運命ノ物語

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運動不足




外回りのスタッフ…つまり、ダリルシェイドの守備隊、モンスターの討伐隊とも言える、の新人と既存スタッフの有志が基礎体力測定を行っている。
本当に剣の覚えなどない一般人出身者も多いので、誰でも出来る簡易な、けれど基礎の基礎力がわかるメニューだ。
立ち幅跳び、上体起こし、反復横とびなどなど。……ここで一定水準に満たない奴はそもそも、戦闘に参加も出来ないレベルのため、ハードルの低い試験だが把握のためにやっておくに越したことはない。
遊びで参加しているスタッフもいるため、緊張とどこかのんきさの入り混じったそんな光景を中庭に眺めながらリオンは、廊下を通り過ぎていく。


「体力が落ちた……」
自室へ戻ると、どこか沈痛な面持ちで頭を抱えているのはだった。
参加してたのか。
の前には一枚の紙切れがあって、おそらくは本日の測定結果であろう。
「お前はデスクワーク中心だから、まぁピーク時に比べれば落ちても仕方ないだろう」
「嫌な言い方」
ピークを過ぎ去ったという意味では確かに聞き方によっては失礼であろう。一応フォローしておく。
「毎日旅をして、モンスターと実戦でやりあって、ひたすら歩いたり命の危険にさらされるような場所へ入ったりする状態が普通ではないし、それがピークだというのも異常といえば異常なんだぞ?」
「じゃあ旅に出ればいいわけ?」
「どうしてお前はそう極論をすぐ持ち出すんだ!」
まぁそれくらいにとって深刻な結果が出てしまったということだろう。
リオンは見上げるの前、テーブルの上に置かれた紙片を取り上げ……ようとしたが、さっとがそれを横にスライドした。
「…………」
すばやいじゃないか。
「恥ずかしくて見せられるものではないのです」
「そうか、じゃあぜひ見せてもらおうか」
を力づくで押さえつけるとしばらく反抗されたが、結果は紆余曲折の末、奪取できた。
「…………………」
「いや、普通だろ?」
一般的に事務をしている人間としてはごくごく普通……というか、むしろなんで全く運動してないくせにこの点なんだというくらいの成績は叩き出されていた。
「前回のテストのときから立ち幅50cmも落ちてるんだよ? 信じられない」
「前回が異様にハイスペックだっただけなんじゃないのか」
立ち幅跳び157cm-配点10点中7。
ここから50プラスということは2mなので、おそらく点数的には満点に近いはずだ。
「というか、お前、握力なさすぎだろう」
大体どれも7点なのだが、特化して低いのが握力だった。23kgしかない。女性の平均値は29.5と書いてある。
「…リオンが毎日腕相撲してくれたら、上がるかもしれない」
握力ではなく、腕力なのでは。
いつにない真剣さを感じるあたり、冗談ではないようだ。
「気にするほどの結果じゃないだろう。別にお前は体力勝負の前衛だったわけでもなし」
「身軽さだけが取り柄だったのに、唯一の取り得がなくなってしまった…」
ブレイン的な役割を得意とする人間の言うことではない。
こいつ、自分の評価を根本的に誤ってないか?
リオンは呆れた顔で見下ろす。ここまで神妙な顔で落ち込んでいる姿を見せたことがない、の姿がそこにある。
「リオン、体力つけたいからちょっと特訓手伝っ」
「断る」
散歩はしているし、日常生活も時間だけ見れば規則正しい。すこぶる健康的な暮らし方だ。鍛えてどうするというのだろう。
即答するとはひどく不満そうな顔をした。
「自分は時間中に訓練に参加できるからって……」
数日前に似たような会話をした気はする。もともと危機感を覚えていた頃合に数値(見える)化が効いたのだろう。
知らん振りしているとは諦めたように、だが、ちょっとすねた様な声音で言った。
「いいです、自分で何とかします」
なんとなく嫌な予感がした。



