意思宿るもの ‐ シエーネ=バークラー
ジャンクハントは、千年前に天上人が地上へ捨てた廃棄物……つまりはゴミから金目の物を見出す仕事だ。
古代の遺跡から価値のあるものを見出すのではなく、ゴミ山から価値あるものをみつけるのが、仕事。
仕事というより日々を生きるための生業だ。
ジャンクハンターなどという言葉は誰がつけたのだろう。
ただ、遺跡などは荒らさない。そういう意味で「学者」とは明らかに一線を画していた。
研究などといったこともしない。
ただ、みつけたものが何なのか、どんな価値があるのか、どうすれば使えるのかを考えて、要不要は見分ける。
必要に応じて、自分で組み立ててみたりもする。ゴミ山から資源の再構築。
なんていうと、けっこう格調高いものがないか?
ジャンクハンターはレンズハンターに比べると絶対数は遥かに少なかった。
レンズハンターは世界中のどこででも、モンスターを倒してレンズを手にし、オベロン社のレートで換金をする。
だが、ジャンクハントの主な場所になるのはカルバレイス大陸だ。
千年前に、敗戦した天上人が押し込められた自らがゴミ捨て場としていた場所。
とくに、ジャンクランドと呼ばれる町はひどい。
そこはうずたかくゴミが積まれ、モンスターのみならず、長い間に吹き黙った廃棄物から漏れ出た得体の知れないものを根っこに、毒ガスがいたるところに噴出する。
住まう人々はもはや希望を忘れたように病を患い、いたるところから咳が聞こえてくる。
そんなヤバい場所にわざわざ行くもの好きはそういないのだ。
が、どんなことにも例外はつきもので、そのもの好きは何人かはいたし、シエーネ=バークラーもその一人だった。
彼は、ジャンクランドの出身ではない。
だからだろう。
打ち捨てられた飛行竜の残骸から何か使えるものが取れるのではないかなどと考えて、実際、生体金属など切り出して古い本を片手に精製してみた日には、かなり低い純度であるにも関わらずそれは高値で売れた。
その内、千年前の技術が残るこの「ゴミ山」という名の遺跡にあるものでいろいろなものができることを知り、お宝探しの毎日。
無論、環境は劣悪だ。
それでもその「仕事」を続けていたのは、やはりそれなりに自分にとって面白かったからだろう。
だから。
やがて彼は、繰り返される天地戦争を前に、地上軍総司令であったリトラーの……今は体のない彼の助手として選ばれた。
『それは、そちらのコンソールの下にあるボックスに繋いでくれ」
「はいはい」
『先ほど言ったばかりだろう! 返事は短く一度!』
「へーい」
『#』
バリっ!
「いってぇ!」
今、たたいてくれと言われたキーを入力しようとすると、なぜか電撃ショックを食らった。
『私はさきほど言ったはずだな………?』
モニターの向こうの、リトラー司令が笑っていた。
モニターが上部にあるせいか、見下ろされる角度。そのせいか怖い笑いだ。
「わかりました。リトラー様」
同じように青筋を浮かべながら、シエーネ。
かつての歴史に名だたる司令殿は、礼節に厳しかった。
とくに言葉遣い。
「この非常時に……どうでもいいじゃないか、そんなこと」
『何か言ったかね』
「いえ、なんでもありません」
ぶつくさ言っているとすかさず一言飛んでくる。
ここは天上だ。
ソーディアンマスターたちはもう中枢へ向けて進撃しているので、ラディスロウのコントロールルームには二人しかないない(モニターのリトラーを1人をカウントするのなら)。
なので、お互いの言葉が聞こえてしまうのはしようがないことだろう。
『次は左の青いコンソールにある白い××を〇〇して』
「えっ、何? ……放送禁止用語?」
バリっ!!!
