月の無い、よく晴れた冷たい風の夜だった。
-- White Scale -
雪は止んでいた。
その日は風も穏やかでハイデルベルグの夜は静寂に包まれている。
冷たく凍った雪の上を時折砂利でも踏むような音を立て、
は歩いていた。
息が凍りそうとはこういう時を言うのだろう。吐く息は絶えず白く、くゆるように染まっては大気に溶けて消えていく。
時々立ち止まってみると冴えるような濃紺の空に星が瞬いている。
確かめるように見上げると再び歩き出した。
ちょっとした散歩のつもりだったのだが、そうしていつのまにか宿から西門まで来てしまった。
南の大門は正面玄関の意味もあってか夜になると扉がしまるのにこちらは半端に開け放たれたままだ。
門に向かうにしたがって除雪もおろそかになってきているところを見るとこちらは裏口的な場所なのかもしれない。
もっとも、北西にあった国境の町ジュノスが地図から消え去ってからは、いったんスノーフリアへ出てから各地へ行くのがお決まりのコースのようだから出入りする理由も自然となくなってしまったのだろう。
冷たい青銅色の門扉を前にしばらく眺め考えた挙句、
の足はそのまま外へと向かった。
「こら、待て」
扉をすり抜けようとするとしたところで呼び止められそのままくるりと向きを変える。
白い街並みをバックに少年の黒い服はそれでも闇にとけそうだった。
「…いつからそこに?」
「さっきからだ」
早めの就寝時間も差し迫る頃、彼は
が宿を出る時には自分にあてがわれた部屋へいっていたはずなのでそのまま今日は会うことはないだろうと思っていたところ、偶然にも現れたのでつい目を丸くして聞くと例に漏れず呆れたような声が返ってきた。
「…さっきからって…まさか着いてきたわけじゃ…」
「そんなわけあるか!僕も外に出ていたらお前がふらふらと門になど向かおうとするから…」
通りすがりで見学を決め込み、そのまま門まで来たのに進む方向を変えることは無かったので止めようとしたらしい。
「まさか街の外に出る気じゃないだろうな」
「その気は無かったんだけど、ここまで来たら気が変わっちゃって」
変わっちゃって、はないだろう。
夜の1人歩きなどそれだけでも危険があるかもしれないというのに街の外に出ようとは一体何のつもりなのか。
ジューダスには理解できない。
もちろん
には大した理由は無いので理解させようとすることも無い。
強いて言うならそこに道があるから行ってみる、くらいかもしれない。
『っていうか、道、ないんじゃない?』
門から覗く外の光景にシャルティエが思わず呟く。門の外は真っ白だ。一見して雪が除かれた痕跡も無い。
…外に出る用がないならそれで当然ともいえる。
「道?…外壁沿いにほっそいのがあるみたいだよ」
閉じかけた右の門の向こうにはどうやら誰かが通った後があるらしい。
がすいっと外に出てしまった。
「おい」
ジューダスが覗くと確かに城の方に向かって行き来した跡があった。
が、それだけだ。ある程度の道幅は確保されているがその左側にはずっしりともはや人力で除けるには無理があるほど雪が積もって壁にすらなっている。
扉は半端に開いているのではなく左の扉が凍り付いて閉まらないのではないかと思わせる光景だった。
「西日しか当たらないから溶けないのかな」
なだらかな雪の壁を見ながら
。なだらかと言うのはあくまで壁としての話であって坂として見るなら適切でない表現だ。かなり急勾配になっているのは住民による除雪の努力の跡だろう。
ただでさえ雪はかいても捨てる場所が無い。左に投げ捨てればそちらに積もっていくのは道理。
一方でハイデルベルグ自体は開けた場所に立っているため日当たりも悪くなく、外壁も日が当たれば温まるのでそちらに近づくほどある程度は溶けている。
とりあえず、モンスターが堂々と入ってくる状態ではなかったのには安堵した。
「…」
「
」
「………」
無言で振り返る視線が次の瞬間笑みを浮かべている。
何か感じるものがあったのか口を開こうとしたその時、止める間もなく壁に手をかけ自分の体を持ち上げた。
「待てと言ってる!」
コートをつかむと後ろにずり落ちそうになってむしろ危ないのでジューダスはすぐ手を離す。口で制止しつつも無駄なことは知っていた。
「大丈夫だよ。ちょっとだけ」
「何がちょっとだけだ。大体これだけ積もっていれば1mも行けばハマるだけだぞ」
「そうかなぁ」
雪壁の側は日陰のために凍った雪がほどよく足場にもなり上ることは容易ではあった。
が、問題はその先。
圧縮もされていない降り積もった雪の上に上れば埋まるなど自明の理だ。
