「しかし、相変わらず憎たらしい物言いだよね」
「負けた。ウッドロウではなく…お前にな」
— VSウッドロウ−ファイナル —
「ダリルシェイドも落ち着いたことだし…軌跡をたどる意味で旅にでも出てみない?」
ふと提案があった。
旧ヒューゴ邸の片隅、南の庭園に面した一角がリオンと
に与えられた居所だった。
城は瓦礫と化したが幸い、このだだっ広い邸宅は補修をすれば十分使用出来る程度の損害で済んでおり、今は識者や評議会の集まる街の中枢機関として機能
している。
いずれ慣れた場所なのでリオンにしてみれば日常代わり映えのない景色である。
しかし騒乱の前は丁寧に手入れのされている花々に思うところすらなかったリオンにとって、今は暖かな日差しのあたるこの場所が妙に居心地よく思えてい
た。
「旅…か。そうだな 他の街もどうなったのか気になるところだし…」
爪あとは各地に否応なく残っている。
それを見れば心も痛むが受け入れなければならないことだろう。
ジューダスとして既にいくらか目にしている分だけまだマシだ。
リオンは考えをめぐらせて、だが、今後の予定を思い出した。
「いや、近々北西の街区の整備計画が発動されるから…せめてそちらが終わってからだな」
「…ここまで来たら任せておいても大丈夫だよ」
「そういうわけにも行かないだろう?」
ほんの少し機嫌を損ねたらしい
。
街の復興はあと一歩だ。
しかし後一歩には何年もかかる可能性もないではない。
復興といってもそのまま発展と読み替えれば際限がないわけだから。
「帰って来る頃にはきっと手放しでも自立してるよ」
「いきなりいなくなっても困るだろ」
「いきなりいなくならなければ、いつまでも出発できない」
口調はそのままに更に機嫌が難航を示す。
確かに何度か休暇でもとって他の街へ…なんていう話が出たがその度にあれこれ問題が持ち込まれて、まるで皆してダリルシェイドから出そうとしないよう
な風潮は感じていた。
…実際、立役者の2人にいなくなられると不安だから、しかも他の町に取られたりすると大変だからという思惑もばっちり働いているのだが、そんなことを
2人が知る由はない。
リオンが難色を示していると
が痺れを切らしたように言った。
「いいよ、じゃあ1人で行くから。誘っても断られたんだからしょうがない。
明日か明後日か…船のチケットが取れたら今日でもいいんだけど、
知らないうちにいなくなってると思うからよろしく。」
「ちょっと待て!いくらなんでも急すぎるだろ?」
「だって、ウッドロウからお呼びもかかってるしさ」
「…何?」
が遠くを見ている時にはいつかふいに姿を消してしまうのではないかと思うことはあった。
まぁ、それと今回の居なくなるの意味は微妙に違うわけであるが。
いつも唐突だからいなくなっても帰ってくるだろう事はわかっていても、そういう発言をされると気が気ではない。
そこへ降って湧いたような話題。
「あれ?話してなかったっけ?」
「聞いてない」
「手紙が来てるんだけど…」
…と引き出しから取り出した封筒を開ける。
、個人宛のものらしかった。
「ハイデルベルグも落ち着いたから遊びに来ないかって。でも1人でって書いてあるから…
なんとなく1人で行きたくないんだよね」
「…。僕も行く。」
即答。
ウッドロウが何を狙っているかは明らかだ。
あのガングロ王は
のことが気に入っていてスキあらば迫ろうとしていた。
もっとも
自身が隙を見せないので自ら指一本触れさせない状況だったが。
そんな彼のマイペースな様はダイクロフトでまで繰り出され仲間たちの呆れと怒りを買ってやまなかった。
「あ、最後に『リオンに言うな』って書いてあったから言わなかったんだっけ」
そーいえば。
手紙の最後に目を落として
が呟くとリオンは手紙を引っ手繰って握りつぶした。
そのまま振り向かずに後ろにあるゴミ箱へと放る(酷)。
は何も見なかったことにした。
「むしろ行くのをやめたらどうだ?」
「でも久しぶりだし…ダリルシェイドも飽きてきたし」
飽きた。
一部まじめに復興に取り組んでいる人間がきいたら怒るぞ。
しかし後段については普段は口が裂けても言わない分別があるのであえて聞き流す。
ウッドロウにいたっては…1人では死んでもいかないだろうと思ったがやはり年月が経つと嫌悪も薄れ懐かしくなるの
