−もしも童話シリーズ−
白雪姫 (後編)
それから7日後。
7つの山を越えて7人の小人の家の扉をトントンと叩く者がいました。
「ほら、いいものよ。買わないかしら〜」
見れば知らない女の物売りでした。
そのかごには、きれいな小物が入っています。
女は黒いくしを取り上げて白雪姫に見せました。
「…間に合ってます」
「ちょっとぉ!ここまで来るの、結構大変なのよ!」
「だって、その櫛、毒塗ってあるでしょ」
「そんなこといってたら話が全然進まないじゃない!」
「いや、まだ最終日があるし。3回も騙される白雪姫って実際馬鹿なんじゃね?とか思うけど 待ってるから頑張れ」
「いい度胸ね…このハロルド=ベルセリオスに挑戦状を叩きつけるなんて!」
変装した女王は舌打ちと共に帰っていきました。
「…さて、次はどう出るやら…」
それを見送りながら白雪姫。
小さく溜息をつくと狼が足元にやってきました。
「お昼にしようか」
無言の獣を相手に微笑むと白雪姫は用意してあった食卓に足を向けました。
「…ホントになついたわねー」
「そうでもないよ。あんまり触ると怒るし」
夕食が終わると、白雪姫は狼をブラッシングしてやります。
手入れをすると狼はつやつやの立派な毛並みになるのでした。
「うーん、見事ね。剥製にして売ったらいくらになるかしら」
「…」
物騒な目で見る守銭奴の小人には目を合わせようとしない狼と白雪姫。
あながち冗談とも取れないので狼は彼女にはなつこうともしません。
「食事も床に直接置いたりすると食べないのよね」
「あはは、狼だけにプライドが高いって、感じかい?」
それも冗談にならないくらいはプライドが高いようですが、寝る時は何故かベッドには上がらず床に弧を描いているのでした。
さらに7日後。
7つの山を越えて7人の小人の(以下略)
ノックの音に白雪姫は窓からひょいと顔をのぞかせました。
そこにはダークレッドの髪の青年が…
「カーレルさん!?」
思わず扉を開けて迎えてしまった白雪姫。
「やぁ。こんにちは」
はたとしましたがどうやら本物のようでした。
「どうしたんですか、いきなり」
「小人の家に住んでるっていうから興味があって様子見に。はいこれお土産」
「…」
彼が差し出したのはきれいな赤いリンゴのどっさり 乗った、籠でした。
「…ハロルド…」
兄を使うなんて、
なんて間接的かつ、ストレートな手法。
「中に入っていいかな」
「あ、はい」
まぁ彼なら力技には出まい。
頭脳工作には気をつけなければならないが、何故か彼相手だとガードの薄くなるらしい白雪姫。
狼が出てきて唸りましたが、牽制と取ってかカーレル=ベルセリオスは動じませんでした。
「…お茶、飲みます?」
「ありがとう。リンゴはむかなくていいからね」
にっこりとカーレル。
うちの小人、全滅させるつもりですか…?
しかし、こうあからさまに言われるとリンゴはフェイクで他に何かありそうだとちょっと疑ってみたくなるものです。
「…」
「…」
「……」
「……」
なんで黙ってるんですか、カーレルさん。
と白雪姫が言おうと思ったあたりでようやく軍師殿は口を開きました。
「静かでいいとろだねぇ」
「…えぇ」
「私もここにしばらく逗留してみようかな」
「やめたほうがいいと思います」
いろんな意味で。
同意なのか狼も不機嫌そうに唸りをあげています。
「じゃ、私はそろそろ帰るよ」
「えぇっ!?」
心理戦に持ち込まれた模様。
今、帰られてもリンゴが気になって結局何らかの方法で確かめる羽目に…!
白雪姫の性格を見越した見事と言えば見事な立ち回りではあります。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何かな?」
「このリンゴは全て毒リンゴですか?」
「うーん、食べればわかる、んじゃないのかな。正直ハロルドに頼まれただけなのでわからないんだよ」
素直に聞いてみると天然なのか黒いのか微妙な発言です。
いずれ兄馬鹿には違いなさそうですが。
それとも楽しいのか?
