ハロルド!撤収の準備は…なんだ、全然片付いていないじゃないか。
あ、ディムロス。…いいのよ、ここはこのままで。
全部このままか。
そ、このままよ。私がここにいました、って感じがするでしょう?
これだけ物があるとただ面倒なだけじゃないのか…?
好きに考えなさい。
それで、片付けも放っておいて何をしているんだ?
これ?これはねぇ…いつかここへ来るだろう人のためにメッセージを残しておくのよ。
メッセージ?…いつか…誰かが来ると思うのか?
そうねぇ…1000年後くらいに来るかもね。よっぽどの物好きか変わり者かもしれないけど。
はは、残していく方も似たようなものじゃないのか。
なんとでも言いなさい。…自分でもよくわからないけど…どうしても、こうしたかったのよ。
誰か来るというのは科学者の勘か?
さぁ、女の勘かもね。
────誰かが私に、会いに来る気がするのよ。
─贈り物(FOR MY FRIENDs)
「ねぇ、今晩休んでいる間。ラディスロウの中見て来ようと思うんだけど…いいかな?」
「どこへ行くんだ?」
「どこと言うか、ただ見て回りたいだけだよ」
スタンたちと合流して、もう大分経っていた。
奇しくもラディスロウを三度訪れた
はダイクロフト攻略の拠点となるその場所でそう言い出した。
ラディスロウの中、とはいえ今はもう外殻の上だ。
いつモンスターに侵入されていても不思議ではない。仲間たちは突然の申し出に顔を見合わせたがリオンの一言で誰も異論を唱えるものはいなかった。
「僕も行く。それなら問題ないだろう」
「へぇ、じゃあオレも行ってみようかな。考えてみたらただ通り過ぎるだけであちこちよく見たわけじゃないからなぁ」
「あんたはひっこんでなさい」
「何でだよ!」
「…確かに、観光気分で着いて来られても困る」
じゃあリオンたちは一体、どういうつもりで行くというのか。
スタンは口を尖らせたがルーティは何か含みを感じたようだった。
構わずにリオンは席をはずし、
は苦笑しながらもすっかりミーティングルームと化した部屋を出て行った。
そこはかつての会議室で、6人でくつろぐには広すぎる気もしていた。
「別にスタンが一緒でも良かったのに」
「そうか?ただ見て回りたいだけじゃないんだろう?」
それは懐古、というには彼らの中で新しすぎる記憶の出来事だったが。
ラディスロウは時を留める術を知らずもう誰もいなくなって久しい色合いに染まっていた。
「前に来たときはそれ程でもなかったけれど…こうして見るとなんだか、寂しいね」
大変な時代だったが賑やかだった。
にとっては居心地もよく見えた。
何より友人も、リオンにとってもスタンたちとは違う仲間ができた場所でもあるから。
そして、仲間の1人が還っていったはずの場所。
全てを思い出した二人には、今の仲間たちが抱くそれとは違うものがラディスロウの中に見えている。
「ハロルド、元の時代に戻っても元気にしてたかな」
「あいつのことだ。どこに行っても変わりないだろ」
そう言う足取りは彼女の部屋へ向かっていた。
以前、来た時はシャルティエの部屋を見たわけであるがなんだかそれとは違う気分だ。
2人は迷うことなくその部屋へやってきた。
ラディスロウが起動しているので扉の電源も生きていて、すんなりと客人を迎え入れてくれる。
だが、開いた瞬間驚いた。
「──────あいつは、せめて片付けていかなかったのか…?」
かなり凄惨な状況だった。
いや、凄惨だったのはあの時も同じだったが。
あまりに散乱した私物が過去過ぎて、荒廃して見える。
「そのまま、なんじゃない?」
元は服や布であったものだろう弱い素材のものは触れれば原型を崩しそうだ。
入ってすぐの場所にある飛行竜の模型は金属でできているためホコリを払えば馴染んだ色合いも見て取れた。
指で筋をひくと塗装されていないので、銀の光沢が鈍く反射する。
「何だか…記憶の中のものがあるっていいけど…逆に何もないより寂しいね」
何よりその様は年月を語っている。
既にこの部屋の主はここには…いや、もうどこにもいないのだということを。
あまりにも敏感にそれらを察してしまった
の表情が笑いながらも予想以上に歪んだのでリオンは内心、動揺した。
視線を沈ませた彼女の後ろで手を伸ばしかけて…
ガタリ。
と、思わぬ場所から音がしてそれは未遂に終わった。
「「?」」
何もいるはずのいない部屋に明らかに電磁音がしたのはその直後。
コンピュータが動く独特の、超音波のような音が気配をかもしている。
警戒すらしない
を無造作に引き寄せて様子を見ているとすぐにそれは現れた。
『いらっしゃい。未来のお客様♪』
