水の色
冬の息遣いが聞こえてくる。
葉が落ちきった木々は鋭利だが繊細なシルエットを青空に向けて伸ばしている。
人気のない林と川べりに挟まれた細い道…陽だまりを選ぶようにカイルたちは旅の休憩を取っている。
源流に遠くも無いその川は、浅いが多彩な流れを見せていた。渓流、といっていいだろうか。
『は何を見ているんですかね』
渡ってきた粗末な木の橋のすぐ上流あたりで、川を見ながらあれこれと騒いでいるカイルたちと、ジューダスを挟んでちょうど反対側にがいる。川から見ると更に上になる。
また、川の中かそのあたりに何かを見つけたのだろう。しゃがみこんだまま両頬に手をついて動かないをシャルティエが気にし始めている。
ただ、その「何か」がわからなかったので、ジューダスはシャルティエに促されるようにそちらへ歩を寄せた。
「何を見ている?」
少し遠くから眺めてから、声をかける。が顔を上げる。
そして、視線をまた下へ戻した。その先には、流れから隔離されてしまった水の溜りがあった。
「あそこの溜りが、きれいだなーって」
指を指して言う。水量が減って支流が分断されたのだろう。少しだけ深みになっているそこには水面は風で揺れるものの、流れは無かった。
「小さな魚もけっこういるよ。それに、散った葉っぱが沈んできれい」
水底には、確かに紅葉して散った落ち葉が厚く堆積していた。
まだ沈んだばかりであろうか。
エンジ、赤、黄色。どれも色は鮮やかで初冬の柔らかな光を受けて美しいコントラストを描いている。
水面にも落ち葉が浮いていて、それが風で川の流れとは逆の方へ緩やかに揺れていた。
『なんだか静かな景色だねぇ』
雨が降った後は、様々な色が鮮やかになる。それが水中なのだからてきめんだ。
シャルティエもそこに静寂を感じて、冬の透明な水にほっこりとした調子で感想を漏らしている。
静寂。そう、言われてみれば確かにそこは静かで穏やかな空間だった。
突き出るように上流の入り口に鎮座する大岩の下も、南からさしこむ光に静かなひだまりを作っている。
ちらと動く影は、小さな魚だろう。不思議な光景だ。
「季節を感じる」
「風流なことだな」
実際、旅をしているので季節なんて割とすぐにこちらから抜け出してしまうのだが、よくも行く先々で目ざとくこういう場所を見つけるものだ。
「さっき渡った橋の下もきれいだったよ? 向こうは流れがあるから光の波紋が水底で流れてて。でもこっちと違って動きがあるから全然雰囲気は違うね」
『落ち葉も積もってた?』
「うん、今の季節は流れの緩やかな深場に溜まるんだね」
そういって戻した視線は穏やかに静寂の水底をみつめる。
は水場に対して、トラウマを抱えている。
正確に言えば、波の音、そしてその動きが激しい場所が少し危険だ。
海や川が嫌いなわけではないので、こんなふうに流れから離れていたり、フラッシュバックさえ起こさなければ問題はないが。
そんなことを思い出しつつ、ジューダスはを見る。
穏やかな表情。
ふとよぎった感覚。今、触れることは不要だろう。
しかし。
「私たちが沈んだ場所も、あんなふうに静かで穏やかな場所だったら良かったのに」
ぽつ、とこぼした。
表情は変わらない。
ただ、静寂な水底に安らぎを覚えている、そんな顔だ。
けれど、ジューダスは思い出してしまう。
「リオン」として最期を迎えた場所。
濁流が渦を巻き、崩れゆく深い洞窟。あのあとどんな光景が訪れたのか。
意識を手放したため、「リオン」はそれを知らない。
だが「ジューダス」はおそらく知っている。
ジューダスとしてこの時代に呼び起こされたあの時にさまよった冷たく、暗い場所。
あそこがその場所ではないかと、今でも思う。
光などさすはずもなく…だが、水の流れはなかった。18年前の「あの時」は泡沫ですら漂うことを許されない空間だったろう。
すべてが圧倒的な力で押し流され、留まることすら許されない。決して、美しい泡を見ながら、などと夢のような妄言すら通じない、そんな混濁とした世界。
ふと。
「ジューダス」
どんな顔をしていたのだろうか。
に呼ばれて顔を上げると、がなんでもないような、しかし彼が視線を向けたことでの顔に心配のような気配が浮かんだ。
「ごめん。他意はないんだ、あんまり深く考えないで」
「……」
その光景を一番よく知っているのはだ。
初めてリーネを訪れたとき、の口からそれを聞いた。いや、聞いた、というより聞き出した、というのが正しいか。
その光景を思い出したくないのは、彼女の方だろう。
「ただ、あそこがきれいで静かであったかそうだなーって」
そうしてまたあまり大げさではない表情に戻る。少しだけ苦笑混じりで。
「きれいなのは水が冷たいからだろう。あたたかくはないと思うがな」
ジューダスは「ジューダス」として意識を戻す。
ため息をつくとは小さく笑った。
「じゃあ、ここで見ているのがいいね」
「……そうだな」
休憩のはずなのに、陽気の良さにはしゃいでいるカイルたちが、その名を呼んだ。
手を振りながらこちらへやってくる。
旅の途中だ。
また、ここから歩き始めて次の目的地へと向かうのだろう。
「もう少し歩けば、次は冬か? ……寒いのが苦手なのと、何か景色を見つけるのはどちらの発動が早いんだろうな」
「次の街で、防寒対策をしっかりしよう」
そして、あっと声を上げる。
「カイロはあるんだよね。……売ってるかな」
カイルが昔、ハイデルベルグに行く船を前に口走っていたことを今頃思い出したらしい。
「使い捨てのか?……100枚くらい買うつもりか」
「……現実的ではない」
持ち歩くくらいで一苦労しそうだ。割と自己発熱して不要そうなロニに持ってもらうという手もあるが。
「じゃなくて、入れ物があれば…ファイヤーボールとストーンザッパー併用で無限リサイクルできそうじゃない?」
「……お前はストーンザッパーを使えないだろう。僕はそんな間抜けな晶術の使い方に協力せんぞ」
今まで散々、着火にディスクを使ってきたくせに…
と、けっこう前のことをぼやいたその言葉は、シャルティエのそれと重なった。
放っておくと快適な旅生活を追求し始めそうなので、ジューダスはカイルたちと合流すべく、を引っ張ってそちらへ戻る。
「全く、お守りはカイルたちだけで十分だぞ」
そんな言葉を呟きながら。
風は冷たくなってきたが、晴れた昼間は心地よい。
今日の旅路は、穏やかに進みそうだった。
20171127筆(12.6UP)
今秋は感じる景色が多くて、連続性もありますがいろいろ被っててすみません(汗)
で、内容的に最期の場所の描写にもつながったのでお題ではなくD2カテゴリ収納です。
タイトルも前話にあわせてみました。
