STEP4 追走
召喚魔法により与えた奇襲効果はかなりのものだった。
敵船の甲板に降り立ち、動揺する海賊の間を駆け抜けると、船の進行方向とは逆の入り口を目指す。
入り口側には海賊が溜まっている可能性があるからだ。その読みどおり通路に駆け込むと気が抜けそうなほどそこは閑散としていた。
「おい!お前たちの親玉はどこだ!」
「ひぃっ! だ、第三船倉ですっ! メインマストの下の……」
戦闘員とは程遠い乗組員をつかまえて居場所を吐かせると再び駆ける。
「おいでなさったわよ?」
ルーティがアトワイトを構えながら前方を注視する。
その先にはバラバラとシミターを掲げながら走り寄る海賊たちの姿があった。
「このままだと後ろからも追いつかれるぞっ!」
元より海賊などソーディアンマスターたちの敵ではないが、数が多いと先へ進む速度は落ちる。
遠くから響く足音にスタンが苦々しそうに言った。
その時だった。
「危ないですわっ!」
フィリアの声に反射的に視線は後方を向く。
何が、とまでは言わなかったが一番後方を走っていたフィリアが言うならば、それが誰に対してのものであるかは明らかであったから。
「……ッ」
同時にギィン! と金属音がしてそこに見たのは金属の銃身で短剣を受け止めた の姿だった。
「この……っ!」
そのまま返して銃口を軽装備の海賊へ向ける。
ガウンっ!と音がして海賊は悲鳴と共に後ろへふっとんだ。
続けざま、その後方から押し寄せる男たちにむけて狙いを定め距離をはかる。
「ぎゃあ!」
「ぐわっ!」
引き付けてから無造作にトリガーをひくと、前方を走っていた男たちは悲鳴をあげて床に転がった。足を取られたようにその後方でもちょっとした混乱がまきおこっている。
あまりに唐突な出来事だった。
「ぼさっとしてないで走る!」
先陣を切っていたスタンとリオンが前方の敵を蹴散らしたことを確認して が後ろから急き立てる。
「何をした?」
駆けながらリオン。
「銃を使った。バルックさんのところで改造してもらったんだ」
それにお目にかかったことのないマリーやルーティはひたすら目を丸くするばかりだ。
リオンはそれだけ言うとあぁ、と符号を合致させたようだった、
チェリクでバルックと夜を徹して話していたのはこれだったのだろう。
「テストしてないからどこまでもつかわからないけどね。今は飛散型の弾が入ってるから足止めにはいいはず」
さすがオベロン社。
たった一週間程度で単なるおもちゃを実用化してくれるとは。
それだけではない。
本体の強化に加えて弾倉の複製、実弾の作成と、頼んでおいて何だが至れり尽せりだ。
目下、懸念は暴発したらどーしよう、というくらいで(結構怖い)。
「ただ、弾数は落ちてるから。あれだけ人数多いと使えてあと二、三回ってとこだね」
と言っている間にT字路で左右から挟み撃ちをくらってしまう。
フィリアの晶術と のシェルショットで右を、リオンとスタンが左を片付けその後はあっさりとたどり着いた。
頭目がいるだろう部屋の扉の前へと。
そこはオベロン社から奪い取ったレンズを格納するための場所なのだろうか。部屋というよりは、広い倉庫だった。
入り口も船室より粗末な二枚の大きな板戸。
両開きの扉が開くと薄暗いスペースにリオンたちの影が落ちる。
その暗がりの中、まるで侵入者を待っていたかのように男は立っていた。
丸いメガネに縁取られた細い眼。無造作におろされた両手には長い鍵爪状の武器が装着されている。
その狡猾そうな薄い笑みをたたえた表情が驚きの色で飾られるまでそう時間はかからなかった。
「バティスタ……?」
はじめにそう呼んだのはフィリアだった。
「なぜあなたがここに……」
「フィリア、知ってるの!?」
ルーティに聞かれるとフィリアが戸惑いを隠せない顔で頷く。
「私の同僚だったバティスタ司祭ですわ」
「ふん、石像のままおとなしくしていればいいものを」
「バティスタ、あなたはグレバムがどこにいるのか知っているはず。答えてください!」
「さぁ、そんなヤツ知らないね」
「あくまでシラをきるつもりか?」
リオンが腰を低くしてシャルティエの切っ先を向ける。
こんなところで問答などしている場合ではない。
手下が来る前に抑えておきたいところだった。
捕らえてしまえば問答などあとでいくらでもできる。
その意図を感じ取ったのかバティスタは何も答えず、大きく振りかぶると鈍く光るクローで猛然とリオンに切りかかった。
「バティスタ!」
フィリアの声を背後にひらりとかわし様、シャルティエで切りつける。
バティスタの身のこなしも予想以上に軽く、繰り出された剣戟でも容易にとらえることはできなかった。
「 、それでなんとかならないの?」
「リオンに当たったら嫌だし、殺しちゃうかもしれないからムリ」
至近距離から放てば、口を割らすどころではすまないだろう。
スタンも加勢するが相対する二人の身のこなしが早いのでうかつに手を出すことができずにあまりアテになりそうもない。
しかしリオンも晶術を使う気配を見せているので決着はすぐにつくはずだ。
問題は────
渋面した の後ろで広すぎる扉が大きな音を立てて開いた。
「あーもうっ! うっとうしいヤツらね!」
ムサイのよ!
思わず本音をこぼしながらルーティがなだれ込んできた海の男たちに晶術を放つ。
なまじ一枚ドアではないので剣だけで足止めするには不十分な大挙だ。
確かにね。
も思わず心の中でルーティに同意していたりする。
それに今リオンたちの邪魔をさせるわけには行かない。
銃口を入り口に向けて はルーティを下がらせた。
ガウンっ
その一発で横一列に並んだ屈強な男たちがうめいて廊下まで転がり出る。
予告もなく倒れた仲間の様子に何事かと走る動揺。
散弾は相手のふいをつくにも十分な威力だった。
「それ以上動かないで!…動いたら順に血だるまになることを覚悟してください」
銃を向けたまま言い放つと海賊たちはその場で踏みとどまった。
否、進むことが出来なかったというべきか。
剣や斧で捕らえるには距離がありすぎる。
相手はその距離からこちらを一気にしとめることが出来るのだ。
何より、たった一人の小娘が平然と立ちふさがっているのが異様な光景であったのかもしれない。
「……言っておきますけどこれ、連射できますから。波状攻撃かけても全滅ですからね」
ふっと笑うと大の男がたじろぐ様が手に取れる。
その後ろで、シャルティエがバティスタを捕らえる決着の音が響いた。
捉えたバティスタを護送し、フィッツガルドへ戻った一行はイレーヌの屋敷へとやってきていた。
リオンはイレーヌに部屋を一室借りるとマリーのティアラをはずす。
「なんでマリーだけはずすのよ!」
がなるルーティをうるさそうに一瞥してリオンは視線をバティスタへと戻した。
一度も電撃を受けたことが無かったマリーは「きれいな飾り無くなった……」と見当違いの感想を残念そうにこぼしている。
「これからヤツを尋問する。お前たちは街でも見物して来い」
その様子にむっとしたようにルーティ。
「言っとくが何をしたって無駄だぜ。何しろ俺は何も知らないんだからな」
「本当に知らないかどうかはじきに分かる」
にやりと口角を上げて小ばかにした様子のバティスタの額に素早くティアラをつける。
身動きのとれないバティスタは拒否することもできずにさっと顔色を変えた。
「何をつけやがった!」
「あのバカ女と同じものだ」
「誰がバカよ! このクソガキ…きゃああ!」
しつこく噛み付いてくるルーティを電撃で黙らせてバティスタに再び向き直る。
始終、小ばかにした様子を崩さなかったバティスタもここへきてはじめて余裕の気配を沈黙させた。
「まったくなんだってのよ! 付き合いきれないわよ!」
すっかり気分を害したルーティは憤然と部屋を出て行く。止めようとするスタンを置いてマリーも続いた。
「お前も行って来い」
「あら、じゃあ私とデートでもする?」
突然のイレーヌの申し出に顔を真っ赤にしてうろたえるスタン。
「でっでででで、デートォ!? そ、そんな」
「あのさ、スタンて十九歳だよね。なんで大人の冗談にそこまで動揺するかな。」
「じ、冗談……」
が思わずつっこむとスタンはますます赤くなってうつむいてしまう。
くすくすと笑いながらイレーヌはスタンを外へと誘った。
「デートは冗談だけど街を案内してあげるわ。フィリアさんも一緒にどうかしら?」
「私は……ここにいます。」
まるで反応はまっぷたつだ。
もちろん立ち会っていたところですることもないし、気持ちの良いものではないが。
フィリアは同僚がグレバムに加担していること、あるいは尋問されることが気にかかるのだろう。
「フィリア、あんまり気に病まないほうがいいよ?」
「はい、ありがとうございます」
フィリア同様誘いを断った はスタンとイレーヌを見送ってからフィリアを振返った。
「 さんもここにいらっしゃるんですか?」
「私は……」
これから行われるだろう事を考えるとスタンたちほど気楽にはなれない。
もしかしたらイレーヌはここから離すように気を使って案内役をかって出てくれたのかもしれないが。
かといってここで見ている気にもなれず口ごもる。
「そんなに立ち会っていてもしょうがないだろう。出かける気がないなら部屋で休んでいろ」
「リオン……うん、ごめん」
なぜか謝罪の言葉が口をついて出た。
尋問と言う名の拷問。
一時間ほど時間が経っても部屋には誰も戻ってこない。
ここまで沈黙を破る気が無いのならばこの先もバティスタは口を割らないだろう。
なんだかとても嫌な気持ちを抱えながら はひたすら待っていた。
あのティアラはスタンたちを「制御する」時とは比べ物にならない使われ方をしているはずだ。一人で考えつつ思わず眉を寄せてしまう。
居合わせたくは無いが、気になって仕方が無い。
痺れが切れるまでそれから時間はかからなかった。
は人払いをされた二階の一角へと再びやってきた。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
ドア越しに聞こえる苦悶の声に眉をしかめる。
「どうだ、吐く気になったか?」
そっとドアを開けるとリオンが冷たい顔で、うなだれるバティスタを見下ろしていた。
その後ろではフィリアが両手を胸の前で組んだまま、耐えているような、それでいて気丈な表情で黙ってその様子をみつめている。
かつての同僚が拷問されているのだ。『あの』フィリアにとってそれを止めないのはそれなりに気構えを要しているに違いない。
「さ、さぁ、な……うぐぅぅ……」
バティスタはやはり答えるつもりはないようだった。
グレバムに絶対服従しているようには見えないのになぜそこまで沈黙を続けるのか。
彼の意図が理解できない は本当の意味するところを考えた。フィリアの話では無骨ではあるが悪い人間には思えなかった。
彼を捕らえたときフィリアには「相変わらず甘ちゃんだ」といっていた。
そういう視点でしか捉えることができない事実があることも はどこかで知っている。
たとえばそういう人間を守るために憎まれ役を買って出ること。
たとえば新しい世界へ向かうために古い世界を捨て去ること。
善いように解釈しようとすればキリがない。
自分もたいがい「甘ちゃん」だな、と思いつつ は疑問を振り払う。
「我慢は身のためにならないぞ」
遠隔操作のスイッチを手に淡々と、言い放つリオン。
「知らないものは知らな……ぐわぁぁぁ」
「早く吐かないと、死ぬぞおまえ」
「だ、誰が……ぐあぁ……っ」
「ち、ちょっと待ってリオン!」
「!」
躊躇無く出力を上げようとしたリオンの手元に思わず飛びついたのはフィリアではなく であった。
バティスタが事切れたようにがくりと頭をたれるのはほとんど同時。
「まったく、強情なヤツだ」
気絶したバティスタをリオンは冷ややかに、呆れたように見下ろす。
「 さん……」
今ので緊張が切れたのかフィリアが呆然とした表情で を見ていた。
「どういうつもりだ」
止めようとした に言うリオンの言葉に非難の韻は無い。
むしろ感情と言うものをすべて消し去ってしまったかのような表情だった。
やっぱり。
その様子にかすかに の眉が曇る。
「……フィリア、バティスタに水をもってきてくれる?」
「あ……は、はい」
が頼むとフィリアは何の疑念も持たず素直に部屋を出て行った。
「どういうつもりなんだ?」
二人きりになって今度はさきほどより強くリオンは問うた。
「リオン……これ以上続けてもバティスタは吐かない」
「そんなことはお前が判断すべきことじゃない」
「でも」
「こんなヤツを心配するとはお前も存外おめでたいヤツだな」
「違っ…私が心配してるのは……っ」
一度落とした視線を勢いよく上げてリオンの顔を見るとそこで口ごもる。
「……なんだ?」
「……。リオンだよ」
観念したように視線をそらし様、言うとはじめて驚いたようにリオンの瞳が一瞬見開かれた。
それからリオンは眉をかすかに寄せ
「なぜ僕が心配されなければならないんだ」
「そんな顔するんだから、尋問なんてさせたくなかった」
再び驚きの表情、それから怪訝として。
バティスタなんてこの際、どうでもいい。
視線をそらしたままのそんな物言いにリオンの口から小さく溜息が漏れた。
彼の口が開くより早く は口調を切り替えて顔を上げる。
「とにかく。少しクールダウンした方がいい。いずれにしてもバティスタは気を失ってるし、話したいことがあるから」
クールダウンと言うのはこの場合使い方が間違っていると思う。ある意味、リオンは下がるところまで下がっているのだから。
でも、とりあえずここから離したい。
のそんな気持ちを知ってか知らずかリオンは「あぁ」と答えて視線をついと流しただけだった。
リオンと は隣の部屋へと場所を移した。
レンブラント邸は高台にあり、二階の南面からは町を一望できる。
部屋に入ってすぐにリオンはソファに腰を下ろし は窓を開けた。
新鮮な空気が部屋の中をかきまわし窓から離れたリオンの黒髪も僅かに揺らす。
「疲れたでしょ」
「別に」
そっけない返事を返すリオンは微かに憔悴してみえた。
「話があるんだろう?」
短くリオンが切り出した。
「ん~少し休んでからね」
「そんなヒマはない」
仕方が無いので は当たり障りの無い話から始めた。
「バティスタはやはりしゃべらないだろうな、と思う」
「なぜそう思う?」
「あれ、そう決めてる眼だから。決めたらしゃべらないよ。それでね、そういう時は死ぬまで我慢するわけ」
「お前だったらそうするというのか」
「そういう目にあわないことを願うけど。でも、そういう時は多分、精神的には拷問受けてる方が有利」
「……。どういう意味だ」
バティスタには確固な意思がある。
ああいった尋問をされる方は肉体苦痛を受けるものだが行う側もそれなりに精神的なダメージが伴うものだ。
誰も好き好んで拷問などかけるわけではない。
フィリアのように自分で痛みに気づいているならまだいい。
が、そうでない者は一体どうなのか?
