19 .ミカエル
イーグルは四機。今回はシンは大人しく テイト の後ろに乗っている。それから二日ほどグラキエース家に世話になり、 テイト たちは再び東に進路を取った。中枢記録地(レコーダー)は第四大陸(フィーア)の南、虚空にいくつもの浮島が漂う「ラグーン」と呼ばれる場所だった。
第三大陸(トレース)を経由するために大陸境の町、シアスタに立ち寄る。
シアスタはグラキエース家が統治する街でもある。帝都に近い第二大陸(ツヴァイ)であるにもかかわらず、軍人の姿も殆どなく、穏やかな空気に満たされていた。
「何か、久々な気がする。こういう空気」
各自必要なものを調達する間、中央公園の噴水のふちに腰をかけてシンは行きかう人々を眺めている。風がさわさわと吹いて黒い髪を揺らした。
シンはどこか遠い目をしている。気づいているだろうか。戻ってきてから、笑顔が減った気がする。話しかければ笑みはたたえるが、どこか以前と違うものの気がした。 テイト はそれをぶつけてみる。
「シン、あんまり笑わなくなったな」
「そう? ……実感ないけど」
元々ものすごく笑うと言う感じでもなかったが、それでも、やはり返ってくる笑みはどこかおとなしい。
「前に」
テイト はふと思い出した。
「 ミカゲ がオレにもっと笑えって言ったことがある」
「あぁ、 テイト あまり笑わなかったもんね」
「そうだな。お前の前で笑ってた記憶はあまりない」
とっつきにくいと思っていたくらいだから。いつから隣に並べるようになったのだろうか。
「でも、その時の ミカゲ の気持ちが少しわかる気がする」
「私に笑って欲しいの?」
そうなんだと思う。もっとシンらしく笑って欲しい。その時が早く戻ればいいと思う。
「 テイト こそ、笑ってないじゃない」
「……」
俯いて、組んだ手に落していた視線を上げる。シンは笑っていた。
「 テイト 、ありがとう」
「いや……」
優しい気持ちになれば、楽しいことがあれば頬は自然に緩むものだと ミカゲ は教えてくれた。今ならそれがわかる。笑いあえたら、一番いいんだ。
ふっと テイト は表情を崩した。
「たまに考えてしまうんだ。ブラックフェンリルに次に会った時、私は戦えるんだろうかって」
「不安、か?」
シンは青い空を振り仰ぐ。風はゆるやかに雲を流している。
「戦力がどうとかじゃなくて、もっと精神的な問題、だよね」
テイト が黙っているとシンは先を続けた。
「記憶を消されていたあの時、それでもあの人たちは私の仲間だった。一度、そう思った人たちに刃を向けることが出来るんだろうか」
「お前は利用されてたんだ。仲間なんて、あいつらは思ってない」
「そうなんだよね。でもきっと非情にはなりきれない。……私、軍人には向いてなかったかもね」
それは テイト にはわからない。誰かを守りたいという気持ちは人一倍持っているし、そのためにシンは動く。何かを壊すのではなく愛すべきものを守るのが本来の軍人の姿だとすれば、シンの気持ちもまた、間違いではないと思う。 ミカゲ もそんな軍人を目指していたはずだ。
けれど テイト にとってはハウルたちは敵以外の何者でもなかった。 ミカゲ を、シンを利用し、苦しめたエンデに組するものだ。
「お前が戦えないなら、代わりにオレが戦う」
「 テイト ……」
強い意思を込めて テイト ははっきりと告げた。
自分が、守るんだ。今度こそ。
「 テイト 、私は……」
「シン=ベルクラントに テイト =クラインだな?」
「!」
突然現れたのは帝国軍だった。彼らは一様に銃をこちらに向けている。その軍服は、空軍のものではなかった。陸軍のものだ。 テイト はそれを見て、自ら攻撃に打って出た。
すばやくザイフォンを展開させると、シールドに変換する。それがあれば銃など大した相手でもなかった。
