身の丈
アイグレッテの街は、新しい。
既にかなり大きく、整った外観をしていたがまだ街区は拡張しつつあり、工事枠外の町の入り口にはテントに近い露天も軒を連ねていた。
そちらは整備された神殿の門前エリアとは対照的だ。
街としての境界は曖昧で、整然と混沌が入り混じっていると言うか…
「ちょっと待て」
アイグレッテに着いて4日目の午後。
久々に一緒に行動しているリオンは、
の腕をひいた。
現在地は限りなく街の端に近い、一番雑多としたエリアである。
「これ以上奥に行くな。必要が無いだろう」
「そうかな?でも意外に掘り出し物が多くて面白いよ」
発展途上ゆえか人は多く物流も激しい。
特に、このあたりは行き交う人間も様々で確かに
の言うとおり店では見慣れないものも多々目にとまった。
要は法の網も目が荒くまったく捕まえられないものが役人の目の届かないこの辺りには転がっているのである。
しかし、それは同時に治安も行き届いているのか疑問なわけで。
「お前…まさかこの3日間、こんなところをうろついていたんじゃないだろうな」
「3日もあれば門前街の方は見尽くしちゃうよ。3日とは言わないけど、まぁ足を伸ばしたことはあったね」
リオンの顔が忌々と曇る。
この街は…かつてのダリルシェイドのように活気はあっても、整備は済んでいない。
とにかく奥へ進むほどいかがわしそうな気配があるのにそちらへ行こうとした
を止めた。
「馬鹿者。どう見てもこの先は…安全とは言いがたいぞ。
お前はそんなに我が身が可愛くないわけか」
「そんないい方しなくても…確かに宿の方と違って治安は悪そうだけど」
光が強いと言うことは、それだけ影も濃くなると言うことだ。
そんなことは
だってわかっている。
「嬢ちゃん嬢ちゃん、この壷どうだい?エルレイン様の奇跡のご加護を受けた壷だよ」
「「………………」」
「大丈夫。なんとか商法にはひっかからないから」
「当たり前だろう」
後ろから声をかけてきたテントのおじさんは無視して会話を進める2人。
「わかった。じゃあもう1人では来ないから…リオンが一緒だったら大丈夫だよね。」
またそうやって曲解する。
背中でシャルティエが苦笑をもらしている気配を感じながらリオンは小さく溜息をつく。
彼は彼で、そんなことを言われたら自らのプライドにかけて大丈夫じゃない、などとは言えないのである。
「大体僕は武器を買い換えるというから一緒に来てやったんだぞ。
…だったらそもそもこんなところまで来る必要は無い」
「だから掘り出し物がないかなぁと」
初めに戻ってしまった。
しかし、それはそれ。
この2人が同じ論争2周目に突入するようなことはない。
「その掘り出しものをどうやってみつけるつもりなんだ?」
「私は目利きじゃないからリオンならわかるかな、と」
「結局僕がやるのか」
「…店で選んでも戸外で選んでも同じこと。」
確かに。
『まぁいいじゃないですか。時間はたっぷりあるんだから』
そんなシャルティエの言葉もあって何かひっかかりながらもリオンが折れた。
「ざっと見て目ぼしいものが無かったら店の方に戻るぞ」
「いいよ」
あっさり了承するとリオンが先になって歩き出す。
そうして見始めるとほどなくして
が声を上げた。
「あっ、そうだ」
「?」
「シャルにも手伝ってもらおうか」
いきなり
はにこやかに言った。
リオンから無言で疑問符が返ってくる。
「シャルにはレンズの感知能力があるんだよね。
このエリアで一番強い反応を探してもらって、行ってみない?」
『そりゃできないことはないけど…』
「レンズの反応を探してどうする。お前が欲しいのは剣だろう」
「剣じゃなくても役立つかも。」
ほとんど宝捜しのノリである。
例えば、がらくたを見たときに、ただのゴミ山かと思うかそれとも宝の眠る山かと思えるかは成功する人間とそうでない人間の差だと言う。
そういう意味では
は可能性を拡張できる才能がある。
「わかった。どうせ一周するんだ。シャル、その間に何かあったら声をかけろ。」
『わかりました』