心理戦は続いている様子。
「だったらおひとつ食べてみません?」
数瞬考えてから白雪姫はにこりと微笑みました。
何かがふっきれたような清々しさすら感じます。
「気になるといえば気になるけど…ほら、君のところの狼君がもう噛みついてきそうだから」
足元を見ると確かに毛を逆立てて、威圧を始めています。
番狼として危険と判断したのでしょう。
ということはこれ以上引き止めていても仕方が無いので、残念ながら勝負(何の?)はまたの機会にすることにしました。
「じゃあ、またね」
軍師は来た時と同じように穏やかな笑顔で去っていきました。
さて、残されたのは狼と白雪姫。
「うーん」
白雪は籠一杯のリンゴを前に、腕を組んでうなっています。
剥いてみるべきか捨てるべきか。
捨てるのが一番差し障りなさそうですが、別の事態を引き起こしそうでなんとなくできないのです。心配性ですね。
「取り合えず中を確認」
この辺は好奇心の賜物としか言いようが無いでしょう。
食べないまでも割ってみたいと言う心理。
「あっ」
しかし、リンゴに手を伸ばすと狼が割って入り、その拍子に手に引っかかった籠は落ちてリンゴは床に散らばってしまいました。
「あ〜あ、もう」
拾おうとするとそれも邪魔します。
「何?…あ、わかった。素手で触ると危ないってこと?」
狼は一瞬、遠い目をしたようですが、ハロルドならばありうると白雪姫はどこからか滅菌手袋をみつけてきてリンゴを拾い集めています。
「何?そうじゃない?」
椅子に座ってリンゴをむき始めたその脇で何事か唸り続ける狼と対話をしながらも、白雪はリンゴを8等分にして皿にむき終わったいくつかを置いていきま す。
「ほら、大丈夫そうだよ。中は何もないなぁ」
食べる気はまっさらないと察してか狼もいつしか諦めたように静かになっていました。
結局全てのリンゴを確認し終えると…
あたりはもう暗くなっています。
「ただいまー!」
小人たちも帰ってきました。
「おかえり」
「あ、リンゴ!?うまそう!いっただきまーす」
待てや。
「きゃあっカイルー!!!」
意地汚さを見せた小人の一人が制止するまもなくリンゴを口に頬張り、次の瞬間には倒れてしまいました。
「…カイル?カイル!!!」
「しっかりしろーー!!」
さすが主人公だけあって、4番目と7番目以外のみんなは大慌てです。
「「………」」
狼と白雪姫は、あきれ果てて何も言えずに床に大の字に倒れた小人を見ました。
「白雪姫…どうしたの?」
「あれ、今日女王のお使いが置いていったリンゴ」
「なんでそんなもん、とっとと捨てないのよ!」
「捨てたら捨てたで、同じ展開になっていた気がする」
「「「「「…………」」」」」
誰もぐうの音すらでない完璧な理由でした。
「どうしよっか」
「どうしようって…どうなるんだよ「白雪姫」では!」
「取り合えず、今日は泣き明かしてガラスの棺に入れよう。なんなら私の着てたドレスも着せてみようか?」
「いや、もうタイミングをはずしたから涙は出ないんだけど」
結構、ひどいことを言っている小人たち。
ドレスはともかくとして、小人をガラスの棺に入れて花で飾ってあげました。
それからしばらく、小人は庭においていつ何があってもいいように他の小人たちも交代で番をすることになりました。
「ところで…」
今日の当番はロニです。
白雪姫は庭で狼の背を撫でながら日向ぼっこに興じていました。
「この狼は結局なんなんだよ?」
「知らない」
そんなふうに、日は過ぎていきました。
そして…運命の日がやってきました。
たまたま道に迷ったひとりの王子様が小人の家にやってきたのです。
王子様は、家をみつけるなり扉を叩いて言いました。
「あの棺を私にくれないか」
「くれって言われてもねぇ…一応私ん家の子だし」
今日残っていたのはルーティでした。
「代わりに君たちの欲しいものは何でもあげるよ」
「なんでも…?」
「そう、なんでもだ。金銀パール、私の国の温泉権利だってつけよう!」
「売ったぁ!!」
売るなよ。
部屋の中にいた白雪姫は聞くに堪えがたく顔を出しました。
そこには…
「し、白雪姫!!!?」