しかも動じない相手にその行為を続けるにはそれ以上の気力が必要である。相手に呑まれるわけにはいかない。苛立ち、判断力を失うことも無いように。
その結果、現れる変化。それは真っ当な精神を保護するためかもしれない、あるいは麻痺という形での痛みかもしれない。
先ほどのリオンがいい例だ。
彼は感情を消し去ることで尋問を続けていた。
が止めたのはバティスタの上げる肉体的悲鳴にではなくリオンが受けているであろう無色の苦痛に耐え切れなくなったからだ。
「……だからこれ以上続けても無意味だってこと」
「まだ尋問は一時間にも満たない」
「『もう』一時間だよ。時間は無駄にしたくないんでしょう?」
指摘され、眉を僅かにひそめる。
淡々と答える様は未だ感情が欠落している証拠かそれとも疲れのせいかと思われたが、話に傾倒してきているのは明らかだ。
リオンの顔に消えていた感情の色が徐々に戻っていることに気づいた はほっと息を吐いた。
「ティアラには発信機能がついているんだよね?」
「! ヤツを泳がせ、というのか?」
皆まで言わずともリオンは理解したようだった。
いつまでも吐かないならば相手をしてやる必要は無い。
はご明察、と笑みを浮かべるとソファを立った。
「リオンがそれでいいと思うなら。私は発信機がどこほどの範囲で効くのか知らないし無理にとは言わないけど」
「バカにするな。どこにいてもシャルが感知するようになっている。たとえ地の果てでも、だ」
「へぇ、すごいね。シャル」
『いやぁ、それほどでも』
「……」
場違いな褒め方をすると今まで黙りこくっていたはずのシャルティエが何事も無かったかのように乗ってくる。
明らかにむっとした顔のリオンの前に紅茶を注いだカップを差し出すと、リオンはすぐに手にとってカップに口をつけた。
「じゃあそっちは決定って事で。もう尋問はしないでね」
「考えておく」
しばらく沈黙が続いてそれぞれが物思いにふけっていると
「そっち、ということは他にも何かあるのか」
ふと、一息ついたリオンが窓辺に佇む へとたずねた。
切り替えの早いことに既に表情は何時もの彼に戻っている。
「うん、もうひとつ気になることがあったんだけど。何か疲れたからまたあとで」
「悠長なことだな」
「久々に神経すり減らして慣れない語りをしたからどっと疲れたんだよ。原因はリオンだから」
「……僕のせいにするのか」
「だって」
はっきりいって、恥かしい。
は盛大に溜息をついた。
『心配なのはリオン』とは。
確かにある意味二人きりだったがあの部屋にはバティスタも転がっていたわけで。
もし、狸寝入りなんかされていた日にはぜひ冗談ですませてもらいたいものだ。
っていうか別に恥ずかしいことではないんだよ?
ただ相手はリオンだからね?
フィリアを心配するのとは訳が違うんだよ!
言えば素直に聞くわけ無いだろう相手に心の中でひとしきりキレ、
「リオンも言ってみたら? 一度普段ならぶっちゃけないだろうってことを」
はふっと遠くを見た。
「その前後のフォローも含めて絶対疲れるから」
「……。おまえも大概ひねくれものだな」
と、リオンはカップを立ったままの にむかって差し出す。
一瞬、意味を図りかねた はそれが空だということに気づくと、黙って受取りもう一度ティーサーバーのあるテーブルへと歩みを寄せた。
翌日、フィリアがバティスタに朝食を持っていくとバティスタの姿はそこに無かった。
慌てふためくフィリアをルーティが疑ったりそれをスタンが慰めたりとパーティ内では人間模様が展開されていたが結局リオンがわざと逃がしたことがわかって一同は再び居間で「待ち」に入っていた。
『圏外デス』
皆が落ち着くのを確認して、泳がせたバティスタの居場所をシャルティエに聞くとそんな短い返事が戻ってくる。
「……」
「何ぃ!? リオン! 地の果てでも感知するって言ったの誰!? 圏外じゃ使えないじゃないか!」
「う、うるさい! こちらにも都合と言うものがあるんだ! 文句があるならシャルに言え!」
『えぇっ!? 僕ですか! そんな……ひどいですよ、坊ちゃん!』
珍しくぎゃあぎゃあと騒ぎ出した二人をあっけにとられてスタンたちは見ている。
誰もつっこまないので言い合いは予想外に長いこと続いた。
「と、とにかく慌てなくともヤツが動くのは時間の問題だ。下手に動かずここで待つほうが利口だろう。それに、ここならセインガルドからの情報も入りやすい」
「じゃあそれまで自由行動続行ね」
にじっと無言で何かを訴えられつつもようやく落ち着いたリオンの言葉に、即座にルーティが反応する。
「あ~あ、気が抜けたらなんだかお腹すいちゃったわ」
「お前は昨日から抜けっぱなしだろうが……」
あっけらかんと伸びをする、昨日は昨日でスタンとイレーヌのストーカーをしていただろうルーティにリオンのつぶやきは聞こえていない。
「では食事をお持ちしましょうか」というメイドにハートマークを飛ばしながら「お願いね」と両手を組んでいるその後姿を見てリオンは溜息をついた。
「そういえば、バティスタの件があったから聞きそびれてたんだけどさ」
少し遅めの朝食が運ばれてくるとスタンはフォークを持ち上げながら の顔を見た。
「海賊船で使ってた、アレってそんなに強かったんだっけ?」
「あ~……アレね……」
とちらりと腰に視線を落とす。ノイシュタットについてから服飾屋に特注した真新しいホルスターにデザートイーグルのレプリカはしっかりと収まっていた。
「アレ、ってあの武器のこと?」
「うん。オレとリオンはカルバレイスに行く船の中でみせてもらってたんだけどさ。その時はおもちゃだって言うし、威力もあんなになかったようにみえたから……」
「なかったように、じゃなくて『無かった』の」
ルーティの方を見ていたスタンがもう一度 を見て、他のメンバーの視線も集まる。
リオンだけが黙々と食事を進めている。
「あのままじゃ使えないからバルックさんのところで改造してもらって……フィリアに火薬ももらってたでしょ? あれも預けてついでに弾も色々作ってもらった」
「あ、ひょっとしてあの夜のお話は……」
「そう、それ」
フィリアもようやく合点が言ったようだ。
そのままカルバレイスで銃を受け取って海賊船でお披露目したというわけだ。
銃についてルーティやマリーにも簡単に説明するとスタンがぱっと顔を明るくして言った。
「これから心強いよな」
「だが、弾数には限りがある。依存するな」
「バルックさんにこっちの支社にも追って予備弾送ってくれるように頼んでおいたから今回使った分は補充できてるけど」
スタンをいさめたリオンが周到さに驚きの色を見せる。
彼女はそんな先のことをカルバレイスに着いたときから考えていたのだろうか?
「この先、オベロン社の無いところに行くなら確かにアテにしない方がいいね」
「ねぇ、ちょっとそれ見せてくれない?」
ルーティの好奇心以外の何者でもない発言に は僅かに眉を曇らせる。
そしてちょっと迷ってから首を横に振った。
「ダメ、危ないから」
「でも誰にでも使えるんでしょ?」
「だからお前のようなヤツに持たせるのは危険だと は言っているんだ」
「な、何よ! 急に口挟まないでよ」
「しかし、あんなにすごいものが容易に使えるなら、確かに楽だな」
のほほん、と言ったマリーの言葉に の顔が一瞬、嫌悪感に歪んだ。
「でも作られるべきじゃない」
ふいの苦々しい発言にルーティも黙り込む。
はその空気に気づいて口調を和らげて一同を見渡した。
「このレプリのオリジナルはもっとすごい威力のものなんだって。人間の頭をアーマーごとぶっ飛ばせるほどね。それなのに、こんなに簡単に使えるんだよ。誰でも持てる強力な武器なんて、ないほうがいい」
武器を持つならばそれなりの心が伴わなければならないはずだ。
力そのものに善悪は無い。
使う人間によってそれが決まるのだとすれば…
心の弱い人間が強い力など持つべきではない。
言った意味が分かったのか、ルーティはすとんと席に座りなおした。
「神の眼も同じかもね」
『!?』
ふいの発言にソーディアンたちからも驚いた気配が伝わってきた。
「本来、天上都市は人々を荒廃した世界から救うために作られた。でも。天上人はその力を人に、世界にむけてしまった」
「え? 天地戦争って……タダの天上と地上の戦争じゃなかったの?」
「結果的にはそうだけど発端は、彗星が衝突して……あぁ、この辺りはルーティみたいなレンズハンターなら知ってるでしょ? 人類が見つけたレンズというエネルギーは人類存続のために使われるはずだったんだよ。天地戦争の記述は『平和利用』についてはおざなりにされてる傾向だけどね。元々は善悪なんて無い存在だった」
破壊の力として記録に残り、今また悪用されることばかりが示唆される。
本来なら建設的な方向へ使うこともできるはずが誰もそれを考えない。
大事なことなのによほど、危険な人間の偏見ではないだろうか。
そんなことなど考えもしなかったスタンやルーティたちもその言葉に聞き入っていた。
ソーディアンですら、忘れてかけていた。
「だからね。本当は『力』があること自体は悪くないと思うんだ。でも問題はそれを扱う人間で」
そこではじめてホルスターから銃を取り出し、ルーティへと差し出した。
ルーティはまるで怖いものでも受け取ったように浮かない顔で手の内にある銃に視線を落とす。
「人間てさ、平和のために人には武器を持つなって言いながら自分はそれを捨てないんだよね」
だから兵器は増える一方で、戦争もいつまでたってもなくならない。
挙句、平和になっても「仮想敵国」なんて作り上げてしまうくらいだから益々国家間の不信は高まるばかり。
不信は不安を呼び、それを打ち消すように強い力が希求される。
はっきりいって愚かで、弱い。
これはその副産物でもある。
はこんな兵器がこの世界に定着などして欲しくはなかった。
剣はまだいい。
少なくとも遠くの人間をその人間が知らないうちに……それも傷つける感触もわからないまま「簡単に」殺してしまうことはないから。
感触は必ず手に残る。
だから真っ当な人間なら不用意に人を傷つけることはなくなるだろう。使うことの意味を学ぶことができる。
「どうして人間はこんなものつくるんだろうね」
「でも守る力にはなるよ! は俺たちを助けてくれるためにそれ、バルックさんに頼んで作り変えてもらったんだろう?」
自嘲じみた視線を落とすとスタンが必死な顔をして立ち上がった。
「そんなことくらい知ってるよ」
わずかな驚きの表情の後に、当然、とばかりの笑みを切り返してみせる。
善悪は無い。
大事なのはそれをどう使うか。
「ディムロスたちだって……オリジナルと一緒にこの世界を守ったんだからね」
『そうとも! 我々だとて誰かを傷つけるために作られたのではないのだ』
「資質がないと使えないんだからある意味安全装置つきだし」
使い手を選ぶ良識ある武器というのは良いものだ。
は確固とした意思のある彼ら──ソーディアンたちにある種の敬意を払っている。
『安全装置って…… ……』
『ほっほっほ、そのとおりかもしれんのぅ』
顔を見合わせるような気配があって、心身ともに健全という自信を持ってマスターを一押しできるクレメンテだけが全面的に肯定していた。
それは人々を欺くためにできた。
例えば今は、欺かないことを美徳とする神の教え。
「船の移動、多いよね」
「仕方ないだろう。相手の方が動き回っているのだからな」
アクアヴェイルへ進路をとったバティスタを追ってリオンたちは再び海路を辿っていた。
船はオベロン社の帆船を使っている。
高速艇で追いついてしまっては泳がせた元も子もなく、アクアヴェイルの海域へ入るのにセインガルドの船は不用意な危険を招く可能性が高いため使えない。
一度は危険な任務にNOと答えを出したイレーヌだったが神の眼奪還の密命を聞いて渋々、船の許可を出してくれた。
「アクアヴェイルってどんな国なんだ?」
危険性を理解していないスタンがお気楽に尋ねる。
リオンはちょっと面倒そうな顔をしたので が話し出した。
「元はセインガルドから分離独立した国だね。多島海域にシデン・モリュウ・トウケイ三つの領地が分かれていて建国者のシデン領主が代々全域を統括してる。国の馴れ初めが馴れ初めだから、セインガルドとは衝突が多くて今は停戦中」
「詳しいな」
「学者だから」
もはやこれっぽっちも信憑性のない発言と全くジャンルにこだわらない博識っぷりにリオンは苦笑をもらす。
「停戦中ってことは……何かあったら戦争もはじまるかも、ってこと?」
「あぁ、例えば神の眼が領主たちの手に渡ったら、という場合に不測の事態が考えられるな」
「それって今の状態じゃないか!」
争いの無いリーネで育ったスタンは人間同士の戦争に実感が湧かず、まるでいつか、といった具合に言う。
反してリオンは的確に明日の可能性を衝いた。
スタンにも分かりやすいように。
「もっと早く気・づ・け」
あはは、と は呆れて溜息をついたリオンの言葉尻に乗って言う。
真面目な話を軽くいなされたスタンは、返す言葉も無く、う~っと唸っていた。
「だから船は出したくなかったのよ。危険すぎるわ」
「今更そんなことをいっても仕方ないだろう」
イレーヌが長い髪を風になびかせながら甲板にやってきた。