だろう。
たまにはいいか、と言う気がするのはうなずけた。
いずれにしても既にダリルシェイドにこもりっぱなしになる気はなさそうなのでリオンは
と一緒にファンダリアへ行くことに決を採った。
…本人に自覚があるかは微妙だが3年のインターバルを置いての接触。
はっきりいって何らかの危機を感じるなという方が無理な話だ。
* * *
−ハイデルベルグ−
2人は会った瞬間から陰険だった。
ウッドロウは
の隣にリオンの姿を認めるや否や黒いオーラを背負って微笑んだ。
少々会わない間にますます壮絶になって見えるのは気のせいか、それとも免疫が薄れていただけか。
招待された
はないがしろに2人は戦友として挨拶を交わす。
痛々しい皮肉っぷりが応酬されたが兵士は英雄2人の堂の入った様(ある意味、勘違い)に見とれて気づいていないようだった。
真っ向挑んでいるリオンも凄いなぁと思いつつ
はすっかり傍観を決め込んでいる。
「まぁ、今日はゆっくり話すつもりだよ。
そのために謁見の予定も取らなかったことだしね。…下がっていい」
リオンに穏やかとはいえない微笑みをなげかけつつ兵士を下がらせる。
部屋から部外者が居なくなった瞬間、王様はプライベートな話を始めた。
「本当に残念だ。ぜひ
君に1人で来てもらってこれから私たちの未来の話をしようと思っていたのに」
私たちとか言うなよ。王様。
相変わらずのとばしっぷりに言葉を失った
の隣でリオンがあざ笑うような調子で答える。
「そんな話は必要ない。せいぜいハイデルベルグの未来を考えることに尽力するんだな。王として」
「なぜ君が答えるかな。君こそすっかりダリルシェイドの要のようじゃないか。
旧王都は一番被害が多かったというのにそんな重要人物が街から離れているヒマがあるのかい?」
「ふ…どこかのワンマンな国と違ってダリルシェイドの新生組織は有能だ。」
「招かれざる客がよく言う」
「僕が来なければ
もこなかったぞ」
「あとひと月も来ないようなら拉致しようかと思っていたところだ」
拉致ってあんた…北●鮮じゃあるまいし…
しかしやりかねない。
自分の欲望にストレートな人間が王様になっていいんだろうか。
欲しいもののためなら職権乱用公私混同もいとわないのがウッドロウという人間だ。
今更にして…いや、むしろ毎度の事ながら遠くに思う。
やっぱりリオンと一緒に来てよかった…
すっかり矢面のそれている様にひたすら沈黙を続ける
。
しかし次の瞬間、今までは絶対触れなかったろう場所を容赦なくウッドロウはついてきた。
「大体君にとやかく言われる筋合いはないだろう。
恋人でもないくせに、人の恋路を妨害するような真似はやめてもらおうか」
「…な…っ!」
騒乱の終結から3年。
一緒に暮らしてはいるが関係は相変わらずである。
まぁあれだけ広い邸内で、他にも大人数住み込んでいるんだから。
…想像しづらい人はオベロン社時代を思い起こしてもらえるといい。
しかし、改めて恋路宣言などされるとちょっと寒気を感じてしまう瞬間だ。
だからといって、動揺するほどでもなくそれはリオンにとっても同じこと。「恋人であろうがなかろうが本人が嫌がってるんだから気づけセクハラ雪国王
め」とかなんとか言えば進む話で。
痛くもかゆくもないはず…なのだが。
リオンの態度は少々勝手が違っていた。
「ルーティ君に聞いたぞ。一体いつになったら一緒になるのかと。
君にその気がないならもちろん他の男が幸せにする権利もあるはずだ。
…いや、むしろ彼女のような人は1人ではなく誰かが幸せにするべきだろう。」
…何言ってんだろうね、この人は。
こういう話はお世辞にも好きではない
は、その力説ぶりにさすがに顔を歪ませる。
しかも過去よりリアルに聞こえるのは…やっぱり年食って婚期にあせってるんだろうか。
いや、まだこの人26歳のはずだけど。
「ルーティのヤツめ…」
思わぬ入れ知恵にリオンが小さく舌をうつ。
ちょっと待ってください。
2人して本気にならないで下さい。
特にリオン。空気に流されないように。
一人だけ乗り遅れた
は早々に決着が付くことを祈るばかりだった。
「ふ…まぁ久しぶりに会ったのだからそう険悪になることもないな。
さぁ
君とは後でゆっくり話をするとして、とりあえず食事でも用意させようか。」
