空から雪びらが、妖精の羽のようにひらひらと舞い落ちる日。
ひとりの女王さまは思いました。
「血のように赤く、雪のように白く、黒檀のように黒い、そんなこどもができたらいいのに」
と。
−もしも童話シリーズ−
白雪姫 (前編)
それから、女王さまはひとりのお子をお産みになりました。
肌は雪のように白く、黒い髪をした子は「白雪姫」を名づけられます。
しかし、女王さまは まもなくお亡くなりになってしまい、1年経って王様は新しいお妃を迎えました。
新しい女王はたいそう気まぐれなお方でした。
そして自分の持っている魔法の鏡にある日、問いかけました。
「鏡や鏡、この国で一番美しいのは誰?」
すると鏡はこたえます。
「誰って聞かれてもなぁ…俺の方が教えて欲しいくらいだし」
銀の髪のヘソ出しをした鏡の精の青年が、気難しそうに考え込んでいます。
「ちょっと、セリフが違うじゃない!」
「かといって、ハロルドってのもなぁ…女王って言うより魔女だよな?」
「…#」
女王は鏡にとび蹴りを食らわせました。
「白雪姫」において鏡がウソをつかないのを知っていたからです。
「ぐわぁ!!」
「さぁ、鏡よ鏡。この国で一番美しいのは…」
「あ、あなたでございます、ハロルド女王…げふっ」
鏡の中で精霊は力尽きました。
それから時が経ちました。
白雪姫はすっかり大きくなり、いよいよきれいになりました。
近頃ではもっぱら女王をしのぐとの噂でもあります。
「なーんか、面白くないのよね…私にしたって美しいー!よりかわいいー!!の方が好きだしぃ〜」
「悔しいが白雪姫には負けるな。俺は趣味じゃないけど」
「訊いてないってのよ#」
数年の時を経て復活した物言う鏡はこうして登場早々に、永遠の眠りにつくことになりました。
「あらら…やっちゃった。まぁいいわ!」
気まぐれな女王は、シナリオどおりに進めることにして、猟師を呼んでいいつけました。
「面白そうだから、あの子を森へ連れて行って殺しておしまい!」
「面白そうだから…?」
「とにかくレッツラ・ゴー☆よ!!」
強引に命じられた猟師は、ともかく白雪姫を森へと連れ出すことになりました。
* * *
「…どうして僕が…」
「この国で一番美しそうだから、だって。まぁ納得?」
「黒髪だったらお前だってそうだろうが!!!なんでお前が端役の猟師で僕が白雪なんだ!!#」
「あぁっ!おかわいそうな白雪姫っ」
「白々しいっ!!」
ある意味、本当に可哀相なんだけど。
森につれてこられてかなりご機嫌斜めな白雪王子 姫。
鹿狩り用の刀を片手に黒い髪と白い肌の猟師は、遠い目をしました。
「大体、お前はいつもいつも端役で末っ子でなんとも思わんのか!」
「とりあえずこのシーンが終わったら、蚊帳の外から応援してるから頑張れ」
「やかましい#」
白雪姫は怒ったまま森の奥へずんずん進んで行こうとします。
「おーい、姫ぇ」
「姫とか言うな#」
「だって。どこ行くわけ?」
「森の奥で殺されてこの物語はジ・エンドだ。わかったらさっさと来い」
「白雪姫ってそういう話じゃないよ」
その呟きにぴたりと姫は足を止めました。
「…」
「でもハロルドが継母で後生実験台にされるより、捨てられた方がマシな気も」
「……」
「だからって私、人殺しはいやだからね。じゃあこの辺で…」
くるりと役目放棄で踵を返した猟師の服をがっしと姫は掴みました。
数秒の間。
それから白雪が背後でにやりと笑う気配。