なぜかぞわりと心を撫でた、聞きなれた人をおちょくるような声。
正面の壁がスクリーンになって、見慣れたピンクの髪の女性の姿が映し出された。
「「ハロルド!?」」
それは明らかに映像であったので、呼びかけても仕方がないのだが思わずハモる2人。
跳ねた髪に、どこか眠そうな瞳。童顔なのに独特な大人びた表情。
二人にとっては鮮明に記憶と一致するその顔が微かに笑っていた。
『いつか誰かがここへ来ると思っていたわ。
ラディスロウが起動されたということは、神の眼が悪用されているということかしら、それともダイクロフトが復活した?』
「…さすが科学者だな。事態を予測していたというわけか」
それが、特段自分たちに当てられたメッセージではないと判断してリオンが苦笑をもらす。
今は精神のみとなったリトラーと同じようにそれは〝未来の誰か〟に向けられたメッセージだ。
彼女は遠い未来の来訪者に対して、プレゼントを用意していた。
『だったらそこの引き出しに、役立つものを入れておいたから持って行きなさい。
ディムロス…中将にも言って部屋にそれぞれ使えそうなものを用意させておいたわ。
このメッセージを見たあなただけの特別大盤振る舞いよ♪』
それならもうあらかたルーティがみつけている。
保管庫の「あれ」もこの時に備えられたもののひとつだったのかもしれない。
『そういえば、言い忘れていたけれど…』
間があった。
『私はハロルド=ベルセリオス。あ、驚いた?だって男の名前だものねぇ。そっちでは男ってことになってるんでしょ?』
「ハロルド、こんなところまで遊んでるよ」
「ちょっと待て。今の言い方は…」
男として伝えられていることを確信している。
無意識のようにも見えるが、確かにそれは「どこかで誰かから聞いた」という確信を伴っていた。
ということはつまり、彼女にそれを伝えた人間が、それとも彼女が未来そのものを垣間見たという可能性が…
リオンがそれを伝えようとした、その間にもハロルドのメッセージは続いている。
『それとも、そこにいるのは私自身を知っている人かしら』
「「!!」」
『なんとなく。来る気がしていたのよ。
もし違うのであればこれから言うことは忘れてくれていいわ。
2人いるでしょう?違う?』
まるで会話のように心を汲み取って連なる言葉。
スクリーンの向こうのハロルドの表情はおどけたものから真剣なものに変わっていた。
「いるよ、私とジューダスが」
が苦笑しながら呟くと待っていたように次の言葉が飛ぶ。
『でも、ごめんなさいね。あなたたちが誰なのか、どうして自分がこんなふうに思うのかまではわからないのよ。
この私が記憶のあやふやなまま、なんて口惜しいわ』
ふぅむ。と考え込むようにスクリーンの中で腕を組むハロルド。
まるで遠い場所でリアルタイムに通信をしているかのようだ。
彼女の活き活きとした動きの一つ一つがそんなふうに錯覚させていた。
まったく表情をコロコロ変える。
それからそのちょっとの間で言うべきことを纏め上げたように一気に口述した。
『ラディスロウからは今日、撤収することになっているの。だから私が〝あなたたち〟に確実にメッセージを届けられる場所にいるのは今日が最後。
不本意ながら、こういうメッセージになったわけよ。
…でもね、絶対思い出してやるわ』
それから思い直したようにふぅ、と溜息をついて必要以上に幼くみえる造りの顔に大人の雰囲気を浮かべながら表情を緩めた。
『でも、まぁ…なんだかわからないくせに【確かなもの】ってのも面白いわね。
…解明しがいがありそうよ』
最後に、にこやかな笑顔はいつものハロルド。
その笑顔のまま、ハロルドは一言だけ残して消えた。
『そろそろ時間みたい。行くわね。──死なない程度に頑張りなさい』
「…無責任な…」
「らしくていいんじゃない?」
最後の一言で、しめやかな空気が台無しになる。
おかげで涙よりも苦笑を浮かべながら
はリオンと顔を見合わせた。
「ハロルド、思い出してくれてたんだ」
「まぁ…あやふやだがな」
それは確かな形のない想いであったけれど。
時の壁を越えた再開に、
は嬉しそうだった。
* * *
そんなわけで、ディムロス。あんたも未来の来訪者のために一役買いなさい!
何をしろと?
決戦に役立ちそうなものを、置いていくのよ。
決戦?
そ。私たちの戦いは終わったんだから…もう使わないものを譲るくらいいいでしょう?
ではそのメッセージは、戦いに赴く人間に宛てるものなのか?
まぁ…そうかもね。半分以上は私信だけど。
それでそのメッセージは結局、誰に宛てたものなんだ。
1000年後、空を取り戻すために戦い続けている友人宛よ。
