-1.新たな始まりに
ワフッワフッ
気の抜けそうな声がしていた。
恐る恐る、と言った感じで何かが頬に触れる。
くすぐったい。
この感じは、猫や犬に様子を伺われている時に似ている。
目をあけて、そこに緑色の巨大な物体をみつけた。
「うわぁっ…あ?」
モンスターかと思われる巨大な鼻面に思わず身をはね起こすと同時に、
向こうの方が猛然ダッシュで逃げていった。
尻尾が長く風に揺れて去っていく細長い生き物。
ぴたり、とかなり離れてから止まってこちらを伺う。
「…なんだ……?」
すぐ背後からだるそうな声が聞こえてきた。
振り向けばジューダスが気が付いて身を起こそうとしているところだ。
ぼんやりとした意識を払うように頭を振る。
その視線がこちらを向いて…
の姿を認めた途端、我に返ったように目を見開いた。
「僕たちは…」
落とした視線を自分の手、体、周囲と巡らせそれから再び
に視線を戻す。
とりあえず生きては、いる。
でもここはどこだろう?
何ひとつすらわからなかった。
「あぁ、何かまたどこかに飛ばされたみたい…?」
「そうか」
消えなかったのか。
そんな言葉が続きそうだけれどジューダスは何も言わなかった。
フォルトゥナと戦い、神は消えた。
あとは全てがあるべき姿に戻るはずだった。
彼が覚えているのはそれぞれの時代へ還るのであろう仲間たちの姿。
別れ際のカイルの泣き笑いと自らの身を包む光の粒子。
「それでね、アレ、どう思う?」
「?」
特に現状を追求せず、
が「それ」を指差すとジューダスもそれを見た。
「…モンスターじゃないのか?」
「さっきすぐここで私たちの様子を見てたみたいなんだけど…襲ってくる様子はなさそうだったよ」
「じゃあ何だ?」
ジューダスは逆に訊き返してしまう。
何だか落ち着かない様子でそれはうろうろと足踏みをしている。
逃げてしまいたいけど気にもなる。そんな感じだ。
「犬かな」
「……………………どこをどうしたら犬に見える?」
下手をすれば馬ほどもあろう。
子牛ほどの犬は知っているが少なくともあんな犬を飼っている人間はみたことがない。
「でも犬だよ」
「なぜそう思う」
なぜだろう。
は絶対犬だと思う。
しかし、それは犬という品種だと断言しているのでなく「犬」という認識でみることに間違いないという意味だった。
は記憶をかなり遠い場所から手繰り寄せると似たようなものを見たことがあるからだと気が付いた。
あれは『ノイシュ』だ。
TOS主人公ロイドの飼い犬(?)
…と言ってもTOSは殆どと言ってよいほど知らない。
ベスト版が出たら買おうかなどと思いつつその発売数ヶ月前にストレイライズへ飛ばされていたのだから。
しかし、よく似たような生き物だって世界のどこかにはいてもおかしくないし。
それでここが別世界だとか決め付けるわけにも行かず
はただ首をひねった。
だが、あの抜け面(失礼)。見れば見るほどそれっぽいのだが。
「アレが何かは気にならないでもないが…危害を及ぼさないようなら僕らは自分の身のふり方を考えた方がいいんじゃないか?」
謎の生き物を放っておいて。
ジューダスの言い分はすこぶる正しかった。
「でも、何かいいたそうというか困った顔というか───」
どうしても気になる
。
そもそも犬猫が道端を歩いていれば思わず注目してしまう人間なのだから謎解きも併せて気にするなというほうが無理な話だ。
「着いてってみようか」
どこかへ案内というより逃げられそうな気はする。
しかし、ジューダスに異論はないようだった。
現在地がわからないことにはどうしようもないのでこの際、手がかりになりそうなことがあるなら何でもいい。
あるいは
のその発想に、手がかりがあろうがなかろうがどうでもいい気分になったのかもしれない。
2人は立ち上がって「それ」の方に歩み寄った。
「…何か、『どうしようどうしよう』って感じ」
