もうすぐバレンタインです。
ハッピーバレンタイン
が、そんなものはこの世界にはない。
当たり前だ。そもそもバレンタインは聖人ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)を悼み祈りを捧げる日であり、そんな聖人はこの世界に は存在しない。
よってバレンタインという言葉自体がこの世界には存在しないのだ。
正しくは「存在しないのだった」。
ほんの5年前程までは。
確か、 は昨年の今頃は頭を抱えていた。
リオンがバレンタインと言う言葉を知ってから、けっこうな年月が流れている。
5年ほど前だったろうか…ダリルシェイドの復興にも明るい兆しが見え始めた頃、 がふと、バレンタインというものについて話し出した。
の知る範囲内においては、女性が男性にチョコを添え、想いを告白する日なのだといった。
仕事の合間の出来事だ。
よって、聞いている人間も複数いて、女性陣にいたっては素敵なイベントなどと、例外なく目を輝かせ、その年、ごく身近な人間たちの中で 「バレンタイン」はひそかなブームを巻き起こした。
しかし、ブームはそこにとどまらなかった。
それを聞きつけた菓子屋が強かに商売に打って出たのだ。
翌年には一軒の菓子屋が一人勝ちをし、翌年には、それが五件になり、さらに翌年にはおおよそ、ダリルシェイドの大きな菓子屋は、のきなみ バレンタインを大々的に取り扱い、街中にバレンタインと言う言葉が広まる事になる。
そして昨年。
義理チョコというものが流行った。
「敢えて話さなかったのに…なんで、そんなものが発生するんだ…」
はそれを「天地戦争時代以前に流行った風習」として説明していたが、どうやら、義理チョコと言う手当たり次第関係者にチョコをばらまく風習も実は存在し ていたらしい。
翌月には「ホワイトデー」なるお返しイベントがあり、男性としても嬉しがる人間と面倒がる人間が出てきている始末。
年間で数十個のチョコ(それは本命だろうが)を押しつけられているリオンとしても、もはや、微妙なイベントと化しているのも自明の理だっ た。
いや、元々興味のないことだから微妙と言えば微妙だったのだが。
「お前が余計な事を話すから…余計なイベントが増えたんだぞ」
義理チョコの扱いに悩む に、そんな言葉を向けたのが昨年の2月14日だった。
そして、今年はと言えば…
「リオンさん、2月14日に予定はありますかっ!?」
精一杯の勇気を振り絞ってだろう。復興組織の女性スタッフの一人が声をかけてきた。
「……」
リオンは少し考えてから答える。
「先約が入っているんだ」
それを失言だと知ったのは後になってからのこと。
復興組織の男性が に声をかけたのはそのちょっと後だった。
「リオンさん、バレンタインに先約あるらしいですけど、やっぱりお相手は さんですか?」
「え、知らない」
そう がさらりと答えた事で、事態は一気にこじれた。
「リオンさんがバレンタインに女性と予約があるらしい」
「相手は さんじゃないらしい」
「では、相手は誰なのか」
そんな男性陣のゴシップを は入ろうとした部屋の入り口で聞いている。
マリアンさんかなぁ。
とか思いながら。
毎年なんだかんだ言いながら、2月14日は一緒に過ごしているのだが(いつもどおりとも言う)、どうやら今年は違うらしい。
なので、 はいつも通り自らの思考に遊びながらもただ、黙っていた。リオンに対しても。
そんなわけで、リオンに声がかかるわけもなく…
2月は10日を迎えた。
おかしい。
とリオンは思う。
いつもだったら、 がそろそろ自分の予定を確認してくる頃合だ。
が、今年に限ってそんな気配は全くない。
それが自分の失言が招いた事だと知ったのは、その日の午後だった。
よく晴れた、昼下がりだ。
「リオンさん…14日に予定入ってるんですって?」
勇気ある同僚が、ついに聞いた。
「なんの話だ」
「だってバレンタインに誘われて、先約があるって話だと聞きましたが」
「あぁ、それか…」
断る口実だ。
そう言おうとして、
「 さんに聞いたら知らないって言うし、相手は誰だろうって話題でもちきりですよ」
「今なんて言った」
「相手誰だろうって」
「その前だ」
「 さんに聞いたんですが」
そして、すべてを悟った。
は自分が誰だかわらかない誰かと予定があると思って何も言ってこないのだ。
軽く、リオンは額を押さえた。
「リオンさん?」
