シャル日記特別版
−花とリオン−
朝、一番に目が覚めたのは
だった。
辺りはもう大分明るくなってきて、野営にしてもいつもより遅いお目覚めだった。
それもそのはず。
昨晩はきれいな月が出ていて、あまりにも明るかったので2人は散歩でもするかのように月光の下、歩き続けて野営の場所決めを先送りにしていた。
結果的に、いつもより就寝時間も遅くなって蒼い月の夜が明けてもこうしてまどろんでいたというわけ。
坊ちゃんはまだ眠っている。
どういうわけか大抵同じような時間に目を覚ます(それとも1人が起きるとその気配で起きるのか)のだけれど今日はまだ起きる気配が無かった。
薄い毛布にくるまって動く気配すらない坊ちゃん。
『おはよう、
』
「おはよう、シャル」
起き上がったいつもより眠たげな
に小声をかけると、それでもしっかりとした声が返ってくる。
彼女は意識的に覚醒を演じるようなところもあって、なかなか無防備な姿をさらさない。
それが切り替えの早いイメージを印象付けているが、気をそれだけ張っているのだと思うとちょっと寂しいところもある。
(いや、野営中を強いられてもぼんやりしているメンバーだったらそれこそ大変なわけだけれど。)そういうところは坊ちゃんと似ているかもしれない。
さて、まじめな話は置いておいて、これはものすごく噛み砕いて言うと「寝顔を見られるのが嫌い」なのだともいえる。
18年前にはどちらが先に寝付くか妙な意地の張り合いが展開されていたこともあるくらいだから。
今は2人旅だし、どう見たってそのときよりはお互い気を許しているから、意固地になるような理由も無い。
僕はそんなふうに、眠っている2人を見るのも密かに好きだった。
けれどやはり『改めて見られるのは嫌い』なのだとは思う。
だから僕がそう思っていることは内緒。
しかし、そんな坊ちゃんが野営でこれほど目を覚ます気配の無いのは珍しいことだ。
は先に身支度を整えて、坊ちゃんを起こさないように辺りを散策している。
そんなことを言っているうちに太陽は、すっかり辺りを明るく染め上げていた。
いい天気だ。
「リオン…起きないね」
『うーん、さすがにそろそろ起こしてみる?』
「いや、いい。急いでないし目がさめるまでそっとしておこう」
そんな会話をされればさすがに目を覚ますかと思ったが…
身じろぎすらしないところをみると熟睡しているらしい。
そっとしておこうと言った
も、さすがに手持ち無沙汰になってきている。
彼女はちょっと足を延ばした先で、よく熟れたラズベリーを発見して持ち込んでいた。
そして、何を思ったのかたまたま一緒についていた小さな花を一輪、じっとみつめる。
おもむろに坊ちゃんの黒い髪の上に添えた。
の口の端がふっと綻ぶ。
『………ぷっ』
あぁ人間の体でないのがもどかしい。
口に手を添えて笑いを堪えることができないのが結構辛い。
突然の行動に、震える僕を置いて
はさっさとどこかへ行ってしまった。
が、すぐに戻ってくる。
「シャル、そろそろリオンを起こそう」
『うん、そうだね』
にこやかに言った彼女の手の内には大小とりどりの花弁がのぞいていた。
は、坊ちゃんの傍らに方膝をついてそれらをくすくす笑いながらぱらぱらと取り落としていく。
さすがに頭上に違和感を覚えたのか坊ちゃんは、はたと目を覚ました。
「おはよう、リオン。お目覚めは?」
「最悪だ。」
すぐ眼前の緑のじゅうたんに散らばっている花と、自分の身にふりかかった違和感で何が起こっているのか察した様子。
坊ちゃんはうつ伏せになったまま自分の腕枕から
を見上げた。
はらりと、白い花弁がこぼれおちる。
「なんだ、この花は」
「さぁ?黄色いのはタンポポなんだけどね?」