「ほほーぅ?そうか。確か、猟師はここで「姫」を逃がすんだったな」
だからここらで戻るか、というところだったのですが。
「そして、代わりに獣の心臓を持ち帰るんだな。お前にそれができるのか?」
「う…」
「その刀で斬るのか?まぁ人間よりはマシだろうが…」
ちょっとグロテスクですが、そうして証拠として持ち帰った心臓などは、女王が塩茹でにして食べることになっていました。
この猟師はこう見えて狩りより保護の方が得意ですから、
そうして白雪姫は猟師をひるませることに成功しました。
「仕留めて解体か。鮮度がないと説得力がないからな。それもなかなか酷な役目だな」
「リオンー!」
「なんだ?僕が役目を代わってもいいんだぞ?」
勝ち誇ったところで、猟師は首を縦には振りません。
むしろフルフルと強情に横に振っています。
「フッ」
優雅に、そしてむしろ男前に黒髪を掻き揚げる白雪。
「ちょっとこっちに来い!#」
実・力・行・使(どこかで見た光景)。
「やっ!せめてドレスはっ!!」
「僕だって嫌だ!!!!#」
「大体、なんで森に来るのにドレスなんだ!せめて乗馬服とかっ」
「観念しろ!」
猟師は代わりに猪を仕留め、(とっとと)城へと帰ります。
そんなこんなでかわいそうな白雪姫はそうして、大きな森の中に独りぼっちにされてしまいました。
「さて、どうしたものだろう…」
森の中で時折、動物とはすれ違いますが人は居ません。
「この風景と激しくミスマッチな格好は何はともあれなんとかしたい」
そもそもドレスなんて、藪蚊に刺されるは歩き辛いはこんなところでなんのメリットもないのです。
城に戻ってもしようがないので、白雪姫はそうして森の奥へと進んでいきました。
そうこうしている内に陽は傾き始め…
行く手に小さなお家をみつけ、姫はドアをノックしました。
「…」
誰も居ないようです。
とりあえず、休ませてもらおうと白雪姫はドアを開けました。
「…無用心だな」
中はとてもきれいにかたづいてはいました。
白い布をかけたテーブルには7枚のお皿、お皿の脇には7つのスプーンとナイフ、そしてワインの入ったグラス。
壁際には真っ白いシーツをかけた7つのベッドがずらっと並んでいます。
「…小さなお家というには壮観な眺めだねぇ」
おなかはぺこぺこ、喉はカラカラ。
けれど姫はお皿にあるパンやサラダには手を付けませんでした。
そもそも無人の家で、つい今しがた用意したように整っているその光景が「なんで?本当は誰かいるんじゃないの?」と妙に不自然に見えたというのもあり ます。
まぁモラルの問題でしょう。
ただ、ベッドは使わないと話が進まないのでとにかくそちらへと移動しました。
しかし、ベッドはどれも大きすぎるか小さすぎ。
「ていうか、ひとつだけ巨人サイズなんですけど…」
怪しいベッドは通り過ぎ、とうとう最後のひとつが丁度良く、そこを借りることにしました。
* * *
小さなおうちの主の、7人の小人たちが帰ってきたのはすっかり暗くなってからのことでした。
小人たちは山で鉱石を探し出しては掘っているのです。
「今日も大収穫ねー!いいわ、小人って!!」
なんだかデジャヴな発言で元気良く扉を開けて入ってきた黒い髪の小人。
「あれっ?」
7つの蝋燭に火を灯すと部屋が明るくなり、金の髪の小人が声を上げました。
「誰か僕のベッドを使ってる」
そこで小人はランプでそっとそちらを照らします。
すると、白雪姫がいたのでびっくり仰天!
「あぁー!
