ツインコンチェルト 5
接収から開放されたホワイトノアは一路エクエスを南へ向かい、海を越えるとアオスブルフの北の海岸に降り立った。そこからしばらく歩くと辺境の村ゼンがある。ホワイトノアを残して
たちはゼンへと入った。
「おや? 珍しいね。どこから来なさった」
「ナイトフレイからよ」
にこやかにイーヴが答えている。こういうのは元々空賊である彼のほうが得手だ。
「ナイトフレイから、兵士さんたちと一緒に来なさったので?」
「え、兵士?」
「この辺境の村にしては珍しく軍部が駐屯しておる。イグニス山地へ先発隊も出ているようだし、何かあったのかね」
「どうかしらね、私たちただの民間人だから。でもあんまり駐屯地には近づかないようにするわ。ありがと」
適当に流しておいて、老人が去るとイーヴは笑みを消してまじめな顔で振り返った。
先に声を上げたのはフィンだ。
「軍がいるのはまずかった、かな」
「あんまり近づかないほうがいいかもね」
と言いながら
は浜辺へ引き返そうとする。
「どうするんです?」
リエットが首をかしげながらついてきた。
「イグニス山地が気になる。あそこ、大晶石があるはずだし……」
「あのね、今あんた軍に近づかないほうがいいかもって言ったばかりじゃない」
「ホワイトノア置きっぱなしにするのもまずいよ。とにかく大晶石の様子、見に行ってみよう?」
可も不可もなく再び、ホワイトノアに乗り込む。イグニス山地はすぐ南東だ。数十分飛ばすと巨大な晶石が見えてくる。まだ距離はあるが、いきなり乗り付けて軍と鉢合わせになっても嫌なので少しはなれたところに降りてやはり徒歩で移動することにした。
「……ここの大晶石って、野外研究所みたいだね」
大掛かりな機器が大晶石につながれている。もちろん、無人と言うことはなく研究者らしい人間が何人もうろついていた。狭い谷地に宿舎のようなものまで見えた。
「あれは軍の人では?」
「そうだ、あの軍服はナイトフレイの軍人のものだ」
岩陰に隠れながら近づく。観光とは程遠い物々しい雰囲気に、それ以上おいそれと近づけはしなかった。
「ん、あれは……」
フィンがやってきた人影に目を凝らしている。そこに居たのは彼と良く似た色の髪の少年だった。いや、青年と言うべきか?微妙な年齢だ。
「ユーベルト!?」
「って誰?」
「フィンの弟さんだよ。間がいいんだか悪いんだか……」
みつかればエクエスの人間だと一目でばれてしまう。それは問題だろう。何年ぶりかで弟の姿を見たフィンの視線は釘付けだ。青い軍服に身を包んだ彼の弟は、こちらに気づかず通り過ぎていく。
その向こうに、更に人影があった。黒に近い濃い茶色の髪をした青年だ。それから、その手前には紫紺の髪の──
「ソル!?」
「なんですって!?」
ラウルとフリージアもいる。やはりアオスブルフの仕業だったのだろうか。しかし。
「……! 何をする!」
「あはは! 馬鹿だね。わざわざ案内ありがとう」
ソルがその背中にサーベルを抜き放ったのだ。辛くもよけたユーベルトは、左右の腰につけていた双銃を引き抜いた。
「大変だ……!」
「待って、フィン!」
出て行こうとするフィンを制止して、
は様子を見る。フリージアが構え、ラウルはその後ろへ控えた。一等兵と思しき若い兵士が彼らを取り巻く。しかし、ソルは平然とサーベルを振り上げ、
「行け!」
と何者かに向かって命ずる。どこからともなく、咆哮とともに黒い獣が現れ、谷の上から降り立つと兵士に襲い掛かった。
戦闘が始まる。フリージアは小さな身体で平然と四、五人を相手に蹴り飛ばしていた。戦えないかと思われたラウルも背後を取られるとその瞬間、ナイフで相手ののどを?き切った。かと思えば、次の相手の背後に回り、細腕で喉を締め上げられた兵士はすぐに倒れてしまった。騎士や剣士の戦い方とは違う。どこか暗殺者を思わせる動きだ。
「やっぱり見ていられない! オレは行く!」
フィンが岩陰から飛び出す。剣を引き抜き、残った一人……同じく剣士であろう青年に切りかかる。青年は剣を受け流し、バックステップで追撃を避けた。
「フィン!」
「!?」
仕方なく
たちも加勢に回る。駆け出た
の姿を捉えた青年の瞳が刹那、驚きに見開かれた。
「
……?」
青年の唇がそう動いた。剣戟で聞こえはしなかったが。
「何してるのさ! 早く抜剣しちゃいなよ」
その様子を見たソルの声音が少しだけ苛立って聞こえた。
青年は戸惑ったように剣を振るうが、視線は
へと注がれる。
「お前の妹はアースタリアで死んだんだろ! 他人の空似さ」
「……!」
そういっている間にも一人、二人と兵士は倒されていく。研究者たちも恐れおののき逃げてしまっていた。
「何? あいつ、
のこと知ってる?」
イーヴが矢を番えながら、気づいた。
その弓を青年に向けて放つ。彼は退いてフィンと距離をとったが、そこへイーヴが走りこんだ。
「ちょっとあんた!