「いてぇぇぇっ!!」
単に単語が理解できなかっただけなので、そんな下々のジョークは司令には通用しなかった。
「ていうか、なんでいちいち電気ショック!? タイミング的に、調子悪いとかじゃないだろ、これ! あんたがやってるんだろ!」
『当たり前ではないか』
「…………当たり前なのがわかんねーよ」
ちょっと機器から離れる。
攻撃する手立てがなくなったので、リトラーの声も落ち着いた。
というか、この人は歴史上でも有名な総司令官なので冷静さは人一倍のはずだ。最初からわかってて全部やってるんだろう。
『侵入者やハッキングから守るために、あやまった動作をさせないようになっている。防衛機構だな』
「ふざけんな。手伝ってやってるのに防衛機構に攻撃されちゃたまんねーんだよ」
『ふざけてなどいない。時間がないのだ。さぁ、わかったら続きをやってくれ』
そう言いながらリトラーは再び指示を出し始める。
わからない機器名は位置で指示を出されればたいした問題ではない。
作業は進む。
「しかし、めんどくせーな……」
『そうじゃないだろう!』
「はい! 面倒くさいです、リトラー様!!」
言葉遣いだけ変えてみたところで、言ってる内容は変わってない。
しばし、沈黙ののち、リトラーから深いため息が漏らされた。
ため息つきたいのは、こっちだ。
それからどれくらい経っただろう。
ひとしきりの作業が終わった。
ようやく息をつく。
『よく頑張ってくれたな。少し休んでくるといい。ソーディアンマスターたちもまた、一度は戻ってくるだろう。それまでは少し間がある』
リトラーはそう言ったが休まなかった。
休もうと思ったが……ふと
「なぁ、千年前もこの船で天上に乗り込んだんだよな?」
そんなことを聞いてしまったからだ。
ここに来てからは火急の作業だったから、雑談などというものはほとんどしなかった。
そう聞いたのは、ただの疑問だったがモニターのリトラーはどこか表情を和らげて、応えた。
『あぁ、そうだ。この船に乗りきる程の地上軍と、マスターたちとともに』
遠い昔話。
けれど、今よりはるかに技術の進んだ世界の話。
疑問は疑問を呼び、投げかけ、応えられるたびにシエーネはまるで子供のように話にのめりこんだ。
そもそもが、ジャンクランドでリトラーの生きた時代の文明のかけらに触れてきた人間だ。
たくさん、聞きたいことが湧いて出た。
懐かしむように喜んで、話しに興じるリトラー。
興味は尽きず、たくさんのことを教わった。
ただの昔話も、古代文明の機器のことも。
そして、マスターたちが戻ってくる頃にはシエーネはまんまと立派な「助手」にしつけられていたわけでもある。
あとにして思えばしてやられた感もない。
しかし、実際のところはわからなかった。
リトラーもまた、どこか楽しそうに話していたから。
「シエーネさん! モンスターに外部バリアを突破されました! ここももうダメです!早く避難を……!」
古ぼけたラディスロウの中には緊急事態を告げるアラームがけたたましく鳴り響いていた。
とうとう多数のモンスターに侵攻されたのだ。
それを知ってすぐにコントロールルームに来ていたシエーネにもダリルシェイドから派遣されていたクルーの一人がそう告げにやってきた。
『無重力エレベータはまだ起動している。すぐに逃げたまえ』
「でも……!」
モニター越しのリトラーはどこか別の場所にいるような、そんな現実感を伴ってこちらを見ている。
冷静に。
『君たちが地上に降りたら、隔壁をすべて下ろし無重力エレベータも封鎖する。ここは問題ないから早く行くのだ』
シエーネは馬鹿ではない。
いつまでも「人間」が残っていれば封鎖の時間がそれだけ遅くなる。
クルーを伴って、残りの全員で地上へ逃げる選択をした。
過酷な環境で生きてきた彼は、生き残るための選択にそう時間をかけなかった。
そして、地上へ降り……
「無事に、封鎖されたようだな……」
一息つく。
無重力エレベータは止まっていた。
こちらからあちらへも行けないが、天上のモンスターがこちらへ来ることもないだろう。
ということはつまり、今のところはコントロールルームも無事だということだ。
沈黙の夜の街で、シエーネは空を見上げた。
時間的にはまだ昼頃だ。なのに、完成された外殻はすっかり太陽の光と地上を分かってしまった。
「司令……」
たった一人、あそこに残っている。それを思うとなぜか胸が痛んだ。
『アレ』は人間じゃない。千年前に生きた人間の人格が投影されただけの、機械だ。
でも、こちらの言うことにきちんと応えた。
『アレ』は生き物じゃない。無機物だ。
でも怒りも、笑いもした。
「……ソーディアン、っていうのもこんなもんなのかな……?」
視線を落として、ぽつとつぶやく。
ソーディアンの声は、マスター以外には聞こえないと言われる。
だから、自分たちから見れば『ただの剣』。
シャルティエを見せられた時も、そうとしか見えなかった。
それをソーディアンとわかったのは、その姿かたちをしっていたからだし、でもやはりあの時、話していたらしい声は自分には聞こえなかった。
ものが、人格を宿すというのは、こういうことなのか…
それは明確な言葉を伴っていたわけでもなかったし、あいまいな観念であったけれど、それだけに、複雑だった。
───私を撃て。半球の影響力が及ぶのは外殻だけだ。最大出力で私を撃ち抜き天上への道を開け
集積レンズ砲。
それが閉ざされた天上への道を開くはずだった。
ソーディアンマスターたちが最後の起死回生をかける、その進む道を作る。
だが、エネルギーアブソーバーに阻まれ、外殻には傷一つつかなかった。
ラディスロウもまたコントロールを奪われたその時、残された道と、リトラーの決断がその言葉だった。
マスターたちの視線がそれぞれのソーディアンに落ち、あるいは名を呼ぶ。
おそらくソーディアンたちが何かを叫んだのだろう。
シエーネもまた、血の気が引くような心地を覚えながら空を見上げた。
───諸君、我らが使命、忘れたわけではあるまい?