心配そうに言うとリオンに返され、いらぬ不安を与える発言に苦笑で詫びるイレーヌ。
「そうね、ごめんなさい」
帰りの船は用意できない。
その心苦しさか同乗を申し出てしてくれた彼女がいるおかげで船旅は大分華やいでいるものである。特にスタンとは馬が合うのか、いい感じだ。
「大丈夫ですよ、イレーヌさん。オレたち絶対帰ってきますから!」
あのね、神の眼がアクアヴェイルで回収できたとしてもノイシュタットには戻らないと思うよ? スタン。
「うふふ、ありがとう。待ってるわ」
にっこりと微笑む。
そんな中にも年下をからかうお茶目なお姉さんの片鱗は覗いて見えた。
「じゃあそれまで待てないから、ここでデートでもしてみない?」
「ええぇえっ!?」
「そうか、それじゃあ僕らは邪魔だな。行くぞ、 」
「へっ?」
間髪いれずに言ったリオンの言葉に間の抜けた反応を返す 。
そればかりか突然の発言にイレーヌとスタンも踵を返したリオンの背中を呆気にとられて見送っていた。
ぴたり。少し進んでその足が止まる。
「お前、僕に話したいことがあるんだろう?」
「あ? えぇーと……あぁ、あったね、そんなこと」
記憶を手繰り寄せて思い当たった は、ほんの少し視線で振返り気味のリオンに答える。
小走りに駆け寄りかけて。
「スタン、ディムロス貸して!」
「えっ?」
「デートの邪魔でしょ。はい、これ代わり」
自分の持っていた剣を押し付けて返事を待たずにディムロスを拉致抜き取った。
『一体どうしたというのだ?』
「たまには一緒に話そうよ」
しどろもどろにひきとめようとするスタンは放って置いて、今度は体ごと振返ってその様子を見ていたリオンの隣へ歩を進めた。
「それで、僕に話したいことというのは何なんだ」
「今は気分がいいからあまり話したいことじゃないんだけどね?」
船室に入るとやや気分を害したような表情で前置きをする。
コトリ、と は目の前のテーブルにディムロスを横たえ自分も椅子に腰をかけた。
「グレバムの最終目的って世界征服なんだよね?」
それが至極真面目な話だと理解してリオンは表情を険しくした。
カルバレイスの神殿で探った限りでは一部の神官からそれらしい証言も得ている。
直接グレバムの名前が出たわけでなくとも「神の寵愛を受けた選ばれし民」だとか「救済」だとか。
何かしでかす前の怪しい人々のようだとは思っていたが案の定、それが本来のカルバレイス神殿をのっとったグレバム一派だったと知ったのは後のことだ。
「アクアヴェイルの手に落ちれば遅かれ早かれ間違いなく戦争は起きる。他国の王をどう懐柔するかはわからないが、不可能ではないだろうな」
世界征服なんてある意味笑いの要素にしか聞こえないが、神の眼の力をもってすれば……否、その力を用いるとすれば他に用途が見当たらない。
ディムロスも自分が呼ばれた理由が分かって、その可能性に同意を示した。
「だけど、どうやって使うんだろう、なんて思ってた。フィッツガルドでレンズ運搬船を狙ってたヤツらも単なる囮、と考えるには短絡的というか……」
『他に裏があるというのか?』
「だって神の眼は元々ダイクロフトの動力でしょう? それに匹敵する施設があってその動力源として使うとでも思う?」
ぴくり、とリオンがダイクロフトという言葉に反応した。
匹敵する、どころかそのものをオベロン社は秘密裏に掘り起こしている。
リオンはそれを知っているはずだった。
あまり触れたくないが、今は裏を返せばグレバムにはその可能性がないことを断言できる。
『あり得んな』
もちろんディムロスが知るわけは無い。
「じゃあ何に使われる? 直接的な手段がないなら間接的に使うしかない」
『たとえば、何?』
今度はシャルティエだった。
「なんだろう。それがわからないから聞いてるんだけど」
「じゃあ神の眼の話は置いておけ。囮の武装船団から考えてみろ」
仕切りなおすように言いながらリオンも考え始めたようだった。
囮の意味。
「そもそもグレバムがどこにいるのか分からないんだからカモフラージュは必要はないな」
「うん、むしろそんなことしたら面が割れる可能性の方が高い。今回のバティスタみたいに」
囮は標的にされるものが他にあってはじめて活かされるものだ。そこから行方が割れてどうするというのか。確かに捕らえたバティスタは何もしゃべらなかったが、かく乱のため、というにもオベロン社を敵に回すあの派手さは浅はかだ。
「「運搬船の襲撃には他の目的があった」」
ハモって予測が口を突く。
確実にその可能性に辿りつく予感。
『他の目的も何も、略奪されていたのはレンズでしょ?』
「そう。レンズだよ。何に使う?」
『まぁ普通に考えたら動力だよね』
「……違う」
何か違和感がある。今まで見てきたものの中に確かに答えがあったような──
『考え方を変えてみたらどうだ。たとえば略奪でレンズを確保する理由』
「自分で集めるのがメンドいから」
そりゃそうだ。
唐突に一般論を述べた に一瞬三人の肩が落ちる気配があった。
しかし は論理を展開し続けている。
「自分で集めるにはどうする? レンズ鉱山? それもあるかもしれないけどオベロン社はレンズハンター使って……ってあああぁあ!」
『「!?」』
『何? 何!? どうしたの!?』
一瞬の沈黙。
「モンスター」
がそれだけ言った。
『モンスター?』
「モンスターの命だよね。レンズは」
『そうだね、レンズハンターはモンスターを倒してレンズを換金するわけだから』
「なんで海賊船にモンスターがいたわけ?」
「!」
確かに人間に混じってモンスターはいた。
今時はどこにいってもモンスターがいるので気にはかけなかった。
飼いならされたモンスターだっているのだ。
が。
「まさかお前、奪われたレンズを材料にモンスターが生産されている、などと言うつもりじゃないだろうな?」
『そんな技術が現代に残っているわけ無いだろう!』
「でもグレバムは『大司祭』だ」
「?」
言っている意味が分からずリオンはただ を見返した。
「ストレイライズ神殿は本来神の眼を隠蔽するために作られた場所。それどころかアタモニ教自体もね。今でこそ宗教として定着してるけど本来、大司教の任につく者は神の眼を守るための「科学者」たちだった。違う?」
『なぜそれを…』
うめくようにディムロス。
千年前、神の眼を破壊することのかなわなかった人の選んだ道は「封印」だった。
誰の手にも渡らぬように、誰の目にも触れないように。
その為にはそこにあるものが神の眼だと知られてはならない。
荒廃した世界で救いを求める人々が新しい神に敬意を抱くようになるまで時間はかからなかった。その偶像の裏、「不可侵の聖域」に安置されたのが神の眼。
「神と科学、両立するには矛盾がありすぎだよ」
もし が千年前の出来事を、あるいは先の展開を知らなかったとしてもその矛盾に気づいたろう。
の世界では神の創世を覆す超科学的な記述の古代文書は、世界の最も強大な神殿の地下に「封印」されていると聞いたことがある。
不可知な分野は科学で解明されていくものだが同時にそれは古い経典を覆すものにもなる。
しかし、アタモニ教は「はじめに科学ありき」なのだ。
しかも宗教としての教えと科学が分離して神殿内に混在している。
「今となっては伝道者であり研究者でもある彼らは上に行けば行くほどその事実に気づくだろうね。神の眼にだって当然近づく」
「ストレイライズの奥許(おくゆるし)には、失われた技術が記されている可能性もあるということか」
むしろ、経典は科学の粋を極めた知識だと思われる。
「最終の「御神体」神の眼を手に入れようとしたならグレバムは既にそれらを見ている可能性が高いね。実用できるかどうかは別問題だけど」
『実現できる範疇にモンスターの製造があった、ということか……』
なんということだ。
戦争云々の前にもうすでに「始まって」いるのではないか。
ディムロスがひどく深刻な声を発した。
「モンスターを使えば黙っていても国々は弱体化する。ダイクロフトなどなくともそこを神の眼の力で制圧することは──忌々しいが可能だな。十分すぎるくらいだ」
『同時に大国セインガルドへのレンズの供給を妨害する。それだけでも間違いなくセインガルドは疲弊する』
「そうだね……それ以上のことはわからないけど。まぁ私の知ってることは以上です」
また唐突に。
重くもたれそうな雰囲気がその一言で一気にふっとんだ。
「お前な……」
「真面目に話したら疲れちゃった。なんか最近こんなのばっかじゃない?」
「ふん……心配するな。これからもっと深刻な事態になる」
げっそり。
最大の皮肉に はテーブルに突っ伏した。
まだ夜明け前。
ピンと澄んだ空気の中、 は自分の肩を抱いて思わず身震いした。
「寒っ……」
吐く息も微妙に白い。太陽が出ればもっと暖かいのだろうが、悠長なことは言っていられなかった。アクアヴェイルの島々が近づいたのである。
「ここはどのあたりなんだ?」
マリーは遠く白いもやの中に横たわる黒い鋭利な山々の影を見てリオンに尋ねる。
「シデン領海だな。これ以上船で進むのは危険だ。ここから泳ぐぞ」
「えぇっ!? 何言ってんのよ!あんなに距離があるのに」
スタンを起こしに行っていたルーティが後ろからスタンを引きずるように声を張り上げた。
「小船を使うとかあるでしょ!? 下手したら全員あそこまでたどり着けないわよ」
「だめよ、小さくても目立ってしまうもの。発見されたらそれこそ終りよ」
「そういうことだ」
イレーヌがこれ以上接岸できそうもないことを申し訳なさそうに告げた。
「でも……」
ようやく目を覚ましたスタンが一同を見渡して言う。
「皆、いけそう?」
「私は嫌よ! こんな寒い中飛び込めるわけ無いじゃない!」
冬ではないが日の出前のせいか海はとても深く冷たく見えた。
ききわけなく座り込んだルーティを無視してリオンがスタンたちに問う。
「そういうお前たちはどうなんだ」
「オレは大丈夫」
「私も問題ない、と思う」
あぁ、いかにもいけそうだよね二人とも。
スタンとマリーが言うのをやや憂鬱そうに は聞いていた。
いかにもダメそうなフィリアを飛ばしてリオンの視線が に向く。
「……不安」
「泳げないのか?」
「……泳げはするけどこんな距離に挑戦したことはありません」
しかも海である。
なまじ先見の力があるだけに嫌な可能性も考えついてしまう。万が一……
「沈んだらおいていっていいよ」
行く気はあるが半ば諦めのいい発言にリオンは最後に視線をフィリアへと向けた。
「がんばりますわ!」
「 、お前は僕に捕まっていいからスタンはフィリアをなんとかしろ」
「わかった」
「ちょっと! 私はどうするのよ!」
任されたフィリアに優しい笑顔で大丈夫、と励ますスタンを見て思わず立ち上がり抗議の声を上げるルーティ。
「お前はアトワイトがいるから大丈夫だろう」
あっさりと突き放された。
「よし、行くぞ」
「ちょっと待った! イレーヌさん、油紙あります?」
柵を越えて海に身を投じようとしたリオンのマントを思わずひっぱって 。
がくりと体勢を崩されたリオンは眉を寄せて抗議に口を開きかけたが、 は気にせずにイレーヌに聞いた。
「あ、ちょっと待ってね」
何か思うところがあったのか追求せずにイレーヌは船員にそれを持ってよこさせる。
すぐに鈍く白い色の大小の薄い用紙が の前に広げられた。
「これ、何?」
「だから油紙だって」
首をかしげるスタンの足元で紙を広げて持ち上げる。
蝋でコーティングされた鈍い光沢の紙をなでてホルスターごと銃を包んだ。
それから剣と個人持ちの荷物に外套。
「リオン、ティアラの遠隔装置は?」
「問題ない」
「他に濡らしたくない物がある人」
ひたすらその様子を見守っていたルーティが「あ」、と声を上げる。
ここへ来てようやく防水の為の作業だということに気付いた。
ソーディアンは錆びるほど安物ではないだろう。
特に無さそうなのでマリーの剣と浮き袋代わりの意味も込めてフィリアの外套を大きな油紙に包んで渡した。
「ありがとう、 」
大切な剣を気遣った にマリーが嬉しそうに笑って荷をうけとる。
「さぁ、夜明け前に到着するぞ」
「リオン君、気をつけて」
イレーヌの言葉を背中に六人は冷たい海に身を投じた。
「オレ、天国の父さんと母さんがさ……大きな川の向こうで手を振ってるの見ちゃったよ」
そりゃそんなヨロイ着て、泳いでここまで来る方が信じがたいです。
結局一度もリオンに捕まらずに浜までたどりついた は、足を着ける深さまで来てはじめてリオンの肩を借りた。水から上がると体が鉛のように重く感じて支えきれない。
海水の冷たさもあいまって腕も足も言うことをきかなかった。
それでも意識だけははっきりしていてスタンに呆れる余裕はある。
「全員無事ね」
『そりゃ僕たちがついてるんだもん、当然だよ』
じゃあ、マスターでない私の疲労は人一倍なのか。
シャルティエにつっこみたかったが余計な体力を消耗しそうなのでやめておく。
しかし、つっこむまでもなくそれが事実であるらしいことは次のリオンの発言で明らかになった。
「だから僕につかまれと言ったんだ。素直に言うことを聞いていれば余計な体力を消耗することも無かったろうな」
「な……」
なんですと……?
