天地戦争時代の彼は。
ピエール・ド・シャルティエ
- 第一印象 -
ハロルド博士が「部下」として連れてきた少年たち。
目を惹いたのはその後方で仮面をつけた少年とその隣に控えた少女だった。
もちろんその理由は、仮面の少年については言うまでもない。
少女については、およそ少女らしくない装いと賑やかそうなメンバーの中でどこか飄々としている風貌が目を惹いた。
黒い髪と瞳、そして白い服のモノトーンが印象的だった。
彼女は黙って、連れて来られた当事者というよりは
まるで傍観者のように博士とディムロスのやりとりを静観していた。
- 第二印象 -
「僕のことはピエールでもい…」
「嫌です。シャルティエ…さんと呼ばせてください」
「…どっちでもいいけど、どうして?」
「そっちの方が好きだから。」
彼女はやがて、情報処理能力を買われてイクティノスの手伝いをすることになった。
ただでさえ人手不足なので、飲み込みの早い人材は歓迎だ。
物資保管所へ再度でかけることになったハロルドは不承不承、彼女を置いていった。
彼女をあくまで幹部の「助っ人」として。
そうして表向きハロルドの部下として動く傍ら、幹部にも働きぶりが浸透してきた頃の出来事だ。
会議室で打ち合わせが終わって、改めて名前の呼び方についての雑談を交わしていたときのこと。
彼女はシャルティエの「ファーストネームで呼んでいい」というお達しをきっぱり断った。
シャルティエ少佐。
フルネーム「ピエール・ド・シャルティエ」は仮にも名前ファーストネームを否定されたようでやや傷心気味だ。
だって、何か道化のようだし。
…とは口が裂けてもいえない。それが個人的先入観であると理解しつつも。(その「ド」は一体何なんだよ)。
それ以前に呼びなれてないから嫌、ということもあるのだが。
「じゃあ…さん付けしなくていいよ、敬語もできれば…」
「なぜです?」
シン
の返事は短く鋭い。
ノー敬語ノー敬称は願っても無いことだが、思わず聞いてしまった。
「なんとなく、君みたいな人に敬語使われると…違和感、っていうのかな」
君みたいな人、ってどういう意味だろう。
シン
は無表情だ。
初めてここへ来た直後はそうでもなかった気がするのに時が進むに連れ、そうなった。
それが冷ややかに怒っているようにも見えて実は怖いんである。
それは
シン
にも微妙に伝わっている。
実は彼のその態度自体が彼女を無意識にささくれだたせていることにはまったく気づいていないのが悪循環の原因でもあった。
シャルティエのへたれっぷりはこんなところで無駄に発揮されていた。
「とにかく…この幹部の中では僕は一番下だし、君とも年が近いだろう?その方がやりやすい気がするんだ」
「…ご本人がそうおっしゃるんでしたら、そうしましょう」
断っておくが、こんな硬い敬語を使うのもシャルティエにだけだ。
まったく規律の厳しい軍の人間の言葉遣いだった。
それが刺々しいことこの上ない。
これだったらタメ口の方が遥かにマシだ。とシャルティエはどこかで冷や冷やしながら思っていた。
この2人、なかなか難しいのである。
シン
にしてみるととても慣れた人物なのに、その実、全く違う。
同じであるなら本当は「シャルティエ」と呼び捨てて色々話してみたいと思うくらいだ。
が、相手は自分のことを知らない上にまがりなりにも軍の幹部。
結果、慣れは排除しなければならず自然と自身の言動に注意するようになる。
そこへ来て、彼の気弱さに加えたネガティブさときたら…
馴染んでいるからこそ何やら言いたいことも溜まってくるし、しかし、守備範囲も違うから口出しするわけにもいかず言うに言えないことが結構出てくるの
だ(そんなことしようものなら間違いなくいじけるであろう)。
それが言えないのがまた辛い。
ギャップと不要なストレスで次第に
シン
のフラストレーションは鬱積する一方だった。
「シャル!なんであんなにはっきりしないの!?今のシャルはこんなに大らかでフレンドリーなのに!!」
…と、珍しく切れ気味な勢いで後々ソーディアンの方のシャルティエに漏らしたとか漏らさないとか。
当のシャルティエはシャルティエで、歩み寄りの発言をしながらも実は
シン
にあまりいい印象を持ち合わせていない。
シン
は今や物事に長けた芯の強い女性として目に映っている。
初めに見たときから冷静沈着そうな少女であったが今は、はっきり物を言う頭の切れる、いわば幹部に切り込む可能性の高い有望な人材だ。
と、いうことは。
シャルティエにとっては地位を脅かす下級の存在なのである。
しかも異性として認識しているので妙なプライドが挟まりかえってタチが悪い。
