心遺す人
神の眼の破壊後、外殻が落下し、国というものの境が曖昧になり、そしてまた曖昧になったものが形を変えて形成される。
セインガルドとアクアヴェイルの仲はいわゆる「神の眼の騒乱」以前より芳しいものであったが、相変わらず定期航路は確立されていなかった。
なので、その地へ行きたいものは各々手段を講じることになる。
自分で船を調達する、商船に乗せてもらう、民間のツアーに参加する等々…
「相変わらず、お前さんらのそれは反則だな」
最速でセインガルドから海を渡るには、まぁ一般的ならレンズ高速船だ。
飛行竜やイクシフォスラーは世界に一機しか存在しないため、事実上一般人は使用できない移動手段でもあった。
それでも飛行竜は運搬用にあちこちを行き来している。
反則なのはイクシフォスラーである。パイロットがほぼ皆無なため事実上、リオンの私物といって過言でない状況だ。ジョニーその人は、そこまでは言っていないが。
「仕方ないだろう。僕は忙しいんだ。なのに、思いついたようにアクアヴェイルへ行きたいなどというやつがいるから」
「思いついたようにではなく、思いつきです」
「甘やかされてるなぁ、」
「誰も甘やかしてなどいない!」
こいつは言い出したら3日以内に決行しかねないから仕方なくなどとぶつくさ言っているリオンを置いて、ジョニーは館へ二人を招いてくれた。
元々彼が「いたら」(仮定形)顔を見せるつもりだったのでちょうど良い。
まだこちらも復興が済んでいないので放蕩はやめているようだ。
「あ、いい香り」
がふと顔を上げてその香りの元を探している。
ふんわりと甘い、秋風によく映える香りだった。
「金木犀、この辺にあるの?」
「屋敷にもあるぜ。風情のある花だからなぁ」
ふんふんと鼻歌を歌いながらジョニーは先に歩いていく。
それを民家の庭先に見つけては指差してリオンに教えた。
「この国は、四季の情緒が豊かだから、秋に来るのも楽しいよね」
「紅葉はまだだぞ」
「それって、もう少ししたらまた連れてきてくれるってこと?」
「……」
確信犯的な曲解が甚だしいので黙ってみる。
「紅葉を見ながら温泉ってのもオツだからなぁ」
「それいいな。逃したら一年待ちだもんね、ねぇリオン」
笑顔で同意を求められている。
「そんなにちょくちょく旅行に出ている場合ではないんだが……」
「リオンは頑張りすぎてるから、休まないと潰れちゃうよ。一泊でもいいからたまにはダリルシェイドも離れてみないと……」
「離れている間、残してきた仕事が心配だという気持ちは」
「恐ろしいほど知ってるから、一人で来るのは嫌だ」
一緒に来たがる理由がものすごくわかった。
「はは、連れがいた方が確かに気は紛れるもんな。リオンなんかてきめんだろ」
「そこは僕か? 僕なのか? ……素直に聞き逃せんぞ」
まるで自分がねだって来ているようではないか。
それはない。
全力でリオンは否定する。
それからシデン領主の屋敷の2階でお茶を飲み、他愛のない話をする。
天気は良くて、開け放たれた窓からは風に揺れる木々のざわめきが波のように聞こえてくる。
リラックスしてきたのかが話から外れて、窓の外を見に行った。
「少し風が強いね。……そうだ、ジョニー」
「なんだい?」
「モリュウとトウケイにあったお墓ってどうなったのかな」
「なぜ今、墓なんだ」
いきなりの話題転換にリオンは瞳を閉じて、大きくため息をついた。
さわやかな秋風を浴びながら話すようなことではないだろう。
「んん? 唐突だな。それとも今がどんな季節か知って聞いてるのかい?」
しかしジョニーからは意味深な返事があった。
「知らないけど、あそこに咲いてる花を見たらなんとなく」
ジョニーも窓の外を覗く。不思議な形の……形容するならば、大輪の花火がはじけたような赤い細い花びらが広がる花が咲いていた。
「曼珠沙華か……お前さんは勘がいいって言うのかね」
「どういうことだ?」
「あれは彼岸花とも言うんだが、この国ではこの時期に咲くとよく墓参りをする慣例があるんだよ」
なるほど、それで墓というわけか。
本当にがその慣習を知らなかったのかは謎だ。
「で、墓の話だけど生き残った人間にゆかりのある人の墓は町の西側に移されてるぜ。っていっても掘り起こしてくるわけには行かないから文字通り墓石だけなんだが……なんでそんなことを聞くんだい?」
おそらくリオンが問うた意味とは違うだろう。
改めてジョニーに聞かれては少しだけ考えるように瞳を伏せた。顔を上げて、視線を合わせる。
「エレノアさんのお墓もあるのかな」
「!」
「お参りしたことないから、あるなら一度行ってみようかなって」
それはかつてのフェイトとジョニーの想い人。
エレノアはフェイトと結ばれたが、暴君とも言えるティベリウスの元で自ら命を絶ってしまった。
フェイトはその後リアーナを娶ったが、ジョニーの想いが変わっているかといえば……そうではないのだろう。あくまで今の彼を見ての想像の範疇でしかないが。
まさかの名前に変わってしまった顔色は、すぐに憑き物が落ちたように穏やかになったが、道化の色は消えたままだった。
「そうか……行ってくれるのか。そういえば、紹介したこともなかったもんな。よし、行くか」
「……」
今思えば。
いつか船上でジョニーがリオンに問うた言葉は彼女のことであった。だからこそ人を遠ざけ、自分を二の次にしていた自分にジョニーは聞いたのだろう。