白馬に乗った色黒銀髪の王子様の姿がありました。
「そ、それではあの棺は!!」
「中見ないでここに来たでしょ」
「そんな…馬鹿な!!」
ありがとうカイル。
君の犠牲は無駄にしない。
「あ、白雪姫〜なんでもくれるって言うからつい今譲っちゃったんだけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫。カイルも王子様が何とかしてくれるし、オールオッケーです」
「よっしゃ!ウッドロウ。後でリクエスト表送るから、よろしくね!」
証人までいては仕方ありません。
王子様はカイルの入った棺をつれてきた従者に担がせて帰りました。
その数日後でした。
「みんな、ただいまー!!」
カイルが元気に帰ってきました。
「おかえりー」
「か、カイルお前…まさかウッドロウさんに…!!」
何故だか背後にいかずちを走らせながらロニがショッキングな顔でカイルを迎えました。
「何があったの?」
尋常ではない反応にリアラが首をかしげますがカイルも首を傾げただけでした。
「棺で運ばれてる時にさ、運んでた人がつまづいてその瞬間にリンゴが出て…」
「え…」
「?」
カイルとリアラを残して時を止める小人の家。
「白雪姫って…そういう話だったか?」
「そういう話だよ」
「ウソォ!!」
さてはキスで目が覚めるとか乙女な話を信じてただろ。
事実は時として厳しい。
同じパターンで3度も騙されて、挙句つまづいた衝撃で助かる。
白雪姫は結構、間抜けで残酷な話でもある。
「あ、そうだ。これお土産にもらったんだ」
「リンゴ…?」
「なんだか、嫌なお土産だなぁ」
それで死にかけたのに懲りない小人に他の小人たちも苦笑をもらします。
「大丈夫だよ。ほら、おいしいし」
小人はベッドの上にいる白雪姫にもリンゴを差し出しました。
他の小人が食べてもなんでもなさそうなのを見て、白雪もそれを口に運びました。
しかし。
「っ!!」
「えっ」
咽こんで白雪姫はベッドに倒れこんでしまいました。
狼がとっさにベッドに飛び乗って伺うように姫をのぞきます。
その時でした。
鋭い光が走ったかと思うとそこには王子様の姿が…
「つーかまんま、リオンだろ?」
「坊ちゃーーーーーん!!!!」
「泣きつくな# そんなことをしている場合か!」
「っ ゴホッ けほっ」
人間の姿になった狼が白雪姫の背を叩いてやると姫はリンゴを吐き出して大きく息をつきました。
「リオン…?」
「あぁっ良かった、白雪姫」
再び息を吹き返すとみんながほっと胸をなでおろしました。
そうなると次に気になるのは目の前に現れた王子様 少年です。
「あんた、一体どうしたってのよ」
「どうしたも何も…散々だったぞ。城に戻れば魔女に狼にされてしまうし…」
「魔女じゃなくて女王だから」
彼にしてみればそれで終わりと思いきや、とんでもない罰を受けてしまったということでした。
まぁ人間の心臓か猪の心臓かどうかなんて、見る人が見れば一発でわかるよね。
(しかもハロルドは天才を冠するマルチ学者だからして)
「だからなんでいきなり戻ったんだ??」
小人というにはこの家で一番背の大きい小人が首を傾げました。
「…」
それについては閉口したい模様です。
「あっわかった!」
「?」
シャルティエがぱっと顔を明るくすると、少年の眉は逆に嫌そうにひそめられました。
「『カエルの王子様』でしょ」
カエルではないですが、それはカエルにされた王子が姫と暮らし、ベッドに一緒に上がることで人間に戻るという理屈のよくわからない物語。
ついでに最後はお約束のハッピーエンドでもあります。
「あー、最後はカエルは壁に叩きつけられてたまたまベッドに落ちるんだったわよね?」
「そんな扱いされてよく王子は求婚できるよね」
「というか、そんな扱いでも呪いが解けるのか?」
「愛とかロマンのかけらもないわよね?」
さざめきあう小人たちを横目にしかし、全ての狼の態度に辻褄を合わせた白雪姫とシャルティエ。
「だから嫌でもベッドに上がらなかったわけね…」
「もーそんなところばっかり強情なんだから。恥かしがってないでとっとと一緒に休めばよかったのに」
