それはヒューゴ邸に滞在するようになってからすぐのこと。
「明日からリオンを起こしてくれないかしら?」
はそんな任務(?)をメイド長マリアンを通して命ぜられた。
--GOOD MORNING!
神の眼奪還の任務を終え、現在客員剣士としての仕事は長期休暇中である。
ヒューゴ邸に帰ってきて気が抜けたのかリオンは朝をまったりと過ごしていることが多い。
ちょっと信じがたいが寝起きが悪いようなら多少手荒になっても大丈夫よ、などとマリアンは笑顔で言ったものだ。
…手荒ってどんなものかな、マリアンさん。
見た目温厚そうなマリアンがいかに手荒なのか想像がつかないまま
はリオンの私室前にやってくる。
コンコンコン。
ノックをしても返事はない。
はマスターキーでまだ眠っているのであろうリオンの部屋の扉を開けた。
これはマリアンから預かったものだ。
さすがにメイド長だけあってどこでもフリーパスということか。
一方たかがモーニングコールで貸し出していいものだろうかと思いつつ
は静かに部屋に入る。
…起こすつもりなのだから「うらぁ!朝だぞ。起きやがれ!!」とか言いながら入っても良いのだろうが、なんとなく 人様の安眠を妨げるのが苦手なのでこうなる。こればかりは性分だ。
そして、寝入っているリオンを前に…
私はモーニングコール係にはむいていない。
と思った。
これがスタンだったらはじめからたたき起こす勢いでよくとも常日頃寝起きがよくて寝つきが悪い人間の安眠をさまたげるというのは勇気が要るものだ(自 分もそうだから)。
素直に起きてくれればよいのだが。
「リオン、リオン?」
だから起こすのだからここで怒鳴っても良いわけだが。
「起きて、朝だよ」
そもそも疲れているのに朝だから起きなければならないと言うのは理由になってないのではないか。
余計なことを考えてみる。
小さく肩を揺さぶってみたところで彼は…起きなかった。
「…。シャル、起きてる?」
『…………ん…あぁ
?』
「おはよう。リオンはいつもこんなに寝起きが悪いのかな」
『…そうでもないけど。疲れてるんだねぇ』
あくびをかみ殺すような気配でシャルティエ。
いきなり人の部屋に入り込んでいる人間にどうしてここにいるの、とか何かあったの、とか聞いてこない辺り彼も寝とぼけているらしい。
『昨日、遅くまで本読んでたみたいだし』
なんだ、自業自得か。
まぁシャルも起きたことだし改めて起こしてみよう。
は気合を入れなおしてカーテンを開けた。
「リオン、リオーーーン。朝だよ、起きて!」
「…」
軽く寝返りを打って反応を示すリオン。
もう一押しだ。
と思ったその時、彼は自ら目を覚ましてくれた。
この場合、声をかけているのだから自らと言う表現が正しいかどうかはわからない。
朝の柔らかな光の中で、いつもの不機嫌そうな顔が嘘のようにリオンは口元に見たこともない微笑を称え大変に幸せそ うな表情を見せた。
あまりにも珍しい顔で、むしろ素直に微笑ましくない。
だが、
にはそういうシチュエーションが何を示すのかをおそらく知っていた。
「ひょっとして…マリアンさんと間違えてる?」
『坊ちゃん、
ですよ』
「!!!!!!!?」
シャルティエの発言はつまり
の推測を肯定しているに等しかった。
指摘に近い言葉でそう言うと、リオンは我に返ったようにものすごい勢いで毛布を引きはがして飛び起きる。
「な…な…」
言葉にならないらしい。
彼の優しげに緩みきった顔などそうそう見られるものではないのだ。
むしろ見せないようにいつも気を張っていたのだからこれはもう…
ご愁傷様です。
「おはよう。お目覚めはいかがですか」
「いかがも何も無い#」
なんとなくカタコトで聞いてみても最悪とは言われなかった。
「大体、なぜお前がここにいるんだ!」
「今日からモーニングコールを仰せつかってるんだよ。明日も来るから」
「来なくていい」
「…」
仕事をこなしただけなのに、すこぶる不機嫌に邪険に言われてむしろ
の方がむっとする。
それは何かの挑戦ですか?
「マリアンさんなら気持ちよく起きられるのに私では何か不都合があるとでも?」
「大有りだ」
「あ、そう」
そしてシャルティエが朝っぱらから二人のまわりに漂う不穏な空気にはらはらし始めた頃、「着替えるから出ろ」とのお達しで、
はさっさと部屋を出て行った。
その日、一日中、彼女はすこぶるローテンションだった。
* * *
翌朝。
はリオンの部屋の前に立っていた。
朝食の時間があるから今日はきちんと時間通りに起こそう。
身支度の時間、移動時間etcetcを勘案して、昨日より30分早く起こすことにする。
仕事はより完璧にこなすべし。
マリアンお手製のコピーキー(注※マスターキー)で静かに扉を開けた。
「…」
昨日と同じ時間なら彼はこんな事態を憂慮して自力で起きていたかもしれない。
しかし、若干早い時間のせいか今朝もリオンは未だ夢の中だ。
もちろん、それを見越して早くしたとは口が裂けても言わない。
「………リオン?」
ベッドの傍から小さく呼びかけてみる。返事はない。
そこで
はベットサイドから一歩二歩と離れ…
(間)
ダイブした。
ドスっ
「おはようリオン、朝だよ!?」
「っぐあ!!」
爽やかな
のモーニングコールと文字通り不意打ちを食らったリオンのうめき声が、静まり返っていた客員剣士様の部屋に交錯した。
『???』
シャルティエの混乱した気配はともかく上に乗られているためうつぶせの状態から半端上半身を起こしたまま何が起こったのかわからず振り向いたリオンの 顔には、すでにふっとばされた眠気に代わって血管マークが浮いている。
「…………………………………………お前は……#」
「マリアンさんに力づくで起こしていいって言われた」
「他に起こし方があるだろうが!!」
「昨日の気を使った起こし方がおきに召さなかったようだから実力行使で」
「するな!#」
「…ついでに低血気味って聞いたから…血圧上がったでしょ?」
『
、笑顔が怖いよ』
ベッドに両肘をついて、頬を支えるその顔にはいたずらじみた笑顔と、少々してやったりな薄い笑みがいりまじって浮かんでいた。
「……………………#」
『まぁ、確かにいっぺんで目は覚めましたがね』
坊ちゃん、
がこれを毎日の楽しみに変えないうちに、
昨日の言い草を謝ったほうがいいと思います。
シャルティエの呟きは続いて始まってしまった朝の喧騒にかき消されてリオンの耳に届くことはなかった。
おまけ。
「…マリアンさんはいつもどうやって起こしてんの?
シャル『え?そうだねぇ…大抵あっさり起きるけど…どうしても起きないときは…
おきなさーい!って上がけ、はがされることもある。
「…(まぁ、ありそうかな?)
シャル『あとは笑顔で肘鉄とか。
「…肘鉄…!?
シャル『それもジャンプ付の。
「……………。(あぁぁ、目に浮かんでしまうのはなぜだ)
リオン「でたらめなことを教え込むな!!
「ごめん、むちゃくちゃ本気にした。
————事実は闇の中。
あとがき。
急に短編が書きたくなり、一気に仕上げました。
翌朝から戦争になりそうな話ですね。
でもきっとお目覚めはメリハリあってすっきりです(笑)
