そうか…まだ、ここへ来てから
それだけなのか。
-紫陽花-
珍しくリオンが花を見ている。
いや、見ているのは花なのだろうか。
うす曇の空の下、とにかく彼は腕を組んで少し首をかしげるようにして門柱脇の花壇に植えられているあじさいの前に立っていた。
その姿が珍しく、
は廊下の窓越し、遠目にしばしそれを眺めていた。
けれどリオンに動く様子はないので足を運ぶことにする。
何せ飽きて去ってしまうほど無関心な光景でもなかったもので。
外に出るといい風が吹いていた。
それは本来なら晴れた日に用いる表現なのかもしれない。
今は、まがりなりにも天気がいいとは言えなかった。
街の上空をかすませている雲を見上げれば、むしろ今しも降り出しそうだった。
が彼の元へ着くまでにそちらの方が先に動いてしまうかと思われたがリオンはまだそこにいた。
ただ、今は少々うつむいてじっと何かを考えているようにも見える。
アジサイは腰より高い位置に植えられているのでそれをみるつもりなら見上げる形になっているはずだった。
けれど没頭しているわけでもないので近づけば向こうから顔を上げてくる。
「何かあるの?」
聞けばリオンはいや、と口を開いたものの首は振らずに答えてきた。
「この花はこんな色だったかと思ってな…」
意外な答えが返ってきた。首を振る代わりにあごに指を絡めるように見上げた。
白いアジサイだ。
いや、正確には白でもない。
ぱっと見は白だがうっすら紅や紫、果てはうす水色らしいものも混じっていた。
花々は満開だがひとつずつが本当に微妙に違った色合いを見せている。
「珍しい色だね」
「そうか?」
特に興味もなかったであろうことはその一言で証明される。
最も本当に興味があったら、去年と言わず、毎年咲くそれがどんな色だったか確実に覚えていたかもしれない。
アジサイを眺めてからリオンを見ると彼は微妙な顔をしている。
「何?」
また聞くと彼は視線を逸らした。
「いや…」
「……」
今度は後が続かないので釈然とせずに
は眉を寄せる。
不快、というわけではなく…
「だから、何」
気になっただけ。
さすがに疑問ではなく断定気味に言われるとリオンは表面上は鬱陶しそうに、でもその実仕方なさそうに、もしかしたら自棄かもしれない。
口調を対抗するように強めて言い返した。
「別に。ただお前は去年ここにはいなかったのか、と思っただけだ!」
「あぁ、そういうこと」
存外わかりやすかった答えに
はすっきりして頬を緩める。
昨日降った雨にまだ濡れている花弁に指を差し出すと、指先も湿る。
街は瓦礫の撤去が終わり再建のための「作り出す」作業に入っていた。
今も家々を建て直すために打たれる槌の音があちこちから響いている。
騒乱から半年少々。
この再建スピードが速いのか遅いのかはわからない。
ともかく急ピッチで活気が回復しているには違いなかった。
出会って1年は経っている。
けれど
がこの屋敷に来たのは、騒乱の終わるほんの少し前。
「去年はどんな色だったの?」
「白…だった気がする」
「これも一応白といえば白だけど」
「もっと真っ白だ。余計な色などなかった!」
気がする、から断定に変わっているリオン。
口調が乱れがちなのは先ほどの流れを引きずっているのか。彼の中では何か思うところがあったらしい。
とにもかくにもそれがなんとなく見ていたから気づかなかったのか、それとも本当に「真っ白」だったのか確認する術は今はなかった。
ただ、リオンの性格を考えると…「これが白かった」ことを覚えていること自体が信憑性もある気がする。
無関心なものにとことん無関心だった彼が覚えていたということは、それなりのインパクトがあった、ということだ。
「何だ」
別にこれといって異論があったわけではないが、ふーん、くらいで黙ってそんなことを考えているとご不満であったらしい。
難しい顔がなおらない。
「真っ白なアジサイ、か。きれいだったろうね」
「……」
ただ素直に感想を述べただけなのに、意外だったのか一瞬だけ呆けたように瞳を瞬く。
それから背の高い花壇の方に彼は向き直った。
「あぁ」
だから覚えていたのかもしれない。
雨に濡れれば一層に色は鮮かに。雨上がりも美しいがそれこそ晴れているときよりも雨に打たれている間すら、当たり前のように咲き誇って見えるのはこの花くらいだろう。
白ければなお、雨にかすむ鈍色の景色に映えたのか…
「アジサイって土によっても色が変わるって言うよね? 少し養分が変わったのかもよ」
「聞いたことがない。マユツバかもしれんぞ、その話」
「じゃあ後で調べよう」
「───…図書館の地下の山からその記述の本をみつけるだけでも2年くらいかかりそうだがな」
ふん、と息をついて少々意地悪を言う。
瓦礫になった図書館は、本はとにかく建物(いれもの)の復旧が先と一箇所にかき集められたままだった。
なので、開いていたスペースに文字通り山になって積まれている。
「2年もかかるなら図書館自体が復旧するのを待つほうが早い」
のことだからその疑問はその頃まで忘れないだろう。
「ここの書斎も後で見てみよ」
そんなわけで明後日くらいに真偽が判明する可能性も出てきたりする。
リオンは意味もなく小さく溜息をつく。
「あとはさ、来年どうなるか。これ、覚えておいてみてみようよ」
一緒に。
言うまでもなくそんな意味が含まれていることを彼は知っていた。
「来年、か。…そうだな」
ぽつり。
空から打つものにリオンは顔をあげた、
霧のように霞んだ深い灰色の空から細い雨が頬にふれる。
「降ってきたな」
「そりゃ梅雨だもん」
「なんでうれしそうなんだ?」
「梅雨にしては雨が少ない気がするから」
答えになっていない気もするが。
濡れる前に館に踵を返すと
もついてくる。
また来年。
…来年も彼らはここにいるだろう。
街(まわり)がどうなっているのか、全く予想もつかない。
けれど……
復興に向け街を包む希望は日々、大きくなっている。
そして、リオンにとっても先の楽しみがひとつ増えそうだった。
Fin.
あとがき**
紫陽花は土壌の酸性度(正しくは、アルミニウム)によって色が変わる、という話は正しいようですが、最近は品種改良ではじめから色が決まっているものもあるようです。
どうでもいいけど、あの道角にあるアジサイは去年は絶対真っ白だった!!!!!
あ、これ出張の研修中に下書きしました。内職帝王、ここに健在。