「頑張っているか?リオン」
にこやかに片手を挙げてその日、
旧ヒューゴ邸に現れたのはヒューゴ=ジルクリストその人だった。
—FamilyGame −Final−
冬がやってきていた。
外殻を破壊して一ヶ月ほどのことだ。
季節柄なものに加え、吹き飛ばされた外殻のわずかばかりに残った粉塵が、天地戦争時代ほどではないにせよ世界をうっすらと覆っていたために例年になく 厳しい寒さをもたらしていた。
それでもあと数ヶ月でそれらも地上へ降りきるだろうと言うのが学者の見解だ。
早く暖かくなるといいが。
窓の向こう側、くすんだ白灰色の空を見上げてリオンは思う。
「どうした?リオン。せっかくの再会だと言うのに喜んでくれないのか」
先に
シン
と会って案内されてきたヒューゴと自分、そして
シン
の三人でとりあえず客間に移動してきていた。
ここは旧ヒューゴ邸。
広大な敷地はその大部分が奇跡的にも健在で、今は崩壊した城の代わりに復興のための本部となって活用されている。
…元々自分の家なのだからそれでもリオンにとって他の人間よりは慣れた場所だ。
無論、ヒューゴにとっても。
「…再会といっても、2日前に来たばかりじゃないか…」
窓の外を遠い目で眺めてリオン。
長きに渡って肉体を支配していたミクトランが離れてからすっかり衰弱してしまったヒューゴ。
騒乱の後は崩壊を免れたクレスタにて静養をしており、本来ならこんなところにいるはずの人間ではない。
だが。
…2日前に来た。その前は6日前、それから11日前。
要するに週に一度以上顔をあわせている計算になる。
シン
はぼやくように呟いたリオンのティーカップに黙って紅茶を注ぎ足した。
断っておくが、クレスタまでは通常徒歩で数日かかる距離だ。
なのに、そのインターバルのなさは何なのか。
「ヒューゴさん、…そんなに往復してて大丈夫ですか?」
「あぁ、クレスタとダリルシェイドは目と鼻の先だからな。専用クルーザを使えばどうということはない」
そんなわけである。
オベロン社の総帥はある意味健在だ。
それよりリオンが気になっているのは11,6,2日と訪れる間隔が日に日に狭まってきているということ。
このままでは毎日出勤(息子に会いに)してくるのではないかと気が気ではなかった。
一応、忙しい身なのである。
「それでも本調子ではないのでしょう?もう少しゆっくり静養なさったらどうですか」
なぜか未だに敬語のリオン。
上司と部下というとげとげしさは抜けたようだが、父と呼ぶにもまだ照れくさいくらいの時間しか経っていない。
会話も時々はすこしだけちぐはぐしていた。
「…………息子に会うのが一番の静養だと思うのだが、どうだろう?」
「…」
親バカだ。
照れくさい雰囲気…とはその実かけ離れた、この場合に限ってはいつかどこかで見たことのある妙に自信に満ち溢れた顔でヒューゴは切れ者の笑みを浮かべ た。
どこかで──
あれは神の目を奪還してしばらく。
ミクトランの入ったヒューゴと、リオンと一緒にすごしていた時のことだ。
「それにまだ持ち出していない荷物もあるからな…」
「持ち出していない荷物?」
「忘れたのか?エミリオの成長の記録全集だよ…!」
「あぁ、あの時リオンがシャルティエでぶった斬ったあれですね。…やっぱりシリーズだったんですか」
「…!!!」
なぜかリオンから「エミリオ」に呼び方が切り替わったことに違和感すら覚えず
シン
が思い出したところでリオンは顔をひきつらせた。
腰に剣をつるしていたらおそらく抜きかけていただろう。
それくらいの殺気は現在進行形で放っている。
…ヒューゴはダリルシェイドでは「リオン」それ以外では「エミリオ」とどういう基準でか呼び分けていたりする。
その呼びわけが時々こういったところで余計な波紋を呼んでいることも気づかずに。
「そんなものは処分しておく。だから安心して静養してください」
「処分…!!なんていうことを言うんだ。私の生き甲斐を奪うつもりか!」
「ていうか、あれ、ヒューゴさんが作ってたんですか?それともミクトラン?」
過去に抱いていた疑問をストレートにぶつけてみた。
「共同制作だ」