叫ぶほど気力は無いので出来る限り視線で訴える。
「それ……なら、な……んで、早……く」
もういっぱいいっぱい。
「いよいよ危なかったら手を貸すつもりだったが。結局最後まで泳ぎきったな」
よりずっと早く息を整えながら言うリオン。
「…………」
『僕は何度も に手を貸したら? って言ったんだからね』
もはや何も言う気力の無い にどこか勝ち誇ったような笑みを返すリオン。
こっそり告げ口をするかのようなシャルティエの気配に溜息と共にダメ押しを忘れない。
「言ったところでお前、言うこと聞くか?」
確かに。
一人であれば確実に守られるというなら、そこをわざわざお荷物になろうとは思えない。
自覚があるので、反論の余地はなかった。
進むたびに歩むペースの遅くなる に焦れたのか、返事がないのを確認するとリオンは素早く の腰に手を回した。
右肩にかけられた手はそのまま自分の左肩に回させる。
アレだ。傷ついた戦友を抱きかかえて歩く人(どんな例えだ)。
「グズグズするな。上陸したら火をおこせ」
遅れた二人を振り返る仲間たちに何事とも無いかのように指示をとばす。
じゃり、と足元の感触に視線を落とすとそこは砂浜ではなく丸い石の敷き詰められた浜辺だと気付いた。
冷たい海は想像以上に体力を削り取っていた。
浜に上がりきると結局 は立ち上がることもできなくなりソーディアンマスターたちが火を起こす傍らに転がっていた。
まだ薄暗い中、準備のために忙しく動き回るルーティたち。
やがて草地につっぷす の元にも香ばしい香りが流れてきた。
「うわ、うまそ~」
「 が油紙を使ってくれたおかげだな」
服をかわかし、食事をとって体力を回復させる。
この分なら日の出には出発することが出来るだろう。
幸いいくばくの食料を含めた荷物も銃も無事、濡れずに済んでいた。
じっとして体力の回復を待っていると、ほどなくして、賑やかな円から少し離れたその傍らに影が落ちる。
「よくその程度で済んだものだな」
早速皮肉。
声の主は明らかだが見上げようと首をひねる の上にばさりと乾いた外套が降ってきた。
暖をとれ、ということらしい。
「ちょっとは誉めてよ。あんな距離を泳いだことは未だかつて、ない」
「ふっ……人の親切を素直にきかないからだ」
親切、素直……リオンの口からそんな諫言を聞くことになろうとは。
そんな価値基準があるのなら機会あらばそのままそっくりお返ししたい。
見当違いな方向性で感想を抱いた は転がったまま、隣に腰をおろしたリオンを見上げた。
「 、食べられるか?」
親切なお言葉は残念ながらリオンではなくマリーからかかったものだ。
その鼻先に暖かい食事を差し出されて、眼を閉じ、ひとつ深く呼吸して気合をいれる。
意識を静から動へと切り替え、存外しっかりと は起き上がった。
湯気の上がる串に打たれた鶏肉をうけとるとマリーは満足そうに笑って火の方へ戻っていった。
「これから先はどうなるかわからない。食べられるうちに食べておけ」
それでもいまいち喉を通す気にはならず手元の串をじっと見ていると隣から声がかかる。
すこし迷ったが、言われるままに一口つけると、意外にも無いとないと思っていた食欲はわきあがってきたようだった。
* * *
シデンの町は旅人に寛大だった。
異国の服で一同は目立ったがそれについて、指をさすものはいない。
しばらく町の中を歩いたところでスタンが気抜けしたように溜息をついた。
「オレ、冷戦なんていうからもっとひどい目で見られるかと思ってた」
「冷戦って言っても30年前だから……交易くらいは他国ともあるんでしょ?」
「あぁ、寄航許可が半端でなく厳しいがな。オベロン社の船があそこまで近づけたのもそのおかげだ」
チェリクよりもよほど居心地は悪くない。
それでもどこか街は影を落として見えた。
「今のアクアヴェイル大王ってシデン候じゃないんだっけ」
「トウケイ領のティベリウスだ」
他の仲間たちはよほどうといのかリオンと の会話にまばたきをしながら耳を傾けている。他国の情勢など知る機会もなかったスタンなど単語の意味も理解できているか謎である。
「え~と……確か3つの領土からできてるんだよね」
「うん、トウケイ・モリュウ・シデン領。名前はそれぞれ領主の名前だ」
「それで……大王って?」
「……。あのさ、スタン」
「何?」
「私、バカって嫌いなんだけど」
「酷っ!」
確かこの間船の上で話したばかりなのですが。
しかもスタンに質問されて、だ。
私もいい加減興味のないことはさっぱり覚えないけれど、自分から聞いたことを忘れるか?
疲労の抜けない があからさまに不機嫌な顔をしたので今回はリオンがフォローした。
「三つの領土を統括するアクアヴェイルとしての王だ。事実上、他国への采配実権を握っている」
ついでに三回目はないからな、と付け加えた。
「あ、シデン領主が代々なってるとか言う……」
「なんだ、ちゃんと覚えてるんじゃないか」
いらぬ遠回りになお一層顔をしかめる。
何か、……怖いんですけど……?
「で、今は違うの。大王はティベリウスってヤツで──ここシデン領の主はアルツール=シデン候」
「なんでティベリウスがヤツ、でシデン領主は敬称付きなのよ」
明らかに差別的な韻を感じたルーティがつっこんだ。
両者の人格を知っているだけに無意識の発言だった。
「うーん? ……前シデン領主は戦争を停戦に持ち込んだ人だからかな?いわば私たちがここで普通に歩けるのもその人のおかげ」
「へぇ、できた人だったんだ」
「そんなこと知らん。リオンなら知ってる?」
「知るわけないだろう、三十年も前のこと」
まぁシデン家ができた系譜であろうことは理解できた。
スタンにつっかかりながらも は説明を続けた。
「で、モリュウ領が……あ、おばちゃーん、こんにちは! モリュウの領主って……誰でしたっけ? 名前」
本当に名前を覚えてない が聞くと、外で洗濯ものを干していた人のよさそうなおばさんが手を拭きながら寄ってきた。
後で考えたらリオンに聞けば済んだことなのだが(名前までは知らないか?)。
「知らないのかい?」
「シデン領だったら知ってるんですけど。アルツール様とか三人の息子さんとか。確かモリュウの子息はフェイトさんていうんですよね?」
「おや、詳しいじゃないか」
「えぇ、まぁ……」
「でも、今のモリュウ領主はバティスタとか言う男よ。フェイト様はとても良い方なのに、なぜいきなり別の人間を後釜に選ばれたんだか……」
「「「バ、バティスタ!?」」」
おや。
意外なところから話がつながったものである。
はモリュウ領主の名前が本気で思い出せないので聞いただけなのだが。
「おばちゃん! 今、バティスタって言った!?」
「新しいモリュウ領主はたしかその名前だったはずだよ。でも、それが?」
「オレたち、バティスタを追って……ぐはっ!」
ルーティと に裏拳&肘鉄を食らってスタンは黙る(というか黙らせる)。
出遅れたリオンがうずくまったスタンの姿に溜息を送ってから話をまとめようとしている。
「僕たちはこれからモリュウ領に行こうとしていたんだ。そんな話はきいていなかったが……何かあったのか?」
「それがよくわからないんだよ。それから連絡は来ないし。モリュウだけじゃない、トウケイ領からの船もここのところみかけないからねぇ」
顔を見合わせる。何かが起こっているのは明らかだ。
「セインガルドが攻めてきたんじゃないか、って話だよ」
「バカな……!」
「あ、おばちゃん。ありがとうね。じゃあモリュウ領って今は行かない方がいいのかな?」
「行くにも行けないよ。船でしか行き来がないんだから。それにモンスターも増えてきてるから……シデンからも出られない始末さ」
「そっか。じゃあしばらくここに滞在かな。でもシデン領が一番平和でいい町だもんね」
「そうさ。なんたってここはアルツール様の町だからね。あんたたちも安心して滞在するといいよ」
領主がいいから領民も良いんだろう。
が素直に言うとおばさんはとても喜んで見送ってくれた。
「船が出ないって……どうするのよ!?」
「ここじゃオベロン社に頼むわけにも行かないしなぁ」
「ツテがない以上、頭を下げて頼むしかないだろうな」
「モリュウへの抜け道だったら、ないこともないけどね」
「「何だって!?」」
例えだろうが無駄に頭を下げるリオンなんて見たいと思わない。モンスターが出るんじゃ「行きずりの客の為」に好き好んで出航するわけがないし。
どこへ向かうと決めたわけではないが進ませていた歩を止めて、皆は を振返った。
「だけどモンスターが出る。それも飛びきりのヤツにもあいそうだし。船が出るならその方がいい、かな」
再びお互い顔を見あわせる。
まったく状況がつかめないので決めかねるのも当然だ。
結局最後にはリオンに視線が集まった。
「いや、もし船が出たとしても到着した時点でいらぬ騒ぎが起こりかねない。できれば誰にも知られないように渡れるルートがいいだろう」
「じゃあ決定ですわね」
「場所は?」
「シデン南西、山のふもとに洞窟があるはず」
そして、その場所へやってきた一行。
「うっわこんな洞窟があるなんて──」
入り口は小さく、細く。
知っている人間でなければみつけることも難しいかもしれない。岩山の麓にぽっかりと開いた闇へと足を踏み入れると、そこは神秘の空間だった。
「鍾乳洞、ですわね」
「鍾乳洞? ……初めてだな」
「これだけの規模のものはそうないぞ」
マリーだけでなく珍しくリオンも辺りを興味深そうに見回している。
ドームのような岩壁にいくつもの巨大な石柱、無数のテーブル。
長い時間をかけて石灰が流れる水の輪に溶けたのだろう。足元にはウロコのように模様が幾重にも織り成されていた。
「きれい……」
どれほどの闇が広がっているかと思ったが、細い岩の合間を降りきるとところどころから差し込む光が水に煌いていて淡く、ドーム内を浮かび上がらせている。
上方を見上げながら歩いていると腕を引かれる。
「ふらふらするな、足をとられるぞ」
「あぁ、ありがとう」
パシャリとブーツを水でぬらして は視線を落とした。
見事に段を描いているので落ちたらしゃれにならない。見ほれるのも大概にしなければ。
といいつつしっかり目にはやきつけておきたい光景だった。
「ここを抜ければモリュウなのか?」
「そう。ただ広いからね、方向を見失わないようにしないと」
『大丈夫、僕なんとなくわかるよ』
さすが地のソーディアンだ。
どこか嬉しそうにシャルティエが言った。 これほどシャルを頼もしいと思ったことがあるだろうか。
「じゃあ安心して見物しよう」
「そーいう問題じゃないだろう」
「でもこんなに素晴しい場所なのに、皆さんご存じないなんて……」
「いや、知ってるけど使わないんだって」
「え?」
とこれはフィリア。
彼女も神官という名の研究者なので見知らぬ光景に感慨もひとしおといった感じだ。
「満ち潮になると沈むから」
「「「……」」」
「そーいうことは早く言えっ!」
「え? 普通の満潮のことなのかな、季節柄のことかと思ってた」
情報提供者のおじいさんは『この時期は』沈まないとか言ってたし。
いずれ島と島をつなぐ海底に近い洞穴なら早く進むに越したことはない。
「それから──モンスターが出るって……」
「それは問題ないだろ? オレたちならなんとかできるって!」
「ふーん、じゃあがんばってね、スタン」
振り返ってあっけらかんと笑うスタン。
がその進む先を指差すと笑ったままのその顔から血の気がひいた。
「な、なにあれ!?」
「……エイリアン……?」
「オーガスだ、多いぞ」
行く手に赤い塊を複数発見したリオンがシャルティエを抜く。
深度が増しているのか次第に薄暗くなっていく通路の奥でそれはうごめいていた。
「目が退化してほとんど無いみたいだね。相当この鍾乳洞は深いのかな?」
「ここまで何もでなかったのに……」
「つまりここがヤツラの生息区の境界ということだ。ここから先は気を抜くな」
「くくく……いつでも準備はOKだ」
時折バーサーカーのようなマリーさんが頼もしいです。
おせじにも近寄りたくないグロテスクな自然派生モンスターに顔をしかめるフィリア。
「とりあえず一掃しますわ」
言うなり久々に(あの大量の)フィリアボムを空に投げ出し
「イラプション!」
大地に炎を走らせた。
たちまち爆発大炎上。
次の瞬間、相助効果ですさまじい威力が巻き起こっていた。
「新技だな」
「……ていうか酸欠になるからやめて!」
うわぁぁ!
