弱点探索
「シャル」
街中だというのに珍しく坊ちゃんの方から話しかけてきた。
心なしピリッとしたものを感じる。
表情もどこか達観したような、遠くを見るような目ではなく何か真剣な光を宿して見える。
『どうかしたんですか?』
「お前に聞きたいことがある」
『改まって何ですか』
これは、おちゃらけて答えるのはなしだろう。
何より、坊ちゃんのかもす雰囲気が物語っている。
「……お前は
の嫌いなものは、何だと思う?」
『…………………』
え。何それ、どういうこと?
僕の脳内……いや、情報処理、というのだろうか。ともかく一瞬にして真っ白になった。
『嫌いなものって……急にどうしたんです』
「あいつ、僕の嫌いなものは食わせようとするくせに、自分はしゃあしゃあと嫌な顔ひとつしないで食事をしているだろう」
『うーん、でも無理矢理じゃなくて坊ちゃんが気づかないくらいうまく入れてるし、気付かないからにはまずくはないんでしょう?』
……坊ちゃんの顔が、オレンジケーキと思い込んでキャロットケーキを食べた時とは比較にならないくらい、苦々しくなった。
「うまく入れてるんじゃなく、あれは混入、もしくは偽装のレベルだ!」
『思いやりですね』
「思いやりで食わせた後に、してやったような顔をするか?」
なんとなくわかってきた。
『つまり、悔しいんですね』
「……」
坊ちゃんはこう見えて、負けず嫌いなところがあるから、やられっぱなしな感じがして納得いかないのだろう。
とはいえ、誰しも好き嫌いはある。
カイルたちの前では堂々とニンジンとピーマンはよけてくれ発言をしていても誰もそれでからかったりはしない。
18年前にそんなことを言おうものならすかさずあげ足を取られたろうけど、
はその頃から坊ちゃんのことをこども扱いをするようなしたことはないので、逆に子どもっぽく見られたくないのか最後まで突っぱねられないのも現状だ。
男のプライドという奴だろうか。
セロリとかならありがちでスルーされるんですけどね…なんていうか、そこは王道なのが僕から見てもやりにくいだろうなとは思う。
わかってます。たまにはやり返したくもなるでしょう。
なので僕は追求せずに進めた。
「
の嫌いなものかぁ……食べ物の話ですよね」
「食べ物以外なら僕も知っていることは知っているが、アレはロニと違って本当に嫌いなように見えない」
きっぱりという。
アレっていうのは、心霊現象的な何かだ。オベロン社の坑道が肝試し状態になっていたがその時も「誰か怖がる人がいると冷静になれるからいいよね」などとさらりと言っていた。
『そもそも顔に出ないから、食事の時も苦手でも分かりづらいんじゃないですか』
「確かに。あいつ、出されたものはきちんと食べているしな」
分かりづらいが意外と無理して律儀に食してしまうタイプだ。
ある部分においては、坊ちゃんと似ている。
『しかし、感無量ですねぇ……18年前は全然そんなことに興味も持たなかった坊ちゃんが、他の人のことを……』
「そこはまともに反論すべきなのか。それとも何か突っ込んだ方がいいのか?」
興味のベクトルが感無量な方向とは違うことには僕も気づいている。ともかく無関心よりは遥かに喜ばしいことなので先に進む。
『直接聞いてみましょうか』
「それじゃあお前に聞いている意味がないだろう」
『大体僕の見てるものは坊ちゃんの見ているものと同じですからね、そんな急に言われてもなかなか思い浮かばないですねぇ……』
とはいえ、観察力は各々異なるので、思い出してみる。
人気のない街角でベンチに座って、坊ちゃんは空を見上げる。。
雨が降りそうな曇り空。……一見すると、とても高尚に物思いに浸っている人に見える。
……考えているのは、野営時の方が多い毎日の食事の様子であるが。
『そういえばわさびゼリーが苦手って言ってませんでした?』
