触れ合うことのできる意味は
君の存在を認めること
3年後。ラグナ遺跡───
─積み重ねたもの
それは廃墟を遺跡に変えるには十分な年月だった。
元々、緑の豊かな場所だったせいもあるだろう。
崩れた壁や天井を新緑が侵食し、つる草は穏やかな木漏れ日の陰に埋もれ風に囁く。
かつて、クラウディスと呼ばれたその都市は、古の名を多くの人間に知られぬままセインガルドの丘に鎮座していた。
淡い光が枝間に散るように交差する。
天を突く樹木の根に背中を預けて
は流れる雲を見上げている。
青く深い空。
あまりにも心地よい彩りに瞳を細めた。
隣には黒髪の青年の姿。
騒乱終結から3年で少年から青年への過渡期を辿るリオン=マグナスは、けれど面影の変わらぬ瞳で同じように腰をかけて大地を見晴かしていた。
ここからはクレスタの町が良く見える。
彼らの知るように、天上都市のひとつであるクラウディスの欠片はこの地に降りそそいだ。
二人ともクレスタには何度か来ていたがしばらくはモンスターもうろついていたし、時間的なこともありいずれも町の外へ足を伸ばそうという話にはならず
今まで眺めるだけでここまでくることはなかった。
ダリルシェイドの復興もひと段落つきスタンとルーティの子供が生まれることもあってクレスタに到着したのが昨日。
予定より早く生まれた「カイル」と再会を果たし、久々に一日をのんびりと過ごし…
そして、ようやくあの時の約束を果たしに来た。
あの時の…
隣に座る
の手元に視線を移す。
そこには少々薄汚れて、それでも鞘に収まった見事な装飾はそのままの短剣が、白い服の袖から伸びる指先を添えられるようにして、古木色の樹皮の上に横
たえられていた。
ラグナ遺跡としてこの都市が地上に残ったならば、取りに来ようと約束したそれ。
リオンと
の腰をかける大樹の根元には、小さなうろがあってそこに隠されていたものだ。
あの時は、本当に来られるとは思っていなかった。
とはいえ、それを取りに来たというだけで何ということもない。
ただ、きまぐれな約束を果たせたことはどこか清々しくもあった。
そんなふうに少しだけ、過去の話をしてそれから今はただ何もしない時間を堪能している。
この場所は、遺跡の頂上にあって風を受けながら空と緩やかな大地の波を眺めるにはいい場所だった。
「リオン?」
「なんだ」
どこか遠い目でそれを見ていることに気付いたのだろう。
視線を上げると左手で、根元に横たえていた剣を持ち上げて
。
逆に問われては特に言うこともない。
ただ、彼女は剣を差し出した。
無言で受け取る。
鞘からは先ほど、
が抜いてみたからその刃がさして痛んでいないことはわかる。
けれど、手悪さをするようにリオンは左手で僅かに鞘を鳴らした。
白刃は埃にまみれているものの大樹に守られて風雨を浴びてはいなかったらしい。
そんなことをなんとはなしに思ってから
の顔を見た。
3年。
彼女はあまり変わっていない。
外見だけではなく内面の見せる姿…掴みどころのないところも、妙に怜悧なところも、時折…自分の好奇心の範囲内においては子供のような表情を見せると
ころも。
しかし並ぶと自分のそれより少しだけ低くなった目線はそれを待っていたように微笑った。
それがふいに大人しいものから遊び心を示すように宿す光の質を変える。
経験上、何か思いついたことを伝える予兆だということは理解していた。
「リオン、手かして」
「手?」
左手に剣を持っていたため右手を差し出す。
両腕で自分の体重を支えるようにしていた
も、自分の右手を出してそこへ重ねた。
僅かに力を込めて、それでも控えめに握られたのは次の刹那。
「?」
「…やっと、顔、顰めなくなったね」
「は?」
「あ、せっかく今平気だったのに」
「…………何の話だ」
知らない間に眉が寄っていたらしい。
それを言われたのだろうことだけはなんとなく理解して訊き直す。
無意識の産物なのだから
の方こそそういう物言いでなければこういうリアクションでなくても済んだかもしれないのだが。
「だから…手」
言われて視線を落とした。
右の手は無防備にも添えられたまま。
「………前は、触られるだけでも訝しそうな顔してたのに…やっと何事もない顔で触らしてくれたからさ」
「人をなつかない動物のように言うな」
シャルティエがいたらそう言ったろう。
なぜかそんなことを想いながら反論を試みる。浮かんだ言葉をそのまま復唱するように。
…けれど、言われてみればそうだったかもしれない。
今だって馴れ馴れしく触れられるのは余り好きではないのだから、それは性分というものなのだろうが。
「やっと、だね」
「だとしたらたどり着き甲斐があっただろ。有り難みでも感じてみたらどうだ?」
ふい、と顔を逸らすリオン。
それでも触れた手を振り払うようなことはしなかった。
逸らした側からは、僅かに笑う気配。
「…そうだね。積み重ねただけに見合う有り難みだよ」
「だから人を珍獣扱いするのはやめろ」
「自分で言ったくせに」
もはやこうなると何を言っても無駄なのだ。
自らの発言を撤回したい気分になってみても遅い。
改めて振り返って視線で反論を示してみるくらいがせいぜいの答えだった。
それだけでも、どこか満足そうな
の顔。
そしてようやく彼女は、今は握っているというには柔らかに触れているだけの手を離した。
再び、何事もなかったかのように大樹に背を預けて空を見上げる。
リオンも同じようにして見上げた。
取り戻してから三年。
何も変わらぬ 時に荒れ、時に美しい空を。
…隣にいる、その距離はきっとそういうものなのだろう。
長い、積み重ねだった。
そこは、ようやくたどり着いた場所。
だからこそ何ものにも変えがたいのだろう、約束の場所。
**あとがき**
リメイクDやって、向こうのリオンの夢小説には積み重ねだとかいうものは
あまり必要なさそうだなと思えて出来た話です。出来たのは「空にいる君へ」より前。
ひねてなつかないオリジナルDのリオンがやはり基本です(笑)。