敵は一掃出来てもこれからそこに踏み入らなければならない私たちのことも考えて欲しい。
しかもさっき素晴しい場所とか言ってなかったか!?
真っ先に破壊とは。
「……ごめんなさい……」
うっかり実は腹の底が黒い人かと思ってしまったが単なる一生懸命な天然系の行動だったらしい。ほっとしたような。頼もしさが半減したような。
「今度、地上で役立てようね」
ついでに怒らせたら怖そうだと思いつつ。
熱波が去るのを待って先へ進んだ。
「シャル、わかるか?」
『えぇ、大丈夫です』
「よし、一気に抜けるぞ」
先へ進むほど薄闇がグラデーションを増し見通しが利かなくなる。
やがて、きれいだ、などと言ってもいられなくもなったダンジョンの中でオーガスに注意を払いながら進む。
シャルティエのおかげで進路の心配はせずに敵の気配を探っていけるのが幸いだ。
「シャル、頼もしいっ!」
『いやぁ、お役に立てて光栄だよ。あ、そこ左です。』
言うがままに岐路を左へ折れたリオンの足が、ふいにとまった。
「……。シャル」
『この先なんですよ、すぐだと思います』
「ほかに道は無いのっ!?」
『あるみたいだけどものすごく遠回りだし、オーガスもたくさん倒さないとなんじゃないかなぁ?』
「じゃあ、やるしかないか……」
げっそりと視線を集めるその先には、赤く巨大な物体が鎮座していた。
背中に無数の卵を背負って。
どうみたってオーガスの生みの親である。
妙に発達した足が生えているのがまたボスっぽくて嫌な感じだ。
「明かりを固定しろ」
リオンに言われてこっそりと散開し、できるだけ高い位置に括りつける。
幸い退化しているその目は光の変化には疎いようだった。
その分、他の感覚は鋭いはずだ。細心の注意を払って移動しなければ。
「あっ…と! わぁあ!」
「スタン!」
と組になって岩の上に手を伸ばしかけたスタンがバランスを崩して小さな崖状の段差を落ちた。
ドサリ!
転げ落ちた瞬間にオーガスクイーンの注意が向いた。
「げっ!」
「馬鹿者! 行くぞ!」
注意を促すリオンの声がドーム状の「巣」に響いた次の瞬間。
信じがたいことに巨体が跳躍をした。
「こんな洞窟の中であの進化した足は無駄なんじゃないだろうか……」
「無駄じゃないだろ! もうオレたち追い込まれてるしっ!」
半ば現実逃避とも思える発言をした の前でスタンはディムロスを構えながらそれを見上げる。
『スタン! 晶術は使うな!』
「そんなこといわれてもっ届かないだろ!?」
───グハァァアアアッツ
背中は壁。仲間たちとも完全に隔離されたその目前で、身を震わせると卵が射出される。
「こ、怖いよ! スタン!」
モンスターとか襲われるとか言う前に。
そのホラーな演出はやめろ。
の心配をよそに辺りに散らばった卵はたちまちオーガスの姿になった。
「くそっ! フィリア! 炎系以外の晶術で狙え!」
「はいっ!」
「スタン!もうちょっと持ちこたえなさいよっ!?」
それぞれがわらわらとせまるオーガスの相手で連携がとれない。
スタンはすぐ傍に落ちた卵を孵化する前に切り捨てたが、同時にオーガスクイーンが大きく首を振り上げたことまで気づかなかった。
オーガスクイーンに狙いを定められているスタンと 。
『来るぞ! スタン!』
「くっ」
「スタン! 懐に飛び込むんだよ!」
はマントに隠れていたショートソードを抜いてから、そちらに構えようとするスタンのマントを思い切り引っ張った。
ガァン! 強靭な頭蓋の一撃を食らった岩が陥没する音が響き、土煙が舞う。
派手な破壊音にフィリアが悲鳴を上げた。
「きゃああ! さん! スタンさん!」
真っ青な顔で立ちすくむルーティ。
「早く! バカスタン!」
次の瞬間、そのオーガスクイーンの足元からスタンを引きずるように が現れた。
「あ……」
スタンが持ち直そうとする、その横で飛び掛ってきたオーガスを剣で切り捨てて はスタンと仲間たちの元へ駆けた。
「あんた、いつ剣を使えるようになったの!?」
「僕が教えた。スタンより使えるな」
周りのザコを一掃してリオンとルーティが迎える。
一瞬にして目標を失ったオーガスクイーンは背中を向けたままうろうろと頭を左右に振った。
「リオン!」
「わかってる、シャル」
『任せてください!』
振り返り、再び狙いを定めて跳躍するオーガスクイーン。
「グレイブ!」
その卵を抱く生々しい背中を、鋭角状に天井から突き出ていた巨大な鍾乳石が貫いた。
「行け! スタン!」
「鳳凰天駆!」
無様に腹から落ちた巨体はスタンの一撃をくらって轟音と共に炎上する。
「よし、脱出だ!」
その末路を確認するまでも無く、六人はそろって洞窟の出口へと駆け上がった。
異国の服で一同は目立ったがそれについて、指をさすものはいない。
しばらく町の中を歩いたところでスタンが気抜けしたように溜息をついた。
「オレ、冷戦なんていうからもっとひどい目で見られるかと思ってた」
「冷戦って言っても30年前だから……交易くらいは他国ともあるんでしょ?」
「あぁ、寄航許可が半端でなく厳しいがな。オベロン社の船があそこまで近づけたのもそのおかげだ」
チェリクよりもよほど居心地は悪くない。
それでもどこか街は影を落として見えた。
「今のアクアヴェイル大王ってシデン候じゃないんだっけ」
「トウケイ領のティベリウスだ」
他の仲間たちはよほどうといのかリオンと の会話にまばたきをしながら耳を傾けている。他国の情勢など知る機会もなかったスタンなど単語の意味も理解できているか謎である。
「え~と……確か3つの領土からできてるんだよね」
「うん、トウケイ・モリュウ・シデン領。名前はそれぞれ領主の名前だ」
「それで……大王って?」
「……。あのさ、スタン」
「何?」
「私、バカって嫌いなんだけど」
「酷っ!」
確かこの間船の上で話したばかりなのですが。
しかもスタンに質問されて、だ。
私もいい加減興味のないことはさっぱり覚えないけれど、自分から聞いたことを忘れるか?
疲労の抜けない があからさまに不機嫌な顔をしたので今回はリオンがフォローした。
「三つの領土を統括するアクアヴェイルとしての王だ。事実上、他国への采配実権を握っている」
ついでに三回目はないからな、と付け加えた。
「あ、シデン領主が代々なってるとか言う……」
「なんだ、ちゃんと覚えてるんじゃないか」
いらぬ遠回りになお一層顔をしかめる。
何か、……怖いんですけど……?