「勝手に勝ち逃げ状態で話を打ち切らんで下さい。王様」
だったのだが、余裕の笑みで話題を切り上げようとしたウッドロウに
は思わずつっこんだ。
続けられても困るんですけど…この状態でやめられるのはとても嫌だ。
「黙っていると言うことはもう邪魔をする気がないということだろう?私にしてみれば焦ることもなくなったわけだ」
「やっぱり焦ってたのか。いやそれ以前にさっき言われたことは大変独善的でむしろ私は受け
入れかねます」
きっぱり。
独善的、と言う言葉にウッドロウは表情を変える。
「何か気に触ったかい?」
「とりあえず気に障ることを言っているのはいつものことだと思いますが。幸せって何ですか?」
「え…」
…まじめに考えてみろ。答えられるわけがない。
一瞬にして黒さの落ちたウッドロウは、答えに窮していた。
「貴方が他の誰かの幸せを定義できるんですか。
それに幸せなんて誰かにしてもらうものじゃないです。自分でなるものではなく?ねぇリオン」
「!」
言わんとしていることは考えるより先に理解できた。
同時にエルレインのことを思い出す。
は目の前の「英雄」に立腹しているようだった。鋭い言葉で本質をえぐる識者の顔。
「幸せの形なんて人それぞれでしょう?自分の基準で他人の幸せを諮ろうとするなんて…」
「わかった。それ以上言わないでくれ」
容赦のない言葉に王としてウッドロウは折れた。
本来、ウッドロウも未来の賢王ともなればそのことをわからないではないはずだった。
「全くその通りだ。今回は私の負けだよ。
どうも君を前にすると調子を崩してしまう。私もまだまだだな。」
いえ、それ以上どうにかなられても困ります。
ミクトランも吃驚のワンマンな黒さが持続していたならいまの正論など、もろともしなかったことだろう。
内心まともな反応に安堵の息が漏れた。
「では君の幸せとやらを教えてくれるかな」
「…え?え〜と」
そんなこと言われても。難しいものだ。
いくらでも幸せになれることはあるしひとつに絞るにはじっくり考えなければならないだろう。
おそらく自身の中ですら絶対的なものはない。
それは目標にして得るものでなく今として感じる感情でもあるから。
マジメに考えてもキリがないので、
「リオンとプリンを食べている時でしょうか」
と真顔のまま答えてみたらリオンは心なし赤くなり、ウッドロウはがくりと頭を下げた。
「…完敗だよ…リオン君…」
* * *
「幸せって議論すればするほど深みにはまりそうだよね」
「それはあの時にさんざん考えたことだろう?」
「結論としては一周回って『考えてもしょうがない』と」
くすりと笑いながら休憩のためにあてがわれた部屋へ向かって歩いていく二人。
ファンダリアとは言え、窓から差し込む日差しは穏やかだ。
「でも、ひとつだけ違ったかなぁと思ったこともあった」
「幸せについて、か?」
「そう。誰かにしてもらうものじゃない、って言ったけど…やっぱり自分だけじゃどうにもならないこともあるからね」
「それとは意味が違うだろう」
「それでも解釈によっては語弊があったかな、って。ほら、さっきの話。リオンとプリンを…」
「…その話はやめろ」
「…いい例えだと思うんだけどな」
今は他に例えを思い浮かべるつもりもなく
は眉を寄せた。
あの時はちょっとした機知に富んだ冗談も半分であったが的確な例えのひとつではあると思う。
そしてリオンは無視して続けることにした。
「その時にさ、リオンがまっずそうに食べてたら多分私も幸せな気分になれないと思うんだよ。
でも一緒においしく食べてくれたらそれなりに楽しい時間を過ごせたと───」
「ウソをつけ。お前は僕の嫌いなものを出して無理やり食べさせても嬉しそうな顔をしていたじゃないか」
「…あれは許容範囲の悪戯と言うか」
「どこが悪戯だ」
冗談のつもりがめちゃくちゃ下らない例えになった上、話が続いてしまう。
まぁこんな時間もささやかな幸せだと思う。
とは、口が裂けてもいえない2人。
微温湯につかったような関係は、まだ続きそうだった。
あとがき**
微妙に連載と連載にはありえないギャグ短編(の続編)がパラレルしています。
結果的に連載っぽく落ち着いてしまいました…
しかし、ウッドロウが本当に諦めるとは思えないのでその晩辺りも一波乱ありそうな予感(笑)