のこと知ってるの!?」
「!」
「やっぱり……知ってるのね? あの子、記憶がないのよ。あんたのことわからなくても仕方ないわ」
「なんだって?」
青年の剣の切っ先が下がった。フィンも突然のことに動きを止めてしまっていた。
「ウィス! 抜剣しろ!!」
ソルの命令には従わない。ウィスと呼ばれた青年はもう一度
を見て何かを確信したようだった。
チッと舌打ちをし、ソルはサーベルを
へと向ける。
振り下ろす。だが、その切っ先は
には届かない。
「裏切るのか!」
ウィスだった。ウィスの剣は
をかばう形でソルのサーベルと十字を結んでいた。
「裏切る? お前こそ……知っていたな!?」
「ふっ…あはは、なんだ。今頃気づいたのかい?」
兵士の数はもう数えるほどに減っていた。個別の戦力差がありすぎるのだ。
は襲い来る魔獣に照準を合わせて銃を放った。
「……何? どういうこと?」
「あんたの知り合いらしいわよ。
」
イーヴと背あわせになりながら
はウィスを見た。残念ながらそれだけでは記憶はよみがえってくれそうもなかった。
「フリージア!」
「……?」
呼ばれてフリージアは振り返る。前を見ないまま彼女は切りかかってきた兵士の剣をよけ、拳で殴り返していた。
「ウィスを確保しろ! 殺さないようにね」
「ふざけるな!」
フリージアが素早く踵を返すとソルと入れ替わった。猛ラッシュがウィスを襲う。相手のいなくなったラウルはナイフを収め、それを眺めた。
「ウィス様。駄目ですよ。あなたはアースタリアを見捨てるつもりですか」
「……!」
ちら、とウィスの視線が
を見た。けれどフリージアはそれを許さない。
ウィスは大きく剣を薙ぐと、フリージアがひらりと身を翻した隙に距離をとった。
「ソル、退け。でなければオレは抜剣する」
「そう来る? でもね、君、逃げられないよ」
「……」
「まぁいい。今日は感動の再会に免じて退いてあげるよ」
ピィ、と指笛を鳴らすと魔獣は彼の足元に跳ねて寄る。ソルを前に、三人は悠然とその場を去って行った。
「優しき癒しの雨よ……ヒールレイン!」
リエットが両手を空にささげて、唱える。晴れている空から、濡れない雨が降ってきて傷ついた者を癒した。
「兄上……なぜここに」
「ユーベルト、怪我はないか?」
「ありませんよ。僕はなぜここにいるのかと聞いたんです」
「それは……」
返答に困り振り返るフィン。その先には
やイーヴの姿があるが、彼らは彼らでとりこんでいた。
「ちょっと待ってくれ」
断って、
の方へ歩みを寄せる。ウィスはソルが去る背を険しい顔でみつめていたが、その姿が消えるとようやく振り返った。どこか不安そうな顔で。
「
……僕のことを覚えてないのか」
「あなたは……?」
「あんたの兄さん、でしょ? あいつの言ってた事が本当なら」
ウィスを見るが、似てるとも似ていないともいえない。
は小さく首をかしげ、黒い瞳を伏せた。
「ごめん、わからない」
戸惑ったような視線が自分に向けられていることは解かっていた。しかし、どうしようもない。
「
……」
リエットも心配そうに歩みを寄せてきた。
「記憶喪失だったんですか?」
話の腰が、見事に折られた。
* * *
ウィス=アルブム。
彼の名前はそういった。三年前に「死に別れた」双子の兄であるらしかった。
「死に別れたって……どういうことなんだ?」
「オレは少なくともそう聞かされていたよ。
は、ミラージュの研究をしていて王国の調査団と一緒にオルディネの塔へ向かった。そこで事故にあって死んだ、ということになっていた」
「王国ってどこの?」
「バハムート・ラグーン」
「?」という文字が飛び交った。そんな王国は、この世界にはない。
「それって、どこのこと?」
聞いたのは他でもない
だった。
「アースタリア、つまりこの世界でミラージュと呼ばれる世界の国だ」