だぁ!お姫様だぁv」
「…なんで嬉しそうなのよ」
小人はすっかり喜んで、白雪は寝かせたままにして7人目の小人が他の小人のベッドで一時間ずつ寝て夜を明かすことになりました。
「いや、ていうかその7人目だけ酷く非合理的な扱いは可哀相でしょうが」
この騒ぎに目が覚めないわけがない。
つい起き上がってつっこんでみる白雪。
「あら、じゃあ
、一緒に寝ましょv」
「えー!いいなぁ…オレもー!」
「カイル、その発言は聞き捨てならねぇな…」
「別に深い意味はないってば!」
結局、一番小さいリアラと言う小人が一緒に寝ないかと誘ってくれました。
が、よくよく見れば家の中にいる小人は6人。
ひとつだけ余っている4つ目のベッドがあるので白雪は怪訝に思って訊いてみました。
「あぁ、それ?バルバトスなんだけど大きすぎて入れないのよ。いつも外に寝泊りしてるから使ってくれてもいいわよー?」
と、これは小人たちを取り仕切っているらしい年長者のルーティという名の小人。
「遠慮しときます…」
4人目の小人(?)もなかなか酷い扱いでした。
明くる朝、外からぶらぁ!ぶらぁ!という声と共に聞こえた薪を割る音に、
驚いて白雪が目を覚ますと改めて小人たちは優しく言いました。
「この家のお手伝いをしてくれる?ご飯を作ったり、洗濯したり、お針仕事をしたり、家の中をきちんと片付けたりするのさ。
そうすれば、いつまでもここにいいし好き勝手にしていていいんだよ」
「…」
「いや、ここは悩むところじゃなくて」
「だって片付けはともかく炊事洗濯って言うのはどうも得手ではない気がして…」
「あはは、大丈夫!ナナリーとロニがいるからね!」
「…どういう意味だい!?」
軽く答えた7番目の小人が、ナナリーという名の小人に首を絞められながらも笑顔を絶やさない様に白雪は、ここにいることに決めました。
確かにこの家の状態なら家事スキルのバランスは取れていることが見て取れます。
さして苦労することもないでしょう。
さて、小人たちは朝は山に鉱石や金を掘りに行きます。
だから小人たちに出番はさほどなく、白雪姫は昼間はひとりぼっち。
「気をつけなさいよ?あんたがここにいるのが継母に知れたら大変だから…
誰も家の中に入れるんじゃないわよ?」
親切な小人たちは言い聞かせました。
しかし、既に女王には白雪の居場所は知れていました。
「はぁい、白雪v」
「…ごめん、ハロルド。押し売りお断りだから」
どこから情報を仕入れたのかわからない女王は顔に色を塗り、まんまと小間物売りに化けてきましたが白雪姫は騙されませんでした。
「そう言わないでよ。女王役も楽じゃないわー」
といいながら周りをこき使っている様が用意に想像できるのは何故でしょう。
「そういうわけでこれ!セオリーどおり絹の飾り紐を持ってきたわよ」
「いきなり毒りんごの方がセオリーとしては有名だと思うけど」
「いいから出てきなさい」
「装飾品に興味ありません」
「ぬぅ、手ごわいわね」
白雪姫は知っています。
外に出て行けば紐で首を絞められる(力技)というサスペンスも真っ青な展開が待っていると言うことを。
無論、その後息を吹き返しておなじみの展開に繋がるわけですが。
「手ごわいほど燃えるわね。次を楽しみにしてなさい!」
「…予告されて扉を開けるアホはいないよ、ハロルド…」
天才と何とかは紙一重だと思った瞬間でした。
「白雪姫、今日は何も無かったかい?」
「女王が来たよ」
「あ、あの悪魔みたいな女王が!!?」
「シャル、うっかりそういう発言はしないほうがいいんじゃないのかなぁ」
「いや、あいつは悪魔だ!なんたってハンサムで有能な魔法の鏡を壊しちまったんだぞ!」
「はいはい。言ってなさい」
団欒の中で真っ青になった2人の小人がおおげさに反応している中、夕食はつつがなく終わりました。
「もうっだから私たちが留守の時は誰も家に入れちゃ駄目って言ったじゃない!」
「入れてないってば」