「そんなもの、ふつう苦手な人間の方が多いだろ。もっと手軽でありがちな食材の中から思い出せ!」
僕にはわさびゼリーがどんなものかさえ、想像つかないんのが気になるんですけど。
『やっぱり次から気を付けてみるか、本人に聞くかが早くないですか』
「お前、本人に聞いて答えると……」
『えぇ、そうですね』
思います。
坊ちゃんも同意なのか、言いかけて黙っていたのでみなまで言わずに通じてみる。
『僕が聞きますよ。いつも通りナチュラルでフレンドリーでおちゃめな感じで』
「普通に聞け」
そんなわけで。
聞いてみた。
『ねぇ
、
って嫌いな食べ物あるの?』
「何? 唐突に」
……全くナチュラルじゃないじゃないか# という空気駄々洩れで坊ちゃんが黙りこくってしまった。
『唐突って言ってもほら、話せるチャンスあんまりないから』
「だからなんで嫌いな食べ物なの?」
『気になったから!』
「「………………」」
ものすごいナチュラルだ!(僕限定)
証拠に
は答えてくれる。
「チュパカブラとかかな」
『何それ食材!? なんか全然違う感がひしひし伝わってくるんだけど!?』
「それってリオンの心境がシャルに伝わってるってこと?」
「そうではないだろうが、概ね同意だ」
素直に認める坊ちゃん。
「チュパカブラ……UMAだっけ? 不味そうだよね。よく知らないけど」
『よく知らないのになんでその単語が!?』
「閃いた」
「閃くな」
ゲテモノの類であると思われる。
「普通の食材で答えろ! 普通のだ!」
「え、何それ。まるでジューダスも聞きたい話題みたいじゃない?」
僕と坊ちゃんは同時に言葉に詰まる。
そういう
クロが続くのは我ながら珍しい。
「そうじゃない。お前がまたわけのわからないことを言いだすからだ」
「ジューダスはそういうの、興味なさそうだから一緒に調べるところから始めてみようか」
「UMAの話はもういい」
危うく話が逸れっぱなしになるところだった。坊ちゃんが軌道修正してくれた。
「嫌いなものねぇ……そういわれると、特にないかな」
「そんなにお前は健全なのか」
まぁ確かにナナリーとかならわかるけどね…
「そういわれると、特に 今は思いつか ないかな」
「……」
自分でもそのあたりはひっかかっているのか、言い直した。
『つまり出されてこれ苦手かも、って思う程度ってこと?』
「かな。食べられないわけじゃないけど自分からは手を出さないものは割とある気がする」
人から出されると礼儀上食べる。ということか。
「例えばなんだ」
「例えば……小さい森」
『??? 小さい……森?』
「……パセリか?」
「あっ!」
確かにそれっぽい。
「惜しいな。パセリは森っていうより樹木じゃない?」
違いは一体。
しかし、なぜかわかってしまう。
「ブロッコリーか」
確かに小さい森だ。
『へぇ~何か意外。野菜とか好きな方かと思ってた』
「そうでもない。肉・魚・野菜はバランスよく採りましょう」
「炭水化物はどこへ行った」
ふつうに食事談議になってきた。
「果物が一番好きだな。お茶と果物だけで私は生きていける気がする」
「どこの草食動物だ」
坊ちゃん、草食動物はもっと、葉物野菜とか食べてます。
『何かそれはわかるけど、あんまり
ってこれが嫌いとかあれが嫌だとか言わないから』
「なんだそれは。僕に対するあてつけか」
『ち、違います! 坊ちゃんは頑張ってます!』
「どんなフォローだ#」
ふざけるな。と怒られてしまった。
「出されたものは食べるのが礼儀だと思っている。でもナナリーが食事当番の時はうっかりすると山盛り盛られるから、なるべく自分でよそるよう気を付けている」
確かに。食べすぎて直後、モンスターに襲われた日にはお腹が重くて動きづらいのは目に見えている。
世の中には、空腹くらいで頭が冴えるタイプの人とお腹いっぱい食べないと元気が出ない人がいるのを僕は知っている。