……………………………………。
「彼もあれでなかなかはまっていてな。やはりどうせ息子にするなら有能で見栄えのいい人間にしたいものだ」
…それ、前にも聞いたことがあるんですが。
ミクトラン(inヒューゴ)の口から。
憑依霊は追い払ったはずなのに父のあまりにもな変貌のなさっぷりにリオンは怒りを表す外はない。
…主に自分がターゲットにされていることについての怒りであるのはまたすれ違いを感じさせる事態ではある。
ルーティと
シン
になんとなく言われて髭を剃り、10歳は若く見えるようになったナイスミドルの顎をなでてヒューゴは感慨深そうに瞳を閉じた。
「今思えば、彼も科学者だからな…データの収集などには一旦興味を向けるとハマってしまうようだ。
おかげで意気投合を…」
してたんかい。
シン
のつっこみは言葉にならないので彼には届かなかった。
代わりにリオンが「するな」ときっぱりすっぱりその先の言葉を切り捨ててくれたので
とんでもない真実の語りは続くことはなかった。
「…やはりソーディアンとマスターも人格形成に影響を及ぼしあうようだから
私と彼もそんな関係だったのかもしれないな…」
続いた学者らしい呟きは、リオンは耳を塞ぎたくなるものであったのだが。
「そういえばシャルもリオンの影響で変わったのかな?って言ってたね」
「あぁ発掘したての頃はもっと些事に臆病なほど細心だったのに
あれほど天真爛漫なしゃべりを披露するようになるとは思わなかった」
「ちょっと待て。それのどこが僕の影響なんだ」
リオン、ついに敬語を放棄。
たぶん、シャルティエ自身が語ったように使命よりも自己の生き方、そしてリオンの生き方を尊重するようになったから、といったところだろうがまるでそ ういわれるとリオン自身がシャルティエにかぶされてしまったかのようだ。
「その前に、シャルはヒューゴさんの前ではそんなふうにしゃべる機会はなかったと思いますが…」
シン
は冷静な視点で斬り込んでいく。
「いつ、そんな会話を聞いたんですか?」
「私を誰だと思っているんだい?これでもオベロン社の総帥だったんだよ。盗聴器のひとつやふたつ…」
「犯罪だろうが#」
傍受するだけなら犯罪じゃないって解釈もあるけど。モラルの問題だ。
「ソーディアンの声も盗聴できるんですか!?」
「…そう、レンズの精神共鳴を活かしてな。結局はソーディアンも純度の高いレンズがコアだから…」
3人で二種類の話を続行している器用な人々。
好奇心と併行して理論立てで話している
シン
とヒューゴの会話はある意味まともだが、そこにたどり着く経緯が同様にまともだとは限らないのが怖いところ。
そして例えまともな経緯を辿っても結局おかしなところにたどり着いてしまう不思議現象。
「ただし、聞く人間によってソーディアンの声だけが聞こえない間抜けた会話になってしまうという難点が…」
「その間抜けた会話とやらは他の人間に聞かれなかっただろうな」
「安心しなさい。私だけのひそかな楽しみだからな」
「………」
幸いだと思っていいのかつっこむべきか微妙なところだ。
「ミクトランが離れても…大して代わらないと思うのは僕だけか?」
「そう?でも端々にあったいかにも「お前、実父じゃないだろう」、って言い回しはなくなってるよ」
「ははは、本人の前で言ってくれるね」
温厚ではなく、ひたすら器のでかい人だ。
それは例えば困った子供たちをみるような…
でも一番の困った子供になり得るのもそういう人だったりすることも忘れてはいけない。
「お前、その頃からこいつが父じゃないと察していたのか?」
「うん」
「エミリオ、こいつはないだろう。
あの時は確かにミクトランだったが、今はお前の父に違いないのだぞ」
「……………今、妙な敗北感に襲われた気がするのは気のせいか?」
うっかりこいつ呼ばわりしてしまったことを後悔しても遅い。
そこには現実が待っていただけだった。
「それに、父は残された時間を割いてでもお前たちに会いたいと思っているのだ。
…いままでできなかった家族としての対話も、しないとな」
「…」
さりげなくいい話のとこ悪いですがヒューゴさん、今お前「たち」って言いましたね?