「で、今は違うの。大王はティベリウスってヤツで──ここシデン領の主はアルツール=シデン候」
「なんでティベリウスがヤツ、でシデン領主は敬称付きなのよ」
明らかに差別的な韻を感じたルーティがつっこんだ。
両者の人格を知っているだけに無意識の発言だった。
「うーん? ……前シデン領主は戦争を停戦に持ち込んだ人だからかな?いわば私たちがここで普通に歩けるのもその人のおかげ」
「へぇ、できた人だったんだ」
「そんなこと知らん。リオンなら知ってる?」
「知るわけないだろう、三十年も前のこと」
まぁシデン家ができた系譜であろうことは理解できた。
スタンにつっかかりながらも は説明を続けた。
「で、モリュウ領が……あ、おばちゃーん、こんにちは! モリュウの領主って……誰でしたっけ? 名前」
本当に名前を覚えてない が聞くと、外で洗濯ものを干していた人のよさそうなおばさんが手を拭きながら寄ってきた。
後で考えたらリオンに聞けば済んだことなのだが(名前までは知らないか?)。
「知らないのかい?」
「シデン領だったら知ってるんですけど。アルツール様とか三人の息子さんとか。確かモリュウの子息はフェイトさんていうんですよね?」
「おや、詳しいじゃないか」
「えぇ、まぁ……」
「でも、今のモリュウ領主はバティスタとか言う男よ。フェイト様はとても良い方なのに、なぜいきなり別の人間を後釜に選ばれたんだか……」
「「「バ、バティスタ!?」」」
おや。
意外なところから話がつながったものである。
はモリュウ領主の名前が本気で思い出せないので聞いただけなのだが。
「おばちゃん! 今、バティスタって言った!?」
「新しいモリュウ領主はたしかその名前だったはずだよ。でも、それが?」
「オレたち、バティスタを追って……ぐはっ!」
ルーティと に裏拳&肘鉄を食らってスタンは黙る(というか黙らせる)。
出遅れたリオンがうずくまったスタンの姿に溜息を送ってから話をまとめようとしている。
「僕たちはこれからモリュウ領に行こうとしていたんだ。そんな話はきいていなかったが……何かあったのか?」
「それがよくわからないんだよ。それから連絡は来ないし。モリュウだけじゃない、トウケイ領からの船もここのところみかけないからねぇ」
顔を見合わせる。何かが起こっているのは明らかだ。
「セインガルドが攻めてきたんじゃないか、って話だよ」
「バカな……!」
「あ、おばちゃん。ありがとうね。じゃあモリュウ領って今は行かない方がいいのかな?」
「行くにも行けないよ。船でしか行き来がないんだから。それにモンスターも増えてきてるから……シデンからも出られない始末さ」
「そっか。じゃあしばらくここに滞在かな。でもシデン領が一番平和でいい町だもんね」
「そうさ。なんたってここはアルツール様の町だからね。あんたたちも安心して滞在するといいよ」
領主がいいから領民も良いんだろう。
が素直に言うとおばさんはとても喜んで見送ってくれた。
「船が出ないって……どうするのよ!?」
「ここじゃオベロン社に頼むわけにも行かないしなぁ」
「ツテがない以上、頭を下げて頼むしかないだろうな」
「モリュウへの抜け道だったら、ないこともないけどね」
「「何だって!?」」
例えだろうが無駄に頭を下げるリオンなんて見たいと思わない。モンスターが出るんじゃ「行きずりの客の為」に好き好んで出航するわけがないし。
どこへ向かうと決めたわけではないが進ませていた歩を止めて、皆は を振返った。
「だけどモンスターが出る。それも飛びきりのヤツにもあいそうだし。船が出るならその方がいい、かな」
再びお互い顔を見あわせる。
まったく状況がつかめないので決めかねるのも当然だ。
結局最後にはリオンに視線が集まった。
「いや、もし船が出たとしても到着した時点でいらぬ騒ぎが起こりかねない。できれば誰にも知られないように渡れるルートがいいだろう」
「じゃあ決定ですわね」
「場所は?」
「シデン南西、山のふもとに洞窟があるはず」
そして、その場所へやってきた一行。
「うっわこんな洞窟があるなんて──」
入り口は小さく、細く。
知っている人間でなければみつけることも難しいかもしれない。岩山の麓にぽっかりと開いた闇へと足を踏み入れると、そこは神秘の空間だった。
「鍾乳洞、ですわね」
「鍾乳洞? ……初めてだな」
「これだけの規模のものはそうないぞ」
マリーだけでなく珍しくリオンも辺りを興味深そうに見回している。
ドームのような岩壁にいくつもの巨大な石柱、無数のテーブル。
長い時間をかけて石灰が流れる水の輪に溶けたのだろう。足元にはウロコのように模様が幾重にも織り成されていた。
「きれい……」
どれほどの闇が広がっているかと思ったが、細い岩の合間を降りきるとところどころから差し込む光が水に煌いていて淡く、ドーム内を浮かび上がらせている。
上方を見上げながら歩いていると腕を引かれる。
「ふらふらするな、足をとられるぞ」
「あぁ、ありがとう」
パシャリとブーツを水でぬらして は視線を落とした。
見事に段を描いているので落ちたらしゃれにならない。見ほれるのも大概にしなければ。
といいつつしっかり目にはやきつけておきたい光景だった。
「ここを抜ければモリュウなのか?」
「そう。ただ広いからね、方向を見失わないようにしないと」
『大丈夫、僕なんとなくわかるよ』
さすが地のソーディアンだ。
どこか嬉しそうにシャルティエが言った。 これほどシャルを頼もしいと思ったことがあるだろうか。
「じゃあ安心して見物しよう」
「そーいう問題じゃないだろう」
「でもこんなに素晴しい場所なのに、皆さんご存じないなんて……」
「いや、知ってるけど使わないんだって」
「え?」
とこれはフィリア。
彼女も神官という名の研究者なので見知らぬ光景に感慨もひとしおといった感じだ。
「満ち潮になると沈むから」
「「「……」」」
「そーいうことは早く言えっ!」
「え? 普通の満潮のことなのかな、季節柄のことかと思ってた」
情報提供者のおじいさんは『この時期は』沈まないとか言ってたし。
いずれ島と島をつなぐ海底に近い洞穴なら早く進むに越したことはない。
「それから──モンスターが出るって……」
「それは問題ないだろ? オレたちならなんとかできるって!」
「ふーん、じゃあがんばってね、スタン」
振り返ってあっけらかんと笑うスタン。
がその進む先を指差すと笑ったままのその顔から血の気がひいた。
「な、なにあれ!?」
「……エイリアン……?」
「オーガスだ、多いぞ」
行く手に赤い塊を複数発見したリオンがシャルティエを抜く。
深度が増しているのか次第に薄暗くなっていく通路の奥でそれはうごめいていた。
「目が退化してほとんど無いみたいだね。相当この鍾乳洞は深いのかな?」
「ここまで何もでなかったのに……」
「つまりここがヤツラの生息区の境界ということだ。ここから先は気を抜くな」
「くくく……いつでも準備はOKだ」
時折バーサーカーのようなマリーさんが頼もしいです。
おせじにも近寄りたくないグロテスクな自然派生モンスターに顔をしかめるフィリア。
「とりあえず一掃しますわ」
言うなり久々に(あの大量の)フィリアボムを空に投げ出し
「イラプション!」
大地に炎を走らせた。
たちまち爆発大炎上。
次の瞬間、相助効果ですさまじい威力が巻き起こっていた。
「新技だな」
「……ていうか酸欠になるからやめて!」
うわぁぁ!
敵は一掃出来てもこれからそこに踏み入らなければならない私たちのことも考えて欲しい。
しかもさっき素晴しい場所とか言ってなかったか!?
真っ先に破壊とは。
「……ごめんなさい……」
うっかり実は腹の底が黒い人かと思ってしまったが単なる一生懸命な天然系の行動だったらしい。ほっとしたような。頼もしさが半減したような。
「今度、地上で役立てようね」
ついでに怒らせたら怖そうだと思いつつ。
熱波が去るのを待って先へ進んだ。
「シャル、わかるか?」
『えぇ、大丈夫です』
「よし、一気に抜けるぞ」
先へ進むほど薄闇がグラデーションを増し見通しが利かなくなる。
やがて、きれいだ、などと言ってもいられなくもなったダンジョンの中でオーガスに注意を払いながら進む。
シャルティエのおかげで進路の心配はせずに敵の気配を探っていけるのが幸いだ。
「シャル、頼もしいっ!」
『いやぁ、お役に立てて光栄だよ。あ、そこ左です。』
言うがままに岐路を左へ折れたリオンの足が、ふいにとまった。
「……。シャル」
『この先なんですよ、すぐだと思います』
「ほかに道は無いのっ!?」
『あるみたいだけどものすごく遠回りだし、オーガスもたくさん倒さないとなんじゃないかなぁ?』
「じゃあ、やるしかないか……」
げっそりと視線を集めるその先には、赤く巨大な物体が鎮座していた。
背中に無数の卵を背負って。
どうみたってオーガスの生みの親である。
妙に発達した足が生えているのがまたボスっぽくて嫌な感じだ。
「明かりを固定しろ」
リオンに言われてこっそりと散開し、できるだけ高い位置に括りつける。
幸い退化しているその目は光の変化には疎いようだった。
その分、他の感覚は鋭いはずだ。細心の注意を払って移動しなければ。
「あっ…と! わぁあ!」
「スタン!」
と組になって岩の上に手を伸ばしかけたスタンがバランスを崩して小さな崖状の段差を落ちた。
ドサリ!
転げ落ちた瞬間にオーガスクイーンの注意が向いた。
「げっ!」
「馬鹿者! 行くぞ!」
注意を促すリオンの声がドーム状の「巣」に響いた次の瞬間。
信じがたいことに巨体が跳躍をした。
「こんな洞窟の中であの進化した足は無駄なんじゃないだろうか……」
「無駄じゃないだろ! もうオレたち追い込まれてるしっ!」
半ば現実逃避とも思える発言をした の前でスタンはディムロスを構えながらそれを見上げる。
『スタン! 晶術は使うな!』
「そんなこといわれてもっ届かないだろ!?」
───グハァァアアアッツ
背中は壁。仲間たちとも完全に隔離されたその目前で、身を震わせると卵が射出される。
「こ、怖いよ! スタン!」
モンスターとか襲われるとか言う前に。
そのホラーな演出はやめろ。
の心配をよそに辺りに散らばった卵はたちまちオーガスの姿になった。
「くそっ! フィリア! 炎系以外の晶術で狙え!」
「はいっ!」
「スタン!もうちょっと持ちこたえなさいよっ!?」
それぞれがわらわらとせまるオーガスの相手で連携がとれない。
スタンはすぐ傍に落ちた卵を孵化する前に切り捨てたが、同時にオーガスクイーンが大きく首を振り上げたことまで気づかなかった。
オーガスクイーンに狙いを定められているスタンと 。
『来るぞ! スタン!』
「くっ」
「スタン! 懐に飛び込むんだよ!」
はマントに隠れていたショートソードを抜いてから、そちらに構えようとするスタンのマントを思い切り引っ張った。
ガァン! 強靭な頭蓋の一撃を食らった岩が陥没する音が響き、土煙が舞う。
派手な破壊音にフィリアが悲鳴を上げた。
「きゃああ! さん! スタンさん!」
真っ青な顔で立ちすくむルーティ。
「早く! バカスタン!」
次の瞬間、そのオーガスクイーンの足元からスタンを引きずるように が現れた。
「あ……」
スタンが持ち直そうとする、その横で飛び掛ってきたオーガスを剣で切り捨てて はスタンと仲間たちの元へ駆けた。
「あんた、いつ剣を使えるようになったの!?」
「僕が教えた。スタンより使えるな」
周りのザコを一掃してリオンとルーティが迎える。
一瞬にして目標を失ったオーガスクイーンは背中を向けたままうろうろと頭を左右に振った。
「リオン!」
「わかってる、シャル」
『任せてください!』
振り返り、再び狙いを定めて跳躍するオーガスクイーン。
「グレイブ!」
その卵を抱く生々しい背中を、鋭角状に天井から突き出ていた巨大な鍾乳石が貫いた。
「行け! スタン!」
「鳳凰天駆!」
無様に腹から落ちた巨体はスタンの一撃をくらって轟音と共に炎上する。
「よし、脱出だ!」
その末路を確認するまでも無く、六人はそろって洞窟の出口へと駆け上がった。
地上に出るとスタンは思い切り怒られた。
リオンからはバカ呼ばわりされルーティからはドジ呼ばわりされ挙句「使えない」と来たものだ。
まがりなりにも洞窟の主に止めを刺したのは彼であるが、そもそも混戦の危機を招いたのは彼自身なのだからしょうがないといえばしょうがない。
何より、接近戦ができないはずの を巻き込んだことが気に入らないらしい人が約一名。
誰とは言わないが。
しかも逆に に助けられたのだ。ただでさえ彼の株は著しく下がっていた。
「そんなこと言われたって…… だってあの時、銃を使わなかったじゃないか?」
使えばよかったのに、という最もなご意見も
「弾は有限、入っていたのは散弾。単弾でもアレが相手じゃ意味は無い」
「責任転換までするとは、呆れてものも言えんな」
リオンのダメ押しつきで一蹴された。
「まぁ、全員無事に抜けられたのですから、良しとしたらどうでしょう?」
「全員存続の危機になるところだったがな」
根に持つリオンに小さくなるスタン。
確かに気持ちもわかる。あんなグロテスクなシーンに遭遇した挙句に戦列最悪だったのだから。
「帰りは通りたくないな……」
「その必要は無いだろう。僕らは任務をこなすだけだ」
『えぇ、反応でましたよ。今はモリュウの町の奥で間違いないです』
シャルティエが東の方を見る気配。
リオンにつられて見ると意外に近くに町が見えた。
リオンからはバカ呼ばわりされルーティからはドジ呼ばわりされ挙句「使えない」と来たものだ。
まがりなりにも洞窟の主に止めを刺したのは彼であるが、そもそも混戦の危機を招いたのは彼自身なのだからしょうがないといえばしょうがない。
何より、接近戦ができないはずの を巻き込んだことが気に入らないらしい人が約一名。
誰とは言わないが。
しかも逆に に助けられたのだ。ただでさえ彼の株は著しく下がっていた。
「そんなこと言われたって…… だってあの時、銃を使わなかったじゃないか?」
使えばよかったのに、という最もなご意見も
「弾は有限、入っていたのは散弾。単弾でもアレが相手じゃ意味は無い」
「責任転換までするとは、呆れてものも言えんな」
リオンのダメ押しつきで一蹴された。
「まぁ、全員無事に抜けられたのですから、良しとしたらどうでしょう?」
「全員存続の危機になるところだったがな」
根に持つリオンに小さくなるスタン。
確かに気持ちもわかる。あんなグロテスクなシーンに遭遇した挙句に戦列最悪だったのだから。
「帰りは通りたくないな……」
「その必要は無いだろう。僕らは任務をこなすだけだ」
『えぇ、反応でましたよ。今はモリュウの町の奥で間違いないです』
シャルティエが東の方を見る気配。
リオンにつられて見ると意外に近くに町が見えた。
「なんだか、嫌な雰囲気ね」
シデンと異なり町全体が重苦しい空気に包まれているようだ。
町人はどこかおびえたようであり、物々しい警備がうろついている。
「このカッコ……まずかったかな」
シデンでは単なる異国からの旅人扱いであったが、事を起こせばすぐにでも目をつけられそうだった。
「いっそ、捕まって城にでも投獄されてみるか?」
「冗談じゃないわよ!」
冗談というか皮肉以外の何者でもないと思うのだが。
捕まってダイルシェイドへ護送されて初めて城内に入ったはずのルーティたちは気づいていない。
「とにかく情報を集めよう」
ふぅ、と溜息とともに は歩き出す。ふと、先へ進んだ足を止めて
「あ、別れた方がいいかな? じゃあ一時間後にさっき通った広場で~」
一人で去っていった。
「って呆気にとられて見送ってる場合じゃないのよ! 一人で行かせてよかったの!?」
「誰のせいだと思ってるんだ! お前こそたまには役立って見ようとしてみろ!」
「あれ、役立とうとしてやってるわけじゃないよなぁ?」
「まぁいいじゃないか。 なら大丈夫だろう」
むしろお前らの方が問題だ。
が聞いていたならそう思ったに違いない。
にぎやかな一行は嫌が応にも注目を集めてやまなかった。
は見ていた。
街角で子供にぶつかられたごろつきのような兵士が、許しを請う母親を蹴りつけたのを。
「母に免じて公開処刑にしてやる!」
なとど訳のわからない免じ方をしている姿を。
その後ろから魔人剣をいきなり繰り出したスタンの勇姿を。
……。
背後から一般兵に向かって魔人剣てどうなのよ。
しかし、うごぁ! と悲鳴を上げた割にあっさり起き上がったごろつき兵士の姿を見てすべてがでたらめだな、と悟ったのも確かだった。
「何面倒なことに巻き込まれてんのよ!」
「だって、ほっとけないだろう!?」
ほかに方法があるだろう。力に物を言わせる前に口を出しなさい。
他人のふりをして遠めに見ている 。
『えぇい! バカものが! ちょっとは物を考えろ!』
「逃げるぞ!」
と、仲間たちは思いっきり の前も通り過ぎていったのだが全く気づいていなかった。
すっかり傍観者な気分に陥りつつ、てってとその後を追う 。
「巻いたか!?」
「ダメだ! 相手に地の利がありすぎる!」
まぁ私も追いつけるくらいだから。
道反対の家の影から聞こえてくる声にどうしようかと思案に暮れる。
合流してもいいけど……しても一緒に逃げることになるだけで。
様子をみることにしようか。
「へい、お前さんたち」
「!」
すっかり忘れていたが、出た。
というか、実際現実として行動していると何がいつ起こるかまでイベントのタイミングが図れないものなのだが。
「この先にボート乗り場がある、そこに隠れてな」
金の髪の、およそアクアヴェイルには似つかわしくない派手な洋装。ジョニーだった。
「見ず知らずのヤツなど信用できない」
「そんなこと言ってもリオン……っ来た!?」
舌打ちするような気配があって、いなくなったようだった。
直後、バタバタと重い足音が先ほど声のしていたあたりで止まる。
ひょい、と が覗くと広場のような階段の上のスペースでジョニーと三人の兵士が向き合っていた。
「おいお前!」
「ん? オレのことかい?」
「今、怪しいヤツがここを通らなかったか!?」
長身の美貌に似合うんだか似合わないんだかよくわからない真っ赤でド派手な服装に、長ーい鳥の飾羽のついた帽子にマンドリン。
モリュウでもシデンでもお目にかかれないその姿には疑問は抱かないのか?