仕方なさそうにリオンが言うと、自分の出番をもらってどこか嬉しそうなシャルティエ。
程なくして強いレンズの反応にあたった。
『あれ、そうですよ。左側の剣の柄についてる…』
おあつらえ向きに武器だった。
「物は悪くないな。──この街で出回っている正規品よりはマシだ。どうする?」
しかし、やや幅広で今まで使っていた紫電のことを考えるとおそらく慣れない
には向いていない。
「ジューダスが今使っているのと比べてどう?」
人の真ん前なので呼び方を切り替える。
「良いだろう。まぁこれはノイシュタットで間に合わせに買ったものだしな…」
「じゃあジューダスが使えば?」
「…僕の武器を探しに来たんじゃないだろう」
やや呆れ顔のリオン。
しかし、手をのばしたところでその手が止まった。
他方から別の手がそれを抑えようとしたからである。
はたと合う目と目。
「ふっ」
『彼』はなぜかおおげさなリアクションで額に手をやった。
「この漆黒の翼、グリッド様と同じ品物を手にしようとするとは…お目が高いな、少年!」
偶然だろうが、グリッドのお目の高さの方にびっくりです。
いきなり笑い出した青年の姿に思わずジューダスの眉が寄った。
その後ろにはさえない顔をした男と、妙に色気はあるけれど品の無さそうな女性が立っている。
「これも何かの縁。2人とも見れば剣士のようだがどうだ、我が漆黒の翼に入ってみる気はないか」
よほど人手不足なのだろう。
勧誘が始まってしまった。
「我が漆黒の翼に入ればこんな町外れにくすぶってなどいなくとも富も名声も手に入るぞ?」
その富と名声がある人間がなぜここにいるのだ。
つっこみたかったがかえって混乱するのでやめておく。
「生憎、名を売ることに興味はなくてな… ?」
『坊ちゃん、あの剣…』
その時、シャルティエが何か呟いた。
にも聞きとれない小さな声だ。
ただ、それが聞えたらしいジューダスの視線がグリッドから一瞬逸れる。
それからまっすぐに彼を見て───なぜか店のオヤジに声をかけた。
「おい、その剣はいくらだ」
「これかい?これは…3000Gだな」
「さっ…」
グリッドの顔色がさっとひく。
明らかに市価の一般的な剣の数倍だ。この街で手に入る一番の正規品でもそこまで高くない。
「ちょっとちょっと〜そこに500、って書いてあるじゃない。急に上げようったってそうはいかないわよ!」
ついに連れの女、ミリーが声を上げる。
買い手が2人現われたことでオヤジがふっかけていることは明らかだった。
しかし、ジューダスは慌てない。
「3000、か…おい、グリッドとか言ったな」
「な、なんだグリッド様と言え」
この期に及んでしどろもどろに、どうでもいい虚勢を張っているグリッド。
「お前がこの剣を使うつもりだったのか?」
「だった、のではない。これほど品がある剣はオレ様にこそ合っている。ゆ、譲るつもりはないぞ」
財布に3000入っているのか謎の発言である。
「ほぅ?…だったらそっちの剣は要らないな」
「何?」
「今、お前が腰に下げているやつだ」
しゃくるように言われて慌てて自分の持っている剣に視線を落とすグリッド。
落ち着きのない人である。
「よもやそんな華奢な剣しか使えないわけではあるまい?」
フッとあざ笑うジューダス。面白いので傍観に走っている
。
「も、もちろんだ!これはダリルシェイドで盗っ…いや、手に入れたのだが…このグリッド様には役不足でな。代わりの剣を探していたところだ」
「そうか…。おい、店主。その剣3000で買うぞ」
「へっ?…ま、毎度!!」
ふっかけたオヤジ。値下げ希望はあっても即、売れるとは思っていなかったのだろう。
一瞬呆けたが、嬉々としてジューダスに剣を渡した。
「さて、物は話だが…どうだ?これと交換しないか?」
「な、何…?この剣と、か…?」
「あぁ。どうせ華奢で使えないんだろう?悪い話ではないと思うが」
「ちょっとリーダー!!3000よ!?3000!!儲けだわ!!」
「そんな大金おいら達には払えないっス」
「うるさい!!お前ら黙ってろ!!」