「ミラージュ!?」
半信半疑の声がそこかしこであがる。何を言っているのか理解できない。誰もがそう思う中で
は冷静だ。
「つまりミラージュは実在していて、その世界の名前はアースタリア。そこにはこの世界と違う国もある、ついでに私はそっちの世界の住人だったってこと?」
「そう、その通り」
そのノリが生来のものであるのか、ウィスは何か楽しいものでも見たように笑みを浮かべた。
実際、記憶をなくしていても「変わっていない」のならば、嬉しいことだろう。彼の反応から自分の過去の片鱗を見た気がする
。驚いているのは、むしろ周りの人間だ。
「ミラージュが実在だって? 信じがたいよ……」
「だが、実際オレはあちらの人間だ。あちらの人間は、こちらの世界があることを少なくともこちらの人間以上には知っている」
「あー、それは何かわかる気がするわ。思えば
がミラージュの存在を信じてたのも、昔の記憶がそうさせてたのかもしれないわね」
まさかホントにあるなんて。イーヴは感嘆のため息をついている。
「それで、あなたはどうやってこの世界に来たんです?」
リエットが最もなことを聞いた。
「あちらのオルディネの塔を起動させた。アースタリアとセレスタイト……この世界は昔は行き来も出来たんだ。その名残の遺跡が各所にあるだろう」
一様に首を振った。もっともそんなことが知られていたら、こちらの世界でも研究が進められていただろうが、それがないのだから仕方のないことなのかもしれない。
「ウィス、……でいいかな、呼び方」
「あぁ。兄呼ばわりされることはほとんどなかったから……それでいい」
名前の呼び方を確認してから
は本題を切り出す。
聞きたいことは山ほどあった。
「どうして、今になってアースタリアの人間がこちらに来ることになったの? それに風の大晶石を壊したのはあなたたちなの?」
それは間違いないだろう。火の大晶石のあるこの地にも彼らは現れた。「銀の髪の悪魔」。あえて聞いたのはそのことがあったからだ。
「それは……話せば長くなるな」
「じゃあ、ホワイトノアに戻ってからにしようか」
「ちょっと待ってください。おとなしく帰すとお思いですか」
あっさり退くと、それを止めたのはユーベルトだった。
「ウィス……といいましたね、あなたはやつらの一味でしょう。ならばナイトフレイに収監されるだけの理由があります」
「収監って……困るよ、それ」
「そうだよ、ユーベルト。大事なことなんだ。見逃してくれないか」
「あなたは騎士でしょう。そう簡単に罪人を逃がすんですか」
そういわれると二の句も告げず、フィンは押し黙った。
「罪人か……確かにそれは間違いないな」
「ウィス?」
「でも今、収監されるわけにはいかないな。伝えられることも伝えられなくなる」
「逃げる気ですか」
ユーベルトが両の手を銃にかけた。ウィスは武器に手を触れることもしなかったが、イーヴが腕を組んで問うた。
「あいつらここに連れてきたのあんたじゃないの?」
「……」
「大方、何か偉い人が甘言に乗せられて案内したんでしょ。残念だけど詐欺はだまされる人も悪いんだよ、法的に」
「……!」
意外と短気なのか、指摘されて顔を紅潮させる。
の物言いにウィスは生ぬるい笑みを浮かべている。
「捕らえなさい!」
有無を言わせず、命令が下ると残った兵士がざっと周りを取り囲む。
は銃を躊躇なく兵士に向けた。撃つ気はない。だが、そうすることで躊躇するのは兵士のほうだった。
ウィスとフィンも剣の柄に手を書ける。襲い掛かってきた兵士を、フィンは剣を収めたまま鞘で殴りつけた。
「逃げるわよ!」
弓矢の雨を降らせて、ひるんだところで一斉に退避する。追おうとする残兵を制止してユーベルトはその背を見送った。
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