白雪姫−外伝−
狼と白雪姫
”なんで僕がこんな目に合わなければならないんだ#”
魔女の魔法を知る女王、ハロルドの陰謀によりリオンが狼にされてから…
彼は小人の家にたどり着いた。
しばらく観察したところ、どうやら白雪姫こと
はうまくここで暮らしているらしい。
しかし、表にいるあの巨人(バルバトス)はなんなんだ。
警戒のあまり近づけないリオンであった。
けれどチャンスはやってくる。
”…”
が出てきた。
お腹はぺこぺこのどはカラカラ。
白雪と同じ末路を辿ったリオンにしても同じところ。それを知ってか知らずか、
はこちらに気づいておそらくは大きな小人用に持ってきたのだろう食事の中からもも肉を…… 放った。
”…投げたものなど誰が食うかっ#”
というわけで己のプライドにかけて地に落ちた肉になど手をつけないリオンである。
「おいでおいで〜」
”…狼相手に無防備にもほどがあるぞ”
はめげずに新しい肉を手に呼んでいる。
まぁ今度は汚れ物でもないし呼ばれない理由はない。
リオンがそれを食している間、幸い
はじっと手にしたまま食べ終わるのを待っていた。
この辺りはさすがに動物の扱いを心得ているというか…
”まぁ僕は獣風情ではないがな”
一息ついて、彼は招かれるまま家へと入った。
「うわぁ!!狼がっ!」
壁際にはりついているのはカイルとロニ、そしてシャルティエ。
”おいっシャル!僕だ。気づけ!!”
「ひぃっ」
”…”
これはかなり駄目な感じなのですぐにリオンは諦めた。
知ってはいたがへたれだな、お前。
声が出ないので本格的に元の姿へ戻れるのか、危機感を覚える一瞬。
はおかまいなしに水を出してくれた。喉も潤し、翌日からは食事とミルクも用意される。
その後の待遇はまぁまぁだった。
昼間になると小人たちは出かけ、白雪は一人になる。
番犬役などする気はないが…
「…おいで、ブラシかけてあげる」
”誰がそんなことを”
ふいっとあらぬ方向へ鼻先を向けるとブラシ片手に
の方から近づいてきた。
背後から後頭部に触られてびくりと反応する。
反論は唸りになって鼻先に皺が寄った。
獣だけに大した威圧感なのではないかと思う。
けれど、
は少々手を止めたくらいで性懲りもなく手を伸ばしてくる。
”…”
それ以上は恐怖を与えかねないので唸ることも出来ず、我慢するリオン。
なでなで。
「大丈夫だよ〜」
”大丈夫なわけないだろ”
そしてまたあさってな方を向いた。
しばらく素手で撫でていたようだが、まもなくブラシの通る感触が背中を撫でた。
”…#”
ひたすら我慢するリオン。
「ほら〜毛が抜ける。手入れしなくちゃ駄目じゃん」
「ガウッ(”やかましい!”)」
さすがにプライドに抵触されて唸るもよしよしと頭を撫でられただけだった。
”……#”
ブラッシング続行。
”大体、獣にブラシかけて何が楽しいんだ?訳が分からん”
慣れてきたのか、ふん、と前足の上にあごを載せてリオンはじっとしている。
「ほら、全然違うよ」
”しかたないだろう。さすがにこの姿でも自分で毛づくろいなどしたくない”
まぁそういうものだろう。
毛玉を飲む羽目にもなる。
それからひたすらブラシをかけられ続け…
いい加減、日差しが傾いてきた頃に小人たちが帰ってきた。
「あれ?随分きれいになったね」
ここにくるまでに草だの何だの森の中であちこちひっかかって乱れた毛は、整えられ確かにきれいさっぱりになっていた。
の次に、度胸があるというか気にしないというか、野生に寛容なナナリーが覗き込んで口の端を吊り上げ声をかけてくる。
「へぇ、ブラシかけてもらったんだ」
”仕方なくされてやったんだ#”
と反論したところでもう聞いてない。
働き者の彼女は夕飯を作るべく家の中へ入っていった。
“いい加減誰か、気づけ”
夕食後。
の足元でリオンは大人しくしている。
見上げてみても…
「こいつ、私が触ろうとすると唸るのよ。どうなってんのよ」
うっかり目が合えばルーティに渋面される。
”お前なんかに撫でられてたまるか#”
「へぇ〜じゃあ俺ならどうだ?狼よ、このクールビューティなロニ様が触ってやるから感謝しろ」
「ガァッ」
「うぎゃあ!」
「…」
”人の気も知らずにたわけたことを”
その口ぶりが神経を逆撫でて、吠えてみるとロニはあっさり腰から床に落ちた。
その姿を見てこいつには一生触らせないとリオンは心に決める。
一生この姿でいる気はないにせよ。
「え〜じゃあオレはぁ?」
少しだけおそるおそるといった感じで手を伸ばすカイル。
”…”
「なんでカイルはOKなんだよ!」
”これでも我慢してやってるんだが”
ジューダスとしての一面か、多少、カイルには甘いらしい。
「うわぁ!すっごい。オレ狼なんて触るのはじめて!結構さわり心地いい!」
「グルルルル…」
「…」
「ふかふかしてるよ!えいっ」
「ガアッ(”調子に乗るな!#”)」
あくまで多少であって行き過ぎは許されない。
抱きついてこようとしたカイルをリオンはあっさり振りほどいた。
「お、怒られた〜」
「カイル、ちゃんと相手の反応みながら触らないと駄目だよ」
さきほどから黙ってみていた
がふぅ、と息をついてそう苦言する。
「本気で怒る前には警告するし。でもこの子、唸るだけで怒っても牙をむいたりしないんだよ。偉いねぇ」
「そんなこと見てる余裕ねぇよ」
「シャルも触ってみれば?」
ぶんぶんと首を振る。
ふぅ、と狼の姿でリオンは大きくため息をついて床に伏せるように寝そべった。
気づいてもらうにしても狼の姿に対してルーティは無遠慮、カイルは不躾、ロニは問題外…となると彼がついていられそうなのはナナリーかシャルティエか
になるのだが
”シャルは駄目だな”
その怯えっぷりに呆れ半分で諦める。
ナナリーは…
「どれ、あたしも触ってみようかな」
獣には寛容だが
「…#」
おおざっぱに撫で回して終わった。
寛容なだけに肝っ玉で鈍感でもある。
怒りどころ寸前ではずされたリオンは我慢し損といったところだった。
するとこちらと一番いい距離を保ってくれるのが結局
というところになり、結局いつもその足元にいる羽目になるのだった。
離れて一人でいると、誰かしらの興味が向くので影に入るのは仕方ないだろう。
リオンは自分を不承不承納得させている。
そしてまた昼になった。
誰も居なくなれば
を盾にする必要もない。
リオンは軒下の薪の陰で風を訊きながらたたずんでいる。
特にすることもなく伏せって寛いでいるくらいだが。
が家の中の片付けを終えて庭に出てきた。
「誰か来てもドアを開けちゃ駄目」なんて警告はあまり意味がない。
ひとりしかいないのにこの小さな家に閉じこもっていろと言うのが土台無理な注文だ。
きょろきょろと見回し、何か…おそらく自分だろう、を探している。
その手にはブラシ。
毎日最低1度のブラッシングが日課となっていた。
しかし、リオンはそんな
を遠目に見ているだけだ。
わざわざ出て行く気もなく眺めている。つもりだったが。
"おい、どこへ行く気だ"
庭の柵の向こう、つまりは一般の家で言う門の外へ出ようとしている白雪にさすがに渋々、彼は日向に踏み出した。
「あ、いたいた」
すぐに戻ってきて、その場で日向ぼっこ開始。
深い溜息を短くついたリオンには気付かない。
"お前な…本当に僕だと気付かないのか?"
と時々訴えてみるものの目の前の「狼」に
はどうやら首っ丈らしく全く気にしない。
「ほら、今日もきれいにしよう」
…甲斐甲斐しく何かの世話を焼く姿など目の当たりにする日が来るとは思わなかった。
なんなのだ、この人間を前にするのとは違う態度は。
呆れた眼で座ったまま遠くを見ていると正面に居た
は…
「…」
ぎゅ。
"だっ抱きつくな!!!!"
じたばたじたばた。
「癒される〜」
アニマルセラピー実践中。
"馬鹿かっお前は!"
吠えてみてもなだめるように撫でられる始末。
これはこれで呆れるしかない状況である。
人間には全くそういうことはないのに、何故かむしろ甘えられている気がした。
動物に対する敬意、というヤツだろうか。
ともかくそれは珍妙な光景をありえない視点から見ていることになる。
何を思ったのか
は家の中にとってかえし何かを持って外へ戻ってきた。
「おいで」
手招きして「外」へ行こうとする。
散歩にでもでかけるつもりだろうか。
少々考えたが、暇なのでついていくことにする。
森の小道を抜けて出たのは小さな泉だった。
パシャリと手を付けて、温度を確認する
。
傍らに行ってリオンも澄んだ泉を覗き込むと…
バシャ
"!!!!"
水をかけられた。
といっても、いたずらという雰囲気ではない。
はいはい、こっちねと言いながら驚くリオンをズルズル引き寄せて馴らすように脇から水をかけてくる。
突然のことに唖然としている間に、
は持ってきたボトルから液体を出して…
「洗ってあげる」
シャンプーか!!!!
"馬鹿者!いらん!!"
「あっ、そのまま逃げたらガビガビになっちゃうよ!」
"…"
ぴたり。
思わず歩を止める。
このままではたしかに濡れネズミ…もとい濡れ狼で情けないことこの上ない。
「いいからほら。犬は濡れると臭うんだから」
"誰がだ#"
「そうなる前に一回きれいにしとこう」
後ろから抱えるように泉に入れられた。いや、半ば引きずるように放り込まれたと言うほうが正しいのか?
大きさが大きさなので簡単に持ち上がるものでもない。
「あんまり水で洗うのも良くないって言うけど…たまにはさっぱりするでしょ」
ごしごしごし。
自分も泉に入って一心に狼を洗っている白雪姫。
おかしな光景だ。
最初に暴れたので
もずぶ濡れになって、けれどまったく気にしない様子だった。
一緒に水浴びでも楽しんでいる気分なのだろうか。
もう仁王立ちになってとっとと洗い終わるのを待つしかないリオン。
自分が何をしているのかわからなくなる瞬間だった。
水遊び(あれは絶対そういう趣旨だった)が終わるとまた家に戻って庭で身体をかわかした。
日差しはぽかぽか、天気はうらうら。
水に入った時、特有の心地よい疲れで
も草の上で身体を丸めている。
狼の自分につきあっているというより、つきあってやっている気分で不承不承 腹を貸している。
"…素だな"
とりあえず、女王が来るまではフリータイム。
リオン自身も含めた人影もなく、のんびりゆったり
はそうして「一人で」うららかな昼下がりを過ごしているのだった。
食事の際、
は必ず自分の皿から「狼用」に食事をとって分ける。
他の人間にはあまり見られない行動だ。
「番犬」用の食事は別に用意もしてあるが、そうしてフォークを運びながら数回に1回は副菜などを鼻先に向ける。
全てが食べたいようなものでもないが、興味がなさそうならそれはそれで気にしないでひっこめたりとあっさりしたものだ。
「もういいの?」
そうしてこちらがそっぽを向けばやっと自分の食事に専念して食べている。
"自分の分まで動物にやってどうする"
「一緒に食べる」その食事にやはり呆れた。
昼食が終わると、呼ばれた。
「ジューダス。ミルクは?」
"!!!?"
「名前ないと不便だし。黒っぽいしジューダスで」
今度からそう呼ぶから、などと禍根を残しそうな発言を放ってよこす。
確信犯じゃないだろうな。
いや、僕だと知っていたら今までのようなことはしないだろう…
しない…はずだ。
狼の頭を撫でられながら目の前でにこにこと機嫌よさそうな
の顔を前に見た。
それから二度、女王とその使い、そして通りすがりの王子とやらがやってきて「白雪姫」のシナリオは終幕となった。
リオンもカエルの王子様に沿いつつも、それよりはるかにマシな扱いで人間に戻った次第である。
「お前、本当に僕だと気付かなかったのか?」
聞かずにはいられないリオン。
扱いとしては厚遇だった。少なくとも童話上で恐怖だの悪だの象徴のような役回りの狼としては、
からは手厚いもてなしだった。
ついでに人間では信じられないコミュニケーションも。
「うーん、気付かなかったかと言えば微妙なんだけど…」
あらぬ方をどうでもよさそうに眺めながら
。
「狼も捨てがたいし、一向にそれ以上つっこんでみようと思わなかった」
「…つっこめ#」
そういうわけで白雪姫の語られざる昼の部は、
のんびり和やかに過ごしていたのだった。
あとがき**
拍手用にさっくり書こうとしたら、異様に長くなったので表にUP(笑)
ひたすらほのぼのになりました。
