連鎖
モンスターの襲撃により霧の中で分散した仲間たち。
坊ちゃんは深い霧の中から襲い来るモンスターの影に、とっさにカイルを突き飛ばして庇ったために酷い怪我を負ってしまった。
と言っても、返す刃で討ったのが最後だったのですぐに仲間たちが駆け寄ってリアラが回復してくれているのだけれど。
「ごめん!ごめんねジューダス!」
大丈夫?なんていえる程度の怪我ではない。あふれる血に面食らってしまったのかカイルがパニックに陥って謝り続けている。
「騒ぐな、大したことない」
「でも…」
「僕はどこで倒れても悔いは無いんだ。だからこれくらいでお前がいちいち騒ぐことはない」
本人は頑なにそう言い切る。
だが、おそらく何かが違う意味で否応なしに沈黙が降りてしまった。
「もっと自分を大切にして…?」
思わず治療の手を止めて、そう言ったのはリアラだった。
心の奥底の、本当に片隅で押さえ込むような動揺を感じる。
坊ちゃん自身はそこまで深い意味を込めて言ったわけじゃない。
各々の反応で自分の発言のうかつさを知ったようなものだ。
でも、だからこそそれも間違いなく本音であると言うわけで。
すぐに治癒が終わって坊ちゃんは立ち上がった。
「行くぞ」
「待って」
ついと進行方向へからだを回すとすかさず止めたのは
だ。
「今日はもう休もう?少し早いけどいいでしょ」
「僕は大丈夫だ」
「駄目。流れた血は戻るわけじゃないんだから…体温だって下がる。それにこんな霧じゃ慣れない神経使ってるんだから───
皆だって強行軍したいほど元気ありあまってないでしょ?」
いきなりふられてつい揃って首を横に振るカイル、ロニそしてリアラ。
元気はともかく今の出来事で間違いなく指揮は一気に下がった。
1時間も休めば日が沈み始めるだろう。
なんだかんだいって一番頼りにされている坊ちゃんがこんな調子では戦闘だって不安だ。
の指摘は筋道が通っていることもあって坊ちゃんも意固地になるわけにもいかず、その先に見えている坑道で休むことになった。
少し進んで広い荷置き場に落ち着く。
顔には出ないけれどやはり坊ちゃんの調子はすぐには戻らない。
貧血、というと聞こえは良くないが出血性ショックなんてものも体は受けているんだろう。
口には出さないので僕にはそこまで伝わらないのがもどかしい。
「少し1人にしてくれないか?」
「えっ?」
霧のない場所へ来て、あるいは落ち着くところへ来てかどっと疲れが襲ってくる。
彼らは賑やかなので早く回復させたいならそれがいいだろう。
しかし、一時はほっと息をついていたカイルたちは心配顔。
「いいんじゃない?」
「
?」
「周りが賑やかだとゆっくり休めないでしょう?暖かくして休んだ方がいいよ」
「あぁ、そっか」
何を気遣っていたのか再びほっと息をつく。
あぁ、こういう時は本当に
がいてくれてよかったと思う。坊ちゃん自身は誤解されても弁解しないのだから。
────でも、何か怒ってない?