「知らないねぇ」
「隠すとためにならないぞ」
「お? そんなにオレの話を聞きたいのかい? ではまず自己紹介から~」
ビン、とジョニーはマンドリンをはじいた。
「オレは人呼んで蒼天の稲妻、ジョニー!
ジョニーのジは~ブルジョアのジ~
ジョニーのヨは~ヨーグルトのヨ~
ジョニーのニは~……」
「な、なんだこいつは……」
「怪しすぎるぞ!」
ほら、いくらなんでも現実とゲームは違うんだって!
階段の下から激しく動揺の気配が漂ってくる。
こんなピンチは嫌だ!
きっとみんなそう思っているに違いない。
もしくは、だから任せるのは嫌だったんだ! とか。
「病院送りか牢獄送り! 素直にしゃべらねば選んでもらうぞ!」
「そりゃないぜ~♪」
が知っている展開よりひどいものだ。
現実は厳しい。
今しも強制連行させられそうなその姿に はマントで洋装を見えないように覆って後ろから声をかけた。
「そこの兵士のお兄さん!」
「…!?」
「あっちに見慣れない集団が走って行きましたけど、あれは!?」
「本当か! おい……」
「お前も命拾いしたな。行くぞ!」
兵士たちは顔を見合わせて建物の向こうへ消えていった。
「……ふぅ~助かったぜぇ」
あんたが誰かを助ける予定じゃなかったのか。
「お嬢さん、ありがとな。おい、もう出てきていいぜ!」
「出てきていいぜじゃないだろう!」
お前が助けられてどうする!
ジョニーのさわやかな呼び声を聞くより前に、 の声を聞きつけていたリオンがつっこんだ。
「 、よくオレたちが追われてるってわかったね」
そりゃあれだけ騒げばさ。
スタンに目立っていた自覚は無いらしい。
「おやおやぁ~ん? お前さんたち知り合いだったのかい」
「あぁ。僕らの連れだ」
単独行動もたまには役立つものだな。
感心したような呆れだかわからない視線を送られる。
「 、っていうんだ。よろしく」
「ちょっと待て。よろしくしてどうする」
「え? どうするって……」
「お前さん方おもしろい取り合わせだな。セインガルドの剣士あり、ストレイライズの神官あり、美人のお姉さんあり」
「……!」
「いわく取り合わせがバラバラだ」
リオンの表情に緊張が走った。
ジョニーはにっこりと笑って次の言葉を待っている。
あ、この間(ま)、知ってる。
どこかでデジャブを覚える 。
実は がはじめて同行許可をもらったときに使われたものと似ていることまでは気づかなかった。「まずは興味を引く」方法。利口な人間ならまず、のってくる。
いや、のらざるを得ない、というべきか。
「お前、ずいぶんと詳しいな。何者だ」
「俺か? 俺はジョニー」
「それはさっき聞いた」
あの下手な口上はもちろんスタンたち全員の耳に届いていた。
おそらく何があっても一生忘れないだろう。
『ニ』は一体なんだったのか気になりつつも。
「気ままな吟遊詩人さ。ところでお前たち、バティスタを追ってきたんじゃないのか?」
「!」
「ど、どうしてそれを……!」
シデンでも同じことをやらかしたスタンを今度は誰も口止めすることは出来なかった。
にんまり「やっぱりそうか」と笑みを浮かべるジョニー。
ますますリオンの表情が鋭くなる。
久しぶりに見た。真っ向、人を疑う顔だ。
そうでなくとも本来は四面楚歌であるのだからこの場合は無理も無い。
「あんたって何でバカ正直に……」
「ごめん」
「まぁまぁそれならそれで、実は相談があるんだが」
「相談?」
スタンはのんきなものだ。一度反省したにもかかわらず、ジョニーにまた同じ調子で聞き返した。
「俺の親友がヤツに捕らえられている。そいつを助けるのに協力して欲しいんだ。どうだ? 手を組まないか?」
「えぇ、一緒に行きましょう」
早!
嬉しそうに笑ったスタンに思わず心の中で突っ込んだ。
それ以前に、いつからお前は全権委任されていると?
もちろん仲間たちも聞く逃すわけが無い。
「ちょっとスタン!」
「おい、勝手に決めるな」
「だって仲間は多い方がいいじゃないか」
「そうですわ」
天然ナイスコンビの様子にリオンの表情が呆れたものに変わった。
盛大な溜息をついてから何とかとりなおす。
「だからといってそんな素性も知れないやつを仲間にするわけには」
「さっき助けてもらったのに……恩人だろ!」
「誰が誰に助けてもらったって?」
「おやおや、手厳しいねぇ~?」
ははーん、と他人事のようにジョニーは両手を挙げておどけた。
それでも助けようとする意思があったことは認めたのかジョニーを見るリオンの視線から刺々しさは失せて見えた。
呆れ。
スタンと(カッコ)で括ってひとまとめで見ているような感じとでもいうのだろうか。
「正体不明じゃやっぱダメかね?」
「当たり前だろう」
「リオン、私も得体が知れないんだからね? 忘れたわけじゃないよね」
「……」
「早く先に進まないと」
「……わかった。だがバティスタを倒すのが先だ。人質の救出はその後にしてもらう」
のセリフに折れてからまっすぐに向き直るリオンに、ジョニーはほっとしたような笑みを返した。
「あぁ、かまわんさ。無理を言ってすまんな」
道化た色を消したまじめな顔。少し意外そうにリオンはそれを見る。
それからまたぱっと表情を変えてジョニーは を振り返った。
「ありがとよ、お嬢さん」
「ジョニーさん」
「ジョニーでいいぜ」
「じゃあ、ジョニー。それで、あなたは私たちに何の手をもたらしてくれるって?」
手を組む、というからにはジョニーの方にもそれなりの準備がされているはずだ。
私たちが手数と戦力を提供するならジョニーはその手段を。
まったく忙しいことにさっそく本題に入ったことを理解して目つきがころころと道化と本心の間を行き来する。
路線が決まったのか、調子に乗った様子で左手にある店を指差した。
「もちろんよ! まずあそこに入ってからだ。お前さんたちの準備がよければいつでも城に侵入できるぜ!」
「すぐにでいい。知っていることを説明しろ」
ボート屋の看板がかかった店先を見ながらリオンが促した。
黄昏が陰影の境界を曖昧にする。
夕闇に紛れてジョニーたちは町を走る水路を使って、小船を城へ向かわせた。
鍵爪のあるロープを上方に向けて投げる。
吟遊詩人らしくない身のこなしでしっかりとロープがかかったことを確認してジョニーは先に上った。
「どうぞお気をつけて!」
船頭の声を背にリオン、スタンと続く。フィリアが最後に上りきると一同を見渡してジョニーは頷いた。
「ここは?」
「モリュウの城の東棟だ。入っちまえばこっちのもんよ♪」
「しっかし……高いね」
これから奥へ向かおうというのに今来た方を眺めて が言う。
町並みを一望できる。
風がひゅおぉお~と吹き上がってきた。さながら絶壁の上に居るようだ。
「わたくし……帰りは降りられる自信がありませんわ」
「バティスタを制して正門から出れば済むことだ」
「ちょっと待ち!」
先へ進もうとする一行を不意に呼び止めるジョニー。
とある部屋の扉の前で、シッと人差し指を添えて様子を伺うそぶりを見せた。
ガチャリ、ドアノブを回すが開かない。仲間たちの怪訝な視線。
「誰か居るの?」
「あぁ、……おい!」
ルーティの質問に短く答えてドアを控えめに叩く。ジョニーが声を掛けるとガタガタっと慌しい気配に続いて扉の向こうから声がした
「誰かいるんですかっ?」
「! リアーナ!? リアーナなのか!」
「その声…ジョニー!?」
部屋の主が誰か確認するとジョニーが血相を変えた。
若い女の声がジョニーを呼び返す。
「知り合いなのか?」
「あぁ、次期領主モリュウ=フェイトの奥方、リアーナさ」
くそ、開かない!
カギのかかった思い扉は押してもひいてもびくともしない。
苛立った表情のジョニーの手元にふいに は銃口を押し付けた。
「!?」
「手、どけて。リアーナさんもできるだけ左右の壁際に寄って下さい」
ガウン!
