空の色
秋の終わり、冬に近づくその季節。
木々は葉を落とし、その枝ぶりをあらわにし始めている。
と言っても、旅をしているので季節がめぐってきたわけではなく、自分たちが季節に向かってきたと言うその旅路にて。
よく晴れていた。
雲ひとつない、と言い切れる訳ではないがそれくらい見事な青空が頭上に広がっている。
晩秋のおもむきとはいえ、太陽が出ると暖かい。
一行は昼食を兼ねて草原と森の間で、休憩をしていた。
食事が終わると、小春日和がちょうど良い加減で、うとうとしてくるのかカイルがそのまま昼寝でもしてしまいそうな顔であくびをしている。
ジューダスはリアラやナナリー、ロニの談笑を傍らに寡黙に周りを眺めており、
は少し離れた場所で空を見上げていた。
「
、何を見ているのかしら」
ひたすらに見上げるその姿に、リアラが気づいて疑問を発した。
すると、全員の視線がそちらに向いた。
「あっ、鳥!?」
カイルがそれをみつけて、急に眠気をふっとばしたようだ。
その視線の先、はるか高みでは二羽の大きな白い鳥が、優雅に旋回を繰り返していた。
小さな影であるが、真っ青な空に真っ白なそれがよく映えて目立つ。
みつからなかったのは、ほぼ頭上……つまり垂直上にいたからだろう。多少顔を上げたところで、視界に入らない位置だ。
ゆるやかに翼を羽ばたかせるたびに光のさし方がかわって時々なぜか反射のような彩を返している。
随分と大きな鳥に見えた。
「すごい、真っ白……きれいね」
鳥たちは飛び去らずに、ただ、同じあたりを旋回し続ける。
だが。
「首が疲れた……」
それを
ほど長く見続けられる者はいなかった。
ほぼ真上なのだ。首を真上に向け続けるのは、割と苦行だ。
しかし、ジューダスは気づいていた。
何も
はそれだけを見続けているわけではない。
リアラが気づくその前も時折、空を横断するように視線を巡らせていた。たまたま気づいたときに見上げていた先が鳥たちで、今も見上げているがおそらくさきほどまで興味は別の場所にあったろう。
証拠に、
も疲れたのかそこから視線をはずすと一旦、水平に視線を戻し、それから森のほうを見て、空をもう一度見回す。
『何、見てるんですかねぇ……』
その様子を見ていたのはジューダスだけではなかったらしく、シャルティエが気になりだしたようだった。
とっとっと歩いて、森の入り口に行くと、今度は視線を落としてしゃがみこみ、降り積もっている枯葉をがさがさいじって「遊んで」いる。
あまりに気持ちの良い秋晴れに、もう少し休憩を続けそうな仲間たちを見て、その場に座っていることに飽きたジューダスはそちらへ行ってみることにした。
無論、こっそりと話しかけてきたシャルティエに返事をするためもある。
「
、森の中へ入るなよ」
大分、葉は落ちて上方への見通しは良くなっているが、常緑のブッシュもあったりして何が出てくるかわからない。
声をかけると
は振り返ってその気はないことを頷いて返してきた。
『ねぇ
。さっきから何を見ていたの?』
ここぞとばかりにシャルティエが聞いた。
「さっきって?」
「空を見渡していたろう。今日はどこを見ても青いだけだがな」
あぁ、と呟いて
は立ち上げる。そして、ほぼ南方に高く上がっている太陽の方を指差した。
「今日はよく晴れてるから、あっちの空は白いんだなって」
ジューダスもつられて見上げる。
確かに、空は白んでいる。この時間にその表現はどうかと思うが、色で言うなら太陽を中心に広い範囲が「うすい水色」だ。
「でもあっちに行くと、すごく澄んだ青い色でしょう?」
確かに。
の指先を追うと、太陽から離れた北側の空は「青」かった。太陽の方とはまったく違う、透明感のある、それでいて深い、清々しい色だ。
『確かにねぇ……同じ一面の青空なのに、ぜんぜん違うね』
感心したようにシャルティエ。
大体こんな日は「よく晴れた青空」で一括りにされるため、そんな微細な違いはあまり気にしないだろう。
しかし、それでは終わらない。