「シン、逃げるぞ!」
突破口を開いて二人は駆け抜ける。足元を追って、弾丸が跳ねたがかまわず駆けた。ヒューたちに合流しなければ。
喧騒は穏やかな町の中では目立つ。こちらから探さなくとも何が起こったのかはわかったらしい。ヒューやランバート、ルディアスはそれぞれイーグルに向かって移動を開始していた。
途中で合流し、分散して敵をかく乱させながらイーグルまで逃れることを決めて、 テイト はシンと南門に向かう。まとめてそこにイーグルは停留している。
しかし、無人の門を抜けた テイト はそこで足を止めた。イーグルはすでに抑えられていて、門の前には巨大な陸上走行艦があった。そして居並ぶ帝国兵。
「あれは……クロノス?」
第三艦隊の母艦、クロノスだった。帝国兵はいずれも銃……それもザイフォンに対応したものだ、を手にこちらに向いていた。ヒューが合流し、舌打ちとともにかばうように前に出た。
「お前が テイト =クラインか。我ら帝国軍を散々かきまわしてくれたようだな」
居並ぶ兵士の中から、壮年の男が進み出た。
「……っ!」
近づく男に テイト は交戦の構えを取る。しかし男は悠然として歩みを止めなかった。
「 テイト 。あいつが、ハイス=ラーヴァだ」
「おまえが……『ミカエル』か!」
「何の話をしている?」
ようやく足を止め、だが男は余裕のある態度で手を前へ差し伸べた。
「どうだ、 テイト =クライン。取引をしないか?」
「何?」
「私は、エンデごときに拳を上げた反逆者に興味はない。今、私が必要としているのは『ラグエルの秘石』の持ち主だ」
ルディアス……ここへ来るな。心の中で唇を噛むが彼はランバートと共に現れてしまった。
「役者は揃ったな」
その背後にも帝国兵が陣を取る。 テイト たちは完全に包囲されていた。
「さぁ、続きだ。 テイト =クライン。神の瞳を持つ者を、そしてアズラエルの秘石の適格者、シン=ベルクラントをこちらへよこせ」
「みくびるな! オレは仲間を売ったりはしない」
帝国はやはりラグエルの秘石とシンを狙ってきた。だが、どちらも渡すわけには行かない。握り締めた拳にザイフォンを発動させる。 テイト はそれを維持することはあまり得意としていない。次の瞬間、爆発的に高めたザイフォンはミカエルに向かって放たれた。
「では、死を覚悟しろ」
たしかに直撃したはずだった。しかしハイスは微風でも受けたように砂煙の中に立ち、こちらに手を差し上げた。途端、爆風が五人を襲った。
「くっ」
咄嗟にヒューがシールドを張ってくれたおかげでこちらも直撃は免れた。ランバートが地を蹴る。『ボレアス』としての力がハイスをミカエルとして捉え、攻撃を開始した。
「ぬるいな」
だが、素手の攻撃は黒いザイフォンを纏ったハイスにはなかなか届かない。
兵士たちが、動いた。
ルディアスが、ラグエルの秘石を発動させる。以前のシンと同じ使い方だ。光球がルディアスの周辺に複数表れ、それが光のラインとなって炸裂する。兵士の中にはえぐれた足元に怯む者もいたがかまわずに銃を携え突撃してくるものもいる。背後にいた兵士にあっというまに取り囲まれ テイト たちはその相手を余儀なくされた。
「ひとつ言っておこう。あの艦にはエディフィスから『保護』した難民が数百人いるぞ。神の瞳を使う際は気をつけることだ」
「!」
ルディアスの瞳が大きく見開かれる。保護と言ったが奴隷のことだろう。実質、ハイスは人質を有していることになる。母艦に狙いをつけていたルディアスは攻撃を寸出でキャンセルした。
「甘いな、それがエディフィス王家の滅んだ理由か」
「エディフィスを愚弄するな!」
ザイフォン……ではない、エルブレスだろう。ルディアスはそれを攻撃に変え、ハイスに攻め込む。
