-18.世界線2
「ようやく呼び出しかぁ……一応、待ってたんだけどね?」
少年と会うのはことのほか容易だった。
彼の言ったとおり眠る前に鈴に心の内で語りかければその晩は、ケルブが現れた。
「前回提案されたことの返事はまだできないよ。というか、話せてない」
「まぁ……だろうね。時間はあるからかまわない。でもだったら、今日は何の用かな」
「結論を早く出すために、聞きたいんだけど……」
回りくどく言った。
「あなたは『手持ちの札』をいくつ持ってるの?」
考えてみればそんなふうに、前置きする必要はなかったかもしれない。
彼の世界の理、彼の思考力を考えれば、すぐに「何故か」は察してくれたろう。もっとも安易にそこにもたれ掛かって良いのかといえばそうでもないだろうが。
クロシスとは違う意味で精神的な取引は無意味なのだろう。
「あぁ、そうだね。そもそも互いにそれがわかってないと余計に労力をかけてしまうからね」
ケルブは話すのが好きだ。理屈ではなく、感じる。
言葉を用いて遊ぶのがすきなのだろうと。
だから、シンも必要以上に『気を許して』しまう。それは純然たる遊びとなってしまうから。
「でも僕らは君たちが残った証を探し出せることを知っていたから暇だったんだけどね?」
「知ってて探させるのは利口なやり方だね。でも、だったら教えてもらわないと……私たちの持ち札とあなたたちの持ち札ですべて封印の鍵が揃っているのなら、そろそろ先へ進む算段を立てないと」
「賛成だ」
そう言って、ケルブは中空に手を軽く捧げた。
ふたつ。
黒く丸い宝石が不吉な輝きを宿して現れる。
揃った。
顔には出さず思う。けれど、通じている。夢という精神世界を共有しているせいだろう。
「そう、君たちの持つ証は残りの5つ。それで異空への扉が開く」
もう、それらを探す必要はない。
ケルブから提示されている期日までまだ一週間近くある。それだけあれば休養と訓練と……準備を整えるにも十分だろう。いずれ一度持ち帰るべき案件だ。
「そういえば……クロシスが前にモンスターを操っていたよね。でもあれはクロシスの力じゃないと私たちは踏んでいる。あなたの力なの?」
純粋に疑問を投げるとケルブはなんでもないように答えてくれる。
「僕の力かというと微妙だね。あれは僕たちの管理していたゲートの向こう…異界のひとつにあった技術だよ。識ることによって時に身につくこともある。僕は直接何かをするよりあのやり方があってるらしくてね」
確かに、何らかの形でケルブが戦っている姿は想像できない。
単に、悪意とともに攻撃されたことがないからかもしれないが。
「そっか……」
ただの疑問はそうして、別の形をとり始めた。
「じゃあ、こちらからもひとつ提案がある。特に交換条件があるわけじゃないから受けても受けなくてもあなたの好きにしていい。気が向いたら、乗って欲しい」
そう言ってシンは、何を言うのかと興味を示した少年に向かって言った。
「『もしも』私たちが先に迷宮に入ることになったらその時は……」
目を覚ます。
相変わらず手にやんわりと握られていた鈴がちりりと鳴っていた。
最初の夢の話。しなければならないだろう。
何よりもう、不吉の証を探さなくてもいいことは伝えるべきだ。
シンは部屋を出て昨日と同じように、リオンたちの部屋を訪れた。
「おはよう。ふたりとも起きてる?」
ノックをして返事はあったが一応聞く。サブノックが着替えの途中であったが上着を着込むだけで大体完了だ。兜はまだベッドの上で、素顔がさらされているのが少し珍しい感じがした。
「今日は朝から出かける必要がなくなったんだけど、どうする?」
言えば何事かと二人の視線が向いた。
「昨日見つけたので最後だって」
「? どういうことだ?」
順を追って話をすることにする。
シンは二人に座るように促して自分も備え付けの木のいすに腰をかけた。