この時代、卑屈さが身についてしまった彼は素直に
シン
を受け入れてはいなかった。
────ずっと後の時代には、それこそお互い爽やかなまでに馴染んでいるとは思いもよるまい。
2人の関係は本人たちの意思とは別のところである意味、険悪だった。
- 第三印象 -
それでもどうにかこうにか敬語無し、敬称無しのお達しがシャルティエ自ら下ったことにより、歩みよりに成功したのだろう。
シン
の精神衛生面に多大な悪影響を及ぼしていたギャップは解消され始めていた。
残るストレス要因は一度ハマるととことんハマりっぱなしのネガティブなまでの消極性の極みである。
「お茶入れますね」
小難しい話が終わって会議室で一息ついて、束の間のひととき。
(一番下っ端の)シャルティエがすかさず気を利かせた。
というよりきっと強迫観念に駆られているに違いない。(一番下っ端だから。)
…大変だね…
意味のない溜息と共に心底、思う
シン
。
すごく気を使うんだろう、こういうことは。
セルフサービスで十分なのに。
ようやく馴染んできたせいか、なんとなくどーでもいいところで涙が出そうになりながら
シン
は席を立つ。
「私が入れるよ」
「えっ?いいよ。いつものことだし」
「じゃあ、手伝うね」
にこりと笑うと少し照れながらも一緒にお茶の準備にかかる。
残った幹部連中はその様を面白そうに眺めていた。
「ん、おいしい」
「シャルティエは紅茶をいれるのがうまいのよ」
「何だかいいですね、お茶をいれられる男の人って」
珍しい発言に視線が集まる。
多分カイルたちが居てもそうなっただろう。もっと更なる驚きの意味を込めて。
でも少し珍しがられる理由は違うと思う。
それは乙女の理想というよりも。
「だって、世の中には結構多いでしょう?『若い女の子がお茶を入れたほうが客も喜ぶんだ』とかなんとか言って結局自分が淹れてもらっ
てるだけの主観的なおっさんどもが。」
きゃv入れてもらって嬉し〜v
ではなく
そんなおやじが多い中、自分の茶を自分で入れられる人は感心。
的な見解だった。
それでもここには男性が多いので気を利かせて
じゃあ客がオバさんだったら若い男が淹れたらいいんじゃないのか?と思いつつ抹
殺してやりたくなります。
という追撃発言は一応口に出さないようにしてみる。
「そうね、自分の茶も入れられない男が大口叩かないで欲しいわね。おいお茶!なんて威張る男は今時ないわ。そんな
ことを言ってるヒマがあるんだったら私の分も入れなさいっていうの」
いえ、そこまで言ってません。
未だに一部で残存している旧世代の遺物「お茶は女が淹れるべき」への
シン
の異論に便乗してアトワイトが巧みに焦点をすり替え主張している。
この時点でディムロスが尻にしかれる未来が見えた気のする
シン
とシャルティエ。
互いに同じことを考えているとは知る由は無い。
「ま、まぁ、自分のものは自分で淹れますから」
「そうそう、男性でも女性でもおいしく淹れられる人が淹れてくれるとやっぱりうれしいよね」
「あ、それは言えてますね。本当においしいです」
アトワイトの発言をフォローする男どもに
シン
は軽く本音の賞賛だ。
シャルティエの淹れた紅茶はおいしい。茶入れ要員の年季が入ってるのだろうか。
「そう?じゃあまた淹れてあげるよ」
「ありがとう」
喜ぶと同時に「あぁ、こうやってお茶汲みを板に付けられたんだな…」と思う。
嬉しそうなシャルティエ。肝心の軍の仕事もそうやってこなせばいいものを。
- 給湯室で -
一緒に片づけをしながら
シン
はシャルティエの身の上話を聞いている。
抜擢されたことは知っているから話はさくさくと進んでいた。
ここに来る前もそれなりに活躍していたようだ。
しかし、ふと…幹部の仲間入りをした話題で彼は溜息を漏らした。
「でもここへ来たら、せいぜいできるのはお茶くみくらいさ」
今の地位は低くはないけどそこに入れば一番下。
それが常に彼を卑屈にさせている。
知っている人は知っている話だ。
じわり、と
シン
の中に嫌なものが広がる。
卑屈、嘆き、やっかみは本気で嫌いなもののひとつだから。
それが三拍子揃われた日には相手がシャルティエでなかったとしても刺々しくもなるというものである。
ジューダスだったら
シン
が一見無表情になった瞬間に、その機嫌の下降を察することもできるので鋭利な言葉が飛ぶ前に、発言を止めさせることも可能だろう。
ある意味シャルティエのつっこみどころは天然田舎者のスタン以上だった。
だが、
シン
はそれを抑えて出来る限り「今のシャルティエ」に歩み寄る方向性をとることにした。
溜息と共に水に流す。
あるいは見なかったことにする。