強さとしてはごく弱い、ボアの群れがダリルシェイドの西の森に現れるようになった。
そのすぐ北は、西方のストレイライズなどへ向かう街道で、万一のことがあってはと大規模な討伐隊が組まれることになったのは少し前だ。
弱いのになぜ、大規模な部隊編成なのか…単に手数を必要としたからである。
ボアたちは森の中、東西に広範囲に広がっているため、森の奥から数半に分かれて追い立てて、平原で一網打尽にする。
……正直なところ、配置される多くの初心兵の訓練を兼ねていた。というか、むしろ手練数人監修の元の訓練こそが目的である。
そんなわけで危険性の少ないふいをついての追い立て役は、街の有志も多く参加している。まぁ名乗り出るくらいだから、それなりのツワモノだったり強面だったりするのだが。
「坊主、そんな細っこいなりで大丈夫かよ」
『彼』が配置された班はさかばのごろつきといっても違和感のない屈強な中年の男と、あとはそれほど目立った風でもないが、体力に自信のありそうな何人かの男たちの班だった。
「……私は、晶術使いなので、できれば後ろから援護させてください。遠くのボアを追い出す手伝いもできます」
「ふぅん? でも剣も持ってるんだな」
「飾りです」
彼の腰にはなんの変哲もないショートソードが下げられており、防具は胸だけ覆う軽鎧、黒い長髪がその上から羽織られたローブのフードに流れていた。
よろしくとぺこりと頭を下げられた男たちは、全員が有志であるから一人だけ体の小さい彼のことはさして、当てにはしていなかった。
やがて、どこからともなく喧騒が聞こえてくる。ボアの追い出しが始まったらしい。
「よしっ俺たちもやるぜ!」
大男が音頭を取って、ボアに気づかれないよう奥の方まで来ていた彼らは景気よく騒ぎながら街道へ向かって進む。
プギー!と豚のような声を上げて、驚いたボアが何頭か茂みから飛び出していった。
「ははっモンスターって言っても大したことなんだな!」
「正面から向かうと思えば、危ないかもしれないけどまぁこれだけ人もいるし、追い立てるだけならなぁ」
のんきに手に持った棒で茂みを叩き、森の出口に近づく。
平原は割りと大変なことになっていた。
東西に伸びた隊が、数十を超えるボアの相手をしているのが見えたので、いままでのんきにしていた男たちもあんぐりと口をあけている。
まだ「討伐」というメインディッシュが残っているのだ。
「おっかねぇ…やっぱ、訓練受けてないとありゃ無理だな」
それを見て、認識を変えたらしい。
その時だった。茂みの奥からばきばきと音を立てて何かが近づいてくる。もはや気配なんてものではない、実物の存在を感じた瞬間、奥から超という言葉がつくくらい巨大なボアが現れた。
「うわああぁぁぁ!?」
『親』だ。
通常、モンスターは群れないが、レンズで狂ったものでなく、野生のものが群れる場合は大体、リーダー的なものがいる。そんなものは魔獣であろうが人間であろうが、同じ法則である。
「早く逃げて!」
一番小柄なその人が、あわや突撃されそうになった男の手前で晶術でけん制する。
一般人には手に余る代物だ。
舌打ちしそうになりながら、逃げた3人の男を街道方面へ追う「親」を追った。


