「はい、リオン」
その日。
何故か は帰ってくるなり綺麗に包まれた小さな箱をリオンに差し出した。
— 世界で一人 —
「…?」
華美華美しくはない、けれど質素でもない上品な落ち着いたプラチナムの包みに焦げ茶のリボン。
先に部屋に戻ってソファに掛け本を開いていたリオンはなんとはなしに受け取ったものの、さりげない
の様子にそれが何かを聞くタイミングを殺がれてしまう。
いつものようにコートを脱いでそれをスタンドハンガーにかける背中を見てからおもむろにリボンを解いた。
怪訝そうな瞳に映って見えたのは金の箔が捺された黒い箱。
開ければ茶色と黒のプレートチョコが整然と並んでいる。
「…」
これらの意味するものは一体。
少し考えてみたがわからなかった。
「これは何だ」
すぐに戻ってきた
に訊く。
「何だと思う?」
逆に訊かれてしまった。
今日のところは「チョコだよ」などと見たままを言われなかっただけマシだと思うべきか…微妙なところだ。
ともあれ、少し考えろということには違いないので考えてみる。
そもそもこれは彼女が買ってきたものなのだろうか?
が甘いものを買ってくるのは、頻繁ではないが珍しいことでもない。
いつだったかそんなに好きなのかと気まぐれに聞いたことがあったが、好きはともかく多分、一人で食べるなら買ってこない。などとあっさり返されて閉口
したことがあった。
つまりそれは自分のためだけでも、リオンのためだけでもないということだ。
故にわざわざ贈答用に買ってくるというのは考え難い。
…。
もらい物?
それこそわざわざ贈答用にしてか。
余計、わからなくなってしまった。
「チョコだろう?」
「…」
が言わなければ、結果、自分が言う羽目になってしまった。
「じゃなくて、だから一体なんなんだと言っているんだ」
「リオンにプレゼント」
まっさきに却下した可能性が当たりだったらしい。
「…なぜだ」
「たまにはいいじゃない」
手を洗いがてら、自分のカップをもってきた
は正面のソファに座って紅茶を注ぐ。
コポコポと音を立てて温かそうな湯気が昇った。
窓の外はすっかり冬模様。
雪こそ降っていないものの鋭い枝の影が青い空によく映えている。
「……………」
そんな季節柄の情緒はお構いなしに複雑そうな沈黙を繰り出しているリオン。
たまにはと言われるといつも変わったことをしていると言いたくなるところ。
一見、意味が無いときほど、疑ってしまうのは勘ぐりすぎなのだろうか。
否。
「たまにはで包装してリボンをつけるか?」
「つけるよ」
は何が楽しいのかそんなリオンと手元にほどけたリボンを交互に見て、ようやく答えを教えてくれる気になったらしい。
「今日は2月14日だから」
「?」
それが何を示すのか、リオンにはわからなかった。
世事に疎いだとかそういうことではない。
毎年そういうものがあれば、否が応にも知るだろう。
そのイベント自体がこの世界には無いのだ。
それは
も3年間、この街で過ごす間に確信していた。
だからこそ、いたずら心でやってみる気になったのだとも言える、それ。
「バレンタインだよ」
「バレンタイン?」
「そ。………まぁ、遥か過去に消失したイベントだと思ってくれていい」
天地戦争時代には、文明が発展していたのだから似たようなものがあったのかもしれない。
それはお菓子業界が売り上げをブームに乗せるために作り出した珍妙なイベントでもある。
リオンはまたおかしな知識をどこからか仕入れたのかと眉を寄せた。
食べたら?と勧められて一枚薄いスクウェアを取り上げ、口に運ぶ。
箱は
も手を伸ばせるようテーブルの中央に移した。
「どういうイベントなんだ?」
軽快な音を立てて割れると甘い感触が口に広がる。
ものはいいものだ。
復興と共に開店している店々の中でも、どちらかといえば高級店のものだろう。
「女の人が好きな男の人にチョコを渡して告白する日」
バキリ。
薄い板チョコはリオンの手の内でまっぷたつに割れた。
「………………………………………」
「…というのは、一部のお菓子業界が作り出した一般市民向けの解釈でまぁ実際は
男の人からバラを贈るとか言うのも有りだったみたい。」
それは確かに一方から一方と言うのは不公平と言うものだろう。
はいつもの調子で説明を続けていた。
「それが後々感謝だとか色々な気持ちを伝えるものに変わったんだ。更に高じて義理チョコなどと言う迷惑
極まりない習慣まで生み出し、とある国ではチョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると
いうとんでもない日になってしまった」
「…好きでも無い男に、義理で渡すということか」
「そう、最後にはむしろ義理すらもらえない男性が嘆き、義理で大量に買い込まなければならない女性からは疎ましく思われるようになったという末
期症状だったイベント」
…遥か過去に失われたはずの話が妙にリアルに聞こえるのはなぜだろう。
ともかく今回の件に関しても、愛の告白などとは程遠い行動であることは理解できたのでリオンは小さな溜息と共に残りのかけらを口に放る。
「それは極端な例で、国によってまちまちみだいだったけどね。そんなわけでたまにはリオンにプレゼントでもしてみようかなって」
「義理でか」
「まさか」
はずみとはいえ、言ってしまってからやや後悔した。
そんなふうに言われたらではどういうつもりかと考えざるを得ないではないか。
深く考えないようにして代わりに言った。それも本音であることには変わり無い。
「お前がその手のイベントに興味を持つとはな?」
「ないよ。残念ながら」
渦中に巻き込まれたら鬱陶しいだろうね、などとやはり
は興味もへったくれも無いことを言ってくれた。
お返しのイベントがその翌月にあることを聞いて妙に同意するリオン。
そんなものがあったら、貰おうが貰うまいが、浮き足立つ理由の無い人間には鬱陶しいことこの上ないに違いない。むしろ放っておいて欲しい。
「なら、なぜやろうと思った?」
「誰もやってないから。」
単純明快だ。
いや、むしろ…
「ひねくれものだな」
決して褒め言葉ではないはずなのに、まんざらでもないように笑う。
それ自身が、変わり者の証でもあろう。
「鬱陶しいのは義理だから。でも…そうでないなら意味はあるでしょ」
「それは日ごろの感謝ととっていいのか?」
「それと、反応を楽しませてもらいました。だからギブ&テイク」
「……………どこがだ」
おそらく、今日この刻に
世界中でこんな待遇を受けているのは自分だけなのであろう。
それを考えると、自分にとってもまんざらでもなかった。
あとがき**
ないだろうと思っていたバレンタインネタ。
動機はいつもきまぐれです。
この世界にバレンタインが無いのは公式設定…というか、スタッフさんが言っていたので間違いなくないのだろうな…と。(クリスマスらしきものはあ
るのにね)
イベントに乗るよりも、本来の趣旨から逸れた目的でひっそりこっそり楽しむのも楽しいものです(笑)
義理すらもらえない〜、のフレーズでロニを思い出したのは私だけではあるまい。
リオンにとっては実在していたら大変だったろうイベントのひとつですね(笑)
あ、タイトルは何か見る人によっては夢チックですが単にそのままです。