『あはは、体が資本、みたいな人が多いからねぇ』
「知ってる? エネルギー消費が一番多いのは脳なんだって。甘いものが欲しくなるのは頭の使い過ぎかもね」
「誰の話だ?」
はコートの内ポケットに手を入れて、そこから小さなチョコレートボンボンを出して、坊ちゃんにも渡した。
『そういえば
は甘いものは結構食べるよね。坊ちゃんと一緒に』
「誤解を招くような言い方はやめろ!」
「備蓄するほどじゃないけど、あれば食べる。これは宿のおばちゃんにもらったの」
経緯が気になるところだけど、話が進まない。
『そもそも食に対する感心が薄いんですよ。下手すると坊ちゃん以上に!』
「なぜ僕を引き合いに出すんだ!」
「嫌いなものが思い浮かばないということは、まぁ確かにそうなのかもしれない」
今日の
は特に執着心ゼロに近い。ある意味、生きるための欲に欠けるのは危険なのでは。
「でも食事はちゃんと規則的に取るように心がけてるよ? リオンと違って」
「だからなぜ僕……というか、その名前が急に出てくるんだ!」
言いかけて素早く視線だけで周りに人のいないことを確認してから言い直す。
「ジューダスはこの時代に来てから、健全な食欲になったよね」
『あ~ 生きる意欲は確かに上がってる気がしますねぇ』
「お前ら……何をしみじみ言っているんだ」
話が完全に逸れた。
だが、本題を見失うのは
本人が嫌がることなので、自ら答えることになる。
というか、一周回って戻ってきた感はすごくある。
時間あるから僕としては、長く話せるのは嬉しいことだけど。
「苦手な食べ物……というか、飲み物も含めて一般的に、ラディッシュ系は苦手かも」
『そうなの!?』
「ふつうに割と出る食材だろう」
「大根ならサラダか切干以外は苦手」
え、何その後半のしぶい例え。
「……」
『どうしました? 坊ちゃん』
「いや、本当に普通に出る食材だなと思っただけだ」
それだけ見ていなかった、ということに気づいたのだろうか。それは僕も同じことなんだけど……
「よくあるものだとあとはコーヒーとか、ビールとか、ピーマンも敢えて手を付けるほどではない」
『そこ坊ちゃんと被ってる!!?』
「お前……それで仕込んでくるのはニンジンばかりなのか?」
「汎用性の問題です」
確かにピーマンの苦みを消すのはニンジンを甘くするより難しい気がする。
それ以前に、ニンジンの方が一般的なメニューに使いまわしがきくので出現率が高いわけだけど。
「それに別に私は普通に肉詰めとか煮物とか食べられる」
「なんだそれは。僕が肉詰めも煮物も食べられないと?」
「そうは言ってな……いや、そっか。そういうことになるよね」
の方に何かスイッチが入ってしまったらしい。
坊ちゃんの方からも、かちん。と何か音がした気がしたが、
は顎に手を当ててもっともだという感じの仕草をしたのち、坊ちゃんの方を見て……無言でふっと笑った。……ように見えた。
「煮物はよく煮れば苦みもなくなるからね~それくらいは私でも平気ですよ~?」
「ふざけるな! 僕だってそれくらい煮込まれれば食べれないわけじゃない!」
『ちょっと、坊ちゃん落ち着いて!』
ここで食べないと子ども扱いされそうで、つい張り合ってしまう坊ちゃん。
というか、それくらいってどれくらいですか。
「じゃ、次野営で当番になったら野菜たっぷりのラタトゥイユでも作ってあげるね。レシピ知らないけど」
「レシピくらい調べておけ!」
あ。
「うん。わかった」
……こうして。
の本当に苦手な食材がよくわからないまま。
次の野営食は、野菜よりどりみどりの鍋、確定。
2020.3.4筆(3.15UP)
未来が分からないまま書き綴ったら、ジューダスの首が締まった模様。
でも大丈夫。ジューダスはたぶん、食わず嫌い系じゃないかと思います。食べたら意外とイケる派な予感。
