隠しているものがあるのは、あいつだけじゃねぇってわかってる
─ いつか繋がる欠片
イレーヌ=レンブラントの遺言をみつけ、ノイシュタットに戻った後…
船の修理が終わるまで、彼らは滞在を余儀なくされていた。
もっとも、ノイシュタットはフィッツガルド大陸を代表する、この時代としては世界でも指折りの自治の行き届いた街であるからいい観光の機会でもある。
カイルたちも他の船客の例外ではなく宿の手配を済ませると自由行動と相成っていた。
無論、例によって全員が行動をともにしているわけではない。
むしろこんな時、ロニはナンパに、カイルとリアラは街の散策にでかけたり、ジューダスは気付けばいなくなっていたりと一種混沌的な行動パターンは出来上がっている。
はといえば、誘われれば気まぐれにカイルたちとも一緒に出かけることもあるがそうでなければやはり一人で散策することが多い。
今日も港にでかけていた帰り…日の暮れる頃に宿への帰路を辿っていたが、ふと左手の坂を下がっていく向こうに見覚えのある人影をみつけて足を止めた。
ポケットに手を突っ込んで、高い背を折るようにして歩く。
やジューダスには真似しようと思ってもできない独特の歩き方。
その背中が語っているものを察した気がして はチョット考えてそちらに足を向けた。
その先は昔…といっても彼女にとってはついこの間の話だが、貧民街だったところだ。
今でも地形は名残を残していて、街の南側は一段下がっているところが多くその店も中に入ると半分、地下に入るような造りになっていた。
上は宿屋なのか、街の北側より質素な造りでどこか薄暗い。
けれどそれは単なる趣向の問題であり、地階からはしっとりとピアノの音が響いてきている。
どうやらお子供様向けの場所では無いらしい。
その奥の、バーカウンターの壁際でロニは見るからに肩を落として落ち込んでいた。
元々姿勢の良い方ではないから、さらにそれが沈んでいるとなるとわかりやすいといえばわかりやすい。
その前では黙ってバーテンがシェイカーを軽やかな音を立てて振っていた。
「…ロニ、また連敗?」
「
」
溜息をつくことに執心していたロニは
が声をかけるまで気付かなかった。
すいと軽やかな動作で
は隣に腰をかけるとカウンターに頬杖をついて気さくな笑みを浮かべてみせる。
カウンターだと距離は一般のそれより近い。けれど
にとってロニはその距離が許せるくらいの相手ではある。
どんな人間だかは、既に知っているのだから。しかしロニにとって今の時点でその距離は思わぬ近さであったらしい。
図星をさされたことに顔を顰める前にロニは瞳を大きく開いて驚いたような顔をする。
船旅も別室、野営時も並ぶことは無い等々、実はあまり免疫が無いということに
は気付かないまま何か温かいものをと飲み物を頼んでから
は改めてロニを振り返る。
「どうかした?」
「あ、いや………」
場所柄の問題だ。店内は明かりも落とされ 見方を変えればいい雰囲気である。
彼のナンパが成功していたならこうして誰かが今頃隣にいたことだろう。
そんなことをロニが考えていたかどうかは知らないが、ロニは目の前に置かれたグラスを一杯ぐいっと煽った。
ピアノの音にはどうにも馴染まない姿だが、店の奥で酒を煽っている姿はなんとなく似合って見えるロニ=デュナミス23歳。
「今日はもう、ナンパは終わり?」
「あぁ、そんな気分じゃねー」
それだけで連敗してますと認めたようなものだ。
はぁ、と息をついてカウンターに重々しく頬杖をつく。どうして同じリアクションなのにこうも違うのだろうと正面にいるバーテンが秘かに思ったことは客の二人に伝わる由も無い。
バーテンはスライスしたレモンを添えた紅茶を
の前に出した。
「でもノイシュタットはきれいな人も多いし、街もきれいだから一休みしたらまたチャレンジしたくなるかもね」
「おいおい、勧めんのか?へこんでるんだから慰めてくれよ」
「嫌だよ。ナンパしてフラれてる人間をどうして慰める必要がある」
自業自得だ。
という言葉はさすがに追い討ちきわまれりなので控えてみた。
それでも痛いことに変わりは無いのでロニはさらに凹んでしまった。
大男にへこまれると結構鬱陶しい。
オーク調の食器棚に手を伸ばして背中を向けているバーテンの口元がその一言で歪んだことには気付けないのは幸いだろう。