「そういえば、さきほど テイト =クラインは面白いことを言っていたな」
ハイスが剣で攻撃を正面から受け流しながら口の話を吊り上げた。
「私が『ミカエル』だと? ……だとしたら人間であるお前たちは私には叶わない。なぜならミカエルは……」
剣を振り上げる。
「帝国最強の存在だからだ!」
振り下ろされるとともに生まれた剣圧は大地を抉り取った。先ほどルディアスが使った力にも劣らない威力だった。ランバートとルディアスは左右に跳んでそれを避ける。
「ウリエルはあのノトスすらも葬った存在だ。そのウリエルですら、私の足元にも及びはしない」
「認めやがったな、このやろう」
味方を巻き込んで炸裂した風刃を抑えてヒューが毒づく。
「アズラエルの秘石がここにないのはやや興ざめだが、二人の神の目の操者がここにいるならば、これはラグナロクになろう。帝国のために屍を超えて私と共に来るがいい」
再び繰り出される一撃。帝国兵はハイスが本気を出し始めたことを知って撤退を始めている。一騎当千という言葉は、ハイスのためにあるようなものだろう。帝国の将校としては絶対の強さを誇示しているであろうことは、部下たちの動きからわかった。この男は、危険だ。
その時だった。巨大な影が戦場をゆっくりと通りすがろうとしていた。
「ブラックフェンリル……!」
「おい……こんな時に限ってか……?」
ハイスも風と共に見上げる。ブラックフェンリルは上空に停留した。まるでこちらの様子を伺っているように沈黙をしている。しかし、いつからいたのか、三人の人影がハイスの後ろに立った。
「ハイス閣下。ご助力いたしますよ」
「エンデのやつめ、余計なことを」
「そうですか? 相手はエウロスとボレアス。頭数は必要だと思いますけどねぇ」
「何?」
「ミカエル」に四神を見抜く力はないのだろう。あくまでその男は帝国の「兵器」に過ぎなかった。ランバートとヒューに改めて視線を投げかけ、忌々しげな表情を浮かべる。
「お前らは、四神なのか……!」
「相手にしてもらえなくて寂しかったぜ。さぁ、誰が誰の相手をするんだ?」
「お前の相手はボクがしてやるよっ!」
「余計なことを……!」
グラスがヒューに踊りかかる。ハイスが再び動いた。狙いはルディアスだ。ルディアスはすばやく後退するとラグエルの秘石の力を最小点に絞って放った。ハイスの剣はそれをたやすくはじいて接近する。
ランバートが加勢に入ったが、その足を ミカゲ の一閃が止めた。
「久しぶりですね。 テイト 君、私の相手は君がしますか?」
だが、 テイト は挑発には乗らなかった。ハウルは動く気配がない。だからルディアスの援護に入った。「あれ」は人間一人の手に負える存在じゃない。直感で思った。
「おや、嫌われてしまいましたね。では」
ハウルの視線がシンに流れる。
「君と手を合わせるのは初めてですね。筋は悪くないと聞いてますよ」
刹那、剣が薙がれた。衝撃が風になって走る。シンは横に飛び退き、そのまま地面を後ろに蹴った。
ハウルの殺意は本物だ。仲間だった、などと甘ったれたことは言ってられない。自分でも不思議なくらい、迷いなく前進できた。
ザイフォンを纏わせて拳を振り上げる。剣とザイフォンが何度もぶつかり合った。
「なるほど、早いですね」
ハウルは眼鏡を片手で押さえ、口の端を吊り上げた。
「所詮、人間だ。お前たちは我々には適わない」
ハイスを接近戦に持ち込んでいた テイト はふいに頭を正面から掴まれた。吹き飛ばされる。思った刹那後ろに強く引かれる。ルディアスが入れ替わって剣を振りぬいた。それを薄皮一枚でかわして、その手はルディアスの眼前にかざされた。
「……っ!」