聞こえるのはリトラーの声だけだ。
───さぁ、時間がない。どこまで上げられる?
自分に向けられるリトラーの声。
我に返ったように、シエーネはレンズ砲を見た。
「リミッターをはずして120…いや130だ」
唸るように搾り出せたのはそれだけ。
「けど、暴発の危険がある」
───かまわない。これが最後だ。やってくれ
その後腐れない涼やかである声に、どこか恨めしささえ抱きながらシエーネは躊躇の沈黙の後、俯いたまま指示を出した。
「ターゲットスコープ固定」
はたと気付いたように隣に居たオベロン社の作業員が、その前の射出のショックで落ちた帽子を拾いなおして定位置に戻った。
「目標、統合作戦本部ラディスロウ」
キリ、と何かが引き絞られる音がして砲台の上部に付いたスコープが闇の中でチカリと光った。
───よし、いい調子だ
何がいい調子か。
これからオレは、人を殺すのか?
リトラー司令。
自分が殺されるって、わかってるのか?
「……ジェネレータ圧力、上昇限界!」
「臨界点に達します!!」
「…………」
「シエーネさん?」
無理だった。
あとはボタンを押せば、レンズ砲はラディスロウを打ち抜くだろう。
威力からして、木っ端みじんだ。
飛行竜が入るくらいの隙間にはなるだろうが……
くそっ
言葉に出して、毒づきそうになる。
手は動かなかった。
「私がやるよ」
その時、そういったのはだった。
そう自分には、無理なのだ。
ソーディアンマスターたちは、あるいは千年前はこんな選択が何度もあったのだろうか。
シエーネは意思のないまま、場所を譲った。
光が集う。
暴発寸前のその光は、そうしてラディスロウを跡形もなく打ち抜き、無重力エレベータも失った街には、静寂が刹那、訪れた。
「なぁ、」
「何?」
すべてが終わった。
終わるその時は地下水路へ避難しろとの指示で、役割を終えたシエーネもまた避難をしていたが、轟音ののちに訪れた破壊の痕跡は、見るも無残だった。
ダリルシェイドでは多くの人が、助かった命でその光景を呆然と見つめていた。
「ソーディアンは、最後……何か言ってたか?」
それらが犠牲になることは知っていた。
絶対に厳守であると、リトラーから聞かされていた結末の一つである。
「みんな、それぞれさよならをしたよ。それから、これは彼らの使命だから……みんな揃って逝けるって」
「……」
使命。
そんなものにどれほどの重みがあるのだろうか。
シエーネにはわからなかった。
わからない。
けれど。
「……そうか、みんな、満足して逝ったんだな」
リトラーの清々しいまでの最期の指令。
その理由。
のおとなしい微笑みに、それが、わかった気がした。
『すべては、この時のために用意されていたのだ。君のような一般人を巻き込んですまないと思っている』
「すまないと思うなら、しゃべり方くらい好きにさせてくれ」
『私が嫌なのだから、それはダメだ』
「子どもか、あんた」
リトラー司令、ソーディアンたちは遅れて行っただろ。
あんたのことだから、待っててやっただろうけど……
きっと、あんたも満足してみんなと一緒にその先へ逝ったんだろうな。
見上げ、久方ぶりのあたたかな陽光に瞳を細めるシエーネ。
みんな終わったから自分も、またいつもの世界に帰ることになるだろう。
取り戻したばかりの空は、まるで何事もなかったかのように青く深い透明な光に満たされ、
果てることなく、どこまでも広がって見えた。
INTERVAL.シエーネ=バークラー FIN
2017.2.10筆(2.18UP)**
このエピソードはオリジナルTODに準拠しています。
確か実在していた「リトラー様は厳しいのですよ」の公式セリフ。
リメDでは助手は選択の余地がなかったですが、オリDは城・神殿の学者、ジャンクハンターから三択でした。
近い城やいかにもな神殿より、ドラマありそうだよね!とプレイ当時ジャンクハンターを選んだものです(安直)
でも、今はシエーネが助手でよかったなと思います。
にしても、司令はのちにTOD2が出たときはもっとおおらかだったけど、それはソーディアンマスターたちは気がおけない存在だったからかもしれないですね。
じゃなければハロルド教育しようと思っても無理だと判断したとか。
リトラー自身は聡明な人だったでしょうので、人を見る目はあったと思います(笑)
でも軍人だから、本当は兵士の前ではけっこう厳しいところもあったのかなぁと今になっていろいろ思います。
シエーネはアクアヴェイル編の方でもちょくちょく出てるので、ひそかに応援してもらえると嬉しいです(笑)