「あぁっ!どうしてこんなにいい男がいるのに女は寄ってこねーんだ!美しすぎるのが罪なのか!!?」
「そんなこといわれると今うっかり寄ってしまった自分が嫌になる。…先に帰るけど、いい?」
「待て待て待て。そういう意味じゃねーだろが。酒くらいつきあえるだろ?」
なんとなく距離をとってしまった
を引き止めるロニ。
ここが店の端っこでよかったと
は思っている。
「マジな話、何が悪いんだろうな?」
私にナンパの相談をするつもりか、この男は。
まぁ、それも一興。
面白いほどに本気なのだからたまには真面目につきあってもいいだろう。
「マジな話、ロニはけっこういい男なのにね」
ジューダスがいたら冗談はよせとでも言うだろうか。
同じ言葉遣いで返すとロニはぽかんと口を開けてしまった。
「「…………………………」」
変な沈黙。
「ほ、本当にそう思うか!!?」
ウソ。
と言ってやりたい気分になったがさすがにそれでは再起不能になってしまいそうなのでやめておいた。
肝心なところで流せないのはそれだけ切実だということなのだろう。
しかし、そう真面目に反応されると逆に返事に窮するわけで。
「まぁ…なんていうか、長く付き合うほど味があるタイプなんじゃないかと」
…つまりナンパには不向きである。
玉砕するのがロニだからそれはそれでいいと思うが。
そんな
の真意を知ってか知らずか(知らないだろう)ロニはじんわりと嬉しそうな顔をした。
「分かるヤツには分るんだよな」
マンガであるならば目じりの涙をそっと拭う姿が見られたであろう。
「飾ろうとするから良くないんだよ」
「そ、そうか?俺にはこれが普通なんだけどな…」
「不自然だよ。私の目から見ればの話だけれど」
「…どこらへんが?」
そうして至極真面目に人あたりよく話しているロニは大抵の人間にとっては好意的だろう。
社会の経験ゆえか処世術にも長けている。
けれどそれは、上辺を繕うことにもなりかねない。
例えば…
「気を使って笑ってる時とか」
その発言には文字通り薄い笑顔をはりつけたまま固まってしまった。
「俺はそんなに気を使ってねぇだろ?」
ピリ、とした緊張感が流れる。
はその微妙な空気の変化の境目を、望む望まない関わらず察することに長けている。今は必要なことなので苦痛でも無い、が。
「使ってる。それに警戒しすぎだよ。女の人以外には」
真っ向言い切った。
ただ、最後に真理を付け足してしまったが故に、しばしの間の後ロニにとっては少々きつめの冗談と捉えられたらしい。参ったな、というようにまだ少しひきつった空気を纏いながらもほりほりと頭を掻く。
…………冗談でもなんでもないし、真面目に語ってしかるべきところだと思うのだが。
なのでもう一歩、つっこんでみた。
「警戒しすぎだよ、カイルのことがそんなに信用できない?」
「なっ、なんでカイルが出て来るんだよ!」
「ナンパのことはともかく、そっちの方が今は切実な気がしたから。カイルを守らなきゃ、って思ってるでしょ。でも、そんなにギスギスしなくても…」
「ギスギスなんてしてねーよ!」
カイルのことになるととたんに表情を変え、むきになる。
でも、というより「だから」なのだ。
ジューダスに対してもケンカ腰なのも。
…無論、仲間内ではそんなことはこれから旅をしていく上でなんとでもなるだろう。
けれど、その根底にあるのはもっと奥深くて重いものだから、今それをどうこうというのは難しい話なのかもしれない。
知っている未来にだけ関係の行く末をゆだねようとは思わない。
だから
は話を止めるつもりはなかった。
「そんなに気張らなくても…カイルだってもう15才なんだから」
「まだ、だよ。モンスター倒しながら旅をするなんて年じゃねぇ」
一度は声を荒げてみても、はたと自分を引き戻して謝るだけの余裕はある。
ロニはどこかばつが悪そうに溜息をついてから、じっとグラスの中に視線を落としてそう応えた。
まだ15。
そうだろうか。
その返事に関しては素朴な疑問を
は軽く放ってみる。
「じゃあロニ、成人してある程度自分の居場所を確保することを覚えた人間が
旅に出るのはどういうこと?」
おそらく…
が思うに20,30と年齢が上がるほどそれは勇気がいることだろう。
しがらみ、社会との繋がり、周りの人間への配慮。
天涯孤独ならまだしも、普通はそれらが複雑に絡んでいくら旅に出たいと思っても難しくなる。
