今日もシャルティエの悲鳴がハロルドのラボに近い会議室で響き渡っている。
しかしその日はいつもと違っていた。
なんといっても公認だったのである。
「ソーディアンを試作するためにユニットへの人格投射の調査実験を開始するわよ!」
というわけで、白羽の矢がシャルティエに当たった次第である。
それなりにマジメな実験で、それなりに危険が伴うものなので協力者はマスター候補でなければならない。
人類の行く末を決める大事な研究であるがいかんせん、責任者はハロルド。
そうなると進んで手を挙げる気もそがれるのもしょうがないことで、こういう結末になるのも必然であった。
「まぁまぁ…私も付き合うから」
いつもは笑顔でハロルドの研究室に出入りしている
もこの時ばかりは苦笑と共になだめる側に回っていた。
あくまで本気の仕事。
に言われては、ただの実験と怯えているわけにもいかずシャルティエはハロルドに連れられてラボへ消えていった。
翌日。
目がさめると。
はシャルティエになっていた。
ラディスロウ顛末記2
…。
「どうかしたんですか?シャルティエ」
イクティノス=マイナードが沈黙しているシャルティエに、端末へのせる手をとめてたずねた。
するとじっとイクティノスをみつめるシャルティエ。
その視線の違和感にイクティノスは「?」とよぎらす表情をそのまま問い返すものへと変えた。
シャルティエはといえばふ、っと視線をはずしてベッドの上で乾いた笑みをこぼす。
「いえ…なんでもありません」
そう言うと彼は首を傾げたが追求する様子は無かった。
「そろそろ会議の時間だね。行こうか」
ノート型の端末のプラグを引き抜いて小脇に抱え部屋を出るイクティノス。
会議…
会議にはハロルドのおつきだったり気まぐれだったり意外にアドリブで参加しても誰も怒らないので
も何度か同席したことがあった。
なので黙って着いていく。
とりあえず、ゆっくり落ち着いてみんなと話してみるのがいいだろう。
何でこうなったのか───はわからないでもないのだが。
おそらく、昨日の人格投射実験。
デタラメな理屈だがあの時何らかの不具合で実験に付き合っていたシャルと自分の人格が入れ替わってしまったに違いない。
自分にどうにかしようが無い以上慌ててもしょうがない。
…
の体に入っているシャルティエの慌てっぷりは目に見えるようであるが。
「おはよう、シャルティエ」
「おはようございます」
挨拶をしても誰も気づかない。
「リトラー司令、カーレル中将に頼んでいた本、自分が預かってきました」
「あぁ、ありがとう。後で中将にも礼を言っておくよ」
「シャルティエ、昨日の実験はどうだった?」
「どう、…でしょう?とりあえず体に異常はないようだけれど」
いきなり切り出しても混乱するだけなのでまだ内側に異常があったことは黙っておく。
二言三言と話をしても誰もその異常に気づく者はいなかった。
不思議に思ってみたが理由はすぐに思い当たる。
シャルティエと自分の「話し言葉」は基本的に同じなのである。
一人称が違うくらいで、「〜だよね」だとか「…じゃないの」とか敬語ですます調を使い分けたり…
ちょっと話すくらいでは違和感が無いらしい。
こうなると。
遊び心がもたげてくる。
彼らは私が素で「シャルティエ」をしてみたらどこまで気づかないものなんだろうか?
「シャルティエ、会議が終わったら訓練に付き合わないか」
「『僕』でよければ…剣は訓練用の使ってくださいよ」
「あぁ、そうしよう」
会議の前にはじめた戯事にディムロスは全く気づかなかった。
「───と、言うわけで…シャルティエはどう思う?」
「そうですね、現状ではカーレル中将の言われる通りで…
残念ながら僕の判断の域は超えています。」
あれ?
