--2nd.羅針盤--
空は青いし、天気はいいし。
足元に広がる柔らかな草原の感触は心地いい。
気が付けば上機嫌である。
「あ、リオン」
「なんだ」
「泉発見」
小さな川をみつけて下流へ沿っていくと、森の中にうずもれるように泉が見えた。
ふと空を見上げるリオン。まだ明るいが日は大分傾きかけている。
「少し早いが…」
「うん、休もうか」
まさか草原の真っ只中で休むわけにはいかない。
モンスターにでも見つかったら格好の的だ。
今日の野営場所と決めて2人は泉へと足を向けた。
木々の茂った森の入り口ほど近く。
落ち着く場所を決めるや否や、
はマントを無造作に脱ぎ捨て水辺へ向かった。
あまりにも無造作な動きに違和感を覚えたのか、リオンはその動きを目で追っている。
おかまいなしに、ブーツを脱いで足を浸す。一息ついてハーフブリオーにかかったガンベルトをはずす。
一連の動作に面食らったのはリオンだった。
「何をする気だ」
何って何をすると思ってんだろうか。この人は。
聞いてみたくもなったが、
は素直に答える。
「水浴び。」
きっぱり。
「…」
言葉も無いようなのでフォローしてみる。
「服、着てるし問題ない。ちょっとさっぱりしたいだけじゃないか。」
「ちょっとさっぱりする程度で服ごと浸かろうとするヤツがいるか!?」
論点はそこか。じゃあ脱げばいいわけか?
更なる問題発言は敢えて伏せて
は話を先に進めた。
「ちゃっかり着替えてる人に言われたくない」
「…」
返す言葉もないリオン。
彼は既に「ジューダス」の服を着ている。
「どうしてもやるならむこうでやれ!」
「むこう…」
は思わず辺りを見渡した。
「…リオンは私に、鬱蒼とした森の中で、もしくは見通しが滅法いい草原の中で水浴びをしろと…?」
要するにここが格好のポイントだから
だって目をつけたわけである。
単独行動で、しかも水浴び(どう考えても遊び的)中、モンスターにでも襲われたら───
というか草原は普通に考えても恥ずかしいだろ。
バリエーション豊富に言わんとしていることを察したリオン。
深々と溜息をついて折れた。
「好きにしろ」
考えてみれば確かに服着て入る、時点で止めることにこだわる必要も無いのだ(入り方には常識として問題があるが)。
勢いで続けていると埒があかない。
『坊ちゃんもさっぱりしてきたらどうです?』
シャルティエの冗談にも眉をひそめてバカを言うな、といった顔。
決め込んだら早いもので、リオンは火を起こす準備のために枝を集めに入っていた。
はハーフブリオーも脱いで、紫電を片手に泉の奥へザバザバと足を踏み入れる。
泉は深い所でせいぜい腰までだ。水浴びと言うより「水遊び」のノリでそこここを観察している。
『…なんだか、こういうのっていいですね』
「…何をいきなり言い出すんだ」
『だって今までこんなのんきに旅することなんてなかったでしょう?』
…。
現状を述べると全くのんきじゃないんだが。
これ以上、議論したところで何が変わるわけでもないのでリオンは黙々と枯枝を集める。
緑が豊かな森は思ったより乾いた枝の調達にてこずった。
「リオン、そっちはどうだい?」
片腕に集めた枝をかかえて、元いた場所に戻ろうとすると濡れそぼった
が茂みの向こうに顔を覗かす。
横目に確認して、溜息だけつくと紫電が眼前に差し出された。
「!」
「毒がないかは保証がない」
その切っ先には見事な淡水魚が数匹貫かれている。
驚いているとシャルティエから感嘆の声があがった。
『
ってば気が利く〜!』
「リオンが働いてる時にただ遊んでいるのは何かなぁ、と思ってさ」
「…普通に食えるヤツだな。遊びに満足したら上がって来い」
こっちの世界の魚なんてこれっぽっちも知らないから1人だったら食べるのに勇気がいったろう。お墨付きが出たので一安心だ。
「火は起こせそう?」
「道具が無いから時間はかかるな」
「そう。じゃあ私の荷物とって」
「?」
泉の淵に腰掛けて、濡れた服をお情け程度に絞る後ろで疑問符を浮かべつつもリオンはなけなしの荷物を届けてくれる。
礼を言って、あさる手元にリオンは目線を落とした。
そもそも持ち物が少ないのですぐにそれは取り出される。
「はい。」
「?これは…ディスクか?」
肩越しに渡された小さな円盤を思わず受け取る。
ソーディアン用の拡張ディスクのようだった。
「それは多分『火炎弾』。ファイアボールが使えるようになるヤツ。着火くらいだったら十分でしょう」
「…多分と言うのは何だ」
「見分けつかない」
とその手元には数枚の赤いディスクが覗いていた。
『
、君いつのまにそんなものを?』
「いつのまにって旅してる間に」
…全然答えになってないのだが。
「他にもあるのか?」
「切り裂く風、電撃の剣、天使の微笑み、降り注ぐ光…単なる攻撃力上昇系と併せて12枚だね」
まったくいつのまに、だ。
「私が持っていても使えないから、用がある時は言ってくれれば貸す。」
「使えないのに何故集める」
「…つい。」
単なるお宝集めの要領らしい。
そういえば。
ラディスロウから船に戻った時何か光にかざして見ていたな。
大分昔のような記憶と一致させてリオンはシャルティエにディスクを装着させた。
「本当はいつか役立つと思ってたんだけど、皆バランスよく術持ってたからね」
ディスクもまさかこんな時にこんな使い方をされるとは思うまい。
はっきりいって───便利だ。
そんな気持ちを否定でき無いままあっという間に焚き火は燃え上がった。
「何かハーブとか知らない?魚に突っ込んで焼けば味が違うかも?」
「僕が見てくるからとりあえずお前は服をかわかせ」
次から次へとめげることなく、快適な環境目指して案を出す。
その様を制するためにリオンは立ち上がった。
『坊ちゃんハーブなんてわかるんですか?』
「スパイスとしての興味は無いが、薬学書で見たことはあるな」
『…』
食事にもあまり楽しさを見出さなかったリオンだからヒューゴ邸で出た料理についてはうとい。
それでもなぜか戯れに読んだ書物から得た記憶を頼りに探している自分…
大きな溜息とともにシャルティエがくすくすと笑い出す。
「なんだ」
『やっぱり楽しいですよ。』
「だったらお前が探せ」
『無茶言わないで下さい』
そんな会話をひたすら交しながら戻る。
大分あたりは暗くなってきていた。
『あ、
はもう乾いた服の方に着替えてるみたいですね』
「だから何だ」
『微妙に残念?』
「…」
もう呆れるしかない。
そんな微妙に疲れた顔で戻ると
は笑顔で迎える。
味気ないはずの食事は暖かく、しばらく記憶に残りそうだった。
翌日。
のどやかな世界の実情とは裏腹に、波乱な現状を理解した2人。
わずかな休息をとって再び当て所なく歩き出す。
「さて、とりあえず街を目指すはいいけれど──そこに着いたらどうする?」
「行く先か?ならもう決めている」
「どこ?」
おそらく。
彼にとっては辛い現実を色濃く残す場所。
それでも確かめずにはいられないのだろう。
今、リオンはあの街がどうなっているかは知る由もない。
それでも、そこはきっと
いつか行かなければならない場所のはずだった。