いつから自分、家族のカテゴリでくくられてるんですか。
いつかミクトランに気に入られてしまった(らしい)お茶会の日々を遠くに
シン
は思った。
「そう、それに今日はただ会いに来ただけではないぞ?」
「?」
にこやかな父親らしい顔になるとヒューゴは窓の外を見た。
つられてみれば、もう、夕暮れだ。
この時期の日没は早く、元よりくすんだ空も手伝って闇はそこまでせまっていた。
かたりと音がしたほうを振り返るとヒューゴはソファから立ち上がってドアへと向かう。
「着いて来なさい」
彼はそのまま、ゆっくりとした足取りで慣れた屋敷の廊下を歩み、案内もなく庭へと出た。
黙って背中を追う二人。
大きな正面玄関の扉を開けると切れるような外気が頬を撫でる。
白い息が薄闇に消えた。
少々の飛来した欠片に崩れてしまった塀の向こうには、燦々たる状況が広がっていた。
活動の始まった復興本部の様子に、各々住民も瓦礫の撤去を始めていたが一ヶ月やそこらで片付くものではない。
傷跡の生々しい通りを歩いて夕闇の中ヒューゴは広場へと向かっているようだった。
その向こうに見えた、はしゃぐように駆けていくこどもたち。
「?」
そんな光景を見たのはどれくらいぶりだろう。
崩れた店舗の角を曲がるとその先に、二階の高さほどもある黒い影が不自然なくらい荒れた大通りのど真ん中に立ち尽くしていて二人は思わず足を止めた。
あんなものは無かった。少なくとも昨日までは。
顔を見合わせるリオンと
シン
。
ここへ足を運ぶこともそうないが、あんなものが出現していればうわさくらいにはなるはずだ。
文字通り突如としてダリルシェイドに現れたそれは鋭くとがった切っ先を空に向けて立っていた。
「…ひょっとして…ツリー?」
季節柄思い起こされるのはそんなものだ。
宗教というものは無いけれど、クリスマスはこの世界にはないわけではない。
ダリルシェイドもまたこの頃にはにぎやかな彩があふれていたと誰かが話していたのを聞いたのはつい最近のことだ。
今は見る影も無く葉の落ちた街路樹の中にあってその影は妙な存在感であるはずの無い場所に立ちはだかり、ちらほらと遠巻きに見上げる人々を見下ろして いる。
イベントにはほとんど興味などなかったりオンはピンと来ないのだろう。
シン
の方を見たがヒューゴは小さく微笑っただけで再び歩き出した。
近くに行けば、それはますます確信に近くなった。
もみの木。
形は確かにそれだ。
けれど、あぶれるほどのけばけばしい飾りも、イリュミネーションを点灯させる電球も、
蛇のようにからみつくコードもまとってはおらず、その姿自体は全体が淡い白の素材で作られ、
樹木を模した物らしかった。
人払いがしてあるのか、それとも見慣れぬ光景に自ら近づかないだけか、その下に居たのはオベロン社員である青い帽子を被った数人と物見高い子供たちだ け。
オベロン社の人間であるらしい彼らは、その下にたどり着くよりも先にヒューゴたちを笑顔で迎え、
二言三言言葉を交わしただけで駆け足で木の根元へと戻っていく。
「これは…」
「まぁここで見ていなさい」
行きまーす、と妙に親しみある口調で社員の1人がこちらに手を振った。
小さく聞こえるカウントダウン。
それがゼロになった時
「うわぁ!!!」
とりまいていた子供たちから歓声が上がった。
それは神秘的な光のツリー。
ほの青白い光は、木の枝葉全体が発しているものだった。光の色はレンズだろうか?
強すぎず弱すぎず。深く透明な光が夕闇に落ちた広場をやんわりと照らす。
遠巻きにしていた大人たちも誰からともなしにその周囲に集って見上げた。
その淡い光に照らし出された顔には、一様に笑顔が浮かんでいた。
「どうかな、喜んでもらえたかな?」
驚いて言葉も出ないようなリオンと素直に反応を示した
シン
にヒューゴは声をかける。
「このために、今日は来たのか…」
リオンがこういった「物」自体にさして興味を示す人間でないことは知っていた。
けれどそこに込められた想いを理解してくれるだろうことも、おそらくはどこかで知っていた。
だから、それだけでもヒューゴは満足そうだった。
「…はは、隠居してしまったからなかなかね…だが、喜んでもらえたならそれでいい」
それはせめてもの贈り物。
このダリルシェイドに、そして長らく家族などというには程遠い関係を強いてしまった我が子に対する謝罪と、
…おそらくは、ただ喜んでくれたならいいというそれだけの気持ち。
「きれいですね」
「そうだろう。…ただ飾り立てるだけでは似合わんと思ってな」
「…誰に」
「さぁ、誰にかな」
今は冬の空の下に眠っている栄華の都に。
そしてヒューゴ=ジルクリフトその人に。
それから…
「FamilyGameは終わりだよ。私たちは…本当の家族になっていくんだ」
飾り立てないその言葉は確かにリオンに届いたはずだった。
その後。
ヒューゴ「…さぁ、そろそろ帰るか。寒くなってきたし他にもやることがあるからな
リオン「?
ヒューゴ「…アルバムの整理と搬出
リオン「…
シン
、僕は用事を思い出した。一足先に戻るからな。お前らはゆっくり帰ってこい。
(リオン、早足で去る)
ヒューゴ・
シン
「…
ヒューゴ「…秘密の場所に隠してあるから見つからないと思うが。
シン
「リオン…ご愁傷様…
あとがき**
なぜシリアスとギャグが混在しているのか謎です。
「ミクトランなのかヒューゴなのか」前FamilyGameでは謎のままでしたが…
結論。どっちもあまり変わらない。
このヒューゴさん、自分的に結構好きなのでこのままです(笑)
終わりとか言いつつ懲りずにクルーザで往復してやってくる気も。
今回出たツリーは「LEDクリスタルファイバーツリー」に近いものだと思ってもらえるとわかりやすいと思います。
普通のツリーはあまり興味ないけど、これは好きかも。