「誰が花の種類を聞いている。何をやらかしているのかと言ってるんだ」
そんな飄々とした返答も確信犯なので僕はもう笑うしかなかった。
上体を起こせば、辺りには点々と花々が散らばっている。
「笑うな。」
『だって、坊ちゃんなかなか起きないから…』
いや、一度も本気で起こそうとはしなかったわけだけど。
「こんなことをしている暇があったら普通に起こせ#」
「まぁまぁ。誰もが一度はやるいたずらでしょう」
「やらんだろ」
憤然と溜息をついて一蹴。
そこへ横からきれいな新緑の葉に載せられたラズベリーを差し出されて、ひとつ口に放り込んだ。
甘い果汁が寝起きで乾いた喉を潤す感覚。
毛布を畳んで、少し遅いけれどいつもどおりの1日が始まった。
さて、自ら「そんなことはやらない」発言をした坊ちゃん。
そのチャンスに恵まれたのは2日後だった。
とは言え、一昨日のように寝坊というほど時間は経っていない。
ふと、目が覚めたら、よく寝入っている
の姿があった。
『坊ちゃん…どうしたんです』
いつもだったらとりあえず身支度という相手に干渉しないやり方を2人ともするのだけれど、なぜだかじっとみつめているので聞いてみる。
もしもここがただの森の入り口でたまたま手元に何も無ければ、このままちょっとした思いつきで終わったのだろう。
さすがに坊ちゃんはわざわざ『そのため』に「取りに行く」なんてことはしない。
幸か不幸か、その手元には…
名もない野の花が、小さいながらも力強く、大量に咲き誇っていた。
いたずらというよりは仕返しと言う物騒な雰囲気を漂わせながら、
手早く摘み取ったそれらを
が初めにやったのと同じように音も無く添える。
「…」
『坊ちゃん…シャレになりません』
男女の違いなのか、普通に可愛らしいだけだった。
それとも、仕掛けた側の人間性の問題なのか。
それで、坊ちゃんは自らのしたことに激しく後悔したような雰囲気を漂わせている。
やめておけばよかった。
言葉にするならそんな感じだ。
が、ふと逸らした視線の先に大量の野の花があって、坊ちゃんの中で何かが切れた。
薄紫色の小さな花がついた草を手当たり次第に摘み取って、両手一杯になったところで無造作に彼女の上に放る。
「ふにゃっ!?」
聞いたことが無い声を上げて
がとっさに仰向けになった。
しかし、既に坊ちゃんの姿はそこには無い。
ふん、とさして面白くなさそうに小川の方に行ってしまった坊ちゃんは、残念ながら花に埋もれる
のその後を見ることはなかった。
「──ひょっとして…仕返しされた?」
『まぁ、坊ちゃんなりの』
「…そんなこともあるんだね」
横になったまま、自分の肩から零れ落ちた花の茎をつまみあげて
。
してやられやられたというより物珍しいという感じ。
もちろんその後にあったのはなんだか楽しそうな顔だった。
「これ、ハーブかな。いい匂い」
辺りには、かき回された緑の匂いと爽やかな香りが充満していた。
そのつもりは全く無いのだけれど、
彼女にとってみればお目覚めにはもってこいな演出だった。
坊ちゃん、変なところで負けず嫌いなんだから───
あとがき**
112333HIT、椅(いいぎり)さんリクエスト。
お題「10月11日の日記絵を小説化。その後、リオンにも何かしゃべらせる」。
まさか日記のちっさなネタがリクエストされるとは思っていませんでした(笑)
一瞬のいたずら演出が話になるのか?と不安だったものの…拡張すれば広がるものなんですね…(しかもシャル日記か。)なぜ「リオン」なのにD2なのか
と言えば2人旅中だからだと思ってください。
仕返しまでついてしまいました。
嫌になりながらも最後までやってくれたリオンに敬意を表します(笑)。
椅さん、リクありがとうございました。