人によっては年をとるということは臆病になるということでもあるのかもしれない。
「? どういう意味だよ」
「ロニはひとりで旅をする気になれたか、って聞いてるの。
孤児院を守らなきゃ、カイルたちを守りたいと思ってたら逆にそれはできなくなるんじゃないの」
ロニは彼女がいわんとしていることを理解して黙り込んだ。
そんな時、人は二択を迫られるのだろう。
人のことなどかまわず夢を追うか、それとも自分の大切な人たちを優先するか。
どちらも自分のためであるのだから、それがわかっている上で選んだのであれば後悔することも無いであろうが…
一歩間違えると後者は自己犠牲とも捉えることができる。
ロニの場合は、夢だとかやりたいことを天秤にかけるよりも先に、彼らを守りたいと思う気持ち自体が目標と一致しているのでまだ救いだ。
などと、考える。
何にも無いのは自由だってこと。
けれど何かを持ってしまうのは不自由になるということでもあるのかもしれない。
「カイルが旅に出なければロニもここにいることはなかった。
きっかけになったんだったらそれが早いとか遅いとかいう理由にはならないわけで」
「…なんか煙にまかれた気分だな」
「無謀さも一種の特権ってことだよ」
ぬるんでしまった紅茶のカップを
は持ち上げる。
バーテンは、プライベートな話になったと察したのか奥へ消えてしまっていた。
「ロニは…どうしてそんなに一生懸命カイルを守りたがるの?」
「!」
それはただの戯れでしかない。
その理由など
はとうに知っているのだから。
けれど彼の口からも聞いてみたかったし、なにより知的好奇心に負けた。
少々、禁句だと理解しながらも。
突如として、核心に触れられてしまったようにロニの顔が強張った。
先ほどのひきつり方とは違う、今度はごまかしようもない強張り方だ。
いつもだったら適当にごまかしただろう。
けれど、前置きがあっただけにそれもできなかった。
少しの間の問答は彼に過去の出来事を髣髴させるに十分すぎるものだった。
だから、いつもだったら幾重にも隠して誰にも触れられないようにしていた場所をうかつにも直接さらしてしまったような気分になるのも当前といえば当前のこと。
「は、はは。俺、そんなに過保護に見えるか?」
辛うじて搾り出したのがそんな返事。
声は乾いていた。
「見える」
ジューダスにも同じ事を言われて喧嘩になったでしょう、という言葉が出掛かったがそれはやめておいた。
そんなことを言おうものなら彼はまた、あの晩のことをぶり返して怒ってしまうに違いない。
廃坑の探索で少しだけ、歩み寄りを見せたもののロニの持っている感情は信用だとか言うものから程遠い。
だが、意外にもロニの方からそれを言われることとなった。
「別に私はかまわないけどね…」
「この間、ジューダスが言ってたことと同じことが言いたいってのか?」
発言はほぼ同時だった。
会話を終わりにしようとして視線をカップに注いだ
とは対照的にロニは続けようとしていた。
顔を上げると見たことも無い険しい顔が先に
がそれを否定していたこともあり、はっとしたようにどぎまぎと視線をそらす。
売り言葉は買われる以前に却下されていたのだ。
ある意味、平常心になると恥かしい。
じっとみつめられて責められているような気分になったのか弁解を始めるロニ。
「い、いや、その…なんかあいつ…いつもケンカ腰の物の言い方するしよ」
「でもジューダスは本当に大事なことをはぐらかしたり間違ってると思うことは黙っていたりしないよ」
「なんだよ、俺が悪いってのか」
「そうじゃなくて…そういえばロニ、リーネでカイルにスタンの話してたけど、あれどうなった?」
「は?」
「『信じること、信じ続けること、それが本当の強さだ』ってやつ」
「…き、聞いてたのか」
それはリーネの夜のこと。
初めて訪ずれた父の故郷でなかなか寝付けないカイルにロニは彼なりの英雄像を語って聞かせていた。
それはそのままスタンへの憧れや強い尊敬の念の表れでもあることは、確認するまでもなく伝わってきたものだ。
眠っていたはずの
にその話を聞かれていたと知って辟易しているロニ。
趣旨をややそらして止めを刺してみることにした。
「その後、俺はまだまだだなって」
「そこまで聞くかーーーー!!!」
ジューダスも聞いてたよ。
「ロニっていい人の振りして結構、疑い屋だよね」
「ジューダスほどじゃねぇよ」