「ケルブの持分が2つ。こちらの探したものが3つ。フィリアたちに預けた分を合わせると、全部揃ったことになる」
「なぜお前がそんなことを知っている?」
リオンの瞳が細くなる。口調は穏やかだが、もっていきかたによっては怒られるであろう。なんとなくそんな空気をひしひしと感じながらシンは続けた。
「これ」
りりん。シンは細工の施された鈴を取り出して見せた。
「昨日の夜……ケルブに『会って』確かめた」
「本当に同調とやらができたのか」
いつも兜の下からの言葉なので、その口調で言われると違和感があった。サブノックの素顔は、兜をつけているときほどいかつくない。
「割とあっさり繋がったよ。それで向こうの抑えている分を確認して……」
「弊害はないのか。お前がそうやって向こうと繋がることに」
「特にないみたい。あの人も敵意を向けてくるわけじゃないから」
言葉を少しだけ間違えた。「ないから」ではなく「なかったから」というべきだった。
はたとしても遅い。リオンの方がすばやくそこに気づいた。
「その言い方だと初めてじゃないな?それを受け取ってからお前はすぐに試したのか」
「違う違う」
わけのわからないものをわけのわからないうちに使うのはリスクだ。
たしなめられる寸前でシンは『1回目』の邂逅を説明する。
その気がなかったこと、それから他愛もない雑談をしたこと、それと、上げられた提案。
「どうしてもっと早く話さなかった」
「無駄に悩むでしょ? 私は悪い話じゃないと思う。目的地は一緒だろうけど、ここまできたらお互いに邪魔をする理由がない」
「それはあいつらの目的が語られたとおりだった場合だ」
言われてみれば確かに、普通はそんなに軽くすべてを打ち明けたりはしないだろう。
けれど、心象風景ごしとはいえ彼の世界までも見たシンは、嘘ではないと感じる。
「確かに……都合が良すぎるな」
だが、それを見ていない二人にすると、そうなる。
「でもいずれ、解呪して行かなければならないでしょう? 余計な戦闘に持ち込むよりリスクは低いと思う。違うかな」
「向こうにはクロシスがいるから戦闘が避けられるならそれがいい。が、だからこそ利点を生かそうとしない姿勢が理解できない」
「クロシスはそういう人だったの?」
「そうだ」
感情のない殺戮兵器。リオンの中のイメージはいまだそのままだ。
「でもクロシスは、ただケルブについて扉の向こうに行こうとしているみたいだよ」
そう言って、その思想に至るまでの経緯を聞いたまま、伝えた。
「……相変わらずだな。お前は、相手を理解をしようとしすぎる」
そして、立ち上がるとサイドテーブルに置いた鈴をリオンは取り上げた。
「みだりに接触をするな。相手は精神に影響を及ぼす力をもっている可能性が高いぞ。これを渡してきた意図も理解できない」
そうだろう。
ただの好奇心……とは普通は思わないだろう。
それとも自分は知らないうちになんらかの暗示でも受けてしまっているのだろうか。
考えてみれば、一番関与できる自分にわざわざ渡してきたもので……疑い始めればきりはなさそうだ。
「大丈夫だと思うけど……でも感情を排除したとしても、向こうがこっちの動きを待っている限り、私たちが二人を探して不吉の証を奪取するっていうのは無理があるし、それこそリスクが高いよ」
「相手が何を考えているにせよ、これが目的を達する機会ということか」
選択の余地はなさそうだった。
ただ、リオンはシンに鈴を返すつもりはなさそうだった。自分が預かるといって懐にしまう。
「一週間後、か……ウィンターズの様子を見るだけなら、ここにとどまる必要がないな」
「ストレイライズに行ってみる?」
何かアクアラビリンスやマグナディウエスに関する糸口が見つかればそれが良い。
身体を動かす練習にもここよりはよいだろう。
3人は、あせらずに今日だけは休むことにして、それぞれの時間をすごすことにした。