「だ、誰が恥かしがってなど…」
「まぁまぁ、これで一件落着したんだから…」
「ホントに?一件落着?」
「え」
安心しきった小人たちの視線は白雪姫に集まりました。
「今のリンゴ、何?見事に毒だったんだけど」
白雪姫が言うには、口に入れた瞬間に危なかったので飲み込むことは避けたつもりが気管に入ってしまったということです。
「え、だって俺たち平気…」
狐につままれたような顔で見合わせる小人たち。
「…」
王子様は訝しがりながらもリンゴをほんの少しだけ口にしてみます。
が、飲み込むより先に吐き出しました。
「おい、何か仕込まれてるぞ」
「ええぇ!?」
その時です。
「白雪姫!!改めて貰い受けに来たぞ!」
「お前か。毒を仕込んだのは」
白馬に乗った色黒王子が現れました。
「家の中では馬降りろ#」
「…まだ食べていなかったのか」
白雪の怒りの滲んだ少々的をずらした非難の声に、にこやかに笑った顔をチッと舌打ちに変えてウッドロウ王子。
「腹黒いぞ」
きっぱり。
「でもあたしたち、なんともないんだけど…」
「あ、俺もー3つも食べたけど?」
「それについては私がご説明ーー☆」
待ってましたとばかりに現れたのは、女王でした。
「ハロルド!?」
「あ、でも説明前に理由がわかったらご褒美上げるわよv」
…ご褒美はともかく…
そういっている間にルーティが「うっ」とうなって倒れてしまいます。
「わぁっ!?ルーティさん!」
「………黒髪がターゲットになる毒?」
それらをみれば白雪姫には造作もない問題でした。
「あったりーーーー!!!!!!ま、そんな天才的な仕込ができるのは私ぐらいよね♪」
「胸を張るな」
「で、ご褒美は何がいいかしら。何でもいいわよ、なんたって私は女 王だし」
嫌な国ですね。
「とりあえずルーティを解毒して、そこにいる銀髪王子をどこかにやってください」
「む?」
くるりと振り返る女王。
目があうとウッドロウは不敵に髪をかきあげた。
「んじゃ、この国における殺人未遂につき、追放!」
「何ぃ!?」
「つーかお前が毒仕込んだんだろ?」
「私が女王よ」
「厄介な人間が権力の座に据えられたな」
ウッドロウも結託していた人間にこうもあっさり袖を振られると思っていなかったのでしょう。
どこから現れたのか二人の兵士に両脇を抱えられいずこかへと連れ去られていきました。
「…さ、帰るわよ。白雪姫」
「は?」
「意外と遊べてなかなか楽しかったわぁ♪」
「……」
美意識に関して敵意など抱いては居なかった女王。
そもそもことの発端は彼女のきまぐれでした。
そしてもう気も済んだようでした。
その軽すぎる発言は全員を閉口状態に叩き落しつつ。
「そりゃ戻るのは構わないけど…」
「本気かお前」
白雪姫はちょっと考えて小人たちを見渡しました。
「ご褒美としてもうひとつ。みんなをまとめて招待できない?」
「えっ俺たちも」
「行っていいのかい?」
「OKOK。まとめていらっしゃい。あんたもね」
「…」
とこれは、リオン王子(?)にかけられた言葉でした。
行っていいものやら残るべきやら…
「さぁっ!お宝ざくざく、城にレッツゴーよ!」
復活したルーティを先頭に、ハイホーハイホー7人の小人はさっそくお山を越えて、
城への道を辿り始めます。
「新しいおもちゃがあるから多分、もう大丈夫だよ」
「あぁ…おもちゃがな」
リオン王子は遠い目で小人たちの背を見送り、やがて、歩き出しました。
7人の小人と1人の王子、それから1人のお姫様。
女王もいっしょにその後は
みんなで楽しく暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
あとがき**
どうしてもリオンには役不足だったので、カエルの王子様を織り交ぜてみました。
カエルでも白雪は平気そうですが、やはり個人的趣向で狼に。
白雪姫の女王はこの後鉄の靴をはいて死ぬまで踊らされたりと間抜けで残酷な話ですが、
やはりそこは童話シリーズ。ほのぼの締めてみました。
童話も改めてみるとこんな話だったのか…と楽しいと思います。