せっかく言ってくれたのにそう言う
の声が一番そっけなく聞こえるのは気のせいか。
などと違う意味で僕は不安を覚えたりする。
コンテナで囲われた陰に1つ、出入り口の辺りに1つ火をおこして坊ちゃんは前者の方に落ち着いた。
コンテナに背中を預けて腰を下ろすと同時に漏れる溜息。
火に照らされる顔色はそれでも寒々しい。
カイルたちの笑いさざめく声を遠くに一度、瞳を閉じるとほどなくして近づく足音がある。
そちらははっきりと意識の中で聞きながら、傍まで来たので瞳を開ける、と同時にふぁさと携行用の毛布が落ちてきた。
「体、あっためなよ?」
「自分用のがある」
「じゃあそれも使えば」
「『……』」
第一声はいつもどおりだったのに次に発せられた声はやはりそっけない。
今度は坊ちゃんもはっきり気付いたようだ。
毛布をのけようとした手がとまっている。
めずらしく視線をはずしたままの
だったが、坊ちゃんがその沈黙に居心地の悪さを覚えそうなところでふと、坊ちゃんを見た。じっと。
「な、なんだ」
思わずたじろいでいる坊ちゃん。
沈黙だけ返して今度は考えるように視線を落とす。
さっぱりわからないのが動揺を誘いつつ坊ちゃんの前に膝をついておもむろにその背中に手を回す。
「!何をする!」
無言のまま
は僕を取り上げた。
さっぱりわからないながら直感的に拒絶の声を上げた坊ちゃんは次の瞬間、
の手に収まる僕を見ている。
ようやく
は口を開いた。
「シャル、お小言 言ってやって」
『えっ』
唐突に言われてついそんな声を漏らしたがちょっと考えれば何を言っているのかすぐに思い浮かぶ。
でも…
「こんなところで話すことなど無い」
「大丈夫、見張っててあげるから」
心置きなくどうぞ。
なんていい残して
は少し離れたコンテナの上に腰をかける。
カイルたちの方からの明かりとこちらの明かりで木床に2つ影が落ちていた。
「何がやりたいんだ、あいつは」
『わからないんですか?』
「…どういう意味だ」
『そのままですよ。』
どこかで「それ」に気付いていながらそう言っているのか自分の気持ちに無頓着なだけかは微妙なところだ。
『ダメですよ、もっと自分を大切にしなくちゃ…』
「………。」
『じゃあ言い方変えましょうか。』
僅かな間。
『どこで倒れても、なんて言っちゃ駄目ですよ』
「わかってる。ちょっとした失言だろうが」
僕のお小言が始ったとみて仮面の下でバツが悪そうに視線を逸らす。
『そういう問題じゃないです。坊ちゃんは少し考え方を改める必要がありますね』
いつになく踏み込んで指摘するとムッとした感覚だけが返ってくる。
でも今日は退きません。
にも言われたし。
『皆、心配してくれてるんですよ?』
「だからわかってると言っている。おめでたい奴らだ。仲間とあらば誰彼なくそうだろう」
『わかってないです。だからそんなこと言うんでしょう?』
「…」
『じゃあ聞きますけど、今、坊ちゃんが倒れたらどうなるんです?』
はっきりいってこれ以上は僕には荷が重い。
そういうことは僕にとってもあまり考えたくないことだ。
坊ちゃんはいたって現実を直視していた。
「どうにもならない。あいつらの旅はそれでも続くだろうな」
ほんの少し、論点からは道をはずした感覚が返ってくる。
寂しさ、とでも言うんだろうか。
坊ちゃんの答え、それはきっと正しいけれど違うと思う。
「シャル、僕は何も投げやりで言ってるわけじゃない。できる限りのことをしているならそれでいいと…」
『だからそうじゃないでしょう?』
思わずいつもより声を大にしてから、はたと様子を伺う。
には聞こえたかもしれない。けれどカイルたちには聞こえていないか。
確認してから先を続けた。もう一度声のトーンを落として。
『坊ちゃん、自分は本来居ないはずの人間だ、とか思ってません?』
坊ちゃんの答えはいつでも明確だ。
きちんと理論立っている。けれど自分の気持ちは押し込んで、だからこそ時々正論でもあぁそうですねと言いたくない時がある。
今のがそれだ。
一方で思っていないわけが無い。それもわかる。だから今はそれが坊ちゃんを傷つけるとわかっていても言わざるを得なかった。そうでないという答えをどこかで期待して。
しかし、案の定返答は短く、的確だった。
「事実だろう」
『じゃあ
も?』
ほんの一瞬だけ衝かれるような動揺を感じる。
『いないはずの人間だから、明日にはいなくなってもいいわけですか』
「!…そんなことは…」
『同じですよ。