開き直ってしまったロニはあろうことか円柱のグラスに入ったカクテルを一気に煽る。
それ、ナンパ中にやらない方がいいと思うよ。
男らしいといえば男らしいのかもしれないが、多分、間違っているお酒の楽しみ方です。
「でも、そういう人ほど信頼を得たときには心強かったりするんだよねぇ」
「…どういう意味だ」
「そのまんま。それからそうやってすぐ真面目な話を逸らすクセ、ずるいよ」
「………………ずるいか?」
「大人のずるさだよね」
「…まぁ俺ほどの大人っちゃーこのパーティにはいないからなぁ」
調子を取り戻したらしいロニ。けれど
はそれには乗ってこなかった。
むしろ、テンションが下がったままなのでロニもそちらに戻らざるを得なかった。
「それでも、たまには話したほうがいいよ」
「…」
「どうして、大人ってそんなふうに誤魔化そうとするんだろうね。バレバレなんだよ。」
「う…」
鬱陶しいとばかりに聞こえてしまったロニが被害妄想なのだか判断に苦しむところだ。
半端に誤魔化すなら始めからするな、と訳してみるのもいいかもしれない。
「まぁロニの場合はそれがロニだという気もするけど…乗り越えるまでが山だよね」
「………………お前も大人だなぁ……………惚れていいか?」
「気持ち悪い」
「酷!!!」
長身、というほどでないにしろ、高く見えるのは細いせいもあるだろう。
ロニは大げさに身体をそらせて非難の意を示すとふいにその視界に入った黒い影に首を巡らせた。
「あ、ジューダス」
つられるように振り返った
はいつからいたのかそこにジューダスの姿を認める。
珍しく肩を並べるふたりの姿をどうとったのか、腕を組んで眺める仮面の奥の顔は少々しかめられていた。
「一緒にどう?」
「酒など飲まん」
「…酒じゃなくてお茶なんだけど…」
「かまうこたねー、大人は大人同士酒でも楽しもうや」
彼の中で本日、
の年齢設定は未成年の域を超えたらしい。
意図は無いながらも珍しく大人の余裕発言でジューダスをむっとさせることに成功したロニは奥にいるバーテンを呼んで、次のカクテルを頼んでいた。
はその間もジューダスにとなりの席をトントンと叩いて勧めている。
無論、この状態で彼が大人しく座ろうとするはずはなかったが。
「お待たせしました」
コトン、と一段高くなっているカウンターの向こうからバーテンがロニの前にシャンパングレイの透明なカクテルを置く。
わずかに気泡が上がっているところを見ると炭酸系だろう。
の前にはどういうイメージかオレンジとピンクを足して2で割ったようなエード系の飲み物がタンブラーで出された。
「…お、これは何が入っているんだ?」
俺様イメージで作ってくれなどと言うロマンがあるんだか、無謀なんだかわからない注文をしただけに配合(配合言うな)が気になるところだ。
ジンをベースに作ってある強めのものらしい。
の方はあらかじめアルコールを控えてくれと言ってあるので普通にジュースとして行けそうな味だ。
口をつけると柑橘系の甘酸っぱい香りが喉を潤す。
その横でロニ。
得意満面、カクテルの名前を聞いたのが間違いだった。
…普通、アドリブに作ったものにはその場で名前がつくものである。
「『失恋傷心やけ酒トリプルバスター』なんていかがです?今のあなたにぴったりでしょう」
「な────…」
絶句。
冗談なのか本気なのかわからないにこにこしたバーテンの笑顔は曲者だった。
「「…」」
そして
とジューダスが沈黙を繰り出した後…揃って笑い出したのは言うまでも無い。
「ふ、良かったな。それ以上お前のイメージに合うものは無いぞ」
「うるせー!ドチクショー!!!」
ジューダスの機嫌とロニの機嫌が逆転した瞬間だった。
あとがき**
420001HITレイさんリクエストによる「ヒロインとロニの真面目トーク」。
ロニは年齢的にもいい大人なので、対等に話すことぐらいできるかな〜という願望から生まれたリクエストだそうです。
…実は一度語らせてみたかった二人なのですが真面目すぎて難航。この段階ではロニは真面目な話しは持続させたがらないところもある気がしていました。
久々に筆を取るには深いテーマ(笑)さぁ、出来のほどはいかに!?
とりあえず大人と言うことで酒を出してみたり(安直)。
なおこのカクテル名はゲーム中のミニイベントとして実在します(←確認するためにゲーム起動した人)。
レイさん、お待たせしました!