ノブの首筋に一発撃ちこむと扉が揺れる。
左手をかけ回そうとすると、ひっこぬけた。
「……。回せない」
「バカか。なんでもいいから開けろ」
ドアノブが無い扉を前に本気で一瞬顔をしかめた とリオンが一見間抜けたやりとりをするその横で、ジョニーが勢いよく扉を押した。
「リアーナ!」
そして、駆け込む。
スタンやルーティたちも部屋を覗き込んだ。
「あぁ……ジョニー!」
「リアーナ、一体どうしたんだ」
「バティスタが……あの男が来てお義父さまを……」
そのままリアーナは顔を両手で覆ってしまう。
何があったのかは明白だった。
場所を譲って一番後ろに下がった はその様子を見ながら右肩を左手で抱き込んだ。
その顔がわずかに顰められていた。
「どうした」
「いや、何でも」
「その手は何だ」
そのすぐ前に居たリオンが気づいて、肩に添えられている手を指摘する。
「だから何でも」
「ウソをつくな」
あからさまにつっこまれると逆に身動きがとれなくなる。
溜息と共に は胸中を告白した。
「……ちょっと痛いかな、と」
「え? 何どうしたの」
スタンが聞きつけて振り返る。
「お前のちょっとはアテにならん。おい、ルーティ」
「何よ」
今度はルーティがいきなり横柄に呼ばれてけんか腰に。
「 にファーストエイドをかけろ」
「えっ? 何どうしたの」
「なんでもないって! 大げさにしなくていい」
一喝しても聞いてない。
リオンはとっととジョニーとリアーナの様子を伺いに行ってしまった。
「 ?」
「とりあえずあっちの話を聞こう」
久々の再開を深刻な様子で語り合うリアーナとジョニー。
かぶりを振って促すと訳のわからないといった様子のスタンとルーティは素直にそれに従った。
「お願い、フェイトを……あの人を助けて!」
「わかってる。そのためにここまできたんだ。お前さんは心配せずに大人しく待ってな」
……。
「……ごめん。私のせいでさっぱり話が中途半端だわ」
『後できけばいいんじゃない?』
仲間たちの最後尾でそんな会話が繰り出されていることを、まじめに話を聞いていたフィリアたちが知る由はない。
「それで、さっきのは一体何だったの?」
「感動のシーンを見逃したのかい? オレの親友はここの次期領主で、オレはモリュウのピンチを見過ごすってなことはできずに───」
「そんなことは、わかったわよ。そうじゃなくて にファーストエイドかけろって、何があったのよ」
ばっさりジョニーのセリフを切って捨てたルーティの視線はリオンに。
「何があったんだ」
リオンの視線は に流れた。
「……あんたね……」
「肩がちょっと痛くて。でももう治ったから」
「回復させなかったのか?」
と今度はルーティに視線が戻る。
「だって、 てばごまかすんだもん」
ちょっと口を尖らせて反論する。
別にごまかしたつもりはない、というか……。
「大げさだって。変な角度で銃使ったから肩にキただけ」
「えっアレってそんなに反動があるの!?」
「そうだねぇ、オリジナルはブローバック(自動装填)の衝撃で肩がはずれることがあるって話だよ」
こともなさげに話す に「え……?」という疑惑交じりの疑問符が返ってくる。
「誰でも使えるんじゃなかったっけ……?」
「大きな力を扱うにはそれなりの反動がある、か。道理だな」
「だからオリジナルは、だってば」
とはいえそれなりの威力があるので下手に使うと肩が重くなる感覚は否めない。
「意外と使えないんだな……」
グサリ。
スタンの他意もない発言が突き刺さった。
使えない、ではなく使いづらい、の意味であることはわかるが。
なんとなくスタンを殴ってやりたい気分に駆られて はこぶしを握った。
「いいから乱用するな。ここからは剣を使っていけ」
「わかった」
弾の補充が出来ないのだから元よりそのつもりだ。
もう一歩で振り上げそうになった手を下ろしてリオンの言葉に は素直に従うことにした。
「あぁ、ダメだ。ここから先は…ドアをなんとかしないと」
先導していたジョニーがひときわ大きな扉の前で足を止めた。
ドアと言うより壁である。鍵穴はなく通路をふさぐようにそれは立ちふさがっていた。
「くそっ」
苛立った様子でジョニーが毒づく。
一刻も早くバティスタを制しなければならないと言うのに。
それはリオンたちにとっても同じであった。
一瞬、堅固な扉に「どうする?」と伺いあう気配が流れた。
「さっきから城内を流れている水力で電磁ロックかかってるんでしょ。ジョニー、水流の制御室は?」
「すまん、わからん」
「だったら水流をたどっていけばいいだろう」
最もだ。
その前にスタンが水車を力の限りぶちこわす、という案を出したが、余計な騒ぎを引き起こすことは目に見えているので却下された。
「この奥みたいだな」
ほどなくして水流が壁の向こうへ潜り込む。その隣にある扉を開けるとこじんまりとした部屋があった。
その奥にももうひとつ扉。
「うん? ここ、防音されてるぞ?」
「こんなに小さい部屋なのに? なんで」
ジョニーが違和感に気づいて呟くとルーティがきょろりとあたりを見回す。
理由はすぐにわかった。
「どーしてこんなところにオルガンがあるかな……」
呆れ、訝しみ、様々な表情でみつめる中、ジョニーだけは好奇のまなざしでそれに近寄った。
足取りも軽やかに椅子に座ると、どれどれ、と鍵盤に手を走らせようとする。
「そんなもの弾いてる場合か」
「まぁまぁ、防音なんだから大丈夫だよ」
の悠長な物言いにリオンが反論しようとしたが、既に遅い。
ジョニーのオリジナル炸裂なBGMが流れた。
「「「えっ??」」」
そのト短調っぷりな音階に複雑な顔をするより前に、奥のドアが開いて振り返る一同。
だけがくすりと笑みを漏らしたことには気づかない。
思わず手を止めたジョニーの視線の先では再び扉は閉まっていた。
「……」
無言でもう一度、演奏。
扉、開く。
「ふんふん、そういうことですかい」
「この城って……変よね」
どうにも異文化とか言う以上の理解を超えるしかけにルーティは思わず眉を寄せた。
「いいじゃないか、これで先へ進めるんだし」
「そういうことならオレはここへ残って演奏しててやるよ」
「それで? 僕たちは閉じ込められるわけか」
スタンの前向きな肯定の後に、リオンの否定を含んだ言葉が続く。
もちろんその目標はそれぞれ違ってはいたが。
ジョニーのおどけた様子にリオンは真っ向から目を合わせた。
「信用ないねぇ」
「当たり前だ。お前は敵陣で会った得体の知れない奴に背中を任せられるのか?」
「時と場合によるかな」
と相変わらずどこふく風ながらもリオンの言うこともわからないでもないのかジョニーは自分から折れた。
「見張りをつけてくれてかまわないぜ、早いとこ行ってきてくれよ」
「いいだろう」
「あ、じゃあ私が残るよ」
、挙手。
唐突な自推にリオンはやや渋い顔をしたが断る理由も見当たらずやがて とジョニーは二人きりになった。
「ジョニーって歌は下手だけど演奏はうまいんだね」
大変独創性の在る曲でありますが。
即興で奏でているらしいその指先を見ながら は感心した。
「そりゃないだろよ、ベイビー」
その呼び方はやめて欲しいと思いつつ。
「お前さん、リオンに随分信用されてるんだな」
「なんで? ……と、いうかどこが」
唐突に聞かれて は思い切り首をひねった。
ジョニーの手元は相変わらず陽気な曲を奏でている。
「自分で言ってただろう? 私も得体の知れないヤツだ、ってな?」
「それは経験の問題だね。ジョニーだって十日も一緒にいれば受け入れられると思うよ。それなりに」
そうかねぇと苦笑をもらす。
そういえばここに来るまでにはある意味大変な苦労だった、と は振り返る。
旅云々じゃなくてお互いに慣れるのが。
しばし沈黙が続く。
は演奏に邪魔にならない場所に立ってジョニーの整った横顔をぼんやりとみつめていた。
道化ていてもジョニーも心の中に重いものを抱えていることを知っている。
彼の場合、無関心・拒絶・沈黙といった方法は用いないがその代わりにはぐらかす。
深入りせず、踏み込ませず、遠ざけ、そして自分の中で決めた道を人知れず進む。
彼はある意味、リオンと似ている。
ふいに は疑問を投げかけた。
「ねぇ、『誰にも言わずに何かをやりきる』ってどんな感じ?」
「どういう意味だ?」
思わずジョニーの演奏の手が止まる。
ドアが閉まりかけるのに気付き慌てて再び鍵盤をたたき出した。
吟遊詩人である故だろうか。表情には出ないが奏でる曲調に変わって聞こえた。
その音色に隠されるのは疑念?
それとも警戒、だろうか。
「別に。単なる思いつき」
「そうさなぁ……オレはそんな思いをしたことが無いからわからないね♪」
一転して道化るジョニー。
しかし再び軽快に動くその手元を見ながら。
「嘘つきめ」
思わず漏れた の言葉に今度こそジョニーの手はとまった。
しまった、と思っても遅い。
だから正直に は続けた。
「私は貴方を知っている。ジョニー=シデン。でもそれを追求する気は無いから」
「じゃあなぜ聞く?」
「どうしてだろうね、さっきも言ったように思いつきでただ聞きたかっただけ。リオンも私も、多分似たようなものだから」
肩をすくめた の言葉にジョニーは指だけで鍵盤を押下する。
まるで小さな子供が悪戯をしているようにぎこちなくたどたどしく。
それは曲ではなくただの音だった。
「オレには親友(ダチ)がいる。だから……いつもどこかで後ろは安心だと思っているのかもな?」
自問するようにジョニー。
確かに彼の友人フェイト=モリュウはジョニーの気持ちも知っている。
ジョニーが心に影を落とす、エレノアの事件も。
彼らには共有する記憶がある。
でも、きっとその痛みは同じじゃない。
ジョニーははじめて道化の仮面を落として
に苦笑を向けた。
ふ、と の頬もわずかに緩む。
「ジョニー、ちょっと弾かせてもらっていい?」
「おや? 弾けるのかい?」
「独学だけどね、少しだけ」
その顔を正面からみつめたら、ふいに知っている曲を奏でたくなってしまった。
予想外の申し出に元通りにぱっと笑みを明るくしてジョニーは大げさに席を大げさに席を譲ってくれた。
はイスに座ると鍵盤に指を走らせた。
それは切なく、儚い旋律。
オルガンというよりピアノで弾かれるべき曲だろう。それでも雰囲気は十分に伝わってきた。奏でるその細い指先を見ながらジョニーの瞳が寂しそうな笑みを含んで細められた。
弾き語りの曲なのか、呟くように の口から小さく言葉がもれる。
ふ、と の頬もわずかに緩む。
「ジョニー、ちょっと弾かせてもらっていい?」
「おや? 弾けるのかい?」
「独学だけどね、少しだけ」
その顔を正面からみつめたら、ふいに知っている曲を奏でたくなってしまった。
予想外の申し出に元通りにぱっと笑みを明るくしてジョニーは大げさに席を大げさに席を譲ってくれた。
はイスに座ると鍵盤に指を走らせた。
それは切なく、儚い旋律。
オルガンというよりピアノで弾かれるべき曲だろう。それでも雰囲気は十分に伝わってきた。奏でるその細い指先を見ながらジョニーの瞳が寂しそうな笑みを含んで細められた。
弾き語りの曲なのか、呟くように の口から小さく言葉がもれる。
星空が朝に溶けて消えていく
やがてめぐり来る時の環から逃れるように
光は空を覆い人々は希望とともに見上げるだろう
それでも僕は闇でいい
強すぎるその光から月を守る夜でいい
強すぎるその光から月を守る夜でいい
例え行く先を失くしても
想いは果てることもなく
歩んでいける
想いは果てることもなく
歩んでいける
君とならどんな明日が来ても怖くない
ただ信じてる、真実もウソも語られず
その心が向き合えるなら
ただそれだけで──
その心が向き合えるなら
ただそれだけで──
歌はそこで途切えるが曲は続いている。
切々と。
透明な想いで満たす淡い旋律の中、ジョニーはオルガンに背中を預け空を見上げた。
ここからは決してみることの無い、遠い日の空を。
水流を断って戻ってきたスタンたちは聞こえてきた淡い旋律に思わず足をとめた。
「あれ? 曲が変わってるね」
「ジョニーってば歌は何だけど演奏はうまいのね!」
さりげに と同じ感想を述べるルーティ。
フィリアがどこか苦しそうな表情を浮かべて胸の前で手を組んだ。
「でも、とても切ない曲ですわ」
「こんなところで立ち止まってどうする。行くぞ」
リオンが思い出したように急かすと遅れて仲間たちが続く。
扉をくぐったところでリオンの足は再びとまった。
その曲を奏でていたのが だということを知ったから。
「ごめんジョニー! 結局私が弾きっぱなしちゃったよ」
「いやいや曲は奏でるだけでなく聴くのもいいものさ。いい時間を過ごせたぜ」
ありがとよ。
仲間たちが戻ってきたことに気付いて は慌てて席を離れる。
すっかりジョニーが奏でていると思っていたので思わず呆然と見上げるスタンたち。
ほんの少しのつもりがそれほど長く弾いていたのだろうか?
「今の がひいてたの!?」
「考えてみればあいつがあんな繊細な曲を奏でるとは思えんな」
「そりゃ手厳しくないかい」
あまり突っ込んで欲しくない。
はジョニーに情けない顔を向けられているリオンのマントをひっぱって無言で先を促した。
こんなところで和んでいるヒマはないのだ。
城内の発電が落ちれば嫌でも敵は気付いてやってくる。
「独学とはいえ、見事なもんだ。素質があるんじゃないのか?」
「興味のある曲しか覚えないからレパートリーは少ないよ」
「で、お好みはやっぱりさっきのような切ない系かい」
「いいや、ハイテンションなバトル系!」
言うなり現われたモンスターにむかって剣を抜き放つ。
駆けながら一閃させるとそのしなやかな動きにジョニーがひゅ~♪と感嘆のリアクションをもらした。
「リオン仕込みは伊達じゃないよ?」
「無駄口叩くな」
力よりスピード重視の指南を受けている。
ちょっとでも手を抜けば容赦なく怒られるので上達も早いものだ。
おかげで難なく実践参加にふみきれた。
は直情につっこんでいくスタンの背中をみながら、やっぱり教えを受けるならリオンで正解だった、などと感慨深く思う。
その片手間にモンスターを切り捨てるとリオンが叱責した。
「気を散らすな! お前は下がってろ!」
「はいはい」
気のない返事にリオンの顔が歪む。
余裕がると言うのはこれほど違うものなのだろうか。
でしゃばるのも何なので後方支援に徹することにした。
そして、ジョニーに導かれるまま、たどり着く。
そこはアクアヴェイル国モリュウ領の王の間であった。