匿名さんより


『弱ったときには甘い物を』





が風邪をひいた。
ここ数日ほど調子の悪そうな様子を見せていたが、ついにダウンしてしまった。
今はヒューゴ邸の一室で、けほこほと咳を洩らしながらベッドで寝込んでいる。

「大丈夫か?」
「…大丈夫じゃない」

様子を見にきたリオンが、薬と飲み物をテーブルに置く。
だるそうにリオンを見つめる 。ありがとう、と力なく呟く。
少し発熱もあるだろうか。いつもより頬を赤く染め、その瞳はぼんやりと翳っている。

「お前、熱もあるんじゃないか…?」

訝しげにそう聞かれると、 は小さく頷いた。

「でも、微熱だから…きっとすぐ下がるよ」
「だといいんだがな」
リオンは一度言葉を切ると、間を置いてまたぽつりと話し出した。
「ここ最近、慌ただしかっただろう。その疲れが出たのかもしれないな」
「そうだったっけ…?」
記憶も曖昧なのか、 は首をかしげる。
「お前が覚えてないなら構わんが。僕も正直疲れたぞ、あれは」
溜息混じりにリオンが苦笑する。
しかしそれももう終わったようなものだ、今さら蒸し返す気にもなれなかった。

「何か食べたい物とか、ないのか?」
「うーん、特には」
「弱った時くらい、我が侭でも言ったらどうだ」
「あはは…言ったらリオン、聞いてくれる?」
「…我が侭の内容にもよるぞ。僕に風邪を治せと言われても無理だからな」

はそんな理不尽な要求などしないだろうが。分かっていながらそう付け加えた。
リオンの提案に応じるつもりなのか、 は何やらじっと考えている。


「じゃあ……しばらくの間、ここに居てほしい」
「それだけでいいのか?」
「ちょっとリオン、こっち来て」
「?」
言われるがまま、 のそばに寄るリオン。
は、よっと身を起こして微笑む。その笑顔はまだ弱々しいが。
「……♪」
ぎゅ、とリオンの手を取る 。
「っ、な、何だいきなり」
「あ、やっぱりリオンの手冷たいね。気持ちいい」
ひんやりとした感触に、なぜか安堵するような表情のだった。
「……全く、お前の我が侭は安上がりだな」
「そんなことないよ。ただより高いものはないって言うし」
「お前は病気でも口が減らんな。
少しは病人らしく静かにしてろ、治るものも治らんぞ」
「それ、私に黙れってこと?」
「……もういい、好きにしろ」
人が心配してるというのに、まったくこいつは。やれやれと肩を落とすリオン。

「最初は耳が痛かっただけなのに…なんでここまで悪化するかな」
素朴な疑問を打ち明けるかのように、 は心底不思議そうに呟いた。

「お前が油断してたからだろ」
「う、やっぱりリオンの言うとおり疲れてたのかも…」
「薬を飲んでさっさと寝ろ」
「…うん。今日は大人しくそうしようと思う」
リオンから薬と水を受け取り、素直に薬を飲む。
「なんか、病気で寝てると子どもの頃に戻ったような気分になるね」
「そうか?」
「うん、自分が無力になるというか…無性に寂しくなるし」
「心配するな、僕はここに居るから」
「ん、ありがとう。私が寝ても、しばらく一緒にいてね。一人にしないで…」
珍しく、それは心細そうな の願いだった。
「ああ」と短く答える。繋がれた手はそのままに、ふ、と目を閉じる。

「……全く。らしくないな」
「…………」

からの反応はもうない。
やがて小さな寝息が聞こえてきた。そこにあるのは穏やかな時間と、小さな温もり。

「 、僕は……お前のことが……」
そこまで言いかけて、ふとリオンに目覚めた悪戯心。
こんなことを思いつく自分も、どうかしてると思うが。
もし傍らに物言う剣があったなら、きっとその行動に驚いたことだろう。

ほんの一瞬、重なる唇。
さらり、と黒髪が の頬にかかる。
しかしリオンは素早く顔を上げた。必然的に赤くなる顔を手で抑え、最後にぼやく。

「お前がらしくないと、僕まで調子が狂うんだ。馬鹿者が」


それは動揺か、困惑か、それとも恥じらいか。
リオンは居た堪れなくなり、そっと部屋を出て行った。


「……しばらく一緒にいてねって言ったのに」

は起きていた。ちゃっかり。(むしろ起きないほうが凄いかもしれないが)
ぼーっと天井を眺めながら、先ほどの感触とリオンの言葉を反芻する。
そして も赤面したのは言わずもがな。
しかしこの出来事が二人の間で語られることはなく。
いつかリオンが忘れた頃にネタにしてみよう、と密かに思うだった。


**あとがき
10-wiseさんが風邪で休んだと聞いて、即興で出来た作品。愛と気合をぶち込みました。
ちなみにリオン、落ち着くために5分くらい部屋から出てますがまたちゃんと戻ってきますw
寝込みを襲うなんて悪趣味だ!!なんて言わないで(笑)それもまた乙女の夢だと思う匿名さんでした
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