呆れて見送ると
の姿は雪の壁の上に上がると同時に消えた。
「…。」
「うわぁっ、ジューダーーース!」
「言わんことじゃない。」
慌てて雪壁に手をかけて上がってみれば、何も無い。
真っ白な、誰にも汚されていない雪原だけが遥か眼前に広がっていた。
「うっそv」
「…#」
頂上…雪原の始まりに片手片膝をついた体勢のジューダスのすぐ足元には、死角に腹ばいになって見上げる
の姿が。
『あはは、やられましたね』
「うるさい#」
すこぶる不機嫌気味にジューダス。
は体を起こすと雪を払い立ち上がった。
「ほら、絶景」
「…で?」
「沈まないよ」
雪の厚みは2m弱というところだろうか。
ちょうど2人が見上げて少し上くらいだったので。
不思議と真っ白な平原は、足跡すらつけなかった。
『えぇっ?どうして!?』
「…ここしばらく晴れてたから。雪が溶けて固まって…雪渡りができるようになったんだね。シャルの時代はずっと降ってたからそういうことはなかっ た?」
『うぅーん、そうだねぇ…そういうことしようとか、余裕も無かったし。』
やってみたところで遭難が関の山だったに違いない。
「きれいでしょ」
『うん』
あっさり現状を受け入れるシャルティエ。
さえぎるものは何も無い。
ひたすら白い平原は淡く光りを放つように濃い藍色の空とコントラストを描いて地平まで広がっている。
そのずっと先は、2つの相対する色が、境界も無く闇に溶けているのだから不思議なものだ。
「こういう時は、うっかり歩き出すと気付けば遥か遠くまで行ってたりするんだよね」
「…それで帰ってくるのが嫌になるのか………?」
「どこまでも行けそうな気はするね」
呆れたように低く言ってみてもあっさりかわされてしまった。
確かに彼女なら行ってしまいそうな気もする。
ジューダスは視線を遠くに馳せるその横顔を、僅かにみつめた。
もうそのまま戻ってこないと思えば、そうして思いついたように戻ってくるのだ。
再びジューダスの方を向いた
はじっと見返したかと思えばまじまじと1つの案を提示した。
「ジューダス…せっかく星が綺麗なんだから、ちょっと仮面とってみない?」
「星が綺麗なこととはなんの脈絡も無いだろうが#」
仮面のことに触れられると一も二も無くかみつくジューダス。
だから嫌ならとればいいのに、という発言は取り付く島のない論争に終わるので禁句である。
ふん、と明後日を向いたジューダス。
それが悪かった。
「取ったりー!」
「ばっ…」
は力づくで背後から仮面を取り上げた。
「待て!!ふざけるな… っ!!!!!」
ズボォ!!!
向き合って掲げられた仮面を取り返そうと踏み出したところで
を撒き沿いにしてジューダスは大きく雪にはまった。
「…#」
怒りでもはや言葉も無いらしい。
「あーあ、いくら雪渡れたって、静かに踏み込まなくちゃこうなるよ」
表面を破ると意外にも中は、小さなビーズのように荒い粒子で敷き詰められている。
つっこんだ感覚はといえば、いきなり水上の氷が割れて、膝辺りまではまった上で上体は陸に間に合いました、とでも例えればいいだろうか。
倒れた腰のあたりまで雪まみれになって
が力の無い笑いを浮かべている。
「あ」
その視線がふいにジューダスの肩越しに東の空を見た。
視線を追ってみると蒼い月がハイデルベルグの上に昇ろうとしていた。
先ほどまで暗かった星空が淡い光に包まれていることに気付く。
上弦の月が城の尖塔にかかって、大きな光と影を落とし始める。
暗かった雪原がにわかに幻想的な彩につつまれていた。
すると俄かに気が付くものだ。
巨大なハイデルベルグの街をも飲み込む白い静寂が、更にそれよりも遥かまで広がっているのだと。
そして、その外から自分たちはそれらを今、見つめている。
それは、ふいに世界の広さを感じる瞬間だった。
しかし。
「冷たい。」
「だからやめろといったんだ#」
人には限界と言うものがある。
それからしばらく、早足に宿まで帰って
風呂が湧くまでの間、共有リビングで暖炉の前に陣取る2人の姿があった。
あとがき**
水希梨緒さんによる160901(色をくれぃ)hit‐キリリク「ほのぼの系」。
…うっかりD1なのか2なのか、はたまたオールキャラ系なのかジューダス相手なのか何もかも訊きそびれた為、ある意味難産でした(笑)
この頃、冬で雪が激しいので…そして連載もタイムリーなのでハイデルベルグで散歩です。
最初はたまには月がない夜を…と言う予定だったのですが、やはりなんだか一味足りず。
仕上げた夜も良い月でした。
水希さん、リクありがとうございました。