会議が始って「僕」という一人称以外は
のやり方で答えると違和感を抱いたのか奇妙な空気が一瞬流れた。
…おもしろい。
「シャルティエ…どうかしたのか?」
「何がです?」
「いや、なんだか…」
しかしそれ以上表現できなかったのかディムロスは眉を寄せて黙りこくった。
は涼やかな笑みすら浮かべているのだからそりゃもう何かが違うと思い始めてはいるのだろう。
だが、誰も指摘してこない。否、出来ないに違いない。
会議は続いた。
* * *
一方、
(体)。
少し前にさかのぼる。
「だから…僕はシャルティエなんだよ!どうしてこうなったのかわからないんだけど…っ」
「…冗談…言ってるようには見えない、よねぇ?」
「うん、ここまで取り乱してる
は初めて見た」
「でも、何かあの困ってます、って感じが凶悪に可愛らしいんだけどよ…」
「あら、私は僕、って言うのがなんだかとっても似合ってるしいい感じだと思うわv」
怪しげなことを言い出したロニと、うふふvと何やら新しいお気に入りでもみつけて楽しんでいるリアラたちから一歩はなれてジューダスはそれを見てい た。
『本当みたいです。
じゃないですよ』
「そんなことわかってる」
冷や汗を感じながらこっそりソーディアンシャルティエと会話を交わす。
わかっているといいつつも否定もしたい。
しかし、シャルティエが「自分」を彼女の中に感知してしまっているのだから紛いようも無い事実なのだろう。
眩暈を覚えながらジューダスは
の方へ歩みを寄せた。
「こんなところで騒いでいてもどうにもならんだろう。お前がシャルティエだというのなら何かそうなってしまった心当たりは無いのか?」
「心当たり……………あっ!」
一向に話は進んでいなかったところ、少年の冷静な声にシャルティエはようやく記憶をたどりだした。
そこまでたどり着くのに時間はかからなかった。
「昨日ハロルド博士が人格投射の実験を…」
「…………………また、あいつか……………」
心はひとつ!な奇妙な沈黙が一瞬辺りを席巻する。
気を取り直してジューダス。
「だったら、話は早い。ハロルドのところへ行くぞ」
「う、うん」
「あら、そのままでもしばらくはいいわよv」
「リアラ…良くないと思うよ…?」
「じゃあ
が戻ったら「僕」って言ってもらうことにしましょ」
「………………お前らはここで待ってろ………」
大人数で行っても話がこじれるだけっぽい。
シャルティエを1人で行かせても良かったが、それはそれでハロルドと2人では新しい問題が巻き起こりそうだし、もう一方の当事者のことも気がかりだっ たのでジューダスはついて行くことにした。
ちょうど会議の時間らしいがハロルドは私室のラボにいた。
昨日の結果を体で表現してみせるシャルティエ。
ハロルドは大して動じない。
「あらら…まぁ人格いじる実験だったんだからありえないことではないんでしょうけど──ちょっとこっち来てどうしてそうなったのか検証させなさいよ」
「嫌ですよ!!そんなこといってまた怪しい実験につきあわせるんでしょう!!?」
「それでもいいけど。どっちでも好きなように解釈していいわよ。私は困らないから」
「私的好奇心を満たす前に解決策を講じろ」
予想通りの展開にジューダスがぴしゃりと会話をとめるとハロルドは少し考え込んで手に持っていたドライバーを放る。
今日は生体ではなく工学的な作業をしていたらしい。
「まぁどっちにしても
もみつけないことにはね。この時間だったら会議室かしら」
「なぜわかる」
「シャルティエ、出席することになってたでしょ?無断欠席ならここにも誰か探しに来るはずだから。それが来ないなら、幹部連中の所に行ってる可能性有り、ね──あんた、忘れてたでしょ」
入れ替わったことですっかり動転していたのか「あっ」となんとなく痛切な声を上げたシャルティエ。ハロルドは指摘する一瞬だけ視線を転じて図星である ことを確認するとまたそれをジューダスに戻した。
「ここで待ってて。行ってくるわ」
騒ぎになってないということは─────どういうことかしら?
ハロルドはぽつりと呟きを残してとっとと私室を出て行った。
* * *
さて、やってきました会議室。
ハロルドはノックもしないで扉脇のパネルを押した。
シュッとスライドする音がして鈍銀色のその実、結構分厚い扉が軽く開く。
その瞬間に、視線は全て自分に集まった。
いつもと同じ、もう見慣れた視線。
今日に限ってはいつもと同じではおかしいはずなのに───同じだ。
さりげなく席についているシャルティエ…
と目が合う。
が、ハロルドは誰にともなく短く訊いた。
「…会議、してたの?」
「見れば判るだろう」
「…。滞りなく進んでる?」
「あぁ。用件があるなら早く言ってくれ。そうでなければ後にするか」
ハロルドはもう一度
を見る。
何気な視線がぶつかったがそれだけで何が起こっているのか彼女は自分なりに理解を済ませたようだった。
「後でいいわ。私も聴いてるから」
♪
そして、気づいた上で便乗と決め込んだ。
いよいよもって笑える事態になってくる。
会議は更に続く。
* * *
それからしばらく…
いつまでもハロルドが戻ってこないのでこっそり会議室の前までやってきた彼女の私室で待つはずの2人。
扉から漏れる声に耳をそばだて、しばらく聞いていたジューダス。
その顔が徐々に顰められていくことにシャルティエは気付いていた。
「?」
シャルティエが首をかしげたその時、ついに耐えかねたように彼は扉を開閉するパネルを乱暴に叩いた。
平手ではなく拳でだ。
いかにひっ迫していることが起こっているのかうかがい知ることができる。
しかしシャルティエは驚くばかりで制止する間もない。
「いい加減にしろ!!