リオンはその頃、長く伸びた隊の西側にいた。
手練の何人かがそうして、等間隔に配置されて、討伐部隊を指揮監督している。
と、森が爆発したような音を上げて何かが出てきた。
ざわめく初心兵たち。
「親」であることを瞬時に察知し、リオンは自らの剣の柄へと手を伸ばす。
追われている男が三人。追いつかれそうだ。
直近の兵士がフォローに入れないなら、晶術の方が早いだろう。合図を出そうとして…
「親」の横っ腹から放たれた抉るような風の晶術がその足をとどめたのを見た。
進撃を阻害され、怒った「親」はフーフーと鼻息を荒げながら顔を右手へと向ける。
およそ、他の志願者とは体格的にも劣る者がそこに立っている。
「……。晶術使いのいる班か」
「はい、第3班のようですね。ひとり晶術士が登録されています」
晶術は、ソーディアンを用いて使うものほど強力でないが、汎用化が進んできている。所属の多くは神殿を筆頭としていたが、今回もちらほらと配置されているとは聞いていた。
冷静に、ファイルをめくりながら補佐役が答える。といっても基本、補佐は事務補助であるから、戦闘に加われずこういうことが、仕事だ。
そう言っている間に「親」は気を逸らさせた相手をターゲットロックしたらしい。
まずいと思ったのか、突撃される前にその晶術士は片手を突き出すと、鋭利な氷槍を繰り出す。大ボアの顔面に向かって。
ギャアアァァ!
予想外の悲鳴が平原に響き渡った。リオンがそれを見て地面を蹴る。
二度ほど繰り出された集中砲火はボアの視力を奪っていた。目をつぶしたのだ。
第3班の男たちと入れ違いで、ボアに迫ると暴れるその動きを読みながらリオンは剣を閃かせた。
一閃、二閃。
意外と硬い。だが、三閃目は喉元を見事に貫き、その巨体を絶命させるに至った。
剣を引き抜くと大きく揺らぐ親ボアの体躯。
地響きすらしそうな音を立ててそれは倒れた。
「ふぃ~助かった」
男たちの安堵の声が背後から聞こえる。
「運べるか」
「人手はありますからね」
この獣はレンズを体内に入れたモンスターではないため、普通に食料になる。
これだけ大々的な討伐なので、それらは孤児院や保護施設などへ分配されることにもなっていた。
大収穫…と言っていいのだろうか。リオンはそれを食すつもりはないが。
「おぉ兄ちゃん! すまねぇな!」
一番最初に大男が気さくに礼を言った。周りが顔色を変える。班の他の男もそれで、笑顔を訝しいものへ変えた。
そして、リオンを二度見する。
「……ひょっとして、リオン=マグナスさんじゃ……」
気づいたらしい。
「あぁ、すまないな。こんな大物が釣られて出てくるのは想定外だ。危険な目にあわせた」
逆に詫びられて、いやいやいやいやと両手と頭を同時に振る男たち。
大男だけは、相変わらずだ。
「へぇ、兄ちゃんが「あの」リオン様か……伊達じゃねぇな。それは普通の剣だろう?」
気さくに話しかけすぎて、班メンバーは顔色を失いそうだ。
復興後のダリルシェイドで関係してきたものはともかく、うわさしか聞かない人間にはいまだ持って雲の上の人のようなところがある。
リオンはそれには答えず、班に合流しようと少し、遠巻きな場所にいる晶術士へ目を向けた。
「あぁ、森の中でもあの子が時間を稼いでくれたんですよ」
「坊主、リオン様に労ってもらえ」
冗談半分に大男は言うが、彼は近寄ってこようとしない。
まぁよほど肝っ玉が大きいか、調子のいい奴でなければ笑ってへこへこ来たりはすまい。
リオンの方が歩を寄せる。
さりげなく瞳を伏せるその人。顔を合わせるのもおごがましいと、謙虚に見えないでもない。
「……」
まだ小ボアの掃討が済んでいない喧騒の中、リオンは拳ひとつ分くらい低いところにあるその顔を見た。
「……」
まぁ流れた長い髪で、表情も良くわからないが。
なので、それをガッとつかんで引っ張ろうとするリオン。
「ちょっと待って待って」
「ふざけるな。誰が待つか」
口を聞こうとしなかった晶術士が頭を押さえて身体を引こうとするがリオンはそれを許さない。
それを見て、あるいは聞いて「えっ」となったのは、おそらくその場にいた全員だ。
「今取ったら髪がおかしいでしょう!? 引っ張らないで!」
「じゃあ、ウィッグはこのままにしておいてやるから、今すぐ反省しろ」
「なんでそうなる」
「反省しろ」
「……」
一連の流れで、晶術士の正体について、明確に気づいたものはいない。
だが、疑いくらい持てるものはいないこともない。
「えーと……さん、ですか?」
「ほかに誰がいると言うんだ。こんな馬鹿げたことをするやつが」
リオンは倒置法を用いてことさら馬鹿げたと言う部分を強調している。
「……別に、ただ暇があったから協力しようかなって思っただけじゃない……」
「女……女!!?」
雰囲気でわからんか。
という今更なリオンの視線。
多分、一目でわかるほど女性らしくはないし、リオンの隣で口を開けばわからないでもなかったが、わかり辛いことこの上なかった。
さんそんなこっそり参加しなくても一言言ってくれれば……」
顔見知りが言うが、おそらくそういう問題ではないのだろう。
そういう問題だったら最初からまっとうに参加しているはずである。
「え、と……お知り合い…ですか?」
男の一人が事態が飲み込めずについ、聞いている。
「あぁ、彼女はDRP(拠点)のスタッフのお一人ですよ。というか、リオンさんたちとダイクロフトに行って帰ってきた唯一のソーディアンマスターでない人でもありますけど」
「なんだってぇぇぇぇぇ!!?」
大男の耳を押さえたくなる大声もそっちのけでリオンはを剣の鞘で叩きたい気分になっていた。
「普通、長髪のウィッグなんて女装に用いるものだろう。一体何なんだ、その格好は」
「これは遠目にリオンに見られてもわからないように、擬態」
叩いてもいいだろうか。
結果、近くで見ることになったので無意味になってしまった代物をまとったまま、開き直る
大体、本来追加晶術であるフリーズランサーを前触れなく連発する芸当なんて、後にも先にも以外見たことがない。もっと大規模な術を使えばしとめられたとは思うが、おそらくなるべくならこちらに近づきたくなかったのだろう。残念だな。
「真実を述べた上で、反省をするか、反省をした上で真実を述べるか、選べ」
「どっちも同じです!」
それでもリオンに何事か言い続けられる気配を察したのかは、観念したように事実を言いなおした。
「運動不足だから、ちょっと野外活動を…あいたっ!」
鞘の前に、手が出た。
「つけたこともない軽鎧なんかしても、すぐわかるぞ。それは備品だろう!」
「このためだけに鎧を買う馬鹿がいますか?」
「とりあえず、そのためだけに変装する馬鹿はいるな」
は「親」さえ出なければばれなかったのに……と反省する気はさらさらなさそうだ。
そもそも素直に参加できない理由がさせない自分にあることに、リオンは気づいていない。
「はぁ…坊主じゃなくて嬢ちゃんだったとはなぁ……どうりでちっこいわけだ」
「嬢ちゃんという年でもなければ背もちっこくもないですよ。……大きくもないけど」
「俺から見ればちっこいんだ。坊主なんて言ってすまなかったな」
そこは全然気にしていないだろう。その証拠に
「じゃあ神の眼破壊時のリオンもこの人から見るとちっこいんだね」
「ふざけるな#」
割とまじめな顔で言うのでリオンはいますぐ引きずってでも街へ戻したくなった。
が、自分がそんなことをしている場合ではないのでぐっと我慢する。
結果。

「リオンさん、討伐、ほぼ完了です」
「持って帰るんでしょ? 手伝う」
「いいからお前はおとなしくしていろ」

「負傷者は出たか?」
「軽症が兵志願者に数名ですね。手伝いの町人は無傷です」
「じゃあ治してくる」
「だからおとなしくしていろ」

「西側の戦線はずれで中型のモンスターが出現しました!」
「行きまーす」
「ふざけるな!」

後処理のほうが違う意味で大変だったとかそうでないとか。


……運動不足とはつまり、ストレス解消不足なのかもしれない……


FIN


2017.10.30筆(11.22UP)
お題52「秋の散歩」のおそらく後日。


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