはありがたいし…それに他に大事な人がいる人にごり押しするのはちょっと…」
「あんたそれ、いつの話よ…」
一度覚えこむととことんである。
とはいえ、リオンその人の内心がわからないのだからそれ以上踏み込もうなどとは思わなかった。
そもそもが は充足しているが故に多くを求めることがない。
そんな関係に、ある種の不満を抱いているのは(なぜか)ルーティの方であろう。
「仕方ないわね。ごり押ししなくても、男を落とすには胃袋を掴め!っていうわよ」
なぜ、男性の落とし方を指南されているのだろう。
ルーティは小麦粉をボールに振り分けだす。
それにバターとたまご。
その材料で作れるものは結構ある。
「料理の腕に自信はない。なぜなら極めたいと思ったことが無いから」
「……」
の中では、物事は極めて初めて自信が出るものなのであろうか。
すると大体の人間は自信を喪失しっぱなしの事態に陥るはずであるが。
しかしこの場合、謙虚というと聞こえがいいが、どうでもよいという方がしっくりくるだろう。
「リオンは、特定のもの以外は好き嫌い言わないし……」
「それを好き嫌いって言うのよ」
全く甘いんだからといいながら、呆れた顔でボールを片手に粉をふっているルーティ。
その特定のものも色々な手段で食べさせたりすることがあるので、実際のところ甘いかどうかは謎である。
「でもそれでいうならルーティは幸せだね? スタンはルーティの作る料理はなんでもおいしいって食べるでしょ?」
「あっ、あたしのことはいいのよ!!」
思いっきり赤くなっているルーティ。
スタンのことだからルーティの作るものには限定されないだろうが、マンネリ化しそうな日常において、作ったものを毎日おいしいと食べる人間は貴重ではないだろうか。
自分で言っておいてなんだが、なんだかんだいっても、本当に幸せなんだろうなと思う。
「大体、ルーティの言うことを聞いてくれるし、毎日作ったものをおいしそうな顔して食べたり、体力的な作業も全く苦にしないようだし恋人と結婚相手は違うって言うけど、ある意味スタンは女性の理想の結婚相手なのではないだろうか」
「ちょっと、どうしてそうなるのよっ///」
一般論である。
「それで? お前はスタンと結婚したいわけか?」
「あ、おかえり」
振り返るとどこか呆れたように食堂の裏口に腕を組んで背を預けているリオンがいる。
その隣ではスタンがなんとなくあわあわしていた。いつから聞いていたのだろうか。……結構前からだろう。
「私の相手としてはスタンは無理だな」
「「…………」」
素直に答えると複数個所から沈黙が返ってきた。
「別に尻に敷きたいわけじゃないし、どちらかというと自分より頼りになる人がいい」
「難易度が高い要求だな」
たいてい自分のことを自分でやってしまう人間が頼りにするとはどんな人間なのか。
リオンはため息をついて部屋へ入ってくる。
まるでその言い方だとルーティがスタンを尻に敷いているようだが、まぁその通りなので問題はないだろう。
話が止まったので、 はルーティの手元を見に行く。
どうやらクッキーを作るようだ。型抜きがいくつか用意してあった。
「ルーティ、クッキー作るの?」
「えぇ、何だかんだいって一番簡単だし、腹持ちいいのよね」
生活感に満ち溢れた発言だ。子供が多いから仕方あるまい。
「じゃあ卵白だけでこんなふうに作ってくれないかなぁ」
メモ帳に、 は書き出す。
といっても四角く薄いというだけで、口で説明しても構わなかったが、描かれた方が一目でわかるというものだ。
「? いいけど、そんなに薄いと食べた感じがしなくない?」
「買い出し行って来るから、それ中に入れて。手伝うよ」
そう言って は出て行った。
スタンとリオンは手伝うかと言ったが、そんなたいそうな物は買わないと言って、すぐに戻ってきた。
「何買ってきたんだ?」
「チョコだよ」
「あら、子供たちが喜ぶわねー」
生地も出来上がってそちらはあとは焼くだけだ。
はチョコを湯煎にかけると薄く仕上げて、その間に出来上がったクッキーにはさんでいく。
クッキーがあたたかいのでチョコはほどよく間に収まった。
様子が見えないスタンは焼けたバターの香りを嗅ぎながら、冷たい麦茶を飲んでいる。
そこへ出てくる焼きたてのクッキー。
「ラングドシャか。まさかこんなシャレたものがここで出てくるとはな」
しかし、麦茶。
美意識に反するのか、つぎ足されたお茶を見て少し難しい顔をしているリオン。 がすかさずいつも持参してくる紅茶を4人分、入れている。
「素敵ねー大人のお茶会みたいだわ」
黙ってリオンは口に運ぶ。
さくりと音がして軽く砕けるクッキーと、チョコの折れる食感があいまって、似たような材料なのにチョコチップのロッククッキーなどより上品な感じがする。
「ホワイトチョコのもあるんだ!」
「 が好きだからだろ」
こっくりとうなずきつつ食している 。
「焼きたてのってなかなか食べられないから、おいしいね」
「こうやって食べるとクッキーもぜんぜん違う感じになるんだなぁ」
クッキーはここデュナミス孤児院定番のおやつなのだろう。
いつもと違った味にスタンが感心している。
「リオン、どう?」
「……まぁまぁだな」
「あんたって奴はなんで素直においしいって言わないのよ!」
嬉しそうに頬張るスタンの横でリオンは視線をふいと逸らして知らんふりをしている。
「リオンのまぁまぁとかまずくはないっていうのはほぼ、及第点だからそんなに気にならないよ」
「あんたもどこをどうしたらそう……」
言いかけてまじまじリオンを見るルーティ。
さすがになんだと言うように空気で返すリオン。
「普通のクッキーよりはおいしいのよね?」
「やぶからぼうになんだ」
「おいしいのよね?」
念押しされて、リオンは「まぁそうだな」と答える。捻られた分だけおいしいかといわれれば、否定する要素はない。
「なんだ、 ってなんだかんだ言って、こいつの胃袋掴んでるんじゃない」
「「……………………」」
当の本人たちの繰り出す沈黙の意味は一体何なのか。
「そうなのか!?」
そこへスタンのよくわかっていない大げさなリアクションが事態を更に混迷へと導く。
「そう、……なのかなぁ?」
「僕は掴まれた覚えはない!」
「なんで意固地に否定するのよ」
「意固地になんてなってない」
男の胃袋を掴む……好みがわかった上で腕が伴わないと難しい話だ。
は、本気で悩んでいる。
そもそもが、プロの料理人の食事に慣れた人間の胃袋を掴むなんて、無理じゃなかろうか。
「あ、このクッキー、コーヒーにも合うぞ。 、リオン、飲むか?」
普段はコーヒーは飲まないが、ラングドシャが甘いのでそれもいいだろう。
まだ言い合っているルーティとリオンを気にせずスタンが入れてくれたそれに、ミルクだけ入れる。
リオンの分にも。
そして無言で押しやった。
「全く。来るたびにそうやって絡む癖をやめろ!」
窘めるリオンは、コーヒーを何事も無く口にする。
自分の分にミルクだけ入っている事実にすら、気づかずに。
「……まぁ、好みがわかるといえばわかるかな……」
何の疑問も抱かずにコーヒー片手にルーティと会話を続けているリオンを眺めながら、 は一人それだけ得心していた。
2017.10.18
リオンの好みは割とわかりやすいと思います(食事は適当だけどポイントを抑えるという意味での話)。
なお、続編の②はありませんので、あしからず。
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