「更に不思議なんだけど、もっと山端や地平線寄りに行くと、なぜかまた色が薄くなるって言う」
今度は指では指し示さなかったが、視線が下のほうに降りたのでどこのことを言っているのかは分かる。
…………浅い空色だ。
『ホントだ! ……でもなんか、太陽の方とはまた違うような……?』
「そうなんだよ。太陽の方は青空に白い絵の具を塗ったような色なんだけど、むこうの空は、上塗りのない透明感のある色って言うか……」
「大気の澄み方の違いじゃないか」
正直、考えたことは無いのでわからない。というか、朝夕のグラデーションはよく目に付くが、こんな日中ど真ん中の時刻で空の色の違いなど、気にしたこともない。
「確かに、太陽の光で大気中の塵芥が浮き上がって白く見えるのかもしれない。……向こうの端まで届く光はそんなに強烈ではないわけだしね」
なんとなく納得はしたようだ。
次によく晴れた日があったら、もう一度見て見ようなどと観察意欲は持続しているようだが。
「ところでジューダス、月と太陽どっちが好き?」
「藪から棒になんだ」
「別に。ただ、思いついたから聞いてみただけだよ」
深い意味は無いようだ。
ここが秋晴れのどこかのんきな道程ではなく、意味があるならジューダスの返事もまた変わってくるのかもしれない。が。
「深く考えたことは無いな」
「ふぅん?」
そして、首をかしげる。
『
は月の方が好きそうだよねぇ』
月光浴と言う言葉を二人旅のときからしばしば実践しているので、シャルティエにはそんなイメージがあるらしい。
「そうだねぇ……でも月って欠け始めると急に存在感が乏しくなっちゃうよね」
『あれ、ちょっと意外』
「欠けても猫の爪みたいな月もきれいだし、昼間の白い月も好きだしやっぱり月が好きなのかな。でもひだまりも夕焼けも好きだから、どっちがどうとは言えないような……」
どちらも決して嫌いではないと言うのはたしかに「らしい」。
「でも、こんなふうに思いっきり青空を白ませている太陽を見ると、そんなに暴かれるなら、まだ月明かりの方がマシ、という捉え方ができないでもない」
「……」
急にニュアンスが変わってきた。
今のは、単なる情景ではなく心理的な素養のことを言っているのだろう。
「強い光のある場所に出ていたいか、闇を照らす静かな光の方が落ち着くか、まぁ人によるだろうな」
「スタンもカイルも、太陽、という感じがする」
やはりそういう話になっていたかとジューダスはひとつため息をついた。
暴きだすという意味ではないだろうが、確かに本人たちに月のように物静かなイメージはない。
気まぐれに聞いた。
「お前も、光の道を歩みたかったか?」
「ひっそりこっそり月明かりを散歩するほうが好き」
「……」
普通に日常会話に戻っている。
ので、自分から振っておきながら、返事に窮することになるジューダス。
『今の坊ちゃんも、おんなじですよねぇ?』
シャルティエが意味深なことを言ってきたが、黙殺してジューダスは小さなため息をついた。
「でもこの時期は、太陽の光もそんなに強くないから……今日は風もないし、散歩日和だね」
ようやく、休憩を終わりにする気になったのか、一番に立ち上がったロニが大きく伸びをしていた。
つられるように全員が立ち上がり、こちらを見る。
「ジューダスー!
ー! 行くよー!」
右手を大きく振って、カイルが呼んでいる。
「散歩日和、か……危険を伴う旅なんだがな」
「同じ道のりを歩くなら、楽しく歩きたいね」
そう言って、
が歩き出す。
ジューダスもそれに続く。
その、なんでもない言の葉の意味を考えながら。
鳥は去り、だが、蒼穹は遥か行く先まで広がり続けていた。
2017.11.17筆(11.27UP)
散歩でふと気づいたこと。
お題にすべきでしたが、深層心理的な表現が入ってきたので連載寄りということで短編に配置してみました。
青空に白い大鳥はほんとに不思議な光景です。
青空にオレンジの落ち葉も補色効果ですばらしい。