「まぁこんなちっさな小屋じゃガラスでも割られりゃ終わりだけどな」
ふん!ふん!と夜の稽古につつがない意外にマメな巨大な小人(矛盾)の声をBGMにロニが不吉なことを言いますが…
「大丈夫だよ、ハロルドはそういうキャラじゃないから」
あっさり白雪姫。
「あ、白雪。その大胆不敵な度胸でもって、外の子にエサやってきてくれない?」
「いいよ」
度胸というか、それすら必要ない警戒心で白雪姫は外の巨人小人へ3人分の食事を外へと運びました。
「ふぅ〜」
ちょうど「外の子」は訓練を終え、自ら切り出した切り株を腰掛に休んでいるところでした。
座っていても白雪姫の身長くらいありそうだと思うのはその見事な筋肉ゆえでしょう。
…でもここにいるのは善良な小人ですから何も怖がることはありません。
「バルバトス、夕食だよ」
「…グミは入っていないだろうな?」
そこまで嫌か(普通入れません)。
無言でトレイを差し出すと、白雪は庭の向こうに光るふたつの瞳をみつけました。
「…あれ、何?」
「オオカミだ。森にはよくいるがしかし、一向に近づいて来る気配が無い」
…それって向こうの方がとって喰われたら怖いとか思ってんじゃないのかな。
思いながら白雪は皿の上からさっと鳥のもも肉を一本取って投げた。
「なんということをする!!!!」
本気で哀しそうな大きな小人。
「…来ないなー」
食べ物を放置するのは良くありません。
育ちのいい白雪はてこてこと、オオカミの居る方へ近づいて骨付き肉を回収しました。
「…」
「…」
闇の中のオオカミとみつめあうことしばし。
「おいでおいで〜」
「しっ白雪!!駄目だよ!狼になんて近づいちゃ!」
その様子に気づいた7番目の小人が血相変えて出てきました。
「えー、でも番犬欲し〜」
「何々?」
「どうかしたかい?」
続々と小人たちが現れます。
「ねぇ、ルーティ。番犬が一頭くらいいてもいいよね」
「うーん、あれ、狼じゃない?」
「でも昼間から鍵もかけないで金銀鉱物を家に置いといたら誰かに盗られちゃうかも?」
「よっしゃ、私が許すわ!!手なづけなさい」
無茶言うなと何人かがつっこみましたが、この長姉には誰も叶わないのでした。
白雪は4番目の小人以外を家の中に帰すと再度接触を試みます。
鳥のもも肉片手に。
「ほら、大丈夫だよ。お食べ」
といっても来るわけ無いのでできるだけ近づいて鼻先に投げてやると…
「…#」
怒ったように狼は鼻先に皺を寄せて唸りました。
「…ほらぁ!危ないってば!!」
小人たちの声を後ろにやや距離をとって観察する白雪。
ぷいっと狼はそっぽを向きました。
「もも肉もう一本頂戴」
「これは俺の夕食だぞ」
「あそこに落ちてるのあとで回収して食べてよ」
「ガ━━Σ(´дlll)━━━ン!!!!! 」
意外にデリケートなのか、冗談だったのに狼以下の扱いにしょげている4番目。
その隙に白雪はもも肉をもらって直接狼の鼻先に差し出しました。
「あぶなーい!!」
「うっさいわよ!」
「いやいや、ホントに危ないですって、ルーティさん!!」
家の中は大騒ぎ。
しかし、狼はといえば…
「…」
しばらく黙ってそれを見ていましたがやがて白雪の手から直接もも肉を取って食べ始めました。
「えぇっ!?」
慌てる小人たち。
おなかが減っていたのかぺろりとそれを平らげると、案外あっさり狼は白雪について小人の家に入ってきました。
「うそー!」
何人かが怖がって壁際に張り付きましたが、狼、おかまいなし。
「いるんだよねー、なげやりにエサやると食べないのに手からだと直接食べる猫」
「いや、それ狼だから!」
「大丈夫だよ」
何せここは夢と魔法の童話の王国ですから。
こちらもおかまいなしに白雪。
「それに白雪姫の絵本ってさりげなく犬が描かれてるのもあるんだよ〜ダックスフンドだったりするんだけど」
「…そんなところに気づくのあんただけだって」
そして小人たちの家に、番狼が一頭増えたのでした。
