-秋晴れの頃-
「本の虫」
が言うのは唐突だった。
よく晴れた、秋の午後。
定位置となったソファに腰を掛けて、本を読んでいたリオンは顔を上げて、正面に
の姿はないので振り返る。
開け放たれた窓際に
はいた。
「……僕を本の虫というお前のその手に持たれているものは何だ」
本だった。
「今日は、風が気持ちいいよ。最近休みになるとインドアに没頭してたけどたまには外に出るのもいいかもね」
そういう
も先ほどまで本を読んでいた。
窓を開けて、そういう気分になったらしい。
「残念ながら今日はそういう気分じゃない。それに僕は昨日は外回りだった」
「昨日は、曇ってたと思うけど」
何といわれようと外に出る気にはならない。
いつも
の思い通りになると思ったら大間違いだ。
別に意固地になっているわけではないが、良いペースで本を読み進めているのでなんとなく流す、の範疇である。
「気晴らしに読書してるんだろうから気晴らしに散歩…とは言わないけど」
は本を手にしたまま、リオンの横にやってくる。
やはり定位置であるテーブルを挟んだ反対側のソファには座ろうとせずにそのまま横から文字を追うリオンを見下ろした。
「面白い?」
「面白い」
無表情。
「じゃあ外に行こうよ」
「お前は人の話を聞いていないのか。散歩には行かないといっているだろう」
ついにリオンは顔を上げて
を見た。
顔を上げさせたことに成功した
はなぜか、笑みを返した。
「誰も散歩に行こうとは言ってないよ」
「?」
「読書に行こう」
「は?」
あっけにとられた隙をついて、
はリオンの腕を引っ張って、外へ連れ出そうとする。
取るものもとりあえず、リオンは本だけ手にしたまま部屋を出、廊下を少し行った先にある内庭への出口から外へ出された。
「……」
外に出た途端、秋風が頬を撫でた。
この季節の晴れた日の風は、確かに清涼で心地よい。
だが。
「それで? どうするんだ」
思わず聞いてしまう。
「だから、読書だよ」
何事もないように
はそういって、リオンと同じく本しか手に持たないまま、庭を東に歩いていった。
廊下を歩いた分だけ、進むと元いた部屋の正面に出る。
ふたりが住まうのは一階の東の角部屋だ。
庭は整備されているが人影はない。
は、適当な木陰に腰を下ろして、自分の持っていた本を開いた。
「……木陰で読書とは、オツなものだな」
「そうでしょう」
呆れて言ったはずだが、何事もないかのように流されてしまう。
なので、リオンもその横に腰を下ろして、読書を再開するしかなかった。
そもそも、やりたいことを邪魔されているわけでもないのでわざわざ引き返す理由もない。
「風が気持ちいいね」
「そうだな」
さわさわと揺れる木々の葉音は、決して耳障りではない。
どこからともなく甘い香りがした。
「金木犀も咲き始めたんだね」
気まぐれな風が運んできたものなのだろう。
は顔を上げてわずかに首をめぐらせ、そのありかを探しているようだった。
「僕はそれがどこにあるのか、未だに知らないんだが」
かつての無興味極まれりだとは思う。
屋敷の敷地内にあるはずのそれ。
色はともかくどんな花かも、記憶に朧だ。
それを悟ったのだろう。
が
「門の近くにもあるよ。少し、枝をもらってあとで部屋に飾るね」
そう笑った。
秋晴れの空は、高く、青く澄み渡っている。
雲は筆で淡く流したように邪魔をせず、ゆるやかに姿を変えながら流れている。
本に視線を落とす。
同じく文字を追うのに室内にいるのとはまた違う五感にやさしい感覚。
たまには、悪くなかった。