見る間に湧いたミリーとジョンの様子に一喝してからゴホン、と咳払いをするグリッド。
「なるほど、このグリッド様の使っていた剣をオレ様にあやかって使いたいとは…なかなか感心な心がけだ」
「どこをどうしたらそういう解釈になるのかはわからんが誰も貴様のおさがりを欲しいなどと言っているわけじゃない」
ズバリ、と歯に衣着せぬ物言いにグリッドはさすがに閉口。
しかし、彼はめげなかった。
漆黒の翼のリーダーたるもの、いつでも尊大で品位を高く保ち、民草に埋没してはいけないのである。
「ふ、まぁいい。口先ではなんとでも誤魔化せるさ…しかし少年の気持ちは忘れないぞ」
「どーでもいいから早く決めろ。僕らはこれでもいいんだぞ」
そう言われてグリッドは慌てて鞘ごとはずしてジューダスにそれを差し出した。
左手で鞘から柄を数cm押し出し剣身を確認するジューダス。にやりと口元に笑みを浮かべると、グリッドに右手の剣を放った。
「交渉成立だ」
グリッドの手に収まった剣を見ようとミリーとジョンがグリッドを頭とする三角形の頂点に陣取る。
その背にはもう興味がないようにジューダスは再び表情をリセットすると
に呼びかけた。
「戻るぞ」
露天の町並みを抜け、再び優美な建物が覗く大通りに戻るとジューダスは
に剣を渡した。
「鞘を新調するんだな。わけのわからん男の使っていたものは嫌だろう」
「そう言われると、なんとも思わなかったものが嫌なものに思えるのは何故だろうね」
と、渡された剣に視線を落とす
。
鞘から20cmほど抜いてみる。
磨きこまれた刀身には見慣れない文字が掘り込まれている。
見慣れないが、しかし見たことはある文字だ。
「ルーン文字…?」
「あぁ、正真正銘のルーンソードだ。あの正体不明のレンズの剣よりよほど身元の明らかなものだぞ」
「あ、ひょっとしてさっきシャルがリオンに言ってたの…」
『うん。他の剣とは全然感じが違うからね。』
「その価値がわからんとは…あの男も知れたものだな」
態度からして茶番な感じではあるのだけれど。
しかし、この剣を見つけたこと自体は彼のお手柄だ。
それを手放してしまうのだからなんといったらいいのだかわからないが…
「お目は高いのに、見る目がない、ってところかな」
そのわけのわからない表現が言い得て妙で、まるで生き様を表しているかのようだ。
「その剣が3000なら高くない。むしろ投げ売りだ」
ちなみにこの時点の3000とは2人でファンダリアまで船で15往復できる金額である(余計分かりづらい)。
「だが、あの男。ひとつだけ的を射たことを言っていたな」
と何か感心したようにジューダス。
どこか愉快そうでもある。
「何?」
「役不足だといっていただろう。確かに…この剣にとってあの男では役不足だ」
ふっと笑ったジューダスだが
は苦笑しか返せなかった。
役不足にならないようにせいぜい頑張らねば。
「それに────見るからに似合わんしな」
『あぁ、それで坊ちゃんは
に合う剣が探せてご満悦なんですね』
シャルティエが爆弾を投下した。
それが当たっていたかどうかは別として、珍しく良かった彼の機嫌はそれで地に落ちてしまった。
「…」
「シャル…」
『すみません…』
さすがに発言過剰と察したシャルがすかさず謝るが時、既に遅し。
こうなるとどう頑張っても沈黙しか返ってこないとわかっているのかシャルも弁解しようとはしなかった。
「ジューダス、じゃあこれから鞘を見にいって…甘いものでも食べて帰ろっか」
「なぜそうなる」
「いい剣を選んでくれたお礼。おごるよ。」
「…」
礼といわれれば是非もない。
小さな溜息と共に空気がやにわに緩む。
シャルティエからも安堵の溜息が聞えてきそうだった。
あとがき**
117157(いいないちごな)HITというステキな語呂でみつき様リク—ほのぼのギャグで買い物。
買い物?何、買いに行くだろう?と思ったら連載が同じ場所で進行中なせいか、やや連載寄りになってしまいました(長いし)。
グリッドが出てきたあたりがギャグと言うことで。
いかがでしょうか。
ちょっとでも和んでもらえたら嬉しいです。