!遊んでる場合じゃないだろうが!」
方や会議室の中は突然の乱入者の声に場は水を打ったように静まり返った。
ノックもなく開くのはハロルドの所業で慣れていたが、いきなり怒鳴られたのではさしもの幹部たちも何が起こったのかわからないらしい。
時はやはりごくごく普通に会議を進行している最中であった。
その間抜けな沈黙に、
ぶはっ
ついにハロルドが噴出した。
「あーはははは!!おかしい〜!!」
きょとんと視線を向けられる眼前で腹を抱えて笑うハロルド。
「ハロルド…これは一体…?」
「あははは!はぁ…っははっ」
答えようと試みるが呼吸困難に陥るほど笑ってしまったので無理らしい。
代わる様にシャルティエ──
の姿をした方である──がジューダスの後ろから現れた。
「ハロルド博士!ちゃんと掛け合ってくれるんじゃなかったんですか?!」
「無理だね、そんなこと期待しちゃ」
「あら、面白いと思うほうに乗っかるのは基本じゃない」
本気で訴える甲斐甲斐しさを垣間見せる
と、飄々と言い切ったシャルティエにいよいよディムロスたちは何かがおかしいと自覚始めたらしい。
みるみるうちに幹部たちの眉が寄っていった。
「…どういうことだ?」
「わからないの?」
口火を切ったのは例によってディムロス。
逆に聞かれて、一瞬考えをまとめるための沈黙があった。
「まさかとは思うけど…君、
かい?」
「はい」
聞いたのはカーレルであっさり頷いたのはシャルティエだと思い込んでいた青年だった。
「だと!?…まさか!」
「そのまさかだ。昨日人格投射の実験をしただろう?そのせいじゃないのか」
「ハロルド!」
「や〜ねぇ、わざとじゃないのよ。ちょっとした事故じゃない」
事故で済ますか。
怒鳴り散らしているディムロスにあっけらかんと手を振るハロルド。
「シャルティエと
をもう一回貸してくれれば前向きに何とかしてみせるわよ」
…。
そういう言い方をされるとちょっと怖い。
ひっかかるものを感じているとシャルティエは真っ青になっていた。
人の体を心神喪失な状態にするのは勘弁して欲しい。
と自分の姿をなんとなく遠目に眺めやる
に話しかけたのは隣に居たイクティノスだった。
「どうしてもっと早く言わなかったんです?その姿では困惑したでしょうに」
「混乱させないように折を見て、と思ったんですけど…本当にわからなかったんですか」
「いや…何かいつもより一皮向けた感じがしているな、とは思っていたが」
「酷いです!!どうしてこれほど一緒にいるのに気づかないんですか!」
ついディムロスが口を挟んでにわかに場内が騒ぎ出したところで、シャルティエは堰を切ったように会議室の中へと進み出た。
涙目になって訴えられ、ディムロスは「うっ」と一歩後退する。
仮にも
の姿でそんなふうに詰め寄られたらジューダスでもそうなるかもしれない。
通常ではお目にかかれない光景だ。
今度はジューダスが輪の外にいる形の会場内は、シャルティエが会話に加わったことでいつのまにか、気付かなかったことを弁解しあう言葉が乱れ飛んでいる。
「…これを機会にトレードしてみない?」
呆れてジューダスは入り口で眺めやっていると、騒ぎをよそに当事者であるはずのハロルドがやって来て、同じように壁に背を向け、半眼でにやにやと笑いながらそう言った。
「…シャルは2人もいらん。」
『何かひっかかる言い方ですね…』
呟くように答えるジューダスへ、もっとひそやかにソーディアンシャルティエ。
改めて解決に向けて落ち着くのには、もうしばらくかかりそうだった。
あとがき**
Ifで何度もネタとして採用した入れ替わり話のD2正規版(?)です。
そしてソーディアンチーム話第二弾。
冒頭のくだりは騒乱の予感でも見た気がしますが気にしない。
にしても、トレードしてもソーディアンチームは困らなそうなのがちょっと怖いですね(笑)
