勝負の行方は。
続・明日はそろって低血圧(後編)
「ウッドロウ、これ飲んだ?」
スパークリングの次にそうして勧めたのは……
「『焼酎』か……アクアヴェイルの方ではよく飲まれているらしいが、ファンダリアでは見かけないな」
さすがの放蕩王もアクアヴェイルまでは行っていない……というか、セインガルドにお忍びしていたという話も聞かないので放蕩は国境までにとどまるくらいであったのだろうと今更思う。
「これはジョニー君が持ってきてくれたのかい?」
「あぁ、穀物から作る酒でな。芋や麦からできるんだ。芋は匂いが、ってやつもいるから癖がないのを持ってきたんだぜ」
「ではいただいてみよう」
普段は絶対ないことだが、
焼酎は水割り、お湯割りなどがおっさんの飲み方としてメジャーだが、その上からレモンを絞ってやると何やら感激した。
「
「
「あ、炭酸も行けるんだよね」
本当に気が利く。
炭酸は体内のアルコールの吸収を早め、レモンは入れることで飲みやすくなるため、酒は進む。はずだと踏んでいる。
スパークリングを先ほど自分以外の全員に勧めたのもそれが目的である。
焼け石に水でもやらないよりはマシであろう。
しかし。
「リオン、それクルミだよ。のぼせやすくなるらしいからやめた方がいい」
ついうっかり、体に良くないものは止めてしまう。
クルミ+酒は血圧を上げるという話。
最も、低血圧そうなリオンの血圧が少しくらい上がったところで大した変化は…
というか潰すことが目的だが、急性アルコール中毒にだけはならないようにしないと。
妙なところでフラストレーションがたまる加減の難しいゲームでもある。
例えれば、卵の上にグミが置いてあるとして、スタンなら卵ごとグミを切ってしまうだろうが、リオンならグミだけ斬ることができるであろう。
そんな感じの調整加減だろうか。
まずい、酔ってきたかもしれない。
思考回路の発想具合はいつも通りだが、そう思うこと自体、この場がいかに荒れているかご理解いただけるだろう。
見た感じ始まった時より和やかだが。
「あぁ、食べ合わせの話か。…………お前、酔いが進む食べ物とかも知ってるんじゃないのか?」
スイカとビールは利尿作用でよくないとか知っていたところで酒を飲まない人間に何のメリットがあるのだろう。
「そもそも飲まないから興味ない」
昔から言われていることには嘘も本当もあるわけで、何が正しいのかは
「実験してみないとわからないでしょ?」
「「「………………………」」」
思考と言葉がつながってしまったため、脳内の言葉が聞こえなかった三人は思考回路が止まってしまったようだ。
「あぁ、ごめんね。人によっても違うでしょ、っていう話」
「まぁそうだな。それにしても、和酒というのは揚げ物に合うのだな」
アルコールと揚げ物の組み合わせは脂肪のもとである。肥えるつもりだろうか。
「チョコもよく一緒に出るよね」
「洋酒の場合はな」
リオンが口にしている。
チョコは味覚を狂わせるため、酒の量が分からなくなるというが、既に本日、自重の必要はないので黙っていることにする。
よそ見をしている間にウッドロウのグラスに焼酎を注ぐ。
足してあげるというより濃度を上げる作業と言えよう。
もう彼のグラス内はストレートだろうが、すでに味覚を失って久しいウッドロウはそのことにも気づかない。
加速度的に、へろへろになってきている。
この作業はちょっと楽しい。
しかし、これが前述したように一番危険なのである。
ターゲットは誰でもよいというわけではない。
潰してもよい人間か、冗談の分かる人間。
現在、ウッドロウは前者の条件を満たしている。
「お前……楽しそうだな」
そして、いつのまにかふつーの飲み会みたいになったころにウッドロウはテーブルに撃沈していた。
「次はリオンの番?」
にこにこにこ。
「お前さん、それは酔っているのかい? それともいつも通りなのか?」
顔色は変わらないため、誰にも判断ができない。
「僕はそんな酒飲まない」
「そんな酒……! アクアヴェイルじゃ庶民の味方なんだぜ!? いくらリオンでも俺の愛国を冒涜するような発言は……こうだ!」
「だー! 駄目だって! ジョニー! それ、危険だから!!」
酒瓶ごと逆さにして飲ませようとしたのでさすがに止める。
リオン自体も全力で拒否してはいるが、浴びるように飲むのではなくそのままでは飲むように浴びせられるであろう。
「なんだよ~これくらいお戯れだろ~?」
「強制一気もルール違反です」
ジョニーも酔っている。
大体そんなことをしたら……
リオンの酔いがさめてしまうではないか。
仕方ないので、残ったら何を言い出すかわからないリオンから落とすことにする。
「リオン、そろそろ眠くならない?」
「ふん、そんなこと言って脱落させようとしても無駄だぞ」
「わかってるよ。ただ昼間スタンと一緒にモンスターとか退治してたみたいだから……」
軽い運動程度だったろうが、口実にする。
「さっすが客員剣士様だぜ。田舎町の平和も守るとは!」