でないと、冷たい風がシャルティエを直撃することになりかねない。
「う、ん…と…もっと自信を持ったら?ソーディアンのメンバーに選ばれたんだよ、資質がある証拠じゃない。
それに──ソーディアンの属性はそれぞれ違う。それってそれぞれに役割があるってことで、誰かと比べてもしょうがないよ」
ぱちくりと瞬いて何事も無いかのようにかたづけを続行するその姿をやや見下ろした。
まさか彼女から励ましの言葉が聞けるとは思っていなかったのだ。
どちらかといえば、見下されているのかと思っていた。
…いや、それはそれで卑屈の極みだろ、シャルティエよ…
「君…さ、僕のことどう思ってるの?」
「………………は?」
他意は全く無い。
さっぱりわからないから聞いただけだ。
だが、次の瞬間自分の発した言葉の意味をごく一般的に別の意味で理解して、あたふたとシャルティエは手を振った。
理解したようでその実、追求してないところもポイントだ。
「いや、その、変な意味じゃなくて…
ほら、君はディムロスさんともハロルド博士とも…ほかの皆ともよく馴染んでるだろ?僕はその…幹部の一員としてどうなのかな、って」
一番へたれです。
まっさきに思い浮かんだ言葉は口が裂けても言ってはいけないと肝に命じる
シン
。
「…一員、ってことは仲間でしょう?軍は上下関係が厳しいみたいだけど…その辺りは対等の仲間と思ってもいいと思う。
でもシャルティエだけ遠慮してる感じ。同じマスター候補なんだからきっと皆も頼りにしてるよ。
今は、一歩下がっているせいで力が発揮できてないんじゃないかな、と」
力が発揮できないとは、言い方を変えただけで随分見栄えがいいものだ。
「僕が…頼りにされてる…?」
「さっきも言ったでしょ、それぞれ持てる力は違うんだって。
晶術の属性が違うだけでも戦術に差が出る。
例えれば、アトワイトは医者で戦闘能力はなくても回復役としてきっと必要だし、それと剣術が得意なシャルティエを比較しても意味がない」
「…君は、軍に関係ない人間だったと聞いたけれど随分よく見ているんだね」
「別に軍を見ているわけでなくて人を見ているだけだと思うけど」
他でもない自分自身の価値を見出してくれている。
今までの彼女に対して抱いていた卑屈さが何か別のものに変わった気がした。
「個人的には嫌いじゃないから、あまり窮屈にしないで頑張って欲しいかな?」
「本当に?」
「何か疑われる要素があったかな」
「だってついこの間まで、すごくきつかったよ。物凄い敬語使ってくるし。嫌われているかと思った」
…この辺りがシャルティエだ。
恥ずかしげも無く一度オープンになると素直なものだ。
初めから、こうならよかったのにね。
シン
は僅かに目を見張ってから小さな溜息とともに表情を緩めた。
「気のせいじゃない?」
「そうかなぁ」
「…そうやってネガティブにふさぎ込んだり、なおかつ私に対して変な遠慮をするようなら今より嫌いになると思う。減点方式で」
「そ、そういうわけじゃないよ!」
慌てて否定すると、間があってにっこりと笑みが返ってきた。
よくできました、と言わんばかりの。
それで少しわかった。
彼女は鏡だ。
自分が遠慮すればその分遠のくし、疑えば敢えて弁解もしない、
卑屈になればなるほど見下される。
素直に言葉をぶつければ今のように言葉は返ってくるし…
つまり対等になろうとすればそれに応じるのだ。
打ったとおりに響いて還る。
それがわかれば簡単だった。
「嫌われて無いなら…良かったよ」
「うん、私もね、シャルティエとこうやって普通に話したかったよ」
その意味はわからなかったけれど、
これからは、もう少し
仕事が楽しくなりそうだった。
- その後 -
『…何か…複雑なんですけど…』
帰ってみれば妙に
シン
になついているオリジナルのシャルティエ。
そもそも初めに幹部連中に険悪な迎えられ方をしていた中で、彼は歓迎してくれたのでカイルたちにとっても「フレンドリー」な印象はあった。
それが正しかったのかどうかは別として。
いずれにしても紆余曲折に留守中だった彼らがそんなことを疑う余地などない。
「…ジューダス、シャルティエがお茶淹れてくれるって言うけど一緒にどう?」
「─────無駄に馴染むな#」
ソーディアンができるまでの間、忙殺されるハロルドをよそに
その分ヒマなジューダスはしばらくその妙な構図に悩まされることとなった。
あとがき**
ソーディアンチームの話第一弾です。
連載で一度全員無事に集合、自由行動の時間を作ったのはこのためだったりして(笑)
公式的な見解ではいつも酷い扱いのシャルティエ。
坊ちゃんのソーディアンになってから人格磨かれたんですね(?)