まただ。ザイフォンとは違う何かが手先で爆発しように見えた。ルディアスは後ろに身をかわしたが、衝撃は免れなかった。そのまま後退する、その左の額から血が地面に流れ落ちた。
「くそっ!」
だが、 テイト に癒しの力はない。助ける方法は自ら飛び込んで果敢に攻撃していくしかなかった。
「お前では、私には役不足だ」
今度は黒いザイフォンだ。 テイト は背後に跳んでそれを避け、入れ替わりにルディアスが、そして再び テイト が続く。
「神の瞳は遠隔破壊兵器だ。これでもう使えまい?」
「ルディアス!」
だが、その戦いの時はふいに止まった。ルディアスが右手を取られている。 テイト は瞬間的にザイフォンを纏わせ拳を振り上げたが、無情にも空いた右手一本で弾き飛ばされてしまう。ルディアスの顔が苦悶にゆがんだ。次の瞬間だった。
何かがきしむ音がした。ハイスの力は人間のそれを超えていた。ぶちり、と肉が裂ける音がする。ルディアスの右腕は、地面に落ちた。
「う……」
テイト は叫びを上げる寸前だった。 テイト の足元まであっというまに鮮血が広がる。また、守れなかったのか。しかしルディアスは壮絶な痛みを堪え、その左手をハウスの額に押し当てた。
「役不足なのは、お前だ」
神の瞳が発動する。その手のひらから、ハイスの見せた力に似たそれが光になって貫いた。ハイスは短い叫びを上げ、後ろへと倒れ、動かなくなった。
ルディアスはその反動で、草の上に仰向けに倒れ、起き上がることはなかった。
「ルディアス!」
テイト は駆け寄る。酷い怪我だ。左の目もつぶれているようだった。たとえ癒しのエルブレスをもってしても元には戻らないだろう。
「 テイト ……」
だが、光を失いきらない瞳が呼びかける。その残された左手がわずかに動いた。
「あれ? ミカエルのやつやられちゃったみたいだね。情けない」
「お前は余所見をしてる場合かよ!」
「エウロスこそ、いいのかな。あの二人のところ行かなくて。あぁ、癒し系じゃないからいっても無駄か」
「黙りやがれ!」
エルブレスが左の手のひらに満ち、接近してきたグラスにそれを放つ。グラスは避けたが頬をかすめ、その表情が変わった。
「なんだよ、意外とやるじゃないか。元司祭様」
「元じゃねー今もだ。俺は闇の者を狩るのが仕事なんだよ。相変わらずな」
ヒューとグラスが対峙する。
それを眺めるようにハウルは額に手をかざした。
ハウルには余裕がある。シンもハウルの攻撃はかわしていたが、シンの攻撃はハウルに致命傷を与えられない。何を考えているのか、笑みを絶やさずにハウルは後ろに跳んで、ランバートと攻防を繰り返す ミカゲ の肩を、叩き様声をかけた。
「交代です。ボレアスは私がやります。……どうも私も情が移ってしまったようで、やりにくくてね」
嘘だ。 ミカゲ をこちらに仕向けるためだけの言動だ。 ミカゲ と目が合った。しかし、 ミカゲ は軽く俯いて瞳を閉じるとすぐに再び目を開く。その瞳はいつもの静かな色でしかない。透明な、琥珀色。従った ミカゲ はシンに刀を振りかざした。
「 ミカゲ !」
「……」
返答はない。ただ、訓練のように繰り返す。だが、シンは攻撃することが出来ない。ただ、繰り出される攻撃を受け流すだけだった。
「 テイト ……ラグエルを……」
自らの血でぬれた左手が テイト の前に差し出される。その手の内に、青い宝玉が現れる。
「オレ……に?」
「そうだ、……跡を、継いでくれ……」
オレが? 戸惑う テイト の前でルディアスは苦しげに瞳を細め、だが続ける。
「大丈夫だ、……お前なら」
ルディアスは自分を信頼してくれている。信頼を裏切るようなまねはしたくなかった。それに、これはエディフィスの意思でもある。守っていかなければならないもの。
テイト は手を伸ばし、ラグエルの秘石に触れた。光が、溢れた。