「……空けたぞ。ジョニー、次を飲め」
先ほど絡まれたせいで正気を取り戻しかけている様子。
山を越えられると、戦いが長引く。
「ちょっと休憩」
「そんなものはなしだ。次はお前の番だからな」
「空けてますーリオン、どうぞ」
もちろん、空けたのはテーブル下の器にだが。
空けたばかりのグラスいっぱいにワインをもらって悔しそうな顔をするリオン。
ジョニーもはやし立てている。
「だから、少し休憩だって」
「なんだかんだ言って、最後まで残る人がお守りだもんね。マッサージでもしてあげようか?」
「いらん!」
突然のサービス発言に当然、拒否される。
「じゃあジョニー。私、最近 理学療法も興味あるからハンドマッサージとかいけるよ」
「へぇ! そりゃあ楽しみだな。やってもらえるのかい?」
「待て。僕が先だ」
酔っているので、ウッドロウの時と同じようなパターンになっていることをリオンは自覚していない。
「じゃ、手貸して」
ジョニーと席を代わってもらって軽くさするように撫でる。
トリガーポイントなどあれば強くする方が反応が楽しいのだが、今は夢心地になってもらうほうが先決だ。
そう、リラクゼーションとは。
眠る前にしたら最高なこと。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
落ちた。
無理な酔いが回っている上に、眠気を覚ますはずの思考の停止時間……無言状態には耐えられるはずもなかった。
「やれやれ」
「
「……」
空気を読んだのか黙って面白そうに眺めていたジョニーは陽気に酔っぱらって自分の番という。
……まぁいいか。
勝負のことはどうでもよくなっているようなので、功労賞としてマッサージをして差し上げることにする。
この人は間違いなく酔っているが、素なのか酔っ払いモードなのか区別がつきづらい、などと思いつつ。
隣の席に移動して、手を貸りる。
「おっ、……これは気持ちいいn」
早っ
ジョニーは感想を述べ終わる前に落ちた。
さすがの速さにどういうことなの状態ではあるが、そうして唐突に静寂が訪れる。
リーネの、ど田舎の真夜中だけあって、いきなりの怖いくらいの静寂だ。
「これ、どうしたものかね……」
さすがに椅子に座ったままうなだれたり、床に転がったり、まともな眠り方をだれ一人としてしていない様相に、
自分が先に落ちればよかった。
と思うのだった。
* * *
翌朝。
一番に目を覚ましたのはフィリアだった。
一番に寝入っていたようだから、日ごろの習慣も相まって、それなりに朝早いのは必然だった。
そして、惨状に呆然とする。
まるでサスペンス劇場さながらの荒れよう。しかもそこにいる全員が死亡状態に見えた。
事件は現場保存が優先です。
しかし、自分も含めてさりげなく女性陣に毛布が掛けられてあることから事件でないことはわかる。
何がどうなったのかは全く分からない。
とりあえず、そんなわけで
「リオンさん、起きてください。リオンさん」
一番状況を把握していそうな人間を起こしてみることにした。
「ん……」
リオンはテーブルに突っ伏した状態で眠っていた。
寝た子を起こすな。
ということになるので、毛布だけかけてそのままだ。
一人だけどうにかしてあげようというのは不平等だし、そんなわけで起きそうにもない女性陣も毛布を掛けてせいぜい横になっているメンツには枕をしてあげて現場保存状態。
本人は借りていたベッドで寝ている次第である。
「なんだ……? フィリア…か?」
リオンは頭を押さえつつ呻きをあげたい気分で顔を上げる。
「はい、お休みのところすみません。あの……大変なことになっているのですが」
「………」
窓側に向かっている席だったので、振り返って部屋を見渡す。
本当に大変なことになっていた。
何事だ、と言いたくなるが……
リオンはすべて覚えていた。
ので、本当に大変なことになっている状態を前に、敢えてそのままで
最後に残っていたのは
……ということは、全員の痴態を最後まで見届け、ここにいない=ちゃんと寝ているであろう人間は
「……………………」
「リオンさん? リオンさんっ どうしました? 大丈夫ですか!?」
組んだ両手に額を押し付けて沈痛な面持ちで再びテーブルの上にて沈黙してしまったリオンを前に本気で心配するフィリアの声は、遠い。
いっそ、僕の記憶も飛んでくれ。
その後、続々と目を覚まし、誰一人顛末を覚えてない姿を見る度に、リオンはそう思うのだった。
昨晩、
酒は飲んでも、呑まれるな。
20191219筆(24日UP)
前編にちょろっとあとがきしたように、書きかけと言っても序盤の三すくみのあたりだったので、ほぼ新作です。
全員潰す。
というざっくりとした目的しか当時、考えていなかったのでリクエストいただく少し前に続き書こうかなーと思って眺めても、書けなかったというのが実情。
えんさん、未完の作品を完成させる機会をくれてありがとうございました。