「遠くてわからなかったが…近づくと体と顔がアンバランスな生き物だな」
風を切って走ったらさぞかし優雅だろう、すらりとした見事な体躯。
なのに妙に長細い鼻面とつぶらすぎる瞳。
そしてそのおどおどした感じがますます情けなさをかもし出している。
その生き物は結局じたじたと足を踏むばかりでそこから離れようとも近づこうともしない。
あわや逃げられる!…という一歩手前で止まると向こうも逃げはしなかった。
「え〜と…」
ノイシュ、と呼んでみたかったがジューダスがいるのでそれもできず。
はなんと声をかけていいものやらと声をかけそびれている。
「何もしないからおいで〜」
結局、ありがちながらそう言ってしゃがんでみた。
大体そんなことを誰かが言う場合「何もしない」なんてありえないと思うのだが。
自分で自分の発言に、微妙に不本意さを感じつつ手をさし出す。
上目遣いになるように耳を伏せていたその生き物は、それで自然と
と目をあわすことになる。
迷っている。
…これは脈有りだ。
「おいでおいで」
徐々に首が上がる。持久戦になりそうだ。
様子を見ながら少しずつと
もにじり寄った。
相手が後ずさったところで再び止まる。
「おいで」
自分でもどうしていいかわからないらしく、犬、地団駄。
ちょっぴりイラ。
もう少し距離をつめた。
じたじたじた。
イライライラ。
来いって言ってんだろ、こるぁ!!#
と、痺れを切らす前にジューダスから距離が開いたことに気づいてはこっそり呼んでみることにした。
「…………ノイシュ」
「!!」
落ち着きのなかった耳がピクリ、と正面を向いた。
「ノイシュ、おいで。…ロイドのところのノイシュでしょ」
ビンゴらしい。
名前を呼ばれた途端に「おどおど」の質が変わった。
もう一度手を伸ばすとそろりと鼻先を伸ばしてくる。
勝った。
ふんふんと匂いをかいでいるところ、触れても逃げないので
はそれを捕獲した。
「よーっし、捕まえた」
「捕まえてどうするんだ?」
自分が近寄ると逃げる気がしているのかジューダスは離れた場所から呆れた顔をしている。
は捕まえたというより「それ」に掴まっているという感じだ。
「え?なんていうかさわり心地がいいよ?
犬なのに猫っ毛でさ」
動物好きには癒される感触だ。
…。
いやいやいや、ていうかこれがノイシュってことは────ここはTOSの世界なんですか!?
それからふと我に返ってみた。
逃げる様子はないが首の辺りに抱きつかれあわあわと慌てふためいているノイシュから離れてまじまじとその顔を見る。
「…」
やはり抜け顔だ(しつこい)。
「何か困ってる顔」
「僕にはさっきから同じ顔に見えるんだが」
この辺りは動物を飼ったことがある人間とほぼ無関係だった人間の差だろう。
にとっては下手な人間より犬、猫のほうが雄弁に見えるくらいだから。
もちろん困っている理由もわかる。
これは簡単。自分がじっと見たからで。
ジューダスも近づいてきた。
「ねぇ、私たち迷子なんだけど人のいる場所か町の方角が分かれば案内してくれないかなぁ」
「そもそも人間の言葉がわかるほど知能が高いのか?」
「ワフッ…ウゥ…ワフワフッ」
「…抗議されてるよ」
「そうか、わかるのならいい」
なんて順応力だ。というかどうでもいいことなのか。
ジューダスはふん、ととりあう様子もなく腕を組んだ。
「で、困ってるんだけど…お願いできないかなぁ」
ノイシュはちょっと首を傾げてからすい、と身を翻した。
先ほどと違って足取りがマイペースだ。
巨体に似合わず、軽やかに進んでからふと振り返る。
「着いて来い、ってことかな」
「あぁ。行くか」
青い草の波を踏みながら、そうして二人はいつかそうしたように
また、歩き出した。
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