はそう思ってるんです。怒るのも当然です。』
「…」
初めて出た怒る、という言葉に当惑した沈黙が返ってくる。彼女には本当に怒りをぶつけられたことが無いので受け止めがたいのかもしれない。僕だってそうだ。
きっと
は『怒っている』だけじゃないんだろう。だから厳密にはそれが正しいのか僕にはわからない。けれど今はそんな表現しか思いうかばないのも事実だ。
『それじゃあ18年前と同じですよ』
自分の命がどうだとか、あっさり天秤にかけるようなことを言われればスタンは激しく怒ったものだ。坊ちゃんにはそれを受け入れられないだけの理由が、 信念が、あるいは障壁があった。
けれど今度は違う。
坊ちゃんだってそう思っている。
はずなのに……
「…わかっている…」
絞り出すような声で言われれば僕だって辛い。僕は今度はそれを否定しなかった。
『カイルたちは…まだ無理かもしれません。でも、
はもういいでしょう?』
自分でも何が言いたいのかわからなかった。
けれど坊ちゃんは
を傷つけたことは身にしみたようだ。
坊ちゃんの自刃の言葉はそのまま
に向かう。
人生を楽しむ資格がないだとか笑う必要がないだとか自分自身は戒めのつもりだとしても、人の痛みに聡い
はそれと一緒に抱え込んでしまう。
彼女が自分を大事だというのはそれをとりまく人のためであって、裏を返せば自分を大事にしない大事な人の言動は辛いことに違いない。
ふと、
がコンテナから飛び降りて振り返った。
話をやめろということだろう。
「ジューダスは?」
まもなくカイルが顔を覗かせた。湯気の立つ器を手元に抱えているところを見ると食事を持ってきてくれたらしい。
「お小言は終わった?」
カイルが居るのに堂々と聞いてくる
。思わず坊ちゃんはたじろいだ。
もっともそれは心の奥底のことであって僕くらいしかわかっていないのだろうが。
「お小言って?」
「…なんでもない」
能天気に首を傾げるカイルには現状を切り抜けるにはそれで十分だった。
それなのに
はそれを許してくれそうにもない。
「ジューダスがあまりにも自分を労わらないから、お小言を頼んだの。」
「だから誰に?」
「いいからお前も僕に用事があってきたんだろう!?何だ!」
話を逸らそうとする坊ちゃん。
やはりカイルにはそれで十分だった。
「あ、そうそう。食事持って来たよ、あったかい内に食べてね!」
「…血液不足だと体温落ちるから」
「うん、だからシチューにしたんだよ!リリスおばさんが新鮮な食材もたくさん持たせてくれたしね!」
「ビタミンとらないとね。特にA。スープとかにお馴染みの赤いやつ。」
「……
、わかったから…ちょっと黙ってろ…」
心なし敗色濃厚で諦め気味に訴える坊ちゃん。
その後、坊ちゃんがようやく食事に手を付け始めると、カイルを含めた3人でなんだかボーダーラインぎりぎりのやりとりが数度展開され、ついに坊ちゃんは切れることになった。
「そもそもお前が未熟なせいで僕は怪我をしたんだぞ。なぜ僕が責められなければならないんだ#」
あ、ようやく気付きましたか。
はじめからそう言えば僕だって小言せずに済んだのに。
「ご、ごめんてば〜〜〜」
なんだかわからないままとりあえず謝るカイル。
彼にしてみれば、今までの会話はこれっぽっちも不穏には聞こえなかったろうに。
よほど僕の言ったことが身にしみたのだろう。
でもね…
カイルが気づかないと言うことは、考えようによってはそれはごく普通の会話であって。
責められていると思うのは坊ちゃんの勝手です。
その後、
の機嫌を取り戻せないことにか、
なんとなく不機嫌さを漂わせる坊ちゃんの機嫌が直るのにもしばらくの時間を要し、
仲間たちはいつにないほどしばらく彼ら2人の顔色を伺うことになったという────。
あとがき**
とばっちりを食らっているのは誰でしょう。
更新リクエスト「ヒロインと喧嘩をしたリオン(ジューダス)。耐え切れず、リオンが謝る」。
概ねギャグか甘系のリクエストっぽかったのですがなぜかシリアス→ほのぼのに。
しかも謝ってない。耐え切れず他に当たり始めたよジューダス(笑)
元ネタ話**
リク投票で、喧嘩するかなぁ?と思っていたら丁度(地味に)ヒロインを怒らせそうなセリフがありました。
「どこで倒れても〜」とリアラの「自分を〜」は闘技場で敗退すると聞けます。
リプレイで初めて敗退してなぜ!?と思ったらバトルレベルがうっかりアンノウンだった───(ごめん、ジューダス)そんな思い出の賜物。