『愛する人のために死ねるかい?』
リオンはふと、そんな言葉を思い出した。
それでも死んでほしくなかったと、残された人間の気持ちこそを彼は知っていた。
リオンは後ろからつきながら笑顔で部屋を出ようとするジョニーとを黙ってみつめている。
「ジョニー、花を用意していきたいんだけど庭にあるの適当にもっていっていい?」
目ざといことに彼女はすでに秋の花束を脳内に組み込んでいるらしい。
は墓地への道だけ聞いて、リオンとジョニーは先に墓へ向かう。
「まさかお前さんと二人でエレノアの墓へ向かうことになろうとはなぁ……」
なぜか感慨深げにジョニーが言った。
「墓参りは三人だろう。二人じゃない」
「今歩いてるのは二人だろ」
ふふんと鼻歌をまた歌い始めながらジョニー。
西風が向かい風になってジョニーの羽飾りを、リオンの黒い髪を揺らした。
「エレノアは死んじまったけど、お前さんたちは生きていてくれて本当に良かったよ」
「……」
藪から棒に、とは言えなかった。
一度は死を選択してしまった事実を、彼は覚えている。
それも今に至る過程であると思えば後悔することはない、が。
「僕はともかく、まるでも死を選ぶことがあるような口ぶりだな」
「うん? そう言われるとそうさなぁ……選ぶってのとは違うだろうけど、そういうことがあってもおかしくないとは正直、思ってた」
丘に向かい始めた坂を登りながらリオンは続きを待つ。それで終わりとは思えなかったから。
「いや、少し違うかな。感じてた、ってのが正しいのか。なんていうか不思議なんだが、お前さんらは一度死んでしまったんではないかと……それもおかしいか。実際目の前にいるわけだし」
彼は何か、絡んだ見えない糸をほどくような。手繰るような作業をしているとリオンは感じた。
すがすがしそうに、だが大きく息をついたジョニー。
一際強い風に帽子を押さえた。
「夢を見たんだ。お前さんらがいない、ずっと未来にシデンが帰ってくる夢だった」
知っている。
桜の香にそれを包ませ、はジョニーへそれを送った。
彼もまた、ゆめうつつのように覚えているのだろうか。
リオンは光が入って薄紫色に淡くなった瞳を伏せる。
「なんて不吉な夢なんだと思うだろ。でも、俺は夢の中で、まるでいなくなったお前さんたちがどこかにいるように思えてそれがすごく嬉しかったんだ。印象的な夢だった。今はこんなところにお前さんたちが入ってないってことが嬉しいよ」
丘の上に立つと、並ぶ墓標が目に入る。それを眺めながらジョニーは言った。
すべてが同じ時に建てられたもので、まだ古いものではないとわかる。
外殻落下の際に亡くなった者の墓もあるのだろう。
トウケイ、モリュウとふたつの町のものを集めたため、数は多い。
そして、見下ろす丘の上でふたりはを待った。それほど長い時間でもなかったが。
「お待たせ」
やってきたは包装紙に花らしきものを包んで手にしている。
「何話してたの?」
「なんでもいいだろ」
戯れの問いをかわして歩き始める。
その墓は、並ぶ墓地とは少し離れた日当たりの良い木の下にあった。
「エレノアさん、いい場所に移してもらったね。ここからだと海も良く見える」
「そうだな、海も好きだった。まぁそれを言うと自然のものはたいてい愛しているような女性(ひと)だったが」
微笑みとともにジョニーの瞳が細くなる。懐古は風が拾ってくれた。
は古紙の包装を解いて、花束にしたそれを墓へ沿える。
「その花は……」
「リンドウだよ。ダメだった?」
秋の、目立つというほどではないが控えめな紫色の花だった。
「いいや。彼女が一番好きだった花だ」
つくづく驚かされる、とばかりにジョニーはどこかあっけにとられた顔で文字通り脱帽している。
「その選択は偶然か?」
思わず聞いたリオンにはくすりと笑う。
「偶然じゃない。彼女の名前を知っていただけだよ」
瞳を閉じて丁寧に手を合わせる。
「「エレノア=リンドウ」」
ジョニーとの声が重なった。
墓石に刻まれる名前、そしておそらくは、ジョニーの心にも刻まれ続ける名前。
それはとても大切な響きを持つように……ジョニーはふっと笑って空を見上げた。
「あぁ、会いに来るにはとてもいい日だ」
見上げた空をバックに広がる枝葉は、まだ緑を残して、けれどもう散り急ぐものもある。
そのどれもが秋風に独り言のように呟いたジョニーの言葉をさざめきの中へとかき消していった。
「エレノアさんは幸せだね。ずっと想ってくれる人がいて」
「そう思うかい?」
しばしひだまりにたむろい、三人で遠い海を眺める。
「リオンとジョニーは全然違うようでも、よく似てるところがあるね」
そう言っては小さく笑う。
唐突な発言に目をぱちくりとするジョニー。
一方で……
「どこが似てるんだ! 一緒にするな、馬鹿者!!」
猛烈な勢いで否定するリオンがいたのは言うまでもない。
誰かを、何かを大切に想い続けること。
心は移ろいやすく、それは難しいことなのかもしれない。
けれど、季節が移ろっても変わり続けることのないそれは
きっとこの世界でとても大切なもの。
2017.9.28筆(11.2UP)
お題にすべきですが本編話題&長くなったのでサブエピソードに入れてみました。
同じ名前のエレノアさんが違うキャラで新作(ベルセリア)に出るとは思わなんだ。
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