「いや…なんでも…予定はキャンセルだ。相手はいないからその噂話をみんな撤回しろ」
「えー無理ですよー!」
といいつつ、結局彼がどこかでそのオチを話せば、またうわさは広がり、撤回されるだろう。
口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。
「 、お前…14日は僕が何か用事があると思ってるだろ」
仕事が終わって自室に戻り、リオンは開口一番、ソファにかけている に向かってそういった。
「うん? あぁ、先約があるんだって?……マリアンさん?」
「なんでマリアンが出てくるんだ!」
首をかしげて悪びれもなく言った につい、躍起になってリオン。
「別にいつもそんなこと言ってるわけじゃないのに…」
正論だが、つっこみどころは満載だ。
そもそも、こちらが話すまで深入りしないところは、彼女のいいところであるが、悪いところでもあると思う。
ため息をつきながら、リオン。
「先約は誘いを断るための口実だ。僕に予定はない」
「それって誘えって言ってる?」
「言ってない!」
結果的にはそう聞こえてしまったのだろうが、そういうつもりはない。
事実をごく的確に述べたまでなのだ。
リオンにとっては、の話。
「あぁ、そう…でも、どっちにしても、空いてるなら誘おうとは思ってたんだよね。予定、いれてもいい?」
「…………あぁ」
直視せずにリオン。
はそれを見てただ笑っただけだった。
そして、2月14日。
「去年は頭を抱えていたのに、今年はいやに機嫌がいいな?」
「まぁねー」
今年のバレンタインは安息日(休日)であることもあって、昼は自室でくつろいでいた。
予定がないと知った女性陣(あるいはあると思っていてもなのかもしれない)が、割とひっきりなしにチョコを渡しに来るので出かけたほうが ましかとも思ったが、大量のチョコを見て がいろいろとアレンジ(という名の実験)をしたいようなので、まぁいいかとも思う。
甘いものは嫌いではないが、単調なプレーンチョコは、後日、プレーンではない何かに変わっているであろう。
日が落ちる頃に、 はリオンを連れて街へ出た。
メインストリートから一本入った道にはスイーツの店が並んでいる。
と出かける時以外は、あまり来ない道である。
が、しかしリオンはその通りにさしかかり、思わず足を止めた。
「これは……」
「きれいでしょ。今年はこのサプライズがあるから、実は楽しみだったんだよねー」
通りはレンズを利用したと思われる無数の細かい明かりで彩られ、見事なイリュミネーションで飾られていた。これほどの光景は、復興が進ん できているとはいえ、騒乱以降はほとんど見られない見事な光景だ。
「サプライズって…まさかお前…」
「そう、私が仕込んだの。でも、一人で飾ったわけじゃないよ?」
いや、それはむしろ想像できないだろ。
「リオンがどれほど驚くかと思って。バレンタインが流行りだしたから、この通りのユニオン(組合)に企画出したらみんなノリノリでね」
つまり、 の話を聞いて便乗商法をしていた菓子屋に、 はさらに便乗したわけだ。
「私もイリュミネーション見たかったし」
「最後のが本音だな」
「リオンのために、手配したんだよ」
通りはたくさんの人で賑わいではいたが、それでも、そういわれれば、悪い気はしなかった。
「公私混同だな」
「遊び心と公私混同から、いい仕事は生まれると思う」
またでたらめなことを言っている。
それでも、ユニオンとしてもこれは大成功だろう
来年からは定番になるに違いない。
「サプライズもいいがな、あまり手をかけるなよ」
「そう? 楽しくない?」
「来月返さなければならない、僕の立場になってみろ」
「それは由々しき問題だね」
といいながらもくすくす笑う 。
歩き出し、二人の姿もやがて、光の交錯する雑踏へと消えた。
**2015.2.10あとがき**
お久しぶりの短編です。10周年企画でみなさんにメッセージもらったら、何か書きたい衝動に駆られました。
バレンタインネタは数あれど…今回は「バレンタインのない世界」視点からの出発です。
甘いんだか、通常運行なのだかは、みなさんの基準で解釈してください(笑)
さて、リオンはホワイトデーに何を返してくれるのでしょうか。
みなさんも何か思いついたら、